デカルト(AC1596生)はフランス生まれの哲学者・自然学者・数学者です。
信仰や既成概念によらずに「理性の光」から物事を探求する、という姿勢を打ち出し、近代哲学の父と呼ばれているようです。 自ら抱く全ての考えを疑うことから始めて、まず「われ思う、われあり」という真理に行き着いたと言われています。 これは「我はこのように“全ては偽である”と考えているが、その考えている我自身の存在は疑いえない」ということでしょう。 ヨーロッパのそれまでの主流のスコラ哲学がキリスト教の信仰と結びついていて、特にアリストテレスの学問を真理として受け入れる、という態度が一般的であったのに対してデカルトは真向から反対の方向、すなわちすべてを疑ってみる、という「積極的懐疑」の方向を採ったわけです。 ここにデカルトの当時としてはいわば革命的な考え方があったと考えられます。 この考え方は哲学の方向を一変させ、近代の科学思想の哲学的な基礎ともなったと考えられます。 スコラ哲学ではアリストテレスの学問を絶対視していたようです。 たとえばアリストテレスの力学では「物体は重いものほど早く落ちる」というもので、ガリレオ(AC1520生)がそれを実験で間違っていると証明するまで,知られている限り誰も実験をしないでアリストテレスの考えを信じ続けていた、ということになります。 天動説というのもアリストテレスの哲学体系の中にあるものです。 コペルニクス(AC1473生)は地動説に関する書物「天体の回転について」を自分の死期の近づいたことを知った1543年に出版させますが、その後も教会と一般の人達には地動説は受け入れられず、「天体の回転について」の出版より90年後のAC1633年にはガリレオが地動説を唱えた廉で終身刑を言い渡されています。 ところでガリレオが「物体は空気抵抗のない限り全て同じ速度で落下する」として、アリストテレスの「物体は重いものほど速く落ちる」という考えの誤りを指摘した時には罪を着せられることはなかったのですが、地動説を唱えた時には有罪とされました。これは天動説がキリスト教の信仰と結びついていて、それに反するということであったのが理由でしょう。 デカルトは32歳から彼の「機械論的宇宙観」を表す「世界論」という哲学書を記すのですが、彼が37歳の時(AC1633)にガリレオが地動説の咎で終身刑にあい、その公刊を断念したと言われます。 デカルトの「われ思う、故にわれあり」という言葉で有名な「方法序説」はデカルトが41歳(AC1937年)の時に公刊されました。 「方法序説」の執筆、公刊は「世界論」の公刊を断念したデカルトがより根源的なところで当時のキリスト教会の自然観やアリストテレス絶対視の思想に反論を挑んだものと考えられます。 私は「われ思う、故にわれあり」というのはその言葉自身にそんなに深い意味があるのかは疑問に思っています。 むしろ、それは物事はこれほどまでにも疑い得るものだ」という宣言であって、キリスト教会や当時のアリストテレス絶対視の思想に対する「見せつけ」と考えれば大いに納得できます。 ところでデカルトがそこまでして懐疑論を投げつけねばならなかったアリストテレスというのはどういう人物でどういう思想家あったのでしょうか。 アリストテレスはソクラテスの弟子であるプラトンの弟子でアレキサンダー大王の師でもあり、万学の祖とも呼ばれ、古代ローマから中世、近世を通じてヨーロッパにおける学問の中心となる人物でした。 更に近代の科学や哲学はアリストテレスを批判しつつ、アリストテレスからの脱却を目指して展開しますが、その背後にアリストテレスの哲学や自然科学がベースとしてあったことは否めないでしょう。 それゆえに近代の思想を理解するためにアリストテレスと更にその師であったプラトンやソクラテスの思想を理解することは重要です。 以下は少し、アリストテレス、プラトン、ソクラテスの思想とその西欧における展開の歴史についてです。 ローマ帝国の時代にはプラトンが紀元前387年頃に開設したアカデミアが教育の中心となる場であり、そこでは主にソクラテス、プラトンの哲学思想と共に、アリストテレスの学問が学ばれていました。 アカデミアはAC529年にキリスト教を国教とする東ローマ帝国によって閉鎖され976年の歴史を閉じます。これよりアカデミアの学者はササン朝ペルシャに亡命し、イスラム圏の自然科学の発達に大いに貢献することになります。 しかしやがて11世紀になりスコラ学(西方キリスト教会の神学者・哲学者の起こした学問のスタイル)が起こり、それは参考書にアリストテレスの著作も取り入れます。 元来キリスト教にとって異教徒であるアリストテレスの学問がスコラ学者に受け入れられた理由の一つはアリストテレスの天動説がキリスト教の世界観と矛盾しないように思われたということだと思います。 そしてアリストテレスの学問が頑固に支持され続けたのは、その学問がキリスト教と結びつくことで、キリスト教への信仰を一層強固にできるという意味があったからではないかと思われます。 アリストテレスの天動説の記述は以下のようなものです。 「世界の中心に地球があり、その外側に月、水星、金星、太陽、その他の惑星などが、それぞれ各層を構成している。これらの天体は、火・空気・水・土の四大元素と更に完全元素である第5元素エーテル(アイテール)からなる。そして、エーテルからなる故に、これらの天体は天球上を永遠に円運動をしている。さらに、最外層には「不動の動者」である世界全体の「第一動者」が存在し、すべての運動の究極の原因である。」 キリスト教神学者はこの「第一動者」が神である、としたということです、(Wikipedia) もう一つアリストテレスの学問の中にはそれを絶対視させる要因が潜んでいます。 それはアリストテレスの「事物の中には一般的な法則ともいうべき真実が内在し、それに到達することができる」という確信です。 アリストテレスは多分その確信に導かれて、あの膨大な領域の学問分野への探求を続けていったのでしょう。 私はこの確信のもとになっているのはアリストテレスの師であり、ソクラテスの弟子であるプラトンの「イデア」という考え方であると思います。 アリストテレスはプラトンの「イデア」論を否定したのですが、「真実は存在し、人間はそれに到達することが出来る」という「イデア」の思想に流れる確信はしっかりと受け継いでいるようです。 プラトンは「イデア」をこのように説明します。 「我々の魂は、かつて天上の世界にいてイデアだけを見て暮らしていたのだが、その汚れのために地上の世界に追放され、肉体(ソーマ)という牢獄(セーマ)に押し込められてしまった。そして、この地上へ降りる途中で、忘却(レテ)の河を渡ったため、以前は見ていたイデアをほとんど忘れてしまった。だが、この世界でイデアの模像である個物を見ると、その忘れてしまっていたイデアをおぼろげながらに思い出す。このように我々が眼を外界ではなく魂の内面へと向けなおし、かつて見ていたイデアを想起するとき、我々はものごとをその原型に即して、真に認識することになる。」(Wikipediaより引用) アリストテレスは「ここにあるイデアだけの世界などはあり得ない」と主張したわけです。 しかし、一方では「感覚で認識される個物を形成するものの中に一般化できる共通の真実が存在し、それは探求し、知ることができるものである」という強い確信は抱いていて、それは「イデア」の思想に触発されて、抱かれた確信である、と思います。 プラトンの師のソクラテスは「知への愛(フィロソフィア)と善く生きる」ことが人間にとって一番大事であることを説き続けました。 しかし、もし絶対的な真の姿(イデア)や絶対的な善(これもイデア)がないとしたら「知や善の探求」にどれだけ意味があるかという疑問が生じます。 ここに「イデア」という思想が出てきた、というか出さざるを得なかった理由があると思います。 ソクラテス自身は「イデア」という思想を明確にしたわけではないようですが、弟子のプラトンにそれを導かせるような話をしています。 たとえばアテネの裁判で有罪判決を受け毒杯をあおいで死ぬ前の日に弟子たちと語った対話(書名:パイドン)の中で「霊魂は不滅であること、生まれる前に持っていた知識を事物に接して想起することが出来る」等と説いています。 プラトンはそのような師の話にヒントを得て「イデア」という思想を明確にしたのではないかと思います。 「イデア」という絶対的な存在があれば「知を愛することと善く生きる」ことが明確な意味を持つことになります。 私は「イデア」というのは(それが天にあるとかのはどうでもよくて)そのような絶対的な存在を想定することによって、人を「知への愛(フィロソフィア)と善く生きる」へ誘う力が出てくるということに意味があるのでないか、と考えます。 アリストテレスは「イデアが天にある」という考えは否定しましたが、「知への愛(フィロソフィア)」という点ではソクラテスとプラトンの意志を継承した優等生で、むしろ「知への愛」を持っただけでなく、真剣に知を探求し、師の目指すところを師以上に実践した人物と言えるでしょう。 アリストテレスの創始した学問は論理学、自然学、形而上学、倫理学、政治学、家政学、文学に及んでいます。これだけの追及は余ほどの信念に基づいて実行されたに違いありません。 特に自然学は物理学、天文学、植物学、動物学、気象学など多岐におよんでいます。 あまりに整然として体系づけられ、且つ網羅的であったので古代から近代にいたるまでの非常に長い間、多くの人びとから完璧なものとみなされ、絶対視されるに至ったのも無理からぬことでしょう。 しかし、それゆえに新たな学問の進展を妨げてきたのもまた事実です。 デカルトの「積極的懐疑」は近世末期におけるそのような学問の閉塞状況を打ち破る意味があったと考えられるのです。 デカルトの「われ思う、故にわれあり」というのは「懐疑」を許さない当時の閉塞状況への挑戦の言葉だったと思います。 (後にスピノザはこの言葉は「私は思惟しつつ存在する」ということと同じで論法ではない、というようなことを言っているそうです。 私はこの言葉は「確かに思っている存在があり、それを私と呼ぶ」ということと同じでないかと考えています。) デカルトの時代には既に過去の既成概念を打ち破るような経験的な事実が明るみに出てきております。 ガリレオの「物体は抵抗を受けない限り同じ速度で落下する」というのもそうですが、ケプラーの法則などもそうです。アリストテレスによれば、星は円運動をするのですが、ケプラーは楕円運動をすることを経験的に調べ上げています。 デカルトの既成概念に対する懐疑主義はこのような時代背景も影響していたでしょう。 デカルトは規制概念に対する懐疑に哲学的な正当性を与えた、ということでないでしょうか。 そしてその懐疑主義は結果的に「自然を既成概念からではなくて経験的に追及する」という近代自然科学の考え方の一つの裏付けともなります。 デカルトの死(ac1650)の15年後(AC1665)にはニュートン(AC1642生)が22歳の若さで万有引力を発見します。 ニュートンが若い頃に好んで読んだ書はデカルト、ガリレイ、コペルニクス、ケプラーの自然哲学書であった(Wikipedia)と言うことで、ニュートンの万有引力をはじめとする様々な発見にはデカルトの思想の影響もあったと考えられます。
by masaaki.nagakura
| 2011-09-03 18:17
| 想うこと
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