お話の1 超社会への旅
この一~二年の間にいくつか物語を作りました。
これからまとめて、アップしていきます。
読んでいただけるとありがたいです。
感想を聞かせていただければさらにありがたいです。
まずは「超社会への旅」というSFもどきのお話です。

なお、長編なので、お急ぎのかたはプロローグと Ⅱ章 タイムマシンに乗って超社会 だけでも目を通してください。

  超社会界への旅   2017年5月 長倉正昭 著

プロローグ
宇宙は昔昔大昔のビッグバンから始まったと言われていますね。
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やがて、素粒子ができて 、原子ができて、星達が生まれ、お日様が生まれ、私達の住む地球が生まれ、生命が生まれ 、進化して人間が生まれ、私たちが生まれて、こうしてここにいます。 これからどうなっていくのでしょうか?


戦争は起こらないでしょうか?
地球は温暖化で滅亡するようなことはないのでしょうか?
私たちの子孫は幸せな生活を迎えられるでしょうか?
全ての生命にとって地球が住みよい星になるのでしょうか?
私はいつもそのことが気になってなりませんでした。

そうしたらある時私にどこからか声が聞こえてきました。
「あなたは、地球の未来についていつも心配していますね。私は神様のお使いであなたに 地球の未来についてあなたに伝えにきた天使です。」
声の方向を向くと、おぼろげな光芒が見えます。
私は元来天使のような存在は信じていません。これは幻視、幻聴の類か、と惑っていると
「恐れることはありません。私はあなたの守護天使です。あなたは気が着かないだけでいつ もあなたと一緒にいます。いつも姿は見せません。でも今日はどうしてもあなたに伝えたい ことがあって姿をあらわしたのです。あなたがそんなに深く思いこむのを見ていられなかっ たからです」というのです。
その光芒は形はおぼろげながら、とても清らかに見えたので惹き寄せられました。
するとその天使と自称する存在はこういうのです。
「あなたは今私の現した光に魅せられますか? でもこれはあなた自身の最も深い奥底に あるあなた自身の魂が放っている光です。私は私をあなたの守護神と名乗りましたが、その あなたの奥底の魂そのものです。そして私は直接神につながっています。だから天使と自称 します。」
私が驚愕していると、さらに続けます。
「今から私の話すことに耳を傾けてください。これは神から直接聞いたことです。きっと あなたが地球の未来を考える上で参考になります。」
そこで私は私の守護天使と自称する存在の声に耳を傾けてみることにしました。
 

目次
Ⅰ章 守護天使の語る地球の未来--------------------------3
Ⅰ-1 神様の新たな御業
Ⅰ-2 地球を救え、Save our Earth
Ⅰ-3 超社会の誕生
Ⅰ-4 超社会の意思伝達の方法
Ⅰ-5 超社会の形成
Ⅱ章 タイムマシンに乗って超社会へ----------------------19
Ⅱ-1 旅立ち
Ⅱ-2 MASAAKIさんの地下の家
Ⅱ-2 草木の部屋
Ⅱ-3 草木部屋での食事
Ⅱ-4 木の根っこに囲まれた寝室
Ⅱ-5 MASAAKIさんの超社会の解説
Ⅱ-6 現在の世界への帰還 
Ⅱー7 現在の世界
Ⅲ章 MASAAKIさんの超社会の解説-------------------------30
Ⅲ-1  近代社会がはらんでいた矛盾
Ⅲ-2 超社会の歴史
Ⅲ-3 超社会の建造物
Ⅲ-4 超社会における交通
Ⅲ-5 超社会での教育、否、共育
エピローグ------------------------------50
                                                             
Ⅰ章 守護天使の語る地球の未来
本章は筆者の守護天使と自称する存在が語ったお話です

Ⅰ-1 神様の新たな御業
銀河系宇宙、太陽系、第三惑星=地球に誕生した生命体は進化に進化を重ねて現在の姿にな ってきましたね。 これまでの進化の最終段階で登場した人間はこれまでになかった新たな進化の形態を産み 出しました。 それは社会という組織による進化です。 広い意味での社会はサルも作ります。蜂や蟻も作ります。  人間の社会が特別なのはそれが世代から世代へと受け継がれて行くなかで新たな姿に変容 を遂げていける、ということです。 この社会を持つことで、人間は自らを万物の霊長と自称するくらいに発展を遂げたと言え ます。 ところが神様は人間が社会を造り、それによって文明なるものを発達され、新たな形での 進化を遂げていくことに危惧の念を抱かれました。 人間を万物の霊長と位置付けたのは神様です。 問題なのは人間がその位置を利用して人間以外の生命体をないがしろにするようになって 来たことです。 これは神様の想定の範囲外でした。
そこで神様は新たな御業をなされます。 その御業は全ての生命体がお互いに意思を疎通できるようにしたということです。 例えて言えば、インターネットで世界中の人達が情報交換可能となったようなものです。 神様は植物も動物も含む生きとし生けるものが全てお互いに意思を通じ合えるようにしたの です。 インターネットが及びもつかない規模の情報革命をしたのです。
意思疏通の媒体はあらゆる波長領域の音、光、電磁波に、霊波を加えました。この霊波は 現状では人間によって物理的な解明がなされていなくて、また一部の人にしか与えられてい ない意思伝達の媒体ですが、それが広範囲の生命体に与えられたのです。
神様が全ての生命体に与えられたこの力を以心伝心の力と呼ぶことにします。
                                                            
神様はあとは結果を見るだけでした。
この神様の御業のあと、途方もなく長い年月がかかりましたが、生命全体が融合した社会 が形成されて行ったのです。この生命全体が融合した社会を超社会と呼びます。

Ⅰ-2 地球を救え、Save our Earth
 神様の新たな御業のあと、最も困ってしまったのが人間です。
 神様が全ての生命体がお互 いに心が通じ合えるような意思疏通の能力をお与えになるまでは、人間は他の生命体はその 全てを人間のために利用してよいとばかりにやりたい放題のことをしてきました。 動物種の絶滅も砂漠化もほぼ人間の仕業です。 産業革命で人間は物質的 に豊かになったしょうが、川の汚染で多くの魚や水棲昆虫など多 くの生命体が、死に絶え、またそれを食とする鳥や動物も減っています。 大気汚染、海洋汚染など、人間の自然破壊は止まるところを知りませんでした。 でも人間は「経済の発展のため」という大義名分を掲げて正当化していたのです。 流石に地球温暖化という人間の生存をも危うくしかねない危機が迫ってくるのを知った人 達はその防衛に立ち上がりました。 地球温暖化防止のための国家間の協定も結ばれました。 しかしそれも「経済の発展」という魔力ような呪文の影にかすれていくような状況でした 。 ところが、神様が人間にも他の生命体と心が通じるようにしたので、今まで、他の生命体 のことは無視して、人間のことだけ考えていればいいのさ、って思っていた人たちにも他の 生命体の声がどんどん伝わって来てしまうので、たまったものではありません
 洗剤を使った洗濯の排水を川に流せば、すぐに川の魚の悲鳴が聞こえたりするのですから 。 人間に多くの多くの生命体の悲しみ、嘆きが聴こえて来るようになって、人間は自分達 の繁栄(?)が、かくも多くの生命体の犠牲の上に成り立っているかに気づくようになりま す。 ところがこれまでの生活とそれを支える産業構造をすぐに変えるわけにはいかない、それ で困ってしまったのです。 神様はこのように困っている人間の様子を見られてほっとしました。 あとは人間を含む全生命が何とかしていくでしょう。
 地球上のどこの国の政府もこの問題に頭を抱えました。政治家にも直接あらゆる生命体の 悲しみと怨嗟の声が四六時中響いてきます。 そればかりでなく、国民が毎日のようになんとかするようにと、訴状もって押し掛け、国 会周辺にはデモの波が渦巻きます。安保のデモの比ではないくらいです。
 これでは隣国と領土とか、領海とかで争っている場合ではないのです。 日本では国会周辺 のデモに鳥達が加わります。スズメ、カラス、鳩、トンビその他の鳥達が次々参加してきま す。スズメは群れて国会議事堂の屋根に止まりシュプレヒコール、カラスや鳩やトンビはそ れぞれ編隊を組んで国会の屋根の周りを飛び回ります。
 そのうち、この騒ぎを聞き付けた獣達が駆けつけてきます。イノイシ、熊、鹿、サル達が 次々とデモ行進の隊列に加わり、国会議事堂を幾重にも取り囲んで練り歩くのです。 はじめの頃は人間、鳥達、動物達の声はそれぞれの窮状を訴え、なんとかしてくれ、とい うものでしたが、それが次第にひとつの声に、叫びになっていきました。
それは「地球を救え!」という叫びでした。 この叫びは互いに合わさり、和音をなして、 次第に強まり、天地に轟いていきます。
「地球を救え! 地球を救え!」の叫びは日本の全土に響き、このような活動が全土に波 及いていきます。 各県の県庁の周囲に、各市町村の周囲にその土地の人々が、鳥達が、動 物達が集まり、飼い犬、飼い猫も加わり、「地球を救え!地球を救え!」の声をあげます。 こうなると、昆虫も海洋の生命体も植物も黙ってはいれません。 鳴くことのできる昆虫は それぞれの種の個性的な楽器の音色を「地球を救え!地球を救え!」のシュプレヒコールに 合わせます。 鳴かないトンボや蝶々は空に舞って、航空ショウのような演技でデモ行進を 励まします。
 海洋の生命体もそれぞれの仕方で意思表示を始めました。 魚や鯨など泳げる生命体は日本列島を一周する大行進を始めます。 その間、時おり鯨は一斉に潮を吹上げ、飛び魚は一斉に空に舞って、なかなかの見もので す。 植物はそれぞれの芳香を放って、この活動への賛意を表します。 日本の全土が森の香りに 満たされ、ふくよかな花の香りも漂います。 このような背景の中で「地球を救え!」の叫びはさながら神の雄叫びのごとくに天地に共 鳴していきます。 ここまでは超社会が産声を上げた頃の日本の状況です。
 このような状況は日本以外の国々、世界中の国々で同様でした。 かくして、「地球を救え!地球を救え!」の声は地球全体に響き渡る事態になりました。 地球全体が「地球を救え!Save our earth!」とひとつのオーケストラ伴奏つきの合唱曲 を演奏しているようにハーモナイズしています。

Ⅰ-3 超社会の誕生
 各国とも政府の緊急課題は何をおいて「地球を救え!Save our earth!」の大合唱にどう 答えられたよいのか、ということになってきました。
 このまま無策でい続ければ、国家そのものが雲散霧消しかねません。 といっても地球を救うなんて言うことはどこの政府もまともに考えたことはないので、ど うしたらよいのか見当がつきません。
 とにかく気がついたのは、これが一国ではどうにもならないだろう、ということです。 たちまち、国際的な動きが騒がしくなってきます。
 その時代、サミットと呼ばれる7か国の当時大国と言われていた国の間での国際会議が開か れます。 この会議には日本も参加します。 その前の年はサミットは日本で開かれていて、順番から急遽イタリアで開かれます。イタ リアはシチリア島のタウロミーナというところです。
 このタオルミーナは人口一万人くらいの小さなコムーネでシチリア島でもイタリア本 土よりのタウロ山という山の中腹にあります。
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                     タウロ山
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 そのタウロ山にその頃G7と呼ばれた7か国のリーダー(大統領とか首相とか呼ばれていた人 達)が集まりました。
 G7というのは超社会ができる前の人間社会の国で、フランス、米国、英国、ドイツ、イタ リア、日本、カナダです。 どの国のリーダーも連日の天地をとどろかすデモンストレーシ ョンの波に翻弄されてクタクタ、顔面蒼白です。
 地球の生命体全てがこのサミットに注目しています。 でもリーダー達がこんなに疲れているようではすばらしい結果は期待できません。 それを察した生命体は「地球を救え!、Save our earth」の声を静めます。
静めたといっても沈黙した訳ではありません。静かに静かに優しく優しく語りかけるよう に唱え続けたのです。「地球を救え! Save our earth! 地球を救え! Save our earth」 それでG7のリーダー達も落ち着きを取り戻し、蒼白だった顔色も赤みを取り戻しま した。
 それでも連日の疲れは取れていないようで、シチリアの人達の計らいで、シチリア島の秘 境温泉保養地といわれるテルメアクア・ピアで疲れを癒してもらうことになりました。 これには地球の全生命体が賛成です。とにかく地球の未来を決するような会議が行われよ うとしているので疲れを十分に癒して、明晰な心で会議に臨んでもらいたいです。 リーダ ー達がゆったりと温泉につかっている間は、その回りで鳥達が、心休まる音楽を奏でます。 どのリーダーもそれぞれの物思いに耽っています。 他の生命体と心が通じるようになって                                                               
、リーダー達のいずれもが思ったのは「これまで盛んに経済、経済と声高に叫んできたけれ ど、そこで経済と言っていたのは、人間の世界だけを見て言ってきた」ということです。 「地球の生命体はすべてが繋がっていて、それを無視した経済というのは絵空事だった」と いうことです。 「本当の経済というのは、全ての生命体との繋がり、地球の大地、海洋、 そしてこの大宇宙との繋がりまでも考慮したものなのだ」という思いが広がってきます。
でも一体どうしたらいいのか、これが悩ましいです。

 そのようにサミットへの準備が進行していくなかで、地球の生命体のデモンストレーショ ンは静かに、そして活発に展開していきます。
 日本列島を回遊していた泳げる海洋生命体はシチリア島に向けて行進を始めます。途中に 出会った海洋生命体が次々とそれに加わり、巨大なムーブメントを形成していきます。それ ぞれの海洋生命体がそれぞれのパーフォーマンスを披露しがら移動していきます。
 鯛やヒラ メは竜宮城で覚えた踊りで舞い踊り、タコはタコ踊りをエビはエビ踊りを楽し気に披露し、 見ものです。 世界中のマスコミが水中カメラを持ち込んでその様を放映します。
 空には渡り鳥たちがそれぞれの群れを作ってシチリア島に向かいます。このような動きの 中で、温泉につかったG7のリーダーたちは「地球を救え!Save our earth!」の声にどう 答えたらよいかを必死に考えます。

 つくづく思ったのはこの地球というものは決して人間だけのものではないこと、そして人 間だけでなくあらゆる生命体に感情があり、喜びや悲しみそして痛みがあるというこ とです。それがわかってきた以上は生命体たちの突き上げがあっても、なくても何とかし ないわけにはいかないことは痛切に感じられてきたのです。
 実際のところ、リーダーたちも地球に危機的な状況がもたらされていることは前々からそ れとなく認知しています。ただそれがあまりにも大きな問題で、一国の努力ではどうにもな らないこと、それから国民の多くが、現在の安定と近未来の豊かさを求めているので地球の 危機の問題を大きく取り上げても、国民の人気を得ることはできないので、感づきながらも 目をそらしてきたのです。 もうそういうわけにはいかないことが明瞭です。
                                                           
 各国のリーダー達は秘境温泉保養地テルメ・アクア・ピアからタオルミーナの会議場に戻 りサミットが始まります。
 海洋生命体のデモンストレーションの群れの先頭部隊はシチリア島に到着し、島の周りを 廻り始めます。 渡り鳥はサミットの開かれているタウロ山の周りを大きな輪を描いて回っています。
G7以外の国のリーダーたちもこの会議を座視するわけにはいきません。次々とシチリア島 のパレルモ(シチリア州の州都)に集まり、G7の会議の成り行きを注視するとともに相互に 話し合いを始めています。
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パレルモ

 さてG7のリーダーたちは温泉で疲れも癒えて集まったのはいいですが、お互いに当惑した 顔を見かわすばかりです。                
 そのうちに誰からともなく、言い出したのは「この課題はどうしてもG7だけで解決できる 問題ではない、すべての国が加わらなければ解決できないだろう」ということです。
 そこで このサミットでは「地球を救うための方策についての提案をして、それを各国に投げかける までだ」ということで一致しました。そこで議論の末出された提案は次のものでした。
 
1.地球温暖化防止のために30年以内にエネルギー源はすべて自然エネルギーに変える。
2.大気汚染物質、水質汚染物質の放出は自然の浄化能力を超えない限度までとする。 これも30年以内に達成する。
3.全ての生命体が幸福に生きていける地球の創成を追求する。

 以上の3ヶ条でした。 この内第3条はその内に具体的な方策が含まれてなく、精神論的な 方向性を示すに止まるものでしたが、全ての生命体の地球を救え、という意思を反映するた めに加えざるを得なかった条項です。
 G7のリーダーはこの3ヶ条の提案をもって全世界のリーダーの集まるパレルモに出向いて 、この提案の可否を問うことになります。 このように世界全体の国のリーダー達が集まっ て会議を行い、人間社会全体としての意思決定をするのは、人類の歴史上でも初めてです。
 
 この会議は当時拡大サミットと呼ばれました。しかしこれを契機にこのサミットが人類サ ミットと呼ばれるようになり、G7のサミットはなくなりました。 このときにG7の提案した3ヶ条はただちに承認されました。
いずれの国も追い詰められた状況になっていましたから、わたりに船です。
 
 第1条については異論ありません。 第2条はG7が最も関与していて、それ以外では中国、ロシア、インドといったところです が、今さら異論を唱える筋合いのものではありません。 第3条には内容の不明確性という問題があるのはわかっていますが現状ではそれ以上の突っ 込みは難しいのもわかったからです。
 
 この拡大サミットで新たに提案されたのは、特に軍事力をもたない、あるいは弱い軍事力 しかもたない国々から提案された全ての軍備をなくす、ということです。 G7と中国、ロシア、インドなど当時いずれも強大な軍事力を備えていました。  それを簡単になくすわけにはいきません。この問題を巡っては議論が紛糾します。問題と なったのは地球を救うために軍事力を保持し続けるのは有害か、ということです。むしろ有 益だという主張もあったのです。 軍事力が地球を救うために有益だ、という論拠は、地球を救うために拡大サミットにて決 定した条項を守らない国があれば軍事的な圧力によって守らせる、それでも守らなければ 占領して国家としての主権を奪う、そのための手段として軍事力の保持は不可欠、というも のでした。
 
 しかしこの考えには猛烈な反論が出されます。
 それは、ことここに至った以上、軍事力は意味を持ち得ない、なぜかと言えば、今や生命体の訴えかけは人間の意思を越えて強く、た とえ一国が定めた一カ条でも守らなければ、人間の軍事力以上の強い力で抑制される、した がって紛糾した議論の末、軍事力はなくすことに決まりました。 そして次が条文に加えることが決定しました。

4.いかなる国も武力による威嚇、又は武力の行使は、永久にこれを放棄する。国の交戦権 はこれを認めない。

 この人類サミットの会議の様子をかたずをのんで見守っていた地球上の全ての生命体が、 この結果を歓迎しました。
 全ての生命体がそれぞれのやり方でダンスをしたり、合唱をしたりしてそれからシチリア 島の回りに来ていた生命体はそれぞれの種ごとに集まって話し合い、種社会をつくることを 決めました。 また住んでいる地域毎の代表を決めて、その代表が集まってその種社会に関わる重要事項 を話し合い、決めることにしました。 この代表達による会議を種サミットと呼びます。 その種が熊なら、熊サミット、蜜蜂なら 蜜蜂サミットという具合です。

 このような生命体の活動の様子は人間にも伝わっていて、人類サミットの代表達もそれを 了解しました。
人類サミットも種サミットのひとつとして位置付けられ、ここから全ての種サミットは対 等の立場で相互に交渉することになりました。 超社会への第一歩が始まったのです。 ここから超社会が形成され、発展を遂げていきます。

Ⅰ-4 超社会の意思伝達の方法
 社会の意思伝達の方法に触れます。近くにいる生命体の間では、意思伝達の媒体として音 声(超音波も含む)、香り、身振りも使われますが、基本は以心伝心で直接に心と心が繋が って意思伝達します。
 この以心伝心は超社会へ向かう基礎として神様が全生命にお与えになった能力です ただし、この能力を十分に使うにはある程度の訓練が必要です。それは赤ちゃんが言葉を覚えるのと一緒で片言から始まってだんだんとコミュニケーション能力が発達していくのと 同じです。
 同種の間での以心伝心は比較的早く習得できますが、異種間での以心伝心は少しむつかし いです。というのは種が異なると体験している世界の様相が異なるので、たとえ以心伝心が なされても、それを理解する、もしくは共感するようになるには時間がかかります。人間で も外国語は聞き取れても意味が解りませんが、それと同じようなものです。それでも感情は 伝わりやすいです。また人間のたとえでいえば、外国人でも泣いたり、笑ったり、怒ったり しているのは言葉が通じなくてもわかります。それと同じように種が異なっても、お互いの 感情は以心伝心で伝わりやすいです。
 
 このような感情の伝達は実はすでに大昔に神様が全生命に与えていたものでした。その能力によって、全生命はひとつの一体感を得ていました。人間も例外ではなく、他の生命の感 情は人間にもそのまま伝わっていました。 しかし、人間が社会を形成するにつれてそのような能力を失っていきました。 いや失ってしまったのではなく、忘れてしまったのです。 そのような能力を覚えている人もいないわけではなかったのですが、非常に少数なので、 大多数の人からはほとんど無視される存在でした。
 
 なぜ、人間が社会を形成するに連れて、他の生命体との感情伝達能力を忘れていったかと いうと、社会の形成以前では自然を相手に過ごす生活であったのが、社会の発達と共に、人 間を相手にする生活に変わっていって、人間の意識が対象とする中心が自然界から人間に変 わっていったためです。
 そうなると、人間は自分の意識を自然よりは人間世界に集中した方がより上手な生き方が 出来るようになったためです。 そして社会の発展と共に人間の意識はますます人間に集中し、他の生命体とのコミュニケ ーション能力を忘れて言ったのです。
 人間が人間社会の発展の極限として、産み出されたのが、当時近代文明と呼ばれたもので した。近代文明のよってたつ重要な基礎は科学技術と呼ばれるものでした。ここで科学とい うのは人間が自然をよりよく知ろうとして探求した中で得られていった知識の集積です。技 術というのは人間が何らかの目的を達成するために用いられる手法です。
                                                             それで科学技術というのは「何らかの目的を達成するための科学的知識を使った手法」です。 人間はこの科学技術を主に人間の生活に必要と想定された物資をより効率的に生産する手 法として用いていました。
 科学技術が発展していったある段階で産業革命と呼ばれた変化が起こります。これはそれ まで人間、家畜、風力、水力のエネルギーを使ってなされていた仕事を蒸気機関のエネルギ ーに置き換えるもので、これにより、人間の生活物資の生産能力が飛躍的に向上したのです 。蒸気機関は石炭という化石燃料の持つ化学的エネルギー源を動力(運動エネルギー)に変 換する機能を持つエネルギー変換機関ですが、その後、火力発電、原子力発電といったエネ ルギー変換機関が発明され、人間によるエネルギー利用と生産力の増大がますます進展して いきます。 これだけのことを考えると科学技術に基づく近代文明に何ら問題は無さそうで す。
 
 ところが近代文明に二つの大きな問題が発生した来ていたのです。 ひとつが自然の破壊で 、もうひとつが人間の自然の生命体に対するコミュニケーション能力の忘却です。 この二 つは同時並行的に起こってきています。 もし人間が自然界の生命体とのコミュニケーショ ン能力を忘却していなければ、それほどの自然破壊はあり得ないことです。
 人間は産業革命以降において、生活物資の生産力の増大を急ぐあまりに、自然破壊に、目をつむりました。それは同時に自然の生命体とのコミュニケーション能力、共感する力を敢 えて忘却するということでもありました。
 私は人間が社会を形成するに連れて自然の生命体との感情伝達能力を忘却してきた、と言 いましたが、近代文明の発達する以前にはその忘却はそれほど著しくはありませんでした。

 いつも自然と接して暮らしていた農民がほとんどであった、ということもあるでしょうが 、農民でなくても歌や詩に自然を読み込むなど、自然との豊かな共感がありました。
 近代文明の進展と共に、生活物資が豊かになる一方で、自然との接触は希薄になり、自然 の生命体との共感能力が忘却され、同時に自然破壊が進行したと言えるでしょう。
 
 神様が近代文明を進展させていく人間をご覧になって最も悲しまれたのは自然破壊ではな く、人間が自然の生命体との共感能力を忘却したことでした。 それで神様がなされたことは先ず人間の他の生命体との共感能力を回復されたことです。ついで全ての生命体に相互の コミュニケーション能力を与えたのです。 このコミュニケーション能力には感情レベルだ けでなく、知性に関わる情報交流能力も含まれていました。

 知性に関わる情報というのは記憶であったり、地理的な情報であったり、経験や他社から の伝達によって得られた知識であったりします。 これは感情以上に伝達が難しいです。というのは生命体の種によって世界のとらえ方が違 うからです。 例えばアリのとらえている世界と人間のとらえている世界は違います。 アリは人間に比べて身体が小さいので、人間には見えない小さな世界も見えているし、感 じています。その代り人間がふつうにみている、家とか電信柱とかは大きすぎてアリには見 えません。 ですから人間の言葉でアリに話してもチンプンカンンプンです。逆にアリの言葉で人間に 話しかけられてもわかりません。でも相互に交流を続けているうちに何を言おうとしている かが次第にわかってきます。 例えばアリが「丸くてかわいい子」と言えばそれがアリの卵のことだとかです。 例えば人間がアリに家の話をしようとすれば「私の大きな巣」とか言えば意味が通じます 。 感情レベルの伝達、すなわち共感は知性に関わる情報の伝達に比べて、速やかに習得され ます。種が異なっても、喜怒哀楽の情は相当広範囲の生命体で共通です。さらに原初的なの は好き、嫌い、痛い、快いなどの感情でこれはほとんどの生命体に備わっています。ですか らそのような感情は比較的容易に伝わります。
 以心伝心で個体間に意思を伝える方法はいったん習得すれば簡単です。ある個体Aが他の個 体Bに意思を伝えようとしたら、Aが心の中でBのことを思います。するとBはAが自分のこと を思っていることに気づきます。すると相互に意思の交流が開始されます。この以心伝心は AとBがどんなに離れていようと距離に関係なく同じように伝わります。
 人間の世界ではイン ターネットを通じてメッセージのやり取りがされますが、そんなようなものです。 ただし以心伝心が成り立つためには条件があります。 それはそれをする個体同士が知り合いであって且つ個体同士がおたがいに好意を抱いてい る、ということです。 出会ったことがありお互いに好意を抱けば、以心伝心が成りたつようになります。また知 り合いの知り合いという関係でも以心伝心が成り立ちます。例えて言えばFacebookの世界で 友達になるようなものです。
                                                            
 以心伝心の能力にも段階があります。知り合った個体同士が最初に感じるのは相手に近づ きたいのか、離れたいのかという感情です。 これは好きか、嫌いかという感覚と言ってもいいでしょう。この段階でお互いに近づきた いという感覚が伝われば、そこから、より進んだ以心伝心が始まります。泣き、笑い、喜び 、恐怖、怒り、不安、安らぎ、悲しみ、楽しみ、快さの情が伝わります。またその感覚をも とに何をしたくて、何をいやがっているか、という意志も伝わります。
 この様子は母親が子供を育てていく姿を想像すると解りやすいかも知れません。 子供が赤ん坊のときは泣いたり、微笑んだり、安らいだりします。母親にはその感覚は直 接伝わります。そして母親はその感覚から子供が何をいやがっていて、何をしてほしいのか を察するようになります。
 以心伝心でもこのように感情や意志が伝えられるようになります。 会話、すなわち、言葉 による意思伝達というのは人間の子供の場合でもある程度成長してからで、しかもいっぺん に出来るようになるわけでなく、片言から始まって、徐々に複雑な会話が出来るようになっ ていくのですが、超社会での個体同士の間での以心伝心による会話能力の発達もそれと同じ ように徐々にしか進んでいきません。  
 人間の子供は幼児の頃に話を始めます。本人は何か意味のあることを言っているようです が、こちらには通じません。始めに母親がその意味を理解するようになるのですが、周りの 人が理解できるようになるには少し時間がかかります。 以心伝心による会話というのもそ のように時間をかけながら進んでいくものです。 (余談:筆者の家の近くに住んでいる三男の娘に始穂、自称アポン、という2才と少しの娘 がいます。毎日のように我が家に遊びにきます。何か話をしていますが、意味がわかりませ ん。川越に住んでいる長女の息子に共揮という4才の子がいて時々埼玉県小川町の我が家に きます。そして来ると、よく3男の家にいって遊んでいますが、始穂と遊んでいて、始穂が 話をすると、これはこう言っているんだ、と通訳をするそうです。驚きました。)

Ⅰ-5 超社会の形成
全地球の生命体から構成される超社会はシチリア島でのサミットを契機にスタートします が、それが社会と言えるだけの形に発展するまでには気の遠くなるような時間を必要としました。それは主に以心伝心による会話能力の発達に時間を必要としたためです。 超社会の、創成の歴史においては先ず、同じ種が全体で構成する種社会が作られます。同 じ種の個体同士の会話能力は比較的容易に発達したため、種社会の構成は比較的早い時期に 進展しました。 ついでそれぞれの種社会と種社会の間での交流が展開していきます。  これにはずいぶん長 い時間を必要としました。生命体の進化の過程において比較的近い種は、比較的早くから交 流が進みました。たとえば人間の場合は類人猿との交流から始まり、そこから哺乳類全般さ らに脊椎動物、無脊椎動物へと交流の輪を広げていきます。
 人間の場合そこまで、行きついたところで、次はどのような種との以心伝心の交流に進ん で行くかが問題になりました。
 当時の近代社会においては生命の区分は定説がなく、生命間にどのような境界を設けるか で議論は紛糾しました。 ところで生命が生きていくには栄養が必要です。そして栄養の取り方が生命体相互の位置 づけに深い関係があります。 その観点から生命体の境界分けは次のように決まりました。

1.原生生命界:栄養を直接環境から取り込む生命。光合成能力も、消化能力もない。 単細胞、もしくは単細胞の集合とみなせる。 生命のご先祖にもっとも近い家系。 原核生物のバクテリア(=細菌)、藍藻、真核生物の鞭毛虫などを含む。ホイタッカー の5界説でのモネラ界と原生生物界を含む。

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原始生命の鞭毛中
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                原始生命の繊毛中             


2.菌界:光合成能力はなく、体外での消化能力がある。 通常移動能力はないが鞭毛菌のような例外もある。 真核の単細胞もしくは多細胞生物で細胞外で養分を消化し、細胞表面から摂する。 きのこ、酵母、多くのカビ類、粘菌類、鞭毛菌、接合菌、子嚢菌、担子菌。
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カビの仲間 

                       
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                       きのこの仲間    
                 
3.植物界:光合成をし、移動能力はない。  真核で細胞膜を持つ細胞による多細胞生物で、褐藻、緑藻、緑色植物など。  食虫植物などを除き、消化能力はない。

4.動物界:移動能力があり、光合成能力はない。  栄養は体内に取り込んで消化、吸収する。

5.ウイルス:生命の遺伝子情報を担う、DNAもしくはRNAのみを持つ。  細胞は持たずに他の個体の細胞内で増殖する。

 さて人間は動物界に属するので、動物界での他の種との以心伝心の力をつけると次は 菌界、原生生命界、植物界へのと以心伝心の力をつけていきます。
 ただし、単細胞生命体やウィルスといった微細な生命体との交流は困難な場合もあり 、単数若しくは複数の第3の種を介して交流する場合も出てきたのは。やむを得ないで しょう。
 超社会全体での意思決定をするのは全生命サミットでです。
 そこでは各種社会の代表が集まって地球の生命体の全体に関わる重要な問題を取り上げて 議論し、意思決定を行います。
 この基本的な枠組みは、すでにシチリアでのサミットの時に決められたものですが、実際 に活動が始まったのは種社会が作られ、種社会同士の交流がある程度進展してからです。
 この全生命サミットで決められるのは主に地球の環境問題と、種同士の間での補食関係です 。
 超社会になっても、ある種が他のある種を食べる、という関係は変わりません。これは神様のお決めになった厳粛な掟であって、変えるわけにはいきません。
 全生命サミットで決めるのは相互に絶滅することのないようにするための取り決めです。 ただし、全生命サミットで決めるのは大枠で、各地域での補食関係については各地域の種社会が集まって構成される地域サミットで決められます。 ここで超サミットであったり、地 域サミットであったりの会議はどこかに集まってなされる訳ではありません。 全て以心伝 心でなされるので、どこかに集まる必要はないのです。
 以上が守護天使が語った地球の未来像です。

Ⅱ章 タイムマシンに乗って超社会へ
 自称守護天使の話した地球の未来像はとても魅力的に思えました。 でも、それが本当かどうかが疑問です。 私はなんでも自分の眼で確認しないと信じません。
 しばらく、超世界のことをあれこれ思っていましたが、どうしてもそこに行ってみたくな って、タイムマシンを使うことを考えました。 ところでタイムマシンはまだ十分性能が確認されていません。 実施例も少ないですが、過去や未来に行って戻ってこなかった事例も出ています。 それが本当に装置の故障によるものか、あるいは行った人が現在に戻りたくてなくなって 帰ってこなかったかは定かではありませんが。
 それに数時間程度しか、機能しません。つまり現在から過去あるいは未来に飛び立ってか ら数時間以内に帰ってこないと、もう戻れなくなります。
 超世界に行ったとしてわずか数時間ではあまり良くわからないでしょう。 私はタイムマシンを改良し、1日24時間は機能するようにしました。 それで超世界の完成期頃の未来に旅立つことにしました。

Ⅱ-1 旅立ち
 これから未来の超社会への向けて出発したいと思います。 読者のあなたも是非私と一緒についてきてください。 行ったことのない世界を知ろうと思ったら、そこに行って体験するのが一番の早道ですか ら。
 出発の場所は埼玉県小川町飯田区の飯田神社です。
 ここは小高い丘の上で見晴らしもいいので、未来世界に着いたときに、自分の位置をわか りやすいです。
 ではタイムマシンに乗りましょう。 タイムマシンは乗り込んで、発車するとたちまち眠くなって、目が覚めると未来に到着し ている、という仕掛けです。
 はい、到着しました。 見渡せる周りの山々は緑に包まれています。これは昔と同じです。
 
 神社は影も形もありません。 平地にも家が見当たらずに緑に包まれています。 ところどころに煙が立ち上っています。これは人間の住んでいるところでしょうか?  丘をを下りて行きましょう。

Ⅱ-2 MASAAKIさんの地下の家
 あっ 向こうから人が歩いて来ました。聞いてみましょう。
 筆者:「もしもし、私たちは遠い昔の世界からやってきた旅人です。家が見当たらないの で驚いています。あなた方はどこに住んでいるのですか?」
 超社会の住人「ああ、そうなんですか。私の名はMASAAKIと言います。あなたは何と言いま すか?」
 筆者「えっ、私も正昭です。」
 MASAAKI「ああ、そうですか。私のご先祖かもしれませんね。では私の家に来てください 。」 と言って超社会の住人MASAAKIさんは先に立ってすたすたと歩き始めました。
 しばらく行くと、もと筆者の住まいがあったと思しきところに緑のツタに覆われた扉があ ります。
 そしてその扉を開けるとそれは地下につながる階段がありました。
 その階段も周りの壁も柔らかく、明るい光を放っています。
 MASAAKIの後についてその柔らかな光に包まれながら、階段を降りていくと目の前に大きな 部屋が開けました。
 それはこれまで見たことのない不思議な部屋です。形は洞窟のように不定形です。部屋全 体が明るく柔らかな光に包まれて、気分がいいです。その光は洞窟のような壁の面から放た れています。その光も場所によって一様ではなく、明るいところも、ほの暗いところもあっ て、しかも明るさが揺らいでいます。
 この光はどこから来るのでしょうか? そしてこの壁は何で出来ているのでしょう? MASAAKIさんに聞いてみましょう。
 筆者「この壁って何で出来ているのですか」
 MASAAKI「この壁は天然のシリカSiO2とアルミナAl2O3を好みに合わせて混ぜて硝子状に固 めたものです。特にシリカは土中に多くあり、資源に事欠かないので、現在建材としてよく 使われていますよ。 この壁の色と透明度は好みによって微量元素の混ぜかたを変えて色々 に出来ます。この部屋は乳白色にしつらえて見ました。部屋の形も好みに合わせて自由に出 来ます。私は洞窟の気分が味わいたくて、こういう形にしてみました。四角さにこだわる人 もいますし、玉子型がいいという人もいますよ。」

筆者「この部屋の柔らかい光は素敵ですけれど、何処から来るのですか?」
MASAAKI「あ ~、この光ですね。 あなた方のような昔の人から見たらとっても不思議に思うでしょうが 、この光は植物の根から来るんです。そうですこの壁の外側に絡み付いている根が光って、 この乳白色の壁を通して来るので、このような感じの光になるんです。 根から光を発する この植物は根に発光バクテリアというバクテリアを共存させていて、そのバクテリアに養分 を送って光らせているのです。 私達はこの根を光らせる植物を光根樹と呼んでいます。他に葉の光る葉根樹とか花の光る 光花樹というのもあります。 これらは樹木ですが、草にも光を発する種類があって、光根草、光葉草、光花草と呼ばれ ていますよ。 それらの植物は街灯や部屋の灯りにも使われています。我が家にも植物を部屋の中におい て明るくしている部屋もあるので、後でお見せします。 このようなことは不思議に見えるかも知れませんが、あなた方が住んでいた時代に光る植物というのが人工的に作られていましたよ。 現在の光る植物はそれの発展したものと考えられるかも知れませんが、それは違います。 あなた方の時代に作られた光る植物は遺伝子組み換えの技術等を用いて人工的に作られたも のですが、現在の光る植物は生命体同士の交流から生まれたものです。 つまり人間が植物に光るようになってくれるように依頼し、植物は発光バクテリアに共生 を申し込み、発光バクテリアはその申し込みを受け入れて植物と共生し、次第にその発光能 力を高めて、現在のように人間に利用される、というか人間と共生するようになったのです 。 その結果、人間は余計な電力を使わなくてすむようになり、光る植物と発光バクテリアは 人間の住むところであれば、そこに一緒にすんでそれらの種を繁栄させるに至っています 。」

MASAAKI「この部屋は居間です。光の明るさとか色とかは根光樹に以心伝心にて伝えて調節 しています。」
 と言ったかと思うとMASAAKIさんがちょっと瞑想するよう目をつむり、どんな色の光が良い か、と聞くので、紫がいい、と答えると、今までやわらかい乳白色であった、光が神秘的な 紫色に変わっていきます。私たちが驚いていると、「驚くのはまだ早いです」というと、手 を波打つようにゆっくりと揺らしています。すると紫色の光が、天空のオーロラのように波 打ち始めました。そしてその紫のオーロラが、緑のオーロラに、赤いオーロラに、そしてピ ンクのオーロラに変わっていきました。そしてピンクのオーロラはMASAAKIが手の動かし方 を変えるとそれにつれて舞うように動きを変えていくのです。鳥のさえずりも聞こえて来ま した。ピンクのオーロラの動きに合わせて歌っているようです。

そのうち、MASAAKIさんの孫娘のAPONという子が来ました。リスを連れています。APONとリスもオーロラの動きに合わ せて踊りを踊ります。
やがてMASAAKIさんが手の動きを止めるとオーロラもピンクの輝きを薄めていって部屋の中 はもとの乳白色の柔らかな光の世界に戻りました。
MASAAKIさん「驚きましたか? あなた方の時代の人から見たらとても不思議に見えるでし ょう。私もこの光の舞と鳥のさえずりを交えたオーケストラを演奏できるまでには、根光樹 、発光バクテリア、鳥たちと一緒にずいぶん練習はしました。でもまだ未熟です。昔は東京 と呼ばれていたところには大きな音楽ドームがあってそこでは専門の楽団が演奏会を開きます。中は昔のサントリーホール位広くて、大勢の観客の中でいろいろな演奏がされます。  楽団は人間だけでなく、鳥たちも、時には虫たちまで参加して共演します。ドームの壁面は 立体画像が映し出されて、いろいろな自然現象や幻想的な抽象画像も現れて、観客はこの世 界に引き込まれながら、音楽を楽しみます。またそこでは音楽に合わせた踊りが披露される ことがあって、そこにも、人間と一緒に鳥や動物や虫が踊ります。 観客といっても人間ばかりではなく、鳥や動物や虫や植物までもが観客になります。あな た方も一度行かれたらいいですね。」 筆者「そうですね。でもタイムマシンで未来の世界にとどまれる時間は1日だけなのです。 それよりMASAAKIさんのお宅をもう少し見せてください。」 MASAAKI「わかりました。では隣の部屋に行きましょう。ここは草木の部屋です。」

Ⅱ-2 草木の部屋
MASAAKIさんに案内された。部屋に入ると天井は青空で真上に太陽が輝いています。今はま だ冬のはずなのに暖かです。周りは森でミカンやリンゴもなっています。梅、桃、桜が一時 に咲いています。バラの香りもにおいます。 「え~、これは部屋というよりお庭ですね~」というとMASAAKIさんは「確かに普通に言え ば庭でしょう。でもこの庭は、周りの森の木々に協力していただいて常春の世界になってい ます。だから私たちはここを部屋と呼んでいます。ここで野菜や穀物を採ったり、果物を採 ったいして、食事に使わしてもらっています。 ここには森の動物たちもやってきますよ。」
「おーい。お客さんだよ~」とMASAAKIさんが声をかけると森の仲から、イノシシ、鹿、熊 、リス、アライグマ、ハクビシンなどの動物や、鳥たちも集まって来て私たちを迎えてくれているようです。
 残念ながら私たち現在の世界から行ったものには以心伝心の能力がないので、動物たちが 何を言っているかはわかりませんが様子では歓迎しているようです。するとMASAAKIさんは こういうのです。
「そうですね、あなた方には以心伝心の力がないので動物たちが言ってい ることの意味は分からないですね。でも本当はあなたたちも以心伝心の力はあります。ただ ここには温泉もあってその温泉につかっているとその能力がよみがえります。というので私 たちはMASAAKIさんの導きで森の中に入っていくと、大きな温泉があって湯気で煙っていま す。その温泉につかることにしました。
 
 動物たちも一緒に入ります。そうするとだんだん動物たちの言っていることの意味が聞き 取れてきたのです。まずイノシシの話です。 「大昔の話でイノシシ仲間に言い伝えられていることがある。このあたりに正昭という人 が住んでいて、ご先祖はその人の家の周りを出入りして、ミミズを取るのに道をほじくり返 したり、時には正昭さんの奥さんが作っている畑に入ってお芋を頂いたりした。御園さんと いう正昭さんの友達がいて、その話を聞いてイノシシ捕獲作戦をいろいろ提案していた。御園さんの奥さんはそのために狩猟免許まで取ったという話。それを聞いてご先祖はこれは本気で俺たちを捕獲する気だ、と悟って、正昭さんの奥さんの畑を荒らすのはやめた、という こと。それ以来、ウリボウのころから親から言われるのは、『正昭さんの畑で夜遊びしちゃ いけないよ。御園さんにつかまるからね』だった。お前がその正昭さんなのかな」
 
この猪の話には正直驚きましたが、私は「そう、間違いないです。」というしかありませ ん。そのうち、熊が話しかけてきます。「これも昔話だけれど、正昭さんのところに飼われ ていたことがあるグレハムという犬が山に戻って来て、しばらく遊んでいたことがあるって 話を聞いたよ。鬼ごっこやかくれんぼを教えてくれたって。 それ以来子供たちはよく鬼ご っこやかくれんぼで遊ぶようになったって。」
 
 この熊の話にも呆れました。どうしてそんなことまで伝わっているのか不思議です。 私達があきれ返っていると、今度は木々達が風に揺られてざわめいています。以心伝心がわかる 前にはそれは単なるざわめきにしか聞こえなかったでしょう。でも木々たちはクスクス笑い ながらこう言っているのです。 「あなたたちはまだわからないのかしら、私達生命はみん な繋がっているということ♪だからなんでもわかっているということ♪」 この木々の呼びかけには電撃に打たれたようにしびれました。私も全ての生命体が繋がっ ていると、観念的には思っていましたが、ここでまあまざと証拠を見せられたのです。 木々たちがまたざわめいています。それはこう言っているのです。

「私達、キツネのコンチッチのことも知っているわ。イソップ童話のブドウとキツネの話 に出てくるあのキツネのことよ。その続きの話を正昭さんが語っていて、その話はブドウ仲 間に伝えられて、ブドウ仲間から、木々仲間に伝えられて、それで私達も知っているのよ 。」  木々たちにここまで話されると、もう唖然としてしまいます。
 
 温泉の頭上には木々が生い茂っていて、小鳥たちが集まってきました。口々に私達のこと をうわさしているようです。そのうちに合唱を始めました。「ピーチク、パーチク、チュン チュンチュンチュン、ピーヒャラ、ピーヒャラ、コンコンコン」という具合です。ここでコ ンコンコンとは鳥は鳴かないと思われるでしょう。その通り、これは鳥の鳴き声ではなく、 キツツキが木をくちばしで叩く音です。
 
 私達は温泉に浸りながら、鳥達の楽しげな歌に耳を傾けていました。遠くから谷川を流れ る水の音も聞こえてきます。私達の心の深いところで全ての生命体に繋がっているという感覚が、蘇ってきています。そして鳥のさえずりのバックグラウンドミュージックとして動物 たちが、そして木々たちも一緒に奏でている音楽が聞こえてきたのです。それは静かで優し く、時には荒々しく、心の深い、深い奥から響いてくる生命の賛歌です。 じっと耳を清ま せてみましょう。 この歌はここに来ている動物やこの周りの森の木々たちだけでなく、地球上の全ての生命体が共鳴して歌っているガイアの歌です。この歌は心の深い奥に直接響い てくるので音にはなっていません。でも確かに聞こえてくるのです。 次第にわかった来たことはこのガイアの歌は遠い遠い昔からいつも奏でられてきた歌、そ うです私達が生きているこの時代にも心の耳を澄ませばいつでも聞こえる歌です。 神様がこの宇宙をお造りになった時から、いやお造りになる前から響いている音楽です

Ⅱ-3 草木部屋での食事
 私達が温泉に暖まりながら、ガイヤの歌に耳を傾けて、物思いに耽っていると、MASAAKIさ んの声「食事の支度をするので、てつだってくださ~い」
 それでは私達も温泉から出て、食事の支度を手伝いましょう。どんな食事をどのように作 るのか、楽しみです。 MASAAKIさんの奥さんのTERUYOさんが出てきて、話しかけてきました。 「遠い昔の世界か らきてくださったのですって。それではこの超社会の生活は驚くことが多いと思います。で も私達にとってはこれが普通の生活です。あなた達の住んでいた大昔の話を聞くこともある けれど、私達にはそっちの方が不思議な世界ね。人間が沢山の国家という集団を作って、領土を奪い合ったり、時には戦争で殺しあったりって信じられない! でも今日はゆっくり楽 しんでくださいな。さあ、一緒に食事作りをしましょう。」
「食事作りは動物たちにも手伝ってもらうの。熊五郎さん、あなたは、谷川から魚をとっ てきてね。いつものように川の神様にお魚取らせてくださいって、ことわってね。そうすれ ばお魚も怒らないからね。 猿彦くん、あなたは森の中からキノコを取ってきてね。森の神 様にもちゃんとことわってね。 それからキツネのコンチッチ、あなたは山葡萄、今日はお 客様がいるので沢山取ってきてね。」
TERUYOさんがそういうと、動物たちは勇んでそれぞれ言われた食事の材料をとりに出掛け ます。
「さあ、私達はこの草木の部屋の中から、新鮮な野菜をとるのです。この草木の部屋は常 春の園とも呼んでいて、一年中新鮮な野菜や果物がとれるんです。先ずトウモロコシを摘ん で、お芋を掘りましょう。トウモロコシやお芋が私達の主食です。トウモロコシは甘いの、 あっさりしたの、深い味わいがあるのとかあります。今日は深い味わいがあるのをとりまし ょう。お芋はジャガイモ、里芋、サツマイモ、山芋などありますよ。今はジャガイモがホク ホクで美味しいのでジャガイモにしましょう。」
 ということで、私達はトウモロコシ摘みとジャガイモ堀をします。 その間にTERUYOさんはナスとレタスを摘んでいます。 この常春の園には鶏もいて、あちこちに玉子も生みます。それで玉子を探して集めました 。
 動物たちも魚やキノコや山葡萄を取って戻ってきました。
 魚は串にさして、塩をふり、焚 き火で焼きます。 ジャガイモ、トウモロコシとナスは塩ゆでです。
 玉子は温泉に入れて温泉卵をにします。 食事は熊五郎さん、猿彦君、コンチッチも一緒で す。MASASIさんの家族、SATOKOやAPONも来て賑やかな食事が始まりました。
 食事は大自然への感謝のお祈りから始まります。食べ物は簡素な調理、味付けで野外での 食事、原始時代に近い食べ方かと思われます。でも新鮮さと自然の風味がいっぱいです。季 節は冬、時間は夕刻ですが、食事の場所は暖かく、明るいです。森の木々たちがこの場所に このような環境を作ってくれているのです。
 私はMASAAKIさんに私たちが温泉につかっているときにガイアの歌を聴いたという話をしま した。 MASAAKI「そうですか、それは本当に良かったですね。私もその歌には時に耳を傾けて聞くようにしています。あのガイアの歌は現在の人たちでも、すべての人が聞き取れるわけではありません。よほど心を澄ませないと聞き取れないのです。あなた方は心がけがよかったの で聞こえたのですよ。本当に良かった。昔の世界に戻ってもあの歌を忘れないでくださいね 。」


Ⅱ-4 木の根っこに囲まれた寝室
 私たちは居間に戻って、MASAAKIさんに超社会のことをいろいろと聞きました。 夜も更けてきて私たちはそれぞれの寝室に案内されました。 私の通された部屋は木々の根 っこに囲まれた部屋です。何種類かの木の根が絡み合って、洞窟のような空間をつくってい ます。
 その空間の壁の中にベットのような形のくぼみがあってその中に眠るのです。 まだ以心伝心の力が残っていたので、木々たちに向かって、何か快い子守唄を歌ってくれ るように頼みました。木々たちは歌うのが好きなので、すぐに引き受けてくれました。木々たちの優しく快い歌を聴きながら、ぐっすりと眠りました。

Ⅱ-5 MASAAKIさんの超社会の解説
 翌朝は鳥達の歌声に眼を覚ましました。寝室を形成している木々達の根があけぼのの空の 色に輝きはじめています。 私達(読者のあなたと私)は常春の園にてTERUYOさんの作った 朝食を頂きます。
 常春の園の炊事場にコンコンと湧き出す温泉のお湯に色々な野菜と玉子を入れて作ったス ープ、山羊の乳、玄米パンとチーズ、それに新鮮なサラダを美味しく頂きます。
 朝日が、この園を囲む木々の間から射し込み、鳥達の囀ずりが響いています。 リスが木か ら降りてきて、チーズをせがみます。 そんな中で、朝食をいただきながら、超社会に関す るMASAAKIさんの話に耳を傾けます。
「超社会は神様が全ての生命体に以心伝心の力をお与えになったことが出発点であったこ とはあなた方もご存じの通りです。その結果生命体の種ごとに種社会が作られ、種社会が集 まって超社会が作られてきたこともご存じと思います。 超社会は全ての生命体が次のこと を認知することによって成立している社会です。すなわち『全ての生命体はひとつの生命体 の一部であって、そのひとつの生命体を通じて、全ての生命体が互いに繋がりあっている』 ということを認知することによって成り立つのです。 でもよく考えてみてください。この 『全ての生命体がーーー繋がりあっている』ということは、超社会が創成される以前からの 真実であって、あなた方もそれは感じているはずです。神様が全ての生命体に以心伝心の力をお与えになったのは、その事を明瞭に思い出させるためでした。」 このMASAAKIさんの話を聞きながら私は昨日温泉に浸りながら聞いたガイアの歌のことを思 い出そうとしました。でもその歌の音は微かで、昨日ほど明瞭には聞き取れません。 すで に私から、以心伝心の力は失われて来ているのでしょうか。

Ⅱ-6 現在の世界への帰還 
 MASAAKIさんお話を聞きながら、気になりだしたのは、帰りの時間のことです。
 私達のって きたタイムマシンは一日しか、時間跳躍機能を保持できないのです。もし一日を過ぎると、 もう過去の世界には戻れなくなります。私は一瞬、「もう、戻れなくてもいい、この世界、 気に入ったし、ずーっとここにいてもいいな」と思ったのですが、すぐに「いや、このよう な超社会が未来にあることは現在の世界に戻って伝えなければ」と思い直しました。それに 読者のあなたを巻き添えにしてしまうことは出来ません。

 MASAAKIさんは私のそのような考えを全て読み取って、微笑んで言います。 「あなた達の時代に戻る時間が近づいているのですね。わかりました。ではこれを差し上 げましょう。」と、小さなメモリーカードのようなものを手渡して「これは超社会の歴史などについての解説を記したメモリーカードです。あなた方が近代社会に帰っときに伝えても らいたいと思って、昨夜これを作りました。これはあなた方の時代のパソコンでも読み込み が出来ます。実のところ、今の時代にはパソコンは使いません。情報のやり取りは以心伝心 でなされるのでパソコンは不要です。そればかりでなくメディアと呼ばれる、テレビ、ラジ オ、新聞などもなく、遠い昔にあったと聞いていますが、今はミュージアムに残されている だけです。でも大昔のものを懐かしむマニアがいまして、パソコンを使ったりします。私も そのマニアの一人ですが」と言います。

「ああ、それからガイアの歌が聞き取れなくなってきた、心配していましたね。正直なと ころ、あなた方がこの世界でしばし得た以心伝心の力をあなた方の時代に持ち帰る訳にはい きません。それは生命の歴史の調和を乱すことになるからです。 でもあなた方はガイアの 歌を聴きましたね。それだけは覚えておいてください。本来あなた方はガイアの歌を聞き取 れる力を持っているのです。きっといつかあなた方の力で持って、ガイアの歌を聞き取る力 を取り戻せるはずです」
 私達はMASAAKIさんの家族、動物達、鳥達に見送られながら、MASAAKIさんの家を出て、タ イムマシンのおいてある丘に向かいます。途中は原生林のような林の中に小路が続いていま す。MASAAKIさんの家の常春の園は温かく、色とりどりの花も咲いていたのですが、この小 路から見られるのは、ようやく芽吹こうとして赤みのさしかけた木々やまだ枯れたままの草達、所々には紅い梅、白い梅も咲いています。またあるところは緑の常緑樹につつまれてい ます。これは私達が住んでいる現在の山村の春間近の風景に近いです。
 ようやく、タイムマシンのおいてある小高い丘に着きました。ここは前述のように私達が 住んでいた時代に飯田神社という神社があったところです。 ここからは周りの里や山が見 渡せます。私達が住んでいる現在と変わっているのは先ず、家が見えないことです。でもあ ちこちに煙が上がっているのが見られます。 これが、人家のあるところでしょう。
 MASAAKI さんの家のように居間や寝室が地下に潜っていて、その脇に木々に囲まれた常春の園があっ て、煙はその常春の園から立ち上っているのでしょう。 山の様子も現在とは異なっています。建材として植えられた杉や桧、それからこの地方で 古くから薪炭材として育てられいたコナラなどはほとんど姿を消しています。そのかわり、 この地方の原生種である、アラカシ、シラカシ、アオキなどをはじめとする、広葉常緑樹の 群落が山のほとんどをを覆っています。 その群落の中に梅や山桜その他の落葉樹が点在します。
 もと田んぼや畑のあったところは 山葡萄やリンゴ、桃、栗、くるみなど多種多様な果樹や木の実の果樹園となっています。
 原生林のような山々や果樹園の木から木へと飛び回る鳥の鳴き声に耳を澄ますと、それは私達に別れを告げている音楽のようです。さらに耳を澄ますと、見渡す限りの木々達、草達もそ の音楽に合わせて別れの歌を歌ってくれています。そして獣達、虫達の声が加わります。 そ れらが合唱のように見下ろし谷全体に響き渡っています。 真にガイアの歌です。私達に以心伝心の力が甦ったのです。でも、それはしばしの間でし た。やがて虫達、獣達、木々達の声は聞こえなくなり、ただ鳥達の囀ずりがふつうの聞こえ 方で聞こえるだけとなりました。 私達はタイムマシンに乗り込むと、現在の世界に戻って 来たのです。

Ⅱー7 現在の世界
 さて、現在の世界に戻ってみると、全くもとのままの世界が広がっています。それは当然 です。私たちはたった一日しか超社会にいなかったので。 しかし、私たちにはその一日は とても長かったように感じたのです。  そして、超社会のことを知らなかったときに当然 と見えていた現在の世界のことが不思議で懐かしくも感じられます。  
 例えば広い道があ って、自動車が縦横に走っていたり、道に沿って電信柱が延々とすづいていたりする風景も 不思議です。  
 木造の家があったり、コンクリートの家があったり、それらが地上に様々 な形を成して点在する風景、電車が走っているのを見ても懐かしく感じます。  
 さらに東 京に出れば色も形も様々な高層ビルが立ち並ぶ風景には驚異の念すら覚えます。  新聞や テレビでは連日のニュースが伝えられています。
 ある国が核爆発の実験を行って制裁を受けているとか、ある国の大統領が、隣国との間に 壁をつくるとかいう話があったり、あきれます。
 しかし、未来の超社会から戻ってしばらくすると、もとの日常生活に紛れて、超社会のこ とも忘れかけていきました。 ただ、日々のニュースから、国どうしのいさかいがエスカレ ートして行くようで、それが気になってきました。私はMASAAKIさんから超社会のことを記 したというメモリーカードをもらったことを思い出しました。もしかしたらその記録に世界 平和へのヒントが隠されているのではないか、と思いその記録を見ることにしました。次か らはその記録です。
       
Ⅲ章 MASAAKIさんの超社会の解説
次からはMASAAKIさんから手渡されたメモリーカードに記された超社会の話です

Ⅲ-1  近代社会がはらんでいた矛盾
 あなたは、この大宇宙の歴史を考えたことがある、と思います。BIGBANGから始まって、や がて沢山の銀河ができて、太陽系ができて、その中の地球に原始の生命が生まれて、そこか ら太陽エネルギーを取り込める葉緑体をもった植物が生まれて、それを食べて活動する動物 が生まれ、人間が生まれ、文明ができて来たのです。 不思議ですね。 奇跡といって良い でしょう。 これから私が話す超社会の話は超社会の創設以前の人達から見るととても不思 議に見えると思います。 でも考えてみてください。この大宇宙が始まって、人間の文明が 出来るまでの歴史を、そして、そこにあなたがいるということを。あなたのうちには大宇宙 の歴史がそして気の遠くなるような膨大な時間の中で綿々と繋がって来た生命の歴史が眠っ ています。これこそ、不思議、これこそ奇跡ではないでしょうか? ですから、これから話 すことがいかに不思議に思えてもあり得ないことと、一蹴しないでください。
 
 超社会の出発は神様が全ての生命体に以心伝心の力を授けたことから始まっていますが、 この以心伝心の力が働くには原理があります。それは全ての生命体がひとつの生命体から出 発していることから来ます。そのひとつの生命体とは大宇宙を生み出した根元の力すなわち 神様です。 でも、神様というと、人によって受け取り方が異なるので、ここではそのひとつの生命体 を根元生命体と呼ぶことにします。 全ての生命体はその根元生命体に繋がっています。です からいかなる生命体の意識もその根元生命体の意識にさかのぼることが出来ます。そしてそ の根元生命体の意識から出発して個々の生命体の意識におりていくことが出来るでしょう。 これが以心伝心の原理と思います

 このような能力は本来全ての生命体に備わっています。しかし超社会の成立以前において はその能力は忘却されつつありました。そしてその忘却は近代文明を築いた人類において最 も著しかったのです。何故そのようになってしまったか、というとひとつには近代文明にお いて広まった個人主義という考え方がありました。
 個人主義は個人の権利と自由を尊重するという考え方であり、上意下逹を旨とする封建社 会から脱皮するためには有効な考え方でしたが、大きな弊害も生じました。その弊害のひと つが以心伝心の能力の喪失です。個人の権利と自由の主張が他者への以心伝心から来る慈悲の心を伴わないと、それは自己の利益のみを追求する利己主義に陥り、利己主義者同士は争いが絶えず、また利己主義者がよりあった国は自国の利益のみを追求する利己主義的な国家 となり、互いに利益を巡って争い、時には戦争にも発展します。
 当時自己責任という言葉 も流行ったようですが、この言葉は他者の不幸への同情心から来る痛みを隠す為に使われた ように思います。
 近代文明といわれた文明の出発点となったのは、イタリアで始まったルネッサンスでしょ う。 それは、それまで神の領域とされて人間の踏み込めなかった領域、生命の探究や自然 力の利用に道を開きました。その時代に宗教にも、君主にも支配されない個人の権利と自由 の主張、個人主義の概念が作られています。
 その個人主義の思想は、ジャンジャックルソーの民約論などに政治的に受け継がれます。 これは元々自由で平等であった人間同士がお互いに約束して、社会をつくり、王権も作った という考え方で、確かに封建社会を崩し近代の民主主義の成立に大きな影響を与えたという 意味で、歴史的な役割を果たしたと言えます。
 その後、産業革命の起こったイギリスで、アダムスミスが「諸国民の富」を執筆し、それ が近代社会の主流となった資本主義の基礎理論となります。その理論の基本は個々の個人や 企業が、自らの利益を追求すれば、神の見えざる手が働いて、全体として経済的な発展が達 成される、という思想です。
 これも背後に個人主義の原点を有します。 折しもダーウインの進化論が唱えられ、この考 え方が、人間の社会にも適用されて、経済競争によって勝つことは適者生存の原則にもとず く勝者であって、この社会において存続するに値するものであり、敗者は存続する価値がな い、とする考え方が一般化していきます。
 ここから生まれて来るのが新たな、差別意識です。個人では富めるものと、貧しきもの、 勝ち組と負け組、成功者と落ちこぼれなど、国家間でも先進国と後進国、developed countryとdevelopping country,などです。
 ルネッサンス以来の個人主義というのは元々宗教や封建的な差別などの社会的な束縛から 個人を解き放つ働きをもったのですが、それが新たな差別意識を生み出したのは皮肉な話で す。

 近代文明は人間同士の間の差別意識を生み出したにとどまらず、人間と人間以外の生命と の間の差別意識を生み出し、人間の利益になる限り、人間以外の生命を圧迫し、時には絶滅 に追いやってもやむを得ない、という考え方を産み出しました。
 アダムスミスの神の見えざる手により、自由競争が人類全体に経済的な福利をもたらす、 という思想には、人類の経済活動が自然に与える影響によって起こる問題に対する視点が欠 如していて、それが結果的に地球をも滅ぼしかねない環境問題に発展していくのです。
 人間同士の間の差別意識と人間の人間以外の生命に対する差別意識が人間から以心伝心の力を忘却せしめていきます。差別意識というのは意識の壁を作るということであってで、そ れによって、当然相互の意思の疎通は妨げられて、以心伝心からはどんどん遠ざかっていく のです。

Ⅲ-2 超社会の歴史
 ここから超社会が始まります。次からは超社会の歴史と現状です。 神様が全生命の以心伝心の力を甦らせたあとにシチリアのサミットを契機に超社会が成立 します。 それからしばらくは、以心伝心の能力が浸透し、発達するまでは混乱もあり、ド ラマチックな事態も多々起こりますが、結果的にどのような方向に向かったかを話します。

 先ず特筆すべきことは国家の消滅です。近代国家と呼ばれた存在は、大部分が産業革命以後に、産業発展と軍事力の強化を目的に成立していったものです。それは産業の発展と軍事 力の増強には、巨額の資金が必要であり、多額の税金を徴収可能な国家が必要であったから です。 しかし、超社会においての産業発展は近代とは別の方向に向かいました。そのことについ ては後程、また話します。
 尚、軍事力は戦争の必要がなくなり、不要となり、国家は存在理由を失っていきました。
 近代国家と言われる社会的集団の意識が強まっていた当時においては戦争が度々起こって いました。 世界大戦と呼ばれた世界中を巻き込む戦争も2回起こっています。3回目が起 こりかねない状況でしたが、それは超社会の創成によって食い止められたのです。
 当時発生した戦争には、そこに至るまでのプロセスがありました。 先ず国家と呼ばれた集団の成員の多くに不幸感が生じます。するとその不幸を解消すべき責任者は国家の為政者で あるとして、為政者に不満の矛先が向かいます。
 この状況が継続すると、国家の崩壊、内戦 の可能性も出てきます。そこで為政者は不幸の原因を国外に転化しようとします。あの國が こうだから、こういう問題が発生している、という形で国民の目を外部にそらせるのです。
 多くの場合、マスコミと呼ばれた情報のメディアもそれに加担します。そうしているうち に、国民の間にある特定の国(単数もしくは複数)に対する被害者意識が発生します。そしてその被害者意識は正義の主張を始めます。
 すなわち、私たちの国は、かの国によって不当な仕打ちを受けていて、それによって私達に不幸がもたらされている、これは不当なことであって、私達は正義を取り戻さなくてはな らない、とこのように進んできます。 こうして、正義感が高揚されて、悲しいことに、戦争に導かれていきます。
 この正義感の裏に潜むのは憎しみの感情です。 人間は憎しみの感情が醜いものであること は重々承知しています。でもその醜さを自らの心から覆い隠す為に、正義感が持ち出される ことがあります。戦争に向かうプロセスにはおそらく必ず、そのような正義感と憎悪が一体 となった感覚が意識的にあるいは無意識的に引き出されていきます。
 自分達の国家は正しく、かの国家は悪である、という思いは、その裏で、人間が本来備え ている、以心伝心の力を自ら断ち切るという心理的な操作を同時的に進行させています。
 神様が以心伝心の力を甦らせた時になさったのは、このような以心伝心の力を意識的にもし くは無意識的にも断ち切ることが出来ないようにした、ということです。
 その結果、世界中どこの国通しの間でも、直接的に個と個の間の意思が通じあい、相互の 憎しみの心が消えていきました。憎しみの心が完璧になくなった、とは言いません。 でも 戦争を引き起こすような国家と呼ばれた社会的集団間の憎しみは消滅し、戦争はなくなり、 軍備も不要となり、軍備を維持するという国家の機能も不要となったのです。
 次に超社会における産業発展の方向性について話します。 近代社会と言われた時代の際立 った特徴のひとつは産業中心主義です。 近代と言われた時代に成立した国家はいずれも産業の発展を追求します。産業革命において遅れた国は、進んだ国に留学生を送って、先進的な技術を学習させ、持ち帰った技術的な知識をその国家の教育機関を通じて急速な普及を計ります。
 このような急速な普及の仕方は国家という社会的集団の存在なくしてはなし得なかったで しょう。

 たとえば日本という当時の国家は明治維新を経て近代国家に生まれかわり、富国強兵を国 家の基本的な目標として設定します。ここで強兵は軍事力の増強です。そして富国とは、産業中心主義による経済の発展です。明治政府は留学生を英国、ドイツ、フランス、米国等、 当時産業革命において先進的であった国に留学生をおくり、先進的な技術を学習させます。 一方国内においては教育制度を、整え、その教育機関の頂点に帝国大学を設置し、留学生 が持ち帰った技術的な知識を帝国大学にて学生に学ばせ、そこで学んだ学生が、また地方に 散じて大学や企業の指導者となって、産業の発展を促す、という仕組みを作っていきます。 当時、このような仕組みを作れるのは国家という巨大な社会的集団であって、それが近代国 家なるものが成立していった理由でもあります。
 でもこのような状況は近代国家の成立初期の話です。時代を経て、その仕組みによる技術 的な知識の普及が浸透すると、技術的情報はかっての帝国大学とかいう国の機関よりは民間 の企業に蓄えられるようになります。しかも情報収集能力も国家機関より民間の企業の方が 優って来ます。個人ベースでの国家間の交流が進むと、国家の産業発展を主導するという意 味での存在理由はますます希薄になっていきます。超社会が創成される以前において、すで にその状況が生まれていました。
 超社会においては戦争がなくなり軍事力そのものの存在理由が無くなりました。また近代 国家における産業の発展は民間に産業開発力が蓄えられたことにより、民間自身で遂行され るようになって、国家の必要性は超社会の成立以前に、既に希薄になっていました。 このような背景の中で、超社会において国家は消滅していきました。 そして政治的な課題の解決の主体は、国家という中央集権的な組織から、各地域社会という地方分権的な組織に移行していきます。 無論、近代国家の有していた役割は産業の発展の推進と軍事力の維持、増強にとどまらず 、教育、医療、福祉などあります。 これらは、近代国家以前の国家においては国家の統制を強くうけずに概ね地域社会がその 役割を担っていたものです。超社会においても、それらは地域社会がそれぞれの仕方により 、その役割を担っていきます。 このように地方分権化が進行していった背景には、国家の 消滅とともに進んで行ったもうひとつの理由があります。
 それは超社会における地域社会というのは、人間だけによる社会ではなく、その地域に住まう、全ての生命体による社会だということです。 超社会が成立したばかりの頃は、地域 社会も種々の生命体が、共存し、ゆるやかににつながりあっている、というような状態でした。 時間がたつに従って、生命体相互の以心伝心による意思疏通が活発に行われるようになり、生命体同士の契約がなされ、さまざまな協力関係も作られるようにもなって相互の結び付き の強固な社会国家の消滅というのはこのような地域社会の成長と並行して進行していきまし た。
 すなわち近代国家の持っていた機能が順次地域社会に移されていきます。最後に残ったの は立法と警察の機能ですがこれもやがて地域社会に移されていきます。
 それによって国家は事実上消滅します。 ここで地域社会の立法と警察について話します。 近代国家には憲法をはじめとする法律がありましたが、そのような文章化された法は超社会にはありません。 地域社会はひとつの家族のようなもので、特に以心伝心での一体感のもとにあるので、近代国家にあったような法は無用です。ただし生命体相互の契約はあり、法といえば、その契約が法です。その契約というのも、自然環境の変化などに伴って、柔軟に変えられていきま す。
 法をおかす犯罪といえばその契約を守らないことです。警察の役割というのは、その契約を守らない生命体にたいして、その守らない理由をただし、それが妥当であれば、契約の変更を促し、妥当性がなければ、契約の履行をもとめることです。

 実際上、ほとんどの契約は破られることはなく、警察の出番はそれほどないのですが、ゼ ロではありません。
 よくあるのは契約の忘却によるものです。契約の忘却というのは以心伝心能力を強く持っているかぎりありません。それは相互の心を感じ取っているので、忘却し ても、またじきに周囲から思い出させられるからです。以心伝心の力は個体により強弱があ り、同じ個体でも強いときも弱いときもあります。 契約の忘却は以心伝心の力が弱くなった時に起こります。 契約そのものを忘却して、契約 を破った犯罪者は牢屋に入ってもらいます。
 牢屋と言っても、それは森の樹木に囲まれた温泉です。ここで以心伝心能力が回復するま で、温泉に出たり入ったりの生活を送ってもらいます。収容の期間は一般に忘却の程度がひ どいほど長期間という傾向があります。
 警察官は職業という訳でなく、周りもちでその役割を負います。人間以外の動物や植物も加わっています。 超社会は地球上の数多くの地域社会の集合したものですが、超社会全体に関わる問題、たとえば地球温暖化への対策は全生命サミットと呼ばれる、全地域社会が参画する会議で、論 議され、決定されます。 会議といっても、全生命サミットは、どこか特定の場所に集まってなされるものではなく 、全生命が全生命サミットと呼ばれるバーチャルな意識の場所に意識をより集めてなされるのです。たとえば地球温暖化防止対策について決定しようとしたことがあります。その場合 全生命が地球の未来として望ましい姿を思い描くのです。すると、それぞれの思いが、以心 伝心の力で相互に伝えられていき、次第にひとつの方向にまとまっていきます。そして最終 的に全生命の意思がひとつの方向にまとまった時にそれが全生命サミットの決定とされるの です。
 地球温暖化防止対策については、人類が化石燃料の使用を中止する、その代わり、人類の 生活の維持のために人類以外の動物も、また植物もそれに協力するというのが全生命サミッ トの結論でした。
 ついで、原子力も生命体に有害と言うことで廃止に決定、人間に残されたのエネルギー元は 風力、太陽、地熱、樹木等の当時自然エネルギーと言われるものだけとなりました。
 これはそれまで、エネルギーの大半を化石燃料と原子力に依存していた人類にとって、生活 様式のあり方の変革を迫るものでした。 先ず徹底的な省エネルギー化が必要です。自動車はソーラーカーのみが許されます。牛や馬も 輸送手段に使われるようになりますが、これには牛さん、馬さんの協力がありました。 船は帆前船が復活です。
 それでも石油石炭をバンバン使っていた時代の輸送能力には到底及びません。 その問題も手伝って、人間の生活様式はどんどんと自給自足的な方向に向かっていきました。 家屋は冷暖房のエネルギーを節約するために、地下構造、あるいは山腹に穴を掘った横穴構造 に変わっていきました。
 多くの鉱工業が成り立たなくなり、この社会から消滅していきました。 人類に、近代文明の 物質の豊かさへの復帰の願望が起こり、ソーラーパネルの大増設が計画されました。これは全 生命に影響を与えうると言うことで、全生命サミットの議題に取り上げられ、その会議の場で 、特に植物達の太陽を奪うと言うことで取り止めとなりました。
 ただ、このときに植物達は人間の生活のために光や熱や動力を出せるように進化することを約 束したのです。
 このようにして超社会の出発点において人類の生活はどんどん原始の時代に遡 っていく風情でしたが、人類が植物との間で交わした約束は人類の未来の新たな時代への期待 を抱かせるものとなりました。
 植物が人間に望んだのは、太陽の光を奪わないでくれ、ということでした。 植物による以外エネルギーを賄えなくなった状況ではこの要請には納得せざるを得ません 。

Ⅲ-3 超社会の建造物
 先ず人間の作った建築物を植物の力でなんとかしなければならない。 人間には3つの選択肢がありました。ひとつは現状の建築物をツタやコケ類、その他の光 合成生命で覆う、地下あるいは山腹に居住空間を作るか、海のそこの方で太陽光があまり届 かない辺りに作るかです。 最初の頃は建築物を光合成生命によって覆うという方法が用いられましたが、次第に地下室や山腹に居住空間を作るようになってきました。
 その時代に建築物に関してもっと根本的に起こってきた問題がありました。 それは建築物の素材を作る工場が生産のためのエネルギーを確保出来ないため生産中止に 追い込まれていったことです。 その結果、地上にある建造物はその寿命が尽きると共に消滅していき、地下や山腹の建築 物だけが残っていきますが、それも素材の不足で、原始時代の穴居生活に近くなっていきま す。
 そこで人間より植物に対して人間の居住空間を確保するために協力をするように申し入れ されます。そして植物はそれに応えてくれました。 樹木の根を、地下や山腹に人間が心地よく住める居住空間を作るように進化させてくれた のです。
 根に囲まれた居住空間はその根の表面にコケ類や菌類も共生するようになります。 相互に共同して美しくまた、面白い模様を作ります。  根が光るのは発光バクテリアが共生しているためですが、コケや菌類にも発光バクテリア が共生して様々な色合いで光ったり、ヒカリゴケのように反射光で美しい色を出すのもあり ます。 このようにして住む人の好みで部屋の壁が彩られます。また壁の模様や光の強さも 時間と共に、また住む人の気分等で変わったりもします。
 菌界の生命体のうちでも大きな子実体すなわちキノコを作るものは台所となる部屋の根に 育って食に供されます。 人間の生活にはお湯が必要ですね。 これは木を燃やすという古くからの方法でも出来るのですが、お風呂など沢山のお湯を使う用途では、木が足りません。これも樹木が進化して、解決します。 木の根が発熱する力を備えるようになたったのです。
 多くの家庭では地下の居住空間の中に木の根に囲まれたお風呂があって、その中に砂ろ過 で浄化された雨水が貯まると、木の根が発熱して丁度良い湯加減に暖めてくれます。 お湯の汚れは木の根についている菌類によって浄化されます。 因みに、汚れと人間が呼んでいるものの中には菌類にとっては美味しい栄養となる有機物 も含まれています。
 また汚れに含まれる、ミネラルや塩類は木の根が吸収します。 その為、お風呂のお湯は頻繁に取り替える必要はなく、雨が降ったときにその分だけ更新 されます。お風呂はこのような形で地下の居住空間にしつらえられる場合が多いですが、私 の家のように森の中に露天風呂として作られる場合もあります。 その場合は森にすむ動物たちも一緒に入れます。 このような露天風呂は地下の居住空間内の風呂と同じように木の根で囲まれた形の場合も ありますが岩に囲まれていて温かいお湯が沸いてくるという形もあります。 それは地下水が、発熱能力を持つ木の根の間を通り抜けることで暖められてわきだす場合 です。
 このような形の露天風呂を私達は温泉と呼んでいます。 温泉は超社会の生命体にと って不可欠な以心伝心の力が衰えた場合にそれを甦らせる効能があります。 どうしてそのような効能が温泉にあるのかは十分解明されていません。
 一説によれば、地下水は長い時間をかけて色々な地層を通過し、その間に色々な生命体と も出会い、水自身がそのような生命体の情報を運んで来ていて、その情報が温泉に入った人 の肌を通じてその人に伝わるからだということですが、真偽は定かではありません。
 
 さて水は超社会においても人間の生活にとって不可欠なものであることは言うまでもあり ません。 水は、お風呂又はシャワーに使うお湯以外には、調理、手洗い、食物や道具の洗浄、選択 、排泄物の水洗などに使われます。 近代社会においてはこれらの用途に使われる水は主に水道水になってきました。 近代社会以前には水道の普及は乏しく、ほとんどが井戸水、川の水、雨水でした。 超社会では近代社会以前の水の使い方に戻っていきました。 その理由は水道水の生産には多大のエネルギーと近代産業でしか生産できない設備が必要 であり、超社会ではそのような設備は全て消滅していったからです。 超社会では近代社会が営営と築いたほとんど全ての工業が消滅しました。
 電力の使用もな くなたのです。 それに伴って、生活に必要な全てのものの調達は自給自足的な方向に転向 していきました。 衣食住に必要なもののほとんどが自給自足の方向に進んでいったのです。
 水の利用についてもほぼ完璧な自給がなされ、また排水も無汚染が実現しました。 これも人間と光合成生命、それから人間以外の非光合成生命の共生により実現されたので す。 風呂水については上述の通りですが、その他の生活用水の水源にも雨水が基本となり、地下水や河川水が利用できるところはそれを利用します。 利用できる水量の少ないところは何回でもリサイクルして水を使います。
 そのリサイクルのために原生生命界や菌界の生命体が大活躍をしていることは言うまでも ありません。 また排水中の有機物は全て土壌に住まう原生生命界や菌界によって分解され、ミネラルや 塩類は光合成生命の栄養とされ、河川や地下水に流れても汚染は残らないのです。
 人間の排泄物といえば、人間以外の生命体にとって貴重なご馳走です。 近代社会で水洗トイレと言われたのと似たようなところはありますが、そこでは排泄物が 排水と一緒に流され、それらはたちまち菌界の生命体に分解され、ミネラルや塩類を植物に 吸収され、浄化された水となり、排出あるいは再利用されます。 このような人間と人間以外の生命との共生関係が発展していき、地球の地上は原生林のよ うなみどりの樹林に覆われていき、海は海草の林が復活し、その樹林や海草の林の中にかっ てなかった豊かな生態系が創られていきました。

Ⅲ-4 超社会における交通
 人間の生活には衣食住、交通、コミュニケーションが必要ですが、ここまでの話で住につ いてはある程度わかってもらえたと思います。  コミュニケーションについては超社会ではほとんど問題ありません。 それは以心伝心の力によるものです。たとえ地球の反対側にいても、また生命の種が別で あっても、以心伝心の力によってコミュニケーションが出来ます。 もっともその力が衰えてしまうこともあるので、時には温泉に浸ってその力を蘇生させる 必要はありますが。

 ここからは超社会における交通の話です。 交通には動力が必要です。 近代文明といわれた時代には機関車、電車、自動車、飛行機、船といったものが交通の機 能を果たしました。 でも超社会ではそれらの全てが使えなくなりました。 その為、超社会での交通手段は近代文明以前の徒歩と牛馬といった動物に頼る方法に戻っ ていきました。 実際問題、以心伝心の力があるので、遠く離れた親戚や知人であっても会話が出来るので 、交通機関を使って会う必要性はなくなってきました。 でもやはり、たまには直接会いたいのです。 それから、超社会の人達と言えども時には旅行をして見知らぬ世界を体験したいという気 持ちは近代文明といわれた時代に住んでいた人達と変わりません。
 そこでまた植物との相談がされます。 どうしたら光合成生命によって人間が遠地に移動出来るか、という相談です。 先ず、移動に際して人間が入り込める入れ物が必要です。 これはマリモが進化するしかない、ということで直に結論が出ました。 というのは根を生やした植物は移動が困難だからです。 マリモは内部が空洞でも生きていけるので、巨大化すればわけなく人を入れてもらえます 。
 次に問題なのは如何にそのマリモをどのように移動させるか、ということです。 いずれにしろ移動にはエネルギーが必要で、マリモがそのエネルギーを負担し続けるわけ にはいきません。 ここで二つの方法が提案されます。 ひとつはマリモを樹木のてっ辺から放り投げて木から木へと次々に渡していく方法です。 もうひとつは地下にトンネルを作り、木の根の繊毛がなびいてマリモを移動させていくと いう方法です。 結論としては後者のトンネル案が採用されてマリモのキャプセルを樹木の根の繊毛がなび いて送っていくという方法が発展していきました。
 樹木のてっ辺から放り投げてマリモを送っていく方法も地球上で気候がマイルドなところで は採用されていますが、それは地域的な比較的近距離な移動に限ってです。
 マリモは進化して人間が入り込めるほどに、巨大化していきました。
 木の根とそして海の底では海草が地下にトンネルを作り、地球上どこからどこへでも行け るルートが創られていきました。
 進化したマリモは個人用であったり、家族用であったり、もっと大きくバスのようになっ たものもあります。
 内部の配置や装飾は色々です。成人に達すると個人用のマリモを持ちます。
 内部は普通マリモの壁が光り、立体画像も見れます。 マリモは葉緑体があって透明ではないのですが、立体画像は外の世界をそのまま見れるよ うに出来ます。 それから、別の生命体と以心伝心すればその生命体から見える世界がそのまま見えるよう にも出来ます。
 マリモは普段は温泉に浸って英気を養っています。 個人用のマリモには名前もつけられていて、私のマリモはまゆ子です。 私が遠方に行きたいときには温泉に行ってまゆ子の体内に入り込みます。 私の場合は移動の時は眠るのが好きなので、まゆ子の身体は繭型で、私が行くと、まゆ子 は身体の脇をチャックのように開いてくれて私はそこからまゆ子の体内に潜り込みます。 するとチャックのように見えるところは縫い目のないように塞がります。それから行き先をまゆ子に伝えると温泉から通じる地下のトンネルに導かれて、眠っているうちに目的地ま で導かれます。
 トンネルは陸地では植物の根で囲まれ、海底では海草の根で囲まれ、根に生えた繊毛がな びいてマリモが送られていくのですが、その土地の樹木や海草による美しい音楽を聴くこと も出来ます。 その音楽に耳を傾けてうつらうつらとしていると、母胎の中にいるような平安な気持ちに 包まれて心地よいです。
 たまに旅行もします。 外の景色を見たいときにはその土地の鳥や魚や獣などの生命体と以心伝心で心を通じさせ て、その生命体が見ている世界を立体画像で写し出して旅をします。 近代社会では電車や船や飛行機があって、外の景色を見ながら旅をしたと思いますが、私 達の旅をするトンネルの中でもそれと同じようにあるいはもっとダイナミックな景色を眺め ながら旅ができるのです。
 家族で乗り込めるマリモに乗って世界周遊の旅に出ることもあります。 旅先につくと、マリモから降りて、その土地を歩き回ります。古代からの遺跡は今でも多 く残されています。 近代都市もところどころにミュージアムのように残っています。
 東京も近代文明の頃の建物が当時の姿で残っています。 ただしその建物は全ての壁をツタや苔などの光合成生命に被覆されて保存されています。 それにしてもこのような近代文明の頃の姿が残されているところは少ないので、世界中から 多くの人や動物(非光合成有消化機能可動生命)が訪れます。
 東京には色々な生命体が合奏するミュージックホールがあったり、地球の歴史を伝える博 物館もあります。 世界中の様々な料理を供するレストランもあります。 その食材は地下トンネルを通じて世界中から集まって来ます。
 ここでは東京に集められる食材のルートの話をしましたが、地下トンネルは人間の移動と 共にほとんど全ての物流のルートになっています。 でも超社会では東京のような近代文明の産み出した都市が残されているところは本当に少 ないです。
 陸地のほとんどは、かって砂漠であったところも含めて原生林のように緑で覆われていま す。
 原生林と異なるのは光合成生命が極めて多彩な方向に進化していることです。
 マリモが地下トンネルを移動する際の乗り物に進化した話はしましたが、マリモはさらに 内部にヘリウムを集めるように進化して気球のように空に登れるようになりました。そのよ うなマリモは世界中の観光地のあちこちで人や獣が空から地上を眺めるために活躍しています。 それから超社会では樹木の中でも杉とかケヤキが巨木となる方向に進化を遂げていきまし た。
 そのような巨木は径が10メートルにも及ぶものがあって、その樹の上で樹上生活をしてい る人たちもおります。
 観光地にはだいたいそのような巨木があって観光客はその木の回りの巨大なツルで形成さ れた螺旋階段を登って辺りを展望します。
 超社会には自動車というものも、自転車すらもないので、自動車道もなく、陸上の道はほ とんどが人がすれ違えるだけの幅の林道です。  ただ馬や牛や熊、鹿などに乗って移動出来る道もあって、そのような道はやや広いです。
 旅先につくと、大抵は徒歩で、時には動物にのって、また時にはマリモの気球に乗って遺跡 を訪れたり、高山に登ったりします。
 海の近くではクジラの背中に海草が大きな籠のように乗った船のような乗り物もあって、 その籠に乗って遊覧もします。 その籠にマリモと一緒に乗ると海のなかにも潜れて海中の世界もみて回れます。 このように旅をしていると、地球中の色々な場所の色々な生命体と繋がりができて、以心 伝心の交流が出来るようになるので、家庭に戻っても居ながらにして地球のあちこちの状況 が手に取るように見えるようになります。これが超社会での旅の効用です。 こというものがないのです。 生命の全ての行いが好意によってなされるのでお金というものは必要ないのです。

Ⅲ-5 超社会での衣食
 ここから超社会の衣食の話をします。先ず衣類については樹木や海草の葉が進化して布の ような素材になっています。地域によって異なる様々な色や形、厚みの布状の葉が、樹木や 海草により作られます。人々は好みによって各地からそれらの布状の葉を取り寄せて、自ら の衣装を作ります。衣服の形にするには縫い合わせたりもしますが、布状の葉の複数枚の周 囲の細胞同士を接合させて好みの衣服の形に仕立てる方法もあります。この場合は縫い目が 残りません。天衣無縫といったような服が出来上がるのです。 靴下、手袋、帽子等はその 形の葉を生らせる樹木もあります。

 次に食についての話です。 東京のような観光地となると、世界中から食材が集められますが、その食材はどのように 調達されるのでしょうか 超社会の食の基本は自給自足です。
 それぞれの家庭が自宅のキッチンルーム内にキノコやハーブを生やしていて、庭には野菜 を育てています。一方生態系がとても豊かになって、川には魚、野山には食べられる山野草 、森林には果実や鳥獣と食材も豊富です。これらは自分達で取りに行くこともありますが、 熊や猿や狐や鳥たちにとってきてもらうこともあります。  そして食事はその動物達と一緒にするのです。
 庭でとれる野菜のなかには、大豆が進化し て出来た、動物性たんぱく質の豊富な豆類もあります。 そのためも手伝って、人間が食用 に家畜を育てて、食とする習慣はなくなっています。 果物の種類は近代文明の時代より、ずっと豊富で、地域によって異なる果物が取れます。 牛肉、豚肉、鶏肉等の味のする果実が豊富に 実る地方もあって、それは人気があるので、 地下トンネルを通じて希望者に運ばれます。 海には魚やエビの味をした海草もあって、人気 があります。 それで、超社会では人間は陸上動物や魚等の海洋動物をあまりたべませんんが、豊かな食 生活をしています。

 人間以外の動物の食の話をします。 基本的には超社会になっても地球の生命体が太古から続いてきた、食ったり、食われたり の関係は変わっていません。 草食動物は草や果物や木の実を食べます。 ライオン等の肉食は動物は草食動物を食べます。葉を食べる昆虫の幼虫も居れば、その虫 や昆虫を食べる鳥もいます。 超社会はかって人間の文明によって崩された生態系をもとの自然な姿に復帰させる方向に 発展して、来ました。 かって日本列島と呼ばれた島々では一時期絶滅したと言われていたオオカミも復活しまし た。 オオカミは鹿やイノシシ等を食べることによって、自然の生態系のバランスが保持される ようになりました。 超社会におけるこのような生態系のバランスのとられ方の地球の太古における生態系のバ ランスのとられ方との唯一の相違はそれが生命種相互間の合意と了解に基づいているという ことです。 ですから、一見する限り、その差異はわかりません。
 超社会でもライオンがシマウマを追いかければシマウマは逃げます。 逃げ切れなければ食べられてしまいます。オオカミの群れが鹿を追跡します。鹿は逃げま す。 そして逃げ切れなければ食べられてしまいます。それは太古から地球で日常的に繰り広げられてきた、追うものと追われるもの、食うものと食われるものの織り成すドラマです。
 超社会では相互に以心伝心の力があるので、追うものは追われるものの心がわかり、追わ れるものは追うものの心がわかります。 追われるものは必死で逃げようとします、追うものはそれを感じています。 しかしだからといって追跡を止めようとはしません。 そこに自らの生死が関わっているからです。追われるものは、そのような追うものの心が わかります。 それでも逃げるのを止めようとはしません。そこに自らの生死が関わっているからです。 追われていたものが逃げ切れれば、追われていたものは安堵し、追っていたものは落胆する でしょう。 追われていたものが捕まってしまったら、残念ながら食べられて、追っていたものは得心 するでしょう。
 どちらにしても、彼らはその結果を神の定めと受け入れます。 私は地球の太古の時代であっても、動物達が食べたり、食べられたりしても、それを彼ら の心の深層においては神の定めと受容してきたと思います。
 超社会で生命種の相互の捕食関係についても大枠での契約があり、それがその受容の心を 一層意識的にしたに過ぎない、と思います。  
 超社会における食の話の結びとして、再度、食を底辺で支えているのが植物であることを 強調しておきます。 生命体を構成している素材(以下物質と呼びます)は地球内で大きな大きな循環をしてい て、あまりなくなるものではありません。
 多少宇宙の彼方に飛び去る水素のような軽いのもありますが、隕石などは宇宙空間から入 ってくるのでむしろ増えているでしょ
 う。 物質循環の例として炭素について考えてみます。地球が出来たばかりの時の地球の大気は ほとんどが二酸化炭素だったと言われます。 植物が誕生して、二酸化炭素中の炭素は光合成生命に取り込まれ、葉緑体の触媒作用で水と反応してグルコース(ブドウ糖)を作ります。 グルコースがまた光合成生命の中で重合してセルロースやデンプンとなり、窒素を加えて アミノ酸となり、アミノ酸が集まってたんぱく質になりというようにして光合成生命の身体を構成します。
 植物以外の生命体が植物を消化して、その中の炭素は、植物以外の生命体の 身体の素材になり、また一部はグルコースに戻って、さらに酸素と反応して二酸化炭素にな って大気に放出されます。植物以外の生命体の排泄物は菌界の生命体によって消化され、そ の中の炭素は菌界の生命体の身体にもなりまた一部は呼吸により二酸化炭素になって大気に 放出されます。また全ての生命体は命を終えると、その身体が菌界の生命体によって消化され、一部が二酸化炭素になって大気に放出されます。 自然界では植物が山火事などで炭素が一挙に二酸化炭素になって放出される場合もありま す。 このようにして地球上の炭素の循環が成り立っています。

 人間が原始時代と言われた時代に 火を用いて樹木を燃やすようになってから、山火事以外 でも、一部の樹木中の炭素が、菌類による消化と呼吸を経由せずに二酸化炭素として大気に 放出されるようになりました。 それでも、炭素の循環において著しい変化は起きていません。 それは人間が燃料として使用する樹木の使用量が光合成生命が自らを再生する生殖能力を 越えることがなかったためです。 つまり、人間が樹木を燃やして大気に放出する二酸化炭素のほとんどを光合成生命が吸収 してくれました。 近代文明と言われた文明の出現は、このような炭素の循環に大きな影響を与えました。
 そ れは石炭、石油、天然ガスなど化石燃料の急激な使用によるもので、大気中の二酸化炭素は 増大し、地球の温暖化という危機が訪れたのです。 超社会はこの危機を脱却するために化石燃料の使用を止めたことは前に話した通りです。
 それから、必要なエネルギーの全てを植物に依存する方向で発展して来ました。 化石燃料といっても、そのもつエネルギーのほとんど全てが元々は植物が太陽から頂いたも のです。 こうして超社会では植物、地上では特に樹木が、海中では巨大な海草が繁茂していきました 。 それと共に、植物を食として炭素などの素材とエネルギーを得る、動物界や菌界の生命体 が大地に海洋に満ちていったのです。

Ⅲ-5 超社会での教育、否、共育
 ここからは、超社会における教育について話します。 近代社会において教育は非常に重要な課題と捉えられていましたね。それは、知識は力な り、という言葉の如く、知識をもつことによって、科学技術の発展に寄与できる能力が備え られて、また社会に出ても、高い地位につくことが出来ます。 そこで親達はこぞって子供をいい学校に入れて、いい教育を受けさせようとしました。
 超社会になって、このような状況は一変します。 そもそも教育という言葉がなくなりました。それに替わって共育という言葉が使われてい ます。 教育という言葉には一方が他方に教え育てる、という立場の上下関係が表現されて います。
 一方、共育というのは共に育つ、という意味です。 以心伝心の力をもつもの同士が、お互いの意思、感情、知識を伝えることは比較的容易で す。でもその場合に重要なのはどちらかがどちらかに一方的に伝えることではなく、共感し あうことです。 そこに上下関係の意識が混じって、一方的な伝達になると、とたんに以心伝心は成り立た なくなるのです。
 共育はお互いの共感によって成り立ち、お互いの心の豊かさを育てる結果を導きます。た とえば大人と子供がいるとして、教育という言葉を使うと、大人が子供を教えることになり ます。共育ということでしたら、大人が子供と共感しあうことで、子供が大人から学べるだ けでなく、大人も子供から学べます。実際子供は大人が失った感性を大人に取り戻させてく れます。
 たとえば人間が熊と対話します。 人間は知識が豊富で、自然科学のことなども熊に伝えます。熊にはチンプンカンプンです 。でも、あそこの木になっている林檎は美味しいよ、というようなことは熊もわかります。 それを聞いた熊はあっちの山でハチミツ食べたとか、そっちの川におおきな鱒がいるとい うような話もしてくれます。
 超社会の形成において人間がリーダーシップをとったことは事実です。でもそれは生命の 頂点に人間が居座るという形ではなく、超社会において全生命の共感と和合が成り立つよう なアレンジをするという役割をしたに過ぎません。 生命体は全体がひとつの輪を作ることによって成り立っています。 その事をよくよく思えば、生命体の間には上下関係は存在しないのです。 近代文明の思考方式によれば、菌界の生命体は人間より下等な生命体かもしれません。 でも考えて見てください。菌界の生命体が無ければ、命を終えた生命体は菌界の生命体の 果たしていたように分解してこの地球の大地、海洋、大気中に戻ることがなく、炭素の循環 もなくなり、全ての生命が死を迎えます。
 その事をよくよく思えば、生命に上下関係は存在 せず、全生命がひとつであることがわかると思います。
 それと、人間が菌界の生命体より上等であると思っている理由もよく吟味すべきでしょう 。 人間が真っ先にあげるのは人間のもつ知性かも知れません。 菌類には知性がない、それにたいして人間は極めて優れた知性を持ち、科学技術も発展さ せた、というものです。 でも知識が豊富なことであることとか、科学技術を発展させたことが価値があり、それゆ え人間が菌類より上等である、というのは、人間がかってに考え出した価値基準によって、人間が菌類より上等であるといっているに過ぎないので客観性はありません。

 たとえば、知識の豊かさの代わりに生命力あるいは、環境への適応能力を価値の尺度にし たらどうでしょうか? 菌類の生命力、環境への適応能力は人間をはるかに越えています。 もし人間が滅びても、菌類は残るでしょう。 生命力の強さから言えば菌類は人間よりはるかに上等なのです。
 そのようなことから超社会においては、生命種の相違による上下の差別という観念はなく なりました。そこからまた当然人間同士の間でも上下の差別の観念はありません。 どちらかがどちらかに教える、という教育の観念もないのです。

 ここから超社会の共育について話をします。 共育の基本は共感をしつつ、意思、感情、知識を伝えあうことで、お互いに成長していく ことです。 そこで不可欠なのは、以心伝心の力です。神様は人間に以心伝心の力を授けてくださった のですが、最初から完璧な形で授けてくださったのではありません。 考えて見てください。近代社会と言われた時代では 同じ人間同士の間でも完璧な形での以 心伝心はとても難しい状態でした。  ですから喧嘩や訴訟やあげくのはては戦争まで頻発していたのです。 神様が全ての生命体の間に以心伝心の力を授けたといっても、それは以心伝心を可能にさせ る根元の力を授けたと言うことであって、直ちに全ての生命体の間の心が通じあえるように なったわけではないのです。 また全ての生命体が同じ程度の以心伝心の力を持っている訳でなく、その力の強弱はあり ます。
 超社会の出発はイタリアのシチリア島における全生命サミットから始まったのですが、当時そこに集った生命体はとりわけ以心伝心の力の強いもの達でした。 その生命体がふるさとに戻り、先ず同じ生命種の生命体達と以心伝心の交流をして、その 種の以心伝心の力が強くなっていきます。
 このようにして各生命種のうちにおける以心伝心の力が強められていきます。これが超社 会における共育の第1段階でした。

 次に近縁種の生命体同士の以心伝心が相互になされて、それらの以心伝心の力が強められ ていきます。 それはたとえば、哺乳類同士、魚同士、昆虫同士、陸上植物同士、海洋植物同士の以心伝 心の力が強められていったということです。 これが第2段階の共育です。
 次により広い範囲での以心伝心が試みられ、発展していきます。 動物同士、植物同士、菌類同士、ウイルス同士という具合です。
これが共育の第3段階です。
 そして最後に全生命相互の以心伝心が実現していきます。 これが共育の第4段階です。
 このように歴史的には共育は4つの段階を経ながら発展して来ました。 なお、以心伝心の力には個体差があるので、この各段階が全生命において同時的に起こっ たわけではなく、生命種による前後、個体による前後の差はありました。 現在においては全ての種がこの4段階を終えていて、全生命の相互の間での以心伝心が成 り立っています。 超社会においてはあらゆる生命種のあらたに生を受けた生命はこのような段階で共育を受 けながら成長します。

 すなわち、第1段階で自分と同じ生命種との間の共育、第2に近親の生命種との間の共育、 第3に動物、植物、菌類、ウイルスはそれぞれ動物内、植物内、菌類内、ウィルス内での教 育、第4にすべての生命種との共育です。
 超社会には学校というものはありません。 その代り共育サークルというグループがあちこちに作られています。 生まれたばかりの時期は自分と同じ生命種で生活を共にする共育サークルに属します。
 哺乳類の場合は多くの場合、その共育サークルは家族と呼ばれます。成長するにしたがってそ の地域の同じ生命種の共生サークルに加わります。 さらに地域を問わず、趣向を同じくする同一種の共生サークルに加わることもあります。
 このような共生サークルは人間の場合に特に多いです。近代社会で同好会と言われていたも のに近いかもしれません。
 このようにして超社会では先ず自分と同じ生命種の共育サークルに所属して活動すること によって同一の生命種の間での以心伝心の力を高めていきます。 その力がある程度高まった段階で近親種同士で構成される共育サークルに加わって、以心 伝心の力をつけていきます。 その力のついた時点で、動物、植物、菌類、ビールスそれぞれの構成する共育サークルに 加わり、さらに全生命体の参加するサークルに加わり、以心伝心の力を高めていくのです。 通常成長するまでに、人間について言えば成人するまでに全生命体との間の以心伝心の力を 備えるようになります。 でも個体差はあって、あるものは幼いときから全生命体との以心伝心の力をみに着けます 。
 共育サークルの活動はそのサークルによって異なり多種多様ですが、たとえば、お話しあ い、旅行、冒険、コーラス、食べ物採取、野菜作り、料理、家つくり等です。 それらの共育サークルの活動においても知識は必要ですが、一番重要とされるのは以心伝心の力、共感の力を高めて、それを活用することです。 以心伝心の力が十分に発揮されれば、知識は相互に伝達し、自ずからその共育サークルの 知識力は高められていきます。
 近代社会と言われた時代には企業と言われた組織があって、仕事と言われた活動がなされ てました。 仕事と言うのは、衣食住をはじめとする人間の生活に必要とするものの生産とその使用場 所への供給とそれらの達成のために必要とされる全ての活動を意味するものでした。 超社会では企業という存在はなく、また仕事という概念はありません。 近代社会において企業が果たしていた機能は全て共生サークルの活動によってなされてい ます。 共育サークルにおいては上下の関係はありませんが必要に応じてリーダーを立てます。リ ーダーの役割というのは主に構成メンバー間に以心伝心の力が支障なく働くように取りはからうことです。 これは水の流れが滞らないように配慮するのに近いです。水の流れが塞き止められてしま うと、その水量が多ければ氾濫するし、少なければ淀んで腐敗したりします。心も相互の流 通が失われると、怒りの爆発や沈滞が起こります。
 リーダーの役目はそのような状況を見極めて、相互の意思が疎通し、共感が回復し、向上するように図ることです。 このようなリーダーには通常以心伝心の力が強い個がなります。そのような良いリーダー をもつ共育サークルの活動は発展し、また構成メンバーの以心伝心の力も速やかに向上して いきます。
                                                                 
エピローグ
ーーーーーーーーーーーーー MASAAKIさんからもらったメモリースティックの内容をここ まで読んだとき、筆者はうなされている自分の声に目を覚ましました。 全ては夢でした。でも、最後のMASAAKIさんのリーダーに関する言葉が自分に向けられてい るようでした。それでうなされて目を覚ましたと思います。 「私は一企業のリーダーとして構成メンバーの意思の疎通をどこまで図れたのだろう。そ れ以前に意思の疎通を図ろうとすら思っていなかったか? 自分のもつ多少の知識を前面に 立てて構成メンバーを引っ張ろうとしていたのではないか」 と脇の下にどっと汗が出てき ます。 それにしても長く不思議な夢でした。 守護天使が現れて私にした話も私がタイムマシンに 乗って超世界のMASAAKIさんを訪れたのも、MASAAKIさんの家での体験も、MASAAKIさんから メモリースティックをもらったことも、その内容を読んだことも全て夢だったのです。 やっぱり超社会なんかなかったんだ、そうだよな、あるわけないよな、って思ったら泣け てきました。 でもひとつだけ、私の胸に確かにのこったものがあることに気がつきました。 それはMASAAKIさんの家の温泉に浸かっているときに聞こえてきたガイアの歌です。
地球の女神、ガイアの歌、命の根っこから聞こえてくる歌、耳を澄ませてください。 あなたの中からも聞こえてくるはずです。全ての命を結び付けているその調べです。 The song will save the earth!

by masaaki.nagakura | 2018-04-21 14:11 | まさあきさんのおはなし
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