お話の2 キツネのコンチッチ

 僕は狐のコンチッチ。

 イソップ童話に出てくるあのブドウは酸っぱい、と言った、あのキツネだよ。

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イソップ童話では、僕があのブドウは酸っぱいにちがいない、と言ったところで終わっ ているけれど、それから色々あって、今日はそれについて話をするよ。
 だってあのままじゃ、僕は単なるバカっぽいキツネだと思われるだろうからね。 まあ、実際のところ、僕はバカっぽいというよりアホ、バカ、まぬけだった。

あれ以来、あのブドウがトラウマになってしまって、いろいろな目に遭ったんだ。
 そんなことは決して自慢にはならないけれど、話しておけば、君にとっても何かの参考 にはなると思うよ。

もし君が何かのトラウマを抱えていたらの場合にはすぐに参考になるかもしれないし、 もしトラウマを抱えていなくても、将来出会うかも知れないトラウマのもとをかわす参 考にはなると思うよ。
 

ではイソップ童話で僕がブドウを見つけた所から始めるね。
 あの日はひどく暑い日で、お日様はギラギラ、僕は舌を出してハーハー息をはきながら 、フラフラ歩いていた。喉はカラカラ、お腹はペコペコで。そこに現れたのがあのブド ウのの樹、大粒のブドウの房が薄紫に色づいて緑の葉陰に揺れている。 こんな美味しそ うなものは見たことがなかった。生唾を思わず飲み込んだ。 早速ひとつの房を口にしようと飛び付いたが、届かない。別の房に飛び付いたが、これ も届かない。あちこち何回も飛び付いたけれど、どうしても届かない。息はきれて、喉 はさらに渇いて、フラフラになってしまった。なんとも悔しいけどどうしようもない。
 そこで、ふと思い付いたことがある。 待てよ、自分はこんなに頑張ってあれを取ろう と思っているけど、実はとんでもないことをしているのかも知れない。あのブドウとい うのは自分が思っていたほど美味しくもない。ひどく酸っぱいかもしれない。いやきっ と酸っぱいに違いない、いや酸っぱいだけではなく、毒なのかもしれない、いや多分毒 なんだ、 こう思ったら妙におちついた。
 そうだ、自分はこのブドウを食べなくって良かった、うっかり食べていたら、大変な目 にあっていただろう ああ良かった、と思った。 それ以来、ブドウというブドウを食べ なくなった。それどころか、ブドウを見ると怖くなった。 僕だってあのときより前には ブドウを食べたこともある、でもそれはたまたま毒のないブドウだったので、実際には ほとんどのブドウには毒がある、と信じるようになった。 こうしてブドウの樹が生えて いるところを避けるようになった。
 

でも時にはブドウの樹に出くわすことがある。その時は恐怖で身の毛がよだち、ほうほうの体で逃げ出した。

ある時猿達が大勢でブドウの樹に登って、うまそうにブドウを食べているのを見かけた 。 ああ、なんてバカな奴等なんだ、そのうち毒が回って死んでしまう、 そうでなくて も寿命を縮めてしまう、と彼らをあわれに思った。

その頃になると、僕は僕がブドウを怖がるきっかけとなったイソップ童話に出てくるあ の場面のことも忘れていた。というか、思い出すと怖くなるので、思い出さなくしてた のかも知れない。


ところがある時素敵な雌ぎつねをみかけた。僕は声をかけようと思ったけれど、恥ずか しくて声をかけられないまま、あとをついていった。 すると、彼女は山の中に入っていって行った。そして何と野ブドウの樹に近づいて行く 。その辺に大きな野ブドウの樹があるのを僕も知っていたけれど、僕はそこには近づか ないようにしていた。 そして彼女は野ブドウの実を食べようとする。


「危ない!」と僕は叫んで野ブドウと彼女の間に走り込んだ。そのブドウは怖かったけ れど、ここは彼女の命を救う方が大事だ。
彼女は僕をキョトンと見つめて、そのうち笑いだした。「あんた、何言ってるの? 可 笑しなキツネね~」 僕はその言葉に一瞬たじろいたけれど、「ブドウはね~、美味しそうに見えてもね~、 毒なんだから食べちゃダメ!」 「え~、そうなの? 私いつも食べてるよ、美味しいわよ」 「ダメ! 美味しくても寿命縮めるんだから!」 「そうなの~ だったら私、家に帰ってお祖父ちゃんに聞いてみるわ~ お祖父ちゃん は何でも知っているから。あなたも来る?」

僕は一瞬躊躇した。 だって、ブドウは毒に決まっているし、年寄りキツネの話なんか 聞きたくはない、 でも、でもですね、彼女と離れたくはない、で付いて行くことにした 。 彼女の家は山の奥の森の中にあって、着くと子ギツネが2匹飛び出して来て「お姉ちゃ ん、ブドウ取れた? 早くちょうだい!」と叫ぶ。 「今日はブドウは取れなかった。この人がね~ ブドウは毒だって言うの。それでお祖父ちゃんに本当に毒なのか聴きにきたの。お祖父ちゃんいる?」

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「なんだ、つまんないの。お祖父ちゃんいるよ、呼んでくる」と言って子ギツネたちは 家に駆け込んで行った。 まもなく子ギツネ達に手を引かれて、老眼鏡をかけた年寄りキツネが出てきた。

「お祖父ちゃん、この人がね、ブドウは毒だ、というの。それでお祖父ちゃんに本当に ブドウが毒かどうか聞いてみようと、つれてきたの。」

「僕は向こうのコンチキ山に住んでいるコンチッチです。どうぞよろしく」 「ああ、コンチッチ君よろしくね。 えーと、コンチッチ、コンチッチ、どこかで聞い たことがある、あー、そうだイソップ童話に出てくるあのブドウは酸っぱい、と言った キツネ君だ」

「えー、僕がイソップ童話にのっているんですか!」 「あー、忘れたのかい? まあ、それはそうとして何でブドウが毒だと思うんだい」 「だって、ブドウは毒に決まっています。僕なんか、見ただけで身震いします。僕の体 がブドウは毒だ、教えてくれてます。」

「ははー、それは多分トラウマというやつじゃ。」

「トラウマって何のことです。あまり適当なことは言わないでください」

「じゃあ、少し聞きなさい。トラウマというのは何かひどく嫌な体験、怖い体験などを すると、その体験をしたときと似たような状況に出会うと、嫌な思いや、怖い思いがす るという心の現象なんじゃ。トラウマという現象は人によって現れ方が異なる。 ある人はトラウマできても時間とともに薄まっていくが、ある人は強まっていく。体の 現象にアレルギーというのがあるけれど、あれによく似ている。 君の場合は強まってき たほうだ。少し待っていなさい」

お祖父さんキツネはそう言うと、家に戻って本を持ち出してきた。その表紙にはイソッ プ童話と書かれている。 お祖父さんキツネはその中のひとつの話を読み始めた。それは ブドウとキツネの話。 その話を聞いているうちに、僕はあの日のことを思い出してきた 。はじめはぼんやりと、次第にありありと思い出してきた。あのイソップの話とは逆に 記憶を辿った。あのブドウは毒ブドウだ、と思う前に酸っぱいブドウと思った、そう思う前には美味しそうなブドウだった。 僕はそう思い出しながら混乱した。何が本当なの だろう。ブドウは毒なのか、酸っぱいのか、美味しいのか? それからあのとき喉がカラカラなのにブドウが取れなかった悔しさ、情けなさも思い出 した。


「そうか、あのときその悔しさ、情けなさを感じさせないために、ブドウは毒と いう結論を出してしまったんだ!」と気がついたのです。

お祖父さんキツネが話を続けます。
「いいかい、君はブドウが取れない悔しさからあのブドウを毒と決めつけるようになっ たようだ。 ブドウは決して毒ではないよ。私等は毎年ブドウの季節にはブドウを沢山食 べて、この年まで丈夫に生きている。」

「ね~コンチッチさん、わかった? ブドウは毒ではないって。 ね~、ブドウを一緒 に取りに行って食べましょうよ♪」 僕はまだブドウが怖かったけれど、怖い理由がわかったような気がしたし、彼女と一 緒にブドウがとれるなら嬉しいなって思ったので、一緒にさっきの大きな野ブドウの樹 に戻った。2匹の弟キツネも一緒だった。


最初は恐る恐るブドウを口にいれたが、とたんに甘酸っぱい薫りが口に広がる。

「ね~、美味しいでしょ。」と彼女。

「ほんとだ、甘くて酸っぱい、僕はこういうの好きだ。」

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姉キツネ、弟キツネと一緒に香り高い、ジューシー山葡萄を一杯いただきました。

こんなブドウを実らせる山に感謝、彼女に感謝、お祖父さんキツネに感謝です。

そして思っ たのです。あのイソップの話に出てくるあの日、本当に自分が求めていたのはこの味 だった、それがいま報われた、と。いやそればかりでない、素敵な雌キツネとそのかわ いい弟たちとも一緒にいるんだ!


これで僕のトラウマ体験談の話はおしまいです。何かの参考になれば嬉しいです。
それからどうしたかって? 言うまでもなく彼女とは結婚しました。

子ギツネも生まれて 、今は一緒に山葡萄を食べていますよ。

それから一言、僕はあのトラウマにも感謝しています。それがあったから、今があると 思うので。



by masaaki.nagakura | 2018-09-09 13:33 | まさあきさんのおはなし
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