オゾンを訪ねて夢の旅(2)雷の中のオゾン

さて、雷ゴローさんの案内で雷雲に向かって登っていきます。

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雷ゴローと雷雲

雷ゴロー:雷を起こすにはまず雲の上の方にプラスの電荷を下の方にマイナスの電荷をためるのや。
     電荷がいっぱい溜まると、プラスとマイナスが引き合って放電が起る。
     放電は雲が高いところにあると雲の中や雲の間で起こる。まずこんな感じでな。
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雷ゴロー:雷雲を低くすると放電が地上とあいだで起こる。これが落雷というやつで、雷神様の威力の見せ所なんや。

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雷ゴロー:で、雷の中で何が起こってるのか見たってね。雷の中を拡大するでね。
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ぞん太郎:こりゃ、なんだ? 
雷ゴロー:ぞん太郎君は息を吸うとるでしょう。その息の中に酸素分子ちゅうもんがある。それがないと生きられない。
まーそんなことは知らんでもえーが、酸素分子は酸素原子ちゅうもんが二つつながっとる。
放電ちゅうのは、電子とイオンが飛び回っておって、酸素分子は飛び回っている電子に自分の持っている電子をはぎ取られて二つの酸素原子に分解するんじゃ。
するとできた酸素原子は他の酸素分子に入り込む。これがオゾンというもんなんや。
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えこみ:全然わからない。雷ゴローさん宇宙語話さないでください。
雷ゴロー:さよか!エコミちゃんにそう言われると弱いな。
    ではもう少し基本について話したるな。オゾンちゅうもんは酸素原子と酸素分子が結びついてできる。
    じゃけん、酸素分子のあるところで酸素原子を作ってやれ、オゾンができる。
    雷の中では高速の電子が酸素分子から共有結合のをつかさどる電子をはぎ取って、酸素原子を作り、それが酸素分子と結合して
    オゾンになるんや。

    
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えこみ:もっとわかんなくなった、共有結合なんて宇宙語使わないで!
雷ゴロー:やれやれ、ではこういう説明はどうかな?
    酸素分子兄弟というのは酸素原子ちゃんという同じ名前の子の双子じゃ。
    この双子はとても仲がいいのでいつも一緒。で、共有結合電子というおもちゃを二人で持っていて一緒に遊んでいる。
    でも、ある時、高速電子という早いとび道具が飛んできてその共有結合電子というおもちゃを跳ね飛ばしてしまった。
    で、二人は一緒に遊べるものがなくなったので、面白くなくなって、それぞれ旅に出た。
    そうしたら、別の酸素分子兄弟にであったので、私も仲間にいれてね、とその仲間になって酸素原子同士の3人兄弟になった。
    これがオゾンの団子三兄弟。
えこみ:少しわかった、ありがとう雷ゴローさん。

雷ゴロー:ようやくわかってくれたね、ぞん太郎君はどうかね?
ぞん太郎:僕はそんな団子三兄弟の説明なんかなくてもわかりましたよ。
雷ゴロー:それは感心、ではオゾン層にいきまひょ



   




















# by masaaki.nagakura | 2018-09-26 13:02 | オゾンを訪ねて夢の旅
オゾンを訪ねて夢の旅 (1)プロローグ
これから「オゾンを訪ねて夢の旅」という物語を連載します。
読者が一緒に旅をするつもりで読んでいただけると嬉しいです。

私が最初にオゾンにかかわったのは20年程です、といってもオゾンはいつも身近にあって、いろいろな働きをしています。
ですから、正確には生まれてこの方、ずうっとオゾンに関わってきたわけで、ただ20年前まではそれに気が付かなかっただけです。

オゾンは地球では至る所にあって、いろいろな働きをしているにも関わらず、目に見えないので、その存在には気が付きません。
ですからその働きを知るには想像の世界、もっと言うと空想の世界、夢の世界に入りこむ必要があります。

一緒にその夢の世界に入って、旅をしてみませんか?

私はオゾンを追及するなかでで、地球がまぎれもなく一つの生命体であることを深く実感するに至ってきました。
そのことをこの夢の旅の話を通じて多くの人たちに伝えられれば嬉しいと思っております。

でも、どのような旅をするか、まだ明確なスケジュールを持っているわけではありません。

あなたが旅をする場合にも旅パックに応募して加わる、あるいは自分でスケジュールを明確に決めて、そのスケジュールに従って行動することが多いかも知れません。

一方、まず最初に一つの地方に旅をし、そこで新たな情報を得たりして、次に行く場所を目指し、このようにして興味にまかせて、いろいろな地方をへ巡り歩く、という旅の仕方もあります。今回の旅はそのようなものと思ってください。とにかく旅先案内人である私自身が何か明確なスケジュールをもっているわけではないのです。

途中であなたからの質問があれば歓迎です。その質問の答えを見つける場所として次の旅先を決めることもかんがえますので。

旅する可能な場所は時空を超えています。つまり地球や宇宙のどの場所でも、どの時期にでも行けます。過去にも未来にも行けます。しかもあなたの身体は銀河系宇宙に匹敵するほど大きくなれるし、素粒子が見えるほど小さくもなります。これは物理的には不可能としても何しろ夢の旅なので全く問題ないのです。
このことは良く心得ておいてください。

この旅の水先案内人は私ですが、ともに旅するのに私だけでは寂しいかもしれません。旅は道ずれとも言いますし、エコデザイン株式会社のホームページの「オゾンのススメ」に登場するキャラクターも呼んでみましょう。
   
   

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               僕はライオンのぞん太郎、8歳です。
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              あたしはえこみ、6歳、ぞん太郎はあたしの兄さん。

私「ぞん太郎君、エコミちゃん、今からオゾンを訪ねて夢の旅にでるよ。一緒に行ってみないかい?」
ぞん太郎「わー、僕も行くー」
エコミ「あたしもー」
私「じゃー、ついてきなさい。迷子にならないようにねー」





ところで、私自身オゾンについてまだ未知のことがたくさんあります。
そこで、時にはオゾンに関して、知識の深い次のお二人のキャラクターに登場してもらうことにします。
一人はカブト虫の突然変異でこの世に生を受けたカブ博士です。かぶ博士はオゾンをはじめとする自然界特に生命界とオゾンの関係などに詳しくて、ぞん太郎やエコミの先生格です。
もう一人は雷神の雷ゴロ―さん、オゾンの生成に関する原理的な知識や、オゾンを発生させる空中放電に関する知識否、技術を体得しています。(注:雷五郎さんの姿は俵屋宗達の雷神の絵から借用)

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              おっほン、吾輩がカブ博士じゃ、わしに何でも聞いてくれ! 地球上ならどこでも飛んでいくからな。
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わしは雷神の雷ゴロー(ライゴロー)でんね、呼べば雷電のスピードで駆け付けまっせ、ピカッゴロゴロー!と言うてな
(なぜか大阪弁)

カブ博士には特に地上に近い生命界のオゾンの解説を、雷ゴローさんには上空以上のオゾンの解説をしてもらうことにします。


さて最初に行く場所はどこにしましょうか? 最初は聞いて知っている場所の方が安心できると思います。
オゾン層についてなら、聞いたことがあるとおもぃます。

私「ぞん太郎君、初めにオゾン層に行くっていうのはどうだい?」
ぞん太郎「オゾン層の話はカブ博士に聞いてる。一度行ってみたいと思っていた。」
ではまずオゾン層に旅しようかな?

でもその辺は雷ゴローさんの詳しい領域です。
私「雷ゴローさん、オゾン層の案内をたのめないかしら?」
雷ゴロー「オゾン層やて? 何言うてんねん、オゾン層へ行くんなら、まずわしの家の雷雲に寄ってからやで! 雷雲に先に寄ってその中のオゾンのでき方をとっくり説明してやるけん。そんだらオゾン層に行ってその話もしっかり聞かせてやるけんね!」
私「わかりました。では雷雲からお願いします。」

という事で最初の旅先は雷五郎さんのお宅の雷雲という事になりました。 


注:「オゾンを訪ねて夢の旅」に使用される画像は特に記載のない限り、エコデザインのオリジナル画像もしくはWIKIPEDIAから借用したものとします。その他にインターネットから借用した画像は出典を明記するものといたします。




# by masaaki.nagakura | 2018-09-20 13:04 | オゾンを訪ねて夢の旅
お話の3 野良犬のグレハム

ノラ犬のグレハム     20174月 長倉正昭


僕はノラ犬のグレハムです。


この話は天国からしていて、僕が話すことを生きているとき飼い主だった長倉正昭さんが記録してくれる、というので話をはじめる。


僕は官の倉山という山の中で生まれた。

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野良犬の母親に双子で生まれた兄弟と一緒に育てられた。 僕はその頃は野良犬という言葉も知らなかったし、だから母親や自分が野良犬とは思わなかった。僕たちは母親と双子の兄弟の3匹だけの家族で地面に掘られた穴蔵に住んでいた。

その穴蔵はもとはウサギの掘った穴で、ウサギを追い出して僕らが住んでいると母親に聞いたことがある。母親は強くて優しかった。乳離れしてからは、もぐらやハクビシン、時にはウサギやアライグマまで運んで来てくれた。


ただ、ひとつだけとても厳しい掟があった。


その掟というのは、「人間が来たら、決して声を出さない」という掟だった。

これは少し成長してから母親が話してくれたことだけど、「人間というのはとっても怖い動物で、見つかると、捕まえられて、連れていかれ、殺されてしまう」ということだった。


でも乳離れするか、しないかの頃にはそんなことを言われてもわかるわけがない。その事は母親も承知の助で、僕たちには何の説明もなく、人間の声や足音が聞こえただけで、もう一言も話せないばかりでなく、息すら潜めて、穴蔵の奥の方に潜り込むようにしつけられた。

いつもは強くて優しい母親が人間の声や足音がすると怯えた表情になり、それを見ると自分も怖くなった。そして怖さのあまり、キュンキュンと哭いて母親にすりよると、母親は普段見せたことのないような険しい顔になって、噛みつかれた。

そんなことが何回か繰り返されたのだと思う、僕は人のかすかな足音や声を聞いただけで、ピタリと声を潜めて、息を殺すようになった。これは僕の双子の兄弟も、同じだった。

僕たちがこのような掟を守るようになってからは、母親は険しい顔も見せなくなり、平穏な日が過ぎていった。

これは後に僕の飼い主になった正昭さんから聞かされた話だけれど、僕たちが住み始める前はこの山にゴルフ場の建設工事がされていて、それが、相当進んだ段階で中止に追い込まれた。この山の麓に住んでいる正昭さんを含む小川町の有志がこのゴルフ場の建設反対運動をしていたので、中止になったことはとても嬉しかったという。中止になったのはこのゴルフ場にまつわる資金繰りの問題に、バブルの崩壊が追い討ちをかけたのが大きな理由でゴルフ場建設反対運動は、その建設を遅らせることによって、影響を与えたかも知れないというのが正昭さんの見解だった。

こういうことは僕が天国にいる今だから理解できるけれど、当時の僕がそんなことをわかる訳もないし、そんなことはどうでもよかった。 ゴルフ場が建設した道が山の中を巡っていて、それが、地元の人達の散歩コースになっていた。

そんなに大勢の人達が来るわけでない。毎日十数人位だったかな? 正昭さんは毎日のように来ていた。正昭さんの奥さんの輝代さんや子供たちも時々は来ていた。僕たちはそれを見ていたけれど、正昭さん達は僕たちのことは気が付いてはいなかった、と思う。何しろ人間の足音や草をかき分ける音がすれば、それは遠くの方からでも分かるので、僕たちは穴蔵の家のそばにいれば、家の中に駆け込んで、奥の方でじっとしているし、外に出歩いているときなら、林の中に逃げ込んだり、草の中に身をひそめたりして息を潜めているので人間は僕たちには気がつけない。 少し言わせてもらうと、人間から隠れるこのようなやり方は野良犬だけじゃない、猪もアライグマもハクビシンもウサギも鹿もしている。だからこの野性動物達は人間を見ているけれど、人間には野性動物の姿が見えないようになってる。人間はこの事にあまり気付いていないみたい。

もっとも最近は小川町では野性動物が増えてきて、猪が堂々と人家の側に現れて、人に見られても逃げないとか熊が出たとかいう話も聞くので野性動物と人間の間柄も変わってきているのかな~?

だいぶ横道にそれてしまったね。 さて僕の話に戻ります。 僕たち兄弟が人間からの隠れかたを身に付けたので母親はカリカリしなくなったけれど別の問題が出てきた。それは僕たち兄弟が成長して食べる量が増えてきたこと。母親は前より頻繁に外に出て獲物をとってこなければならなくなった。それは母親がとってきた獲物を僕たちがすぐに食べてしまい、またねだるからだった。でも僕たち仔犬にも母親が痩せほそってくるのがわかってきた。そして自分達もひもじい。

自分達で食べ物を見つけなければならない時が来たことを覚った。 それから僕たちも外に出て狩りをするようになった。狩りといってもぼくたちが捕まえられるのはネズミかもぐらだったけどね。

ある時、山を巡る散歩コースになっていた道の端にもぐらの潜った穴を見つけて兄弟でもぐらを掘り出そうとして土を掘っていた。その時突然近くで人の声がした。驚いてとっさに近くの茂みに隠れて息を殺した。


「おかあさん、犬がいるよ!」 「あら、本当! 野良犬だね。こっちにもいる。つれていこうか。」 「つれていこう!」 輝代さんとその子供の声だった。

当時は人間の言葉は聞こえても意味は分からない。ただ自分達のことを指してなにかを言っている、ということはわかった。僕たちは緊張のあまり逃げることもせず、ますます身を固くして、うずくまっていた。 そしてたちまち抱き抱えられてしまった、僕は輝代さんに兄弟は子供に。

僕は抱き抱えられてすぐには恐ろしくてブルブルと震えていた。でも輝代さんの身体から温もりが伝わってきて少し緊張が解けてきた。 それは母親の温もりに似ていた。 しばらく山道を下ると輝代さんの家についた。

ここから僕の長倉家での生活が始まります。なお兄弟分はじきに長倉家の知り合いの原瀬家に引き取られます。

僕はグレハムという名前がつけられて、長倉家の玄関に繋がれて飼われることになった。

長倉家は子供が5人いて、皆、学校というところに行っていた。またご主人は正昭さんで会社というところにいっていた。それで昼間は静かでしたが、夕方になると子供達が次々と学校から帰ってきて賑やかでした。みんなよく撫でてくれたりした。

はじめのうちは撫でられるのも怖くて固くなっていたけれど、これは僕をいじめるのでなく、可愛がってくれているってわかってきて段々リラックス出来るようになった。 何よりもありがたかったのは、ご飯が毎日2回ちゃんと貰えること。 山にいたときは母親が大きな獲物をくわえてきて、そのときはお腹一杯食べられたけれど、小さなもぐらが一匹だけだったり、そういうときは兄弟で取り合ったりして、母親に叱られた。でも獲物があればよい方で、なにもないときもあって、そのときはすいたお腹を抱えて眠るしかなかった。毎日ちゃんとご飯が食べられるのは本当に嬉しかった。

正昭さんは僕を毎朝散歩に連れていってくれた。それは大抵は山の散歩道で僕が捕まる前によく遊んでいたところなので、なつかしかったし、安心して散歩を楽しめた。

母親に会えないかと期待したけどそれは叶わなかった。

あるいは母親はどこかに隠れて僕を見ていたかもしれない。 時々は家が沢山並んだ里の方を散歩することもあった。山の中で育った僕には里の様子はすべてが珍しかった。いろいろな家々、乗り物、田んぼや畑、神社、お寺など。でもよく飼われている犬に吠えられた。それから猫にもよく出会って、こちらはなんとも思っていないのに、牙を剥き出したりする。 僕はそれまでこんなに沢山の犬や猫が人間に飼われていることを知らなかった。

僕が見てきた動物達はみんな人間が野性動物と呼んでいる人間に飼われていない自然界の動物で、それが、普通の動物の姿と思っていたので人間に飼われている犬や猫には正直驚いた。

輝代さんは長倉家を訪れる人に「この犬は野良犬だったのよ」とよく言っていたけれど僕にはその意味がわからなかった。思い返すと、僕が輝代さんに捕まえられる時も「この犬、野良犬ね」とか言っていた。

僕が人間でなく犬であることくらいはわかるけれども、野良犬というのは一体どういう犬なんだろうな?と思っていた。 この事が正昭さんと里の方を散歩して、人間に飼われている沢山の犬達を見ているうちにその意味がわかってきた。つまり、人間にとっては人間に飼われている犬が普通の犬で、飼われていない犬は野良犬ということだったのだとわかってきた。

そんなこんなで長倉家での生活は僕にとって、そう悪いものではない、というより、山での野良犬生活を思い起こすと、天国と言ってもよいくらい。


でも僕は僕の中からときおり呼び掛けがあるのを感じていたのです。

「ここは本来お前の居続けるところではない。お前の故郷はあの山の中だ。あの山の中でお前は自由に遊んでいたではないか。お前の母親は勇敢に狩りをしていたではないか。お前もそのように生きてこそ本来のお前だ。山の生活は確かに厳しい。人間に飼われていれば、食うには事欠かない、しかし鎖に繋がれ、自由を奪われている。情けないと思わないのか、さあ山へ帰ろう」

という呼び掛けが、繰り返し、繰り返し、聞こえてくる。

そこで僕は反論する。 「僕はここが気に入ってる。みんな優しいし。この間、正昭さんと里の方を散歩していたら原瀬さんに引き取られた兄弟分も元気で幸せそうだった。僕も幸せだ、と思ってる」 また声がする。

「彼は彼、お前はお前だ。本来のお前が何を求めているか、深く思え」

確かに考えてみると、ここにいてどうもしっくり来ない感じがある。 ひとつはどうも本当には人間にはなついていない。長倉家以外の人間には今でも警戒心が起こって、逃げたくなる。野良犬だった僕は最初から人間に飼われている犬とどこか違うのかもしれない、など思った。

どうしても一度は山に帰ってみよう、と思っていたところで、僕を繋いでいる鎖を繋いでいるところが緩んでいることに気が付いた。そこで引っ張って見ると簡単に外れた。

僕は鎖を引きずったまま一目散に駆け出して山を目指した。久々に味あう自由は格別で、山の中を思う存分探索した。そしてまだ一度も行ったことのない官の倉山の頂上に向かった。

官の倉山は頂上へ至る道の頂上付近の傾斜が急で、登る人が掴まるための鎖を設けてある鎖場と呼ばれる場所があり、僕はそこを登り始めた。犬なので鎖を使う訳には行かない。 鎖場の脇の小松の多数繁った場所をは~は~息をはきながらのぼっていたが、急に身体が前に進めなくなった。なんと僕についている鎖が、小松の枝に絡まってしまったのだ。もがけば、もがくほど鎖は余計に絡まる。とうとう身動きが取れなくなってしまった。


僕はやむなく、大きな泣き声を出し始めた。

ここからは後で正昭さんから聞いた話です。

正昭さんはグレハムがいなくなったので心配していたら、山の上の方から悲しげな犬の泣き声がする。その声は延々と続いてやもうとしない。

正昭さんはこれはグレハムにちがいない、と思い、泣き声を頼りに声の主を辿って行くと鎖場まできた。 ところが声の近くまで来ると、泣き声が止んでしまう。

探し回ってようやく僕を見つけた、ということである。 僕の方としては、正昭さんが来たのが判ったので喜んだ、そして声を出そうとしたけれど声がでない、声を出そうとすると、母親の険しい顔が出てきて、声を出すのを止めてしまう。

声を出そうと何回もトライしたけれど、そのたびに母親の険しい顔が出てきて止めてしまう。 正昭さんが僕を見つけてくれた時はほっとした。


それからまた平穏な日が過ぎていった。僕はもう鎖が緩んでいても山の方に逃げて行こうとはしなくなった。 そして正昭さんは散歩に行くときに時々は僕を鎖から離してくれるようになった。そのときは僕は正昭さんから離れて山の中を自由に駆け巡り、それからまた正昭さんのところに戻って、それを繰り返しながら散歩した。僕にとってこの散歩の時間がとても楽しい時間になってきた。


ある夏の日だった。 日曜日といって正昭さんが会社に行かない日だった。こういう日は特別に長い時間の散歩が待っていて僕はそれがとても楽しみだった。 といっても朝早くはその日が日曜日なのか、普通の日かはわからない。でも、正昭さんが早くから僕を散歩に連れ出さない。子供達は学校に行かない、というと間違いなく日曜日だ。

その夏の日もそのような朝だったので僕はウキウキした気分になって散歩を心待にしていた。ところが正昭さんがなかなか起きてこない。僕は待ち遠しくてイライラしてきた。でも日が高くなってからようやく正昭さんが起きてきた。


ーーーーー筆者「グレハム、君の話の途中で口をはさんで悪いけれど、その日の前の日に私は地元での飲み会が遅くまであって朝寝坊をしていたんだ。」

グレハム「そうだったのですね。そう言えばその前の夜は遅くに、帰ってきて酔っぱらっていたようでした。」

筆者「ゴメンね、グレハム」

グレハム「もういいんです、そんなこと。それよりこれから又、僕のおもいでばなしを続けるんで、しっかり記録してくださいね。」 ーーーーーーーーーーーー


正昭さんはいつもの散歩のように僕を繋いだ鎖の端をもって僕を散歩に連れ出してくれました。 山への散歩コースはその日によって少しずつ違うが、主に山回りと川回りがある。 長倉家は官の倉山の麓でそれも少し山を登ったところにある。それで、散歩の時に山を登る方向に向かえば、すぐに山の中に入って行く。これが山回り。 逆に山を下る方向に向かうのが川回りで、このルートについては少し説明する。 長倉家から山道を下っていくと畑や田んぼの中を通って山に向かうなだらかな道に出る。その道の両脇には民家が何軒か点々と並んでいる。 その道に並んで飯田川と呼ばれる小川が流れている。夏の夜にはその川沿いにホタルが飛び交う。 その川と道の間に野菜畑があり、田んぼがあり、すももの園もある。道を山の方に向かっていくと、川と道の幅は段々狭まり、やがて道のすぐ脇を川が流れているという具合になる。それでこちらのコースを川回りと呼んでいた。

その日の日の散歩は川回りだった。

川回りは僕の好きなコースだ。いつもなら、弾んだ気持ちで山に向かう道を歩いていく。飯田川が終った辺りから急な山道になるけれど、そこをしばらく登ると、正昭さんが鎖から僕を放ってくれる。それがわかっているので、鎖に繋がれながらでも、ワクワクする気持ちで飯田川に沿った道を歩いて行ける。

でもこの日はそういう気分にはなれない。とにかくとても暑くてやりきれない。犬にとって夏の散歩は早朝の涼しい時に限る。犬は人間のように発汗機能を持っていないので、炎天下はものすごくこたえる。出発したときは、それほどでもなかったのは、歩いているうちに太陽はどんどん高く上がり、日差しはどんどん強く、気温はどんどん高くなる。

僕は途中からもう歩きたくなくなった。 これももとはと言えば、正昭さんが遅く起きたせいで、正昭さんが恨めしく思えた。

正昭さんはそのような僕の気持ちを知りもせず、歩みののろくなった僕を引きずるようにひっぱていく。

いつもは僕が正昭さんを引っ張って行くように歩くのだけど、この日は逆に僕が引っ張られていく方であった。

それでも、飯田川が道のすぐ左側を流れているところまで来ると、道の右側は山で、左側の川の向こう岸は背の高い杉の林で、日射しが遮られ、少し涼しくなった。

僕は気を取り直して、すたすたと正昭さんの前の方を歩き始めた。 この道は車が一台なら通れる広さでなだらかに砂防ダムまで続いている。 川は途中から道の下に潜り、左側を流れるように流れが変わる。砂防ダムの手前の左側に細い山道がある。これは官の倉山の頂上までつづく道で、僕たちはそこを登っていく。しばらく進むと道は急な坂道になり、山の神様と言って小さな石のほこらが祀ってあるところにくる。 ここで道は二つに分かれて、右の道は官の倉山の頂上へ向かっている。左の道を辿ると小川町の隣の東秩父村に着くと言うことだが、僕が野良犬だった時もそっちには行っていないし、正昭さんにも連れていってもらっていない。 いつもはこの山の神様辺りに来ると、正昭さんは僕を鎖から離してくれる。そして僕は正昭さんの周りを行ったり来たりして駆け回りながら官の倉山の頂上の方に登っていく。

この日も正昭さんは僕を鎖から離してくれた。

ところが、僕はというと、何ともときた道を一目散にかけ降りて行ったのだ。 なぜだ、と思うでしょうが、僕には僕の理由があった。急な坂を登って来て喉がカラカラに渇いていた。 人間にはわかってもらえないかも知れないけれど毛皮を被っている僕たちは汗をかけないので、口から舌を出してはあはあいいながら、舌から唾液を蒸発させて、舌を冷やし、舌の中を巡る血液を冷やして、身体全体を冷やす。だから喉がカラカラになると言うことは、舌を冷やす唾液もなくなってくるということで、命に関わることなんだ。

さらに言わせてもらうと、僕たちの祖先は狼であってそもそも夜行性。夏の昼間なんかは木陰で寝そべっているのが自然の姿なんだ。

とにかくそのときの緊急課題は一刻も早く、喉の渇きをいやすこと。 僕は、少し下ったところに小さな泉があるのを知っていた。その泉は小さくて草におおわれているけれど、水が絶えない。この泉は野良犬の頃に母親に教えてもらっていた。 僕が一目散に向かったのはその小さな泉だった。案の定、その泉は残っていて僕を迎えてくれた。

「久しぶりだね」と言ってくれた。

僕は夢中で水を飲んだ。その水は僕の身体中に沁みわたり、僕を癒してくれた。 遠くから正昭さんの声が聞こえてきた。「グレハム~、グレハム~」

ところがもうひとつの声が聞こえてきた。「グレハム、お前の本来の居場所は何処なのか、よく考えてごらん。日に2回のエサをもらうために鎖に繋がれ、自由を失っている。それは、もうお止め。山の中を疾風のように駆け巡り、狩りをしたい時は狩りをし、水を飲みたいときは水を飲み、眠りたいときには眠る、これがお前の本来あるべき姿でないのかな。」

それは、僕のご先祖の狼の声のようにも思えた。 それから母親の声も聞こえるようだった。 「坊や、帰っておいで、お母さんのところに」 僕は身震いをした。僕の中にある野生が騒ぎだしていた。 「グレハム~グレハム~」 正昭さんの声がもう近くで聞こえてきた。でも僕は哭かなかった、動きもしなかった。仔犬の時に人間が近づいた時に見せたあの母親の険しい顔が浮かんできた。

僕は自分が元の野良犬に戻っていくのを感じていた。 同時に長倉家に飼われていた自分も思い出していた。でもその思い出も過去の夢のように色褪せて消えていった。

正昭さんの声は段々遠のいていった。


ーーーーーーーーーーーーー 筆者「グレハム、私もあのときは本当に往生した。いくら呼んでも君は帰ってこない。もしかしたら家に帰っているかも知れないって帰って見たけれど、家にもいなかった。それからまた山に戻って探したけれどそれでも見つからない。

私は次の週には子供もつれて君がはぐれた辺りを探したけれど、やはり見つからなかった。 本当に残念だったけれど、君を探し出すことはあきらめた。 それでも、いつか帰ってくるかも知れないという期待はあった。 でも君はとうとう帰って来なかったね~ ところで、この記録の今のところただひとりの読者の由貴子さんという人が君が熱中症で死んでしまったのではないかって、心配しているよ。」 グレハム「そうですか。由貴子さんという人も僕の話を聞いてくれているんですね。それは嬉しいです。 由貴子さん、僕は死にはしませんでしたよ。では話を続けます。」 ーーーーーーーーーーーーーー


僕は泉の水をたくさん飲むと、そのほとりに横たわっていました。とても疲れていて動くことは出来なかったのです。 ここは周りには鬱蒼とした樹が生い茂り、深緑の夏の葉が、真夏の太陽の激しい陽射しを遮ってくれています。葉の向こうには青い青い空があって、真っ白い雲が流れていきます。時折涼しい風も吹いて僕の身体を撫でて通りすぎていきます。 僕は段々気持ちよくなり、そして眠くなって来ました。 とても遠いところで正昭さんの声が僕を呼んでいるようでした。

でもそれも微かになって、僕の夢の中に消えていきました。 僕は深い深い眠りの中に落ちていったのです。

どのくらい眠っていたのか、わかりません。目をさましたら薄紫の空があって、そのまま横になっていたら、段々明るくなって、鳥達のさえずりも聞こえてきます。

朝です。 僕はすっかり元気を取り戻していました。 僕は由貴子さんの言うように熱中症だったのかも知れません。 でも、この泉の水と木陰、そして僕の横たわっているこの大地が僕を癒してくれたのです。

空は明るくなり、灰色だった木々達の葉が、緑色を取り戻していきます。 山が目を醒ましているのです。 僕は起き上がり、大きな伸びをします。 鳥達のさえずりも段々声高になり、蝉も鳴き出します。 僕の中の野生が甦って来ています。 この泉も周りの草達、木々達が虫達が「お帰りなさい」と僕を迎えてくれています。

僕は泉の水を飲むとみんなに挨拶をしながら山中を駆け巡ります。 リスさん、ウサギさん、イノシシさん、アライグマさん、ハクビシンさん、熊さん、鹿さんにも。 僕は山にいたときにはまだ仔犬で、この動物達を噛みついたりはしないし、多分からいかったので、みんなに可愛がってもらっていた。

僕が長倉家に連れていかれてからはもう一年以上がたっていました。だからもう僕は仔犬ではありません。 だから、ウサギさんやアライグマさんは僕を見ると、逃げ出そうとしました。だけど僕がしっぽを振って笑うと(人間にはわからないかも知れないけれど、犬だって笑うんです) 僕をしげしげ見て、仔犬だった頃の僕を思い出して笑い返してくれます。そして「帰ってきたのね~」って言ってくれます。

あっ、動物は言葉なんか話せないのに変だ、と思いますか? これは間違いです。 野性動物は心と心で話が出来るんです。野性動物の心は全部繋がっています。動物どうしだけではない、草や木とも繋がっているんです。この山とも、大地とも繋がっています。

人間も遠い昔はそうだったと思います。人間が文明を作って、自分たち人間は特別な存在だと思うようになってから、心が離れてしまったのです。いや、本当は離れていません。しっかりと繋がっています。ただ、それを忘れてしまっているだけです。

実は僕も長倉家に飼われている間にすべてが繋がっているというその感覚を忘れてしまっていました。 僕があの泉の水を飲んで、深く、深く眠ってしまっている間にこの感覚が甦って来たのです。 僕が長倉家にいた頃、長倉家にようやく馴染んできた頃になって、「山に帰りなさい」という不思議な呼び声がしたのは、「みんな繋がっていて、その中で僕たちの魂は自由に遊べる、その事を思い出しなさい」ということだったと思う。

僕はお腹が減ってきたけれど、狩りはしなかった。長倉家に飼われている間に狩りをする力はなくなっていた。いや、狩りをしようと思えば、その力を取り戻せたと思う。

でももう狩りはしたくなかった。こうして山に戻ってきた僕を、みんな暖かく迎えてくれた。その動物達を追っかけ回して食べたりはもう絶対にしたくなかった。

動物達と追いかけごっこはしたけれどそれは遊びのひとつだった。夏の間は主に山芋を食べた。これはイノシンさんが掘って食べているのを見て真似をしたのだけど、食べてみると本当に美味しかった。 柔らかい草も少しは食べた。これはお腹には良い。 モグラさん達はしばらく僕を怖がっていたけれど、僕が何も悪さをしないので僕になついてきた。 秋になるとに山葡萄や、木苺や、落ちている熟し柿も食べた。

僕は野良犬の時は母親が狩りでとってきた獣の肉ばかり食べていた。長倉家に飼われるようになってかた、ご飯も果物もイモ類も食べた。

だから、山に生えている果物や山芋などを食べることができた。

秋も深まるとクリも落ちてきていたので、好んで食べた。

でも。獣は食べなかった。人間の言葉でいうと、ベジタリアンになっていた。犬のベジタリアンていうのは珍しいかな。


それでも僕は幸福だった。山に抱かれ、山の命たちと心が通っていたから。 母親のことも思い出して、いつか母親に会えるかもしれないと思ったけれどそれはかなわなかった。

でも、僕にはまぶたの母がいた。静かな茂みの中で、鳥たちの声を聴きながら目を閉じてうつらうつらとしていると、母親の声が聞こえた。まぶたの奥に母親の姿も見えた。母親は「坊や、良く帰ってきたね」と笑いかけてくれる。僕はその声を聴きながら眠りに入る。


だから僕は寂しくはなかった。昼間はウサギさん達と追いかけっこをした。僕がウサギさん達を追いかける。ウサギさん達は面白がって逃げる。僕に捕まえられたウサギさんは

僕に捕まえられたウサギさんは何か得意な芸を見せなければならない。ウサギさんの芸は小高い木を飛び越えたり、急な崖を駆け上ったり、他のウサギのしぐさを真似したり、歌を歌ったりで面白かった。


僕がウサギさんに追っかけられる役の時もある。僕はウサギさん達より足は速いけれど、ウサギさんたちは大勢で僕を取り囲んで、その輪を縮めてくる。その輪をすり抜けて逃げれれば、僕の勝ち、誰かにタッチされたら僕の負け。うまくすり抜けられる時もあるけど、たいていは誰かにタッチされてしまう。そうすると、僕はタッチされたウサギのお馬になって森を一回りすることになっていた。

イノシシさんとも遊んだ。山芋堀り競争だ。お互いにどの山芋を掘るかを決める。そして先に掘りあげた方が勝ち。後になった方は掘り残した分を掘りあげて、勝った方に上げなければならない。これは実益も兼ねていたので結構夢中になった。

楽しかった。 このゲームにはそのうち、ウサギさん達も加わった。ウサギさん達は穴堀が得意だけど、小さいので3匹が一組というルールをもうけた。最初はイノシシさんか僕が一番だったけれど、ウサギさんは段々うまくなって、いつもウサギさんチームが勝つようになった。それでウサギさんは2匹が1チームになってバランスが取れた。


かくれんぼもしたよ。この遊びは長倉家の子供達がよくやっていたのでそれの真似をしてみた。 はじめはウサギさん達とやってみた。僕たちが面白そうにかくれんぼをしていると、それを見ていたリスさん達が仲間にいれてくれっていったのでいれてあげた。そのうち、メジロさんやカラスさんなど鳥さん達も一緒になって、モグラさんも加わった。イノシシさんの子供達、ほら、あのウリボウと言われる子達も加わったよ。

それぞれ隠れかたも独特で面白かった!

僕はこうして、あどびかたを動物達に教え、一緒に遊んで、自分も楽しかったけれど、みんなも楽しかったと思うよ。

特に動物の子供達は僕を慕ってくれていたよ。こうして、僕はその夏から秋にかけて山の暮らしを楽しんでいました。 やがて寒い冬がやって来ました。


僕は毛皮を着ているので寒さには強い。

でも食べ物が段々乏しくなって、お腹が減りました。 山の動物達は自分たちの巣に引きこもり、あまり遊ばなくなりました。 僕は長倉家のことを思い出していました。長倉家に戻ればご飯をもらえるかも知れない、という思いがわいてきます。この道をかけ降りて行けば長倉家がある、正昭さんや輝代さんや子供達がいる。駆け降りようとする衝動が走ります。

でも、途端に母親の険しい顔が現れます。僕を噛もうとします。 そうです。僕が母親と住んでいた時に人間が近づいた時に見せたあの母親の険しい顔で、僕を噛もうとするのです。僕にはこの僕の目の前に現れてくる母が現実の母ではないことはわかっていました。 でも、でもどうしても逆らえないのです。

何回も長倉家に向かって駆け降りようとする衝動にかられて、そのたびに母親の険しい顔に足がすくんで、それから長倉家に戻るのはあきらめました。いやあきらめた、というより長倉家のことを忘れていきました。思い出すことが苦しく、怖いので、思い出さないようにしていたのかも知れません。 そうそう、この事については話すのを忘れていました。 それは、この山に散歩にくる人たちのことです。正昭さんは僕がいなくなったせいでしょうか。山に入ってくるのを見かけませんでしたが、散歩にくる人たちは時々はいました。 散歩にくる人たちの数というと、僕が母親と住んでいた時ほど、頻繁ではなかったです。 というのも、母親と住んでいた頃はゴルフ場の建設工事が中断してそれほど日数(ひかず)がたっていなくって、山を巡る道がしっかりと残っていて歩き安かったのが、草木で覆われてきて、歩きにくくなったせいだったと思います。

散歩をする人が全く入らない日が多かったのですが、人が入ってきた時に動物達がとる行動は一緒です。 動物達は遠くの方からでも人が入ってきたことに気がついて、人から見えない場所に隠れて息を潜めます。 僕も動物達と一緒にそうします。 僕たちが鬼ごっこやかくれんぼをしていても同じです。遊びをピタッとやめて、隠れるのです。


冬にさしかかり、寒さも増してきた頃のことです。僕は日だまりで日向ぼっこをしていました。 すると、何と遠くの方から正昭さんの声がするのです。懐かしいあの声です。 誰かと楽しそうに話をしています。 僕はその頃、長倉家のことも正昭さんのことも思い出さなくなっていました。 でもその声を聞くとありありと記憶が甦って来たのです。 僕は正昭さんに向かって駆け出そうとしました。 ところが僕の意志とは反対に僕の身体は後ずさりを始めたのです。日だまりから退いて、林の中へ、そして下草の陰に身を潜めたのです。

僕は下草の陰に身を潜めたまま、金縛りにかかったように、身体を凍らせて、正昭さん達が近づいて来るのを、待っていました。

正昭さんは二人の若い男の人と一緒でした。僕の聞いたことのない言葉を話していました。 でもグレハムって言葉だけは聞こえて、気になった。


ーーーーーーーーーーーーーーー

筆者「グレハム、あのときはね、ニコルとアドレイという二人のフランス人に山を案内していたんだ。 私は『前にこの辺りで野良犬を捕まえて、グレハムという名前をつけて飼っていたことがあるという話をしていたように思う。」

「ニコルとアドレイというのはWwooferといって、有機農業の手伝いということで滞在してくれる人たちで、その頃しばらく我が家に宿泊しながら、輝代さんの農作業を手伝ってくれていた。その二人のフランス人の中のニコルというのは父親がアルプスのガイドをしていて、幼い時から父親と山にいっていたので山の事をよく知っていた。 ニコルとアドレイを連れて小川町町民の森という、小川町の中ではこの官の倉山とは反対の方角にある小高い山に行ったが、何と、案内をしていた私が道に迷ってしまった。私はとにかく低い方向に向かえば、降りれる、と思ってそうしたのだけれど、ブッシュ(地元ではシノと呼んでいる細い竹が主の茂み)に阻まれて身動きがとれなくなった。その時にニコルは、ちょっと待って、と少し上の方に登って、抜け道を見つけてくれた。 グレハムが私とニコルとアドレイに出会ったその日は彼らに官の倉山を案内していた。

ニコルはその前の日に官の倉山の麓から少し登ったところに山の木の枝と葉っぱで小屋を作ってその中で夜を過ごした。私とアドレイはその小屋を見て、その後、官の倉山を案内しながら散歩していたんだよ。

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グレハム「思い出しました。 イノシシさんが僕に教えてくれました。「人間があっちの方で巣を作っているよ」って。 僕はそれを聞いて、そちらの方には近づかないようにしました」

筆者「そうか、そういえばニコルがいっていたよ。木の枝と葉っぱで作った家の中で寝ているときにイノシシが3回も来たって」

グレハム「そういうことだったんですね! では僕の話を続けます。」

ーーーーーーーーーーーーーーー


僕は林の中、下草の陰に身を潜めて、正昭さん達が近づくのをじっと待っていました。 やがて僕の目の前に正昭さん達が姿を現しました。僕の聞いたことのない言葉で楽しそうに何かを話しています。意味はわからなくても懐かしい正昭さんのあの声です。僕の中に駆け出したい衝動が走ります。

正昭さんの胸に向かってまっしぐらに飛び込んで行く、そうしたら、正昭さんは驚き、「何!、グレハム~、生きていたの~!」と僕を抱きしめてくれるに違いないのです。僕にはそれがわかっていました。 でも、でもです。僕の身体が動かないのです。それは氷のように固まっていくのです。

正昭さん達の声が遠退いていきました。僕の身体も氷が溶けるように動けるようになってきました。 夢の中で金縛りにあったことはないですか、動きたいのにどうしても動けない、そしてめが覚めたら、ああ、動けるじゃん、良かった、といったあの感じです。


その日以来、また正昭さんのこと、長倉家のことは忘れました。 冬が深まり、食べ物はますます乏しくなっていきました。山の動物達はそれぞれに冬を乗り越えるための準備をし、工夫をしています。 リスさん、ウサギさんは木の実なんかの食べ物を蓄えています。 熊さんはうつらうつらとエネルギーを消耗しないように穴蔵で眠ります。イノシシさんは眠っているミミズを掘り出して食べたり、人里に出て、畑に残っている芋など掘り出して食べています。

鹿さんは木の皮なんかも食べます。 でも僕はそういうものはたべられません。 残っている山芋や、動物達が取り残した栗の実なんかを食べて飢えをしのいでいました。

雪が降り始めました。僕が食べれるものはもう何もありません。リスさんが栗を持ってきてくれました。でもリスさんに返しました。僕はそれがリスさんにとってとても大事なものだってわかっていました。 そして僕は自分がこの世を去っていく時がきたことを覚りました。

僕は慣れ親しんだ林の中の柏ノ木とヤツデの葉陰に身を横たえました。 重なった落ち葉の敷物が僕を暖めて繰れています!その落ち葉の下には大地があって、僕をしっかりと支えてくれています。

雪はしんしんと降り積もっているようです。 僕はたった一人でこの世を去っていくのです。この白い白い、冷たい冷たい雪に包まれて。

でも淋しくはありません。このヤツデの葉が僕を雪を遮ってくれていて、落ち葉が僕を暖めてくれていて、この山が、大地が僕を支えてくれている、それだけでいい。


それから山の仲間達の声が聞こえてきます。これはテレパシーです。スマホよりずっと早く、即座に聞こえてくるのです。

みんな、僕がこの世を去ろうとしていることがわかって、僕に別れを告げてくれます。 鳥達は僕が横たわっているところの木の枝に止まって歌を歌ってくれます。

決して悲しい歌ではありません。僕をあの世へと静かに誘ってくれる優しい歌です。 でもそのうち、ウサギさんの子達が泣き出しました。「もう、遊んでもらえないの~」って泣いているんです。それにつられてイノシシさんの子供のウリボウ達も泣き出しました。そして、子ウサギ達も、ウリボウ達も親達が止めるのも聞かずに、巣から這い出して僕のところに集まってきました。親ウサギや親猪も子供達を心配してついて来ました。


木の枝では鳥達が優しい歌を歌ってくれています。そして僕を囲んでウリボウ達や子ウサギ達がワアワア泣いているのです。子ウサギ達とウリボウ達の親達は心配げに見守っています。 このいかにもアンバランスな状況の中で僕は妙な幸福感に包まれていました。

それから他の動物達も鳥達の歌と子ウサギやウリボウの泣き声に引かれて集まってきたようでした。 熊さんが冬眠している穴蔵から起きてきたのは大地を伝わってくるその足音からわかりました。


雪は一層降り積もってきて、僕を雪から覆っていたヤツデの葉もその葉に積もる雪を支えきれずに僕の身体も雪にうずもれていきます。 山の動物達が次々と集まって来て、僕に別れを告げてくれます。 「グレハム、遊んでくれてありがとう。人間の世界のこともいろいろ教えてくれてありがとう。」 僕は答えます。 「人間の世界から戻ってきた僕を暖かく迎えてくれてありがとう。短い間だったけれど、本当に楽しかったよ」って。

それでも僕の感覚は段々と失われて来ました。 僕を囲んで泣いていた子ウサギ達やウリボウ達の泣き声も遠退いていきます。 そして母親が目の前に浮かんできました。もう険しい顔ではなくって、優しかったあの顔です。

僕は仔犬の頃の僕に帰っていました。穴蔵の中で母親の乳房に吸い付いていた仔犬の頃です。暖かい乳房と甘い香りいっぱいのおっぱい。優しい母親の眼差し。

人間の足音、怯える母親の目、こわばった身体、泣いてすりよる自分、険しい母親の目。 「お母さん、犬がいるよ」と人間の子供の声。「野良犬ね、連れていこうか」という輝代さんの声。 長倉家に飼われていた日々。 官の倉山の頂上付近で小松に鎖を絡まれて、泣いていたこと、 暑かった夏の日に山の神様のところで正昭さんから逃げ出したあの日のこと。 走馬灯のように過去のことが現れては、消えていきます。


このような過去の思い出はほとんど忘れていたことです。 僕の記憶には、この山に戻って山の動物達と遊んだ楽しい思い出ばかりでした。でも何か失った過去があって、それが時たま、僕を寂しくさせることには気がついていました。 その失った過去がありありと甦って来ていました。


走馬灯のように移っていく僕の記憶は正昭さんが二人の若者と山に入ってきた時に至りました。 キュンと胸が痛みました。 あのときに正昭さんの胸に飛び込んでいたら、そこに新しい生活が待っていたかもしれない、という思いが沸き上がりました。 その思いも消えていきました。 動物達が別れの歌を歌ってくれています。子ウサギ達やウリボウ達の泣き声も止んで、小さな声でその歌にあわせています。木々達もその歌にあわせて、歌っています。声にならない声で。山全体が、この大地が歌っているのです。 雪はすでに山の一切を真っ白く覆い尽くしているでしょう。 僕は静かに地上での命を終えて天に上りました。

僕の話はこれでおしまいです。

ーーーーーーーーーーーーーー

筆者「グレハム、話してくれてありがとう。これで君が帰って来なかった理由はわかったような気がする」

グレハム「わかってくれてありがとうございます。でも僕は本当は正昭さんのところに帰りたかったんだ、と思います。」

筆者「私も君には帰ってもらいたかった。 君は野良犬だったから、野生動物のことをよく知っているし、君にはこの村の野生動物の住み場所との境界を守るパトロールになってほしかったしね。」

グレハム「パトロールですか~、それなら僕にもできたかも知れないです。動物達の気持ちはわかっていたし。」

筆者「そうか、惜しいことをしたね」

グレハム「僕も残念です。今度犬に生まれたら、僕はパトロール犬になりますよ」

筆者「それはありがたい心がけだ。ところでそんな気丈な心がけがあるなら、何で私がニコル達と山に入っていったときに、私に着いて来ようとしなかったのだ。」

グレハム「着いていきたいと、と思ったのに身体が動かなかったんです、本当に。」

筆者「どうして、そうなっちゃったんだろうね?」

グレハム「天国に来てから、これは母親から与えられたトラウマだ、ということがわかりました。仔犬の頃に人間は怖い、という感覚を母親から植え付けられて、そこから逃れられなかったんです。」

筆者「今はどうなんだい? やっぱり人間が怖い?」

グレハム「いいえ、もう怖くないです。だからこうして正昭さんとも普通に話していれるんです。正昭さんだけじゃない、誰とも話せます」

筆者「どうして怖くなくなったの?」

グレハム「天国に来てからも最初は人間が怖かったです。人間の魂は避けて、野生動物とばかり、話したり、遊んだりしていました。 でもある時お母さんの魂と出会いました。懐かしかったです。お母さんは生きていた時のように僕をなめてくれました。でも泣いているのです。こんなお母さんは見たことがないです。どうしたの、お母さん、と言うとお母さんは泣きながら言うのです。

『ゴメンね、坊や。あなたをこんなに早く死なせて、しまった。みんなお母さんのせいなんだから』と一層大声をあげて泣くのです。

『何で、そんなに泣くの? 話してよ』と僕。

『あなたは正昭さんが、山に入ってきた時に正昭さんのところに戻れば良かったの、でも私の心があなたを動かなくしていたのよ、私はあなた達に人間は誰もが恐ろしい存在で、絶対に近づかないように教えていた。でもこれには理由があるの。この話しは、あなた達にしたことはない。あなた達が生まれる前の話よ。あなた達のお父さんが野犬狩りというのにあって、捕まってしまったの。それ以来私はあなた達を必死で育ててきたわ。その時の私には人間は怖いものでしか、なかった。でもこうして天国に来てから人間の魂にも出会えて、大勢の優しい人たちがいることもわかったの。正昭さんも、その家族もとても優しい人たち、だからあのときに正昭さんに着いていけば良かったのよ』と、またさめざめと泣いています。

僕はその話を聞いているうちに僕が人間を怖れるというトラウマが解けてきました。

『お母さん、話してくれてありがとう、もういいんですよ』と僕は言いました。それ以来、僕は野生の動物達の魂だけで人間の魂とも、それから人間に飼われていた動物達の魂とも、親しく交わっていますよ。」

筆者「グレハム、私も君に謝らなければならない。 あの暑い夏の日に君を散歩に引っ張り出さなければ君は私から逃げていくこともなかった。君の身体のことにもっと気を使っていたらあんなことはしなかった。 それに私が 君のことを普段からもっと愛していたら、君をトラウマの呪縛から解き放たれたかも知れなかった」

グレハム「いいんですよ。あれはいわゆる宿命だったと思います。あのあと僕は山の仲間達に迎えられて楽しい時を過ごしたし。確かに半年くらいの間でしたけれどとてもいろいろな愉快な経験もできて、とても長く思えましたよ。」

筆者「ありがとう。それを聞くと私は救われた気持ちだ。」

筆者「ところで君の話の中で人間が忘れてしまっている、という野生の世界のことがあった。このことについてもっと話してくれないかな」

グレハム「わかりました。でもこのことは本当に伝えにくいです。 そのうちにまたお話しします。」

筆者「わかった、では天国で楽しく暮らしてね。」

グレハム「正昭さんも楽しく暮らしてください、さようなら。」


筆者「さようなら」

The end.





# by masaaki.nagakura | 2018-09-18 12:55 | まさあきさんのおはなし
お話の2 キツネのコンチッチ

 僕は狐のコンチッチ。

 イソップ童話に出てくるあのブドウは酸っぱい、と言った、あのキツネだよ。

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イソップ童話では、僕があのブドウは酸っぱいにちがいない、と言ったところで終わっ ているけれど、それから色々あって、今日はそれについて話をするよ。
 だってあのままじゃ、僕は単なるバカっぽいキツネだと思われるだろうからね。 まあ、実際のところ、僕はバカっぽいというよりアホ、バカ、まぬけだった。

あれ以来、あのブドウがトラウマになってしまって、いろいろな目に遭ったんだ。
 そんなことは決して自慢にはならないけれど、話しておけば、君にとっても何かの参考 にはなると思うよ。

もし君が何かのトラウマを抱えていたらの場合にはすぐに参考になるかもしれないし、 もしトラウマを抱えていなくても、将来出会うかも知れないトラウマのもとをかわす参 考にはなると思うよ。
 

ではイソップ童話で僕がブドウを見つけた所から始めるね。
 あの日はひどく暑い日で、お日様はギラギラ、僕は舌を出してハーハー息をはきながら 、フラフラ歩いていた。喉はカラカラ、お腹はペコペコで。そこに現れたのがあのブド ウのの樹、大粒のブドウの房が薄紫に色づいて緑の葉陰に揺れている。 こんな美味しそ うなものは見たことがなかった。生唾を思わず飲み込んだ。 早速ひとつの房を口にしようと飛び付いたが、届かない。別の房に飛び付いたが、これ も届かない。あちこち何回も飛び付いたけれど、どうしても届かない。息はきれて、喉 はさらに渇いて、フラフラになってしまった。なんとも悔しいけどどうしようもない。
 そこで、ふと思い付いたことがある。 待てよ、自分はこんなに頑張ってあれを取ろう と思っているけど、実はとんでもないことをしているのかも知れない。あのブドウとい うのは自分が思っていたほど美味しくもない。ひどく酸っぱいかもしれない。いやきっ と酸っぱいに違いない、いや酸っぱいだけではなく、毒なのかもしれない、いや多分毒 なんだ、 こう思ったら妙におちついた。
 そうだ、自分はこのブドウを食べなくって良かった、うっかり食べていたら、大変な目 にあっていただろう ああ良かった、と思った。 それ以来、ブドウというブドウを食べ なくなった。それどころか、ブドウを見ると怖くなった。 僕だってあのときより前には ブドウを食べたこともある、でもそれはたまたま毒のないブドウだったので、実際には ほとんどのブドウには毒がある、と信じるようになった。 こうしてブドウの樹が生えて いるところを避けるようになった。
 

でも時にはブドウの樹に出くわすことがある。その時は恐怖で身の毛がよだち、ほうほうの体で逃げ出した。

ある時猿達が大勢でブドウの樹に登って、うまそうにブドウを食べているのを見かけた 。 ああ、なんてバカな奴等なんだ、そのうち毒が回って死んでしまう、 そうでなくて も寿命を縮めてしまう、と彼らをあわれに思った。

その頃になると、僕は僕がブドウを怖がるきっかけとなったイソップ童話に出てくるあ の場面のことも忘れていた。というか、思い出すと怖くなるので、思い出さなくしてた のかも知れない。


ところがある時素敵な雌ぎつねをみかけた。僕は声をかけようと思ったけれど、恥ずか しくて声をかけられないまま、あとをついていった。 すると、彼女は山の中に入っていって行った。そして何と野ブドウの樹に近づいて行く 。その辺に大きな野ブドウの樹があるのを僕も知っていたけれど、僕はそこには近づか ないようにしていた。 そして彼女は野ブドウの実を食べようとする。


「危ない!」と僕は叫んで野ブドウと彼女の間に走り込んだ。そのブドウは怖かったけ れど、ここは彼女の命を救う方が大事だ。
彼女は僕をキョトンと見つめて、そのうち笑いだした。「あんた、何言ってるの? 可 笑しなキツネね~」 僕はその言葉に一瞬たじろいたけれど、「ブドウはね~、美味しそうに見えてもね~、 毒なんだから食べちゃダメ!」 「え~、そうなの? 私いつも食べてるよ、美味しいわよ」 「ダメ! 美味しくても寿命縮めるんだから!」 「そうなの~ だったら私、家に帰ってお祖父ちゃんに聞いてみるわ~ お祖父ちゃん は何でも知っているから。あなたも来る?」

僕は一瞬躊躇した。 だって、ブドウは毒に決まっているし、年寄りキツネの話なんか 聞きたくはない、 でも、でもですね、彼女と離れたくはない、で付いて行くことにした 。 彼女の家は山の奥の森の中にあって、着くと子ギツネが2匹飛び出して来て「お姉ちゃ ん、ブドウ取れた? 早くちょうだい!」と叫ぶ。 「今日はブドウは取れなかった。この人がね~ ブドウは毒だって言うの。それでお祖父ちゃんに本当に毒なのか聴きにきたの。お祖父ちゃんいる?」

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「なんだ、つまんないの。お祖父ちゃんいるよ、呼んでくる」と言って子ギツネたちは 家に駆け込んで行った。 まもなく子ギツネ達に手を引かれて、老眼鏡をかけた年寄りキツネが出てきた。

「お祖父ちゃん、この人がね、ブドウは毒だ、というの。それでお祖父ちゃんに本当に ブドウが毒かどうか聞いてみようと、つれてきたの。」

「僕は向こうのコンチキ山に住んでいるコンチッチです。どうぞよろしく」 「ああ、コンチッチ君よろしくね。 えーと、コンチッチ、コンチッチ、どこかで聞い たことがある、あー、そうだイソップ童話に出てくるあのブドウは酸っぱい、と言った キツネ君だ」

「えー、僕がイソップ童話にのっているんですか!」 「あー、忘れたのかい? まあ、それはそうとして何でブドウが毒だと思うんだい」 「だって、ブドウは毒に決まっています。僕なんか、見ただけで身震いします。僕の体 がブドウは毒だ、教えてくれてます。」

「ははー、それは多分トラウマというやつじゃ。」

「トラウマって何のことです。あまり適当なことは言わないでください」

「じゃあ、少し聞きなさい。トラウマというのは何かひどく嫌な体験、怖い体験などを すると、その体験をしたときと似たような状況に出会うと、嫌な思いや、怖い思いがす るという心の現象なんじゃ。トラウマという現象は人によって現れ方が異なる。 ある人はトラウマできても時間とともに薄まっていくが、ある人は強まっていく。体の 現象にアレルギーというのがあるけれど、あれによく似ている。 君の場合は強まってき たほうだ。少し待っていなさい」

お祖父さんキツネはそう言うと、家に戻って本を持ち出してきた。その表紙にはイソッ プ童話と書かれている。 お祖父さんキツネはその中のひとつの話を読み始めた。それは ブドウとキツネの話。 その話を聞いているうちに、僕はあの日のことを思い出してきた 。はじめはぼんやりと、次第にありありと思い出してきた。あのイソップの話とは逆に 記憶を辿った。あのブドウは毒ブドウだ、と思う前に酸っぱいブドウと思った、そう思う前には美味しそうなブドウだった。 僕はそう思い出しながら混乱した。何が本当なの だろう。ブドウは毒なのか、酸っぱいのか、美味しいのか? それからあのとき喉がカラカラなのにブドウが取れなかった悔しさ、情けなさも思い出 した。


「そうか、あのときその悔しさ、情けなさを感じさせないために、ブドウは毒と いう結論を出してしまったんだ!」と気がついたのです。

お祖父さんキツネが話を続けます。
「いいかい、君はブドウが取れない悔しさからあのブドウを毒と決めつけるようになっ たようだ。 ブドウは決して毒ではないよ。私等は毎年ブドウの季節にはブドウを沢山食 べて、この年まで丈夫に生きている。」

「ね~コンチッチさん、わかった? ブドウは毒ではないって。 ね~、ブドウを一緒 に取りに行って食べましょうよ♪」 僕はまだブドウが怖かったけれど、怖い理由がわかったような気がしたし、彼女と一 緒にブドウがとれるなら嬉しいなって思ったので、一緒にさっきの大きな野ブドウの樹 に戻った。2匹の弟キツネも一緒だった。


最初は恐る恐るブドウを口にいれたが、とたんに甘酸っぱい薫りが口に広がる。

「ね~、美味しいでしょ。」と彼女。

「ほんとだ、甘くて酸っぱい、僕はこういうの好きだ。」

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姉キツネ、弟キツネと一緒に香り高い、ジューシー山葡萄を一杯いただきました。

こんなブドウを実らせる山に感謝、彼女に感謝、お祖父さんキツネに感謝です。

そして思っ たのです。あのイソップの話に出てくるあの日、本当に自分が求めていたのはこの味 だった、それがいま報われた、と。いやそればかりでない、素敵な雌キツネとそのかわ いい弟たちとも一緒にいるんだ!


これで僕のトラウマ体験談の話はおしまいです。何かの参考になれば嬉しいです。
それからどうしたかって? 言うまでもなく彼女とは結婚しました。

子ギツネも生まれて 、今は一緒に山葡萄を食べていますよ。

それから一言、僕はあのトラウマにも感謝しています。それがあったから、今があると 思うので。



# by masaaki.nagakura | 2018-09-09 13:33 | まさあきさんのおはなし
お話の1 超社会への旅
この一~二年の間にいくつか物語を作りました。
これからまとめて、アップしていきます。
読んでいただけるとありがたいです。
感想を聞かせていただければさらにありがたいです。
まずは「超社会への旅」というSFもどきのお話です。

なお、長編なので、お急ぎのかたはプロローグと Ⅱ章 タイムマシンに乗って超社会 だけでも目を通してください。

  超社会界への旅   2017年5月 長倉正昭 著

プロローグ
宇宙は昔昔大昔のビッグバンから始まったと言われていますね。
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やがて、素粒子ができて 、原子ができて、星達が生まれ、お日様が生まれ、私達の住む地球が生まれ、生命が生まれ 、進化して人間が生まれ、私たちが生まれて、こうしてここにいます。 これからどうなっていくのでしょうか?


戦争は起こらないでしょうか?
地球は温暖化で滅亡するようなことはないのでしょうか?
私たちの子孫は幸せな生活を迎えられるでしょうか?
全ての生命にとって地球が住みよい星になるのでしょうか?
私はいつもそのことが気になってなりませんでした。

そうしたらある時私にどこからか声が聞こえてきました。
「あなたは、地球の未来についていつも心配していますね。私は神様のお使いであなたに 地球の未来についてあなたに伝えにきた天使です。」
声の方向を向くと、おぼろげな光芒が見えます。
私は元来天使のような存在は信じていません。これは幻視、幻聴の類か、と惑っていると
「恐れることはありません。私はあなたの守護天使です。あなたは気が着かないだけでいつ もあなたと一緒にいます。いつも姿は見せません。でも今日はどうしてもあなたに伝えたい ことがあって姿をあらわしたのです。あなたがそんなに深く思いこむのを見ていられなかっ たからです」というのです。
その光芒は形はおぼろげながら、とても清らかに見えたので惹き寄せられました。
するとその天使と自称する存在はこういうのです。
「あなたは今私の現した光に魅せられますか? でもこれはあなた自身の最も深い奥底に あるあなた自身の魂が放っている光です。私は私をあなたの守護神と名乗りましたが、その あなたの奥底の魂そのものです。そして私は直接神につながっています。だから天使と自称 します。」
私が驚愕していると、さらに続けます。
「今から私の話すことに耳を傾けてください。これは神から直接聞いたことです。きっと あなたが地球の未来を考える上で参考になります。」
そこで私は私の守護天使と自称する存在の声に耳を傾けてみることにしました。
 

目次
Ⅰ章 守護天使の語る地球の未来--------------------------3
Ⅰ-1 神様の新たな御業
Ⅰ-2 地球を救え、Save our Earth
Ⅰ-3 超社会の誕生
Ⅰ-4 超社会の意思伝達の方法
Ⅰ-5 超社会の形成
Ⅱ章 タイムマシンに乗って超社会へ----------------------19
Ⅱ-1 旅立ち
Ⅱ-2 MASAAKIさんの地下の家
Ⅱ-2 草木の部屋
Ⅱ-3 草木部屋での食事
Ⅱ-4 木の根っこに囲まれた寝室
Ⅱ-5 MASAAKIさんの超社会の解説
Ⅱ-6 現在の世界への帰還 
Ⅱー7 現在の世界
Ⅲ章 MASAAKIさんの超社会の解説-------------------------30
Ⅲ-1  近代社会がはらんでいた矛盾
Ⅲ-2 超社会の歴史
Ⅲ-3 超社会の建造物
Ⅲ-4 超社会における交通
Ⅲ-5 超社会での教育、否、共育
エピローグ------------------------------50
                                                             
Ⅰ章 守護天使の語る地球の未来
本章は筆者の守護天使と自称する存在が語ったお話です

Ⅰ-1 神様の新たな御業
銀河系宇宙、太陽系、第三惑星=地球に誕生した生命体は進化に進化を重ねて現在の姿にな ってきましたね。 これまでの進化の最終段階で登場した人間はこれまでになかった新たな進化の形態を産み 出しました。 それは社会という組織による進化です。 広い意味での社会はサルも作ります。蜂や蟻も作ります。  人間の社会が特別なのはそれが世代から世代へと受け継がれて行くなかで新たな姿に変容 を遂げていける、ということです。 この社会を持つことで、人間は自らを万物の霊長と自称するくらいに発展を遂げたと言え ます。 ところが神様は人間が社会を造り、それによって文明なるものを発達され、新たな形での 進化を遂げていくことに危惧の念を抱かれました。 人間を万物の霊長と位置付けたのは神様です。 問題なのは人間がその位置を利用して人間以外の生命体をないがしろにするようになって 来たことです。 これは神様の想定の範囲外でした。
そこで神様は新たな御業をなされます。 その御業は全ての生命体がお互いに意思を疎通できるようにしたということです。 例えて言えば、インターネットで世界中の人達が情報交換可能となったようなものです。 神様は植物も動物も含む生きとし生けるものが全てお互いに意思を通じ合えるようにしたの です。 インターネットが及びもつかない規模の情報革命をしたのです。
意思疏通の媒体はあらゆる波長領域の音、光、電磁波に、霊波を加えました。この霊波は 現状では人間によって物理的な解明がなされていなくて、また一部の人にしか与えられてい ない意思伝達の媒体ですが、それが広範囲の生命体に与えられたのです。
神様が全ての生命体に与えられたこの力を以心伝心の力と呼ぶことにします。
                                                            
神様はあとは結果を見るだけでした。
この神様の御業のあと、途方もなく長い年月がかかりましたが、生命全体が融合した社会 が形成されて行ったのです。この生命全体が融合した社会を超社会と呼びます。

Ⅰ-2 地球を救え、Save our Earth
 神様の新たな御業のあと、最も困ってしまったのが人間です。
 神様が全ての生命体がお互 いに心が通じ合えるような意思疏通の能力をお与えになるまでは、人間は他の生命体はその 全てを人間のために利用してよいとばかりにやりたい放題のことをしてきました。 動物種の絶滅も砂漠化もほぼ人間の仕業です。 産業革命で人間は物質的 に豊かになったしょうが、川の汚染で多くの魚や水棲昆虫など多 くの生命体が、死に絶え、またそれを食とする鳥や動物も減っています。 大気汚染、海洋汚染など、人間の自然破壊は止まるところを知りませんでした。 でも人間は「経済の発展のため」という大義名分を掲げて正当化していたのです。 流石に地球温暖化という人間の生存をも危うくしかねない危機が迫ってくるのを知った人 達はその防衛に立ち上がりました。 地球温暖化防止のための国家間の協定も結ばれました。 しかしそれも「経済の発展」という魔力ような呪文の影にかすれていくような状況でした 。 ところが、神様が人間にも他の生命体と心が通じるようにしたので、今まで、他の生命体 のことは無視して、人間のことだけ考えていればいいのさ、って思っていた人たちにも他の 生命体の声がどんどん伝わって来てしまうので、たまったものではありません
 洗剤を使った洗濯の排水を川に流せば、すぐに川の魚の悲鳴が聞こえたりするのですから 。 人間に多くの多くの生命体の悲しみ、嘆きが聴こえて来るようになって、人間は自分達 の繁栄(?)が、かくも多くの生命体の犠牲の上に成り立っているかに気づくようになりま す。 ところがこれまでの生活とそれを支える産業構造をすぐに変えるわけにはいかない、それ で困ってしまったのです。 神様はこのように困っている人間の様子を見られてほっとしました。 あとは人間を含む全生命が何とかしていくでしょう。
 地球上のどこの国の政府もこの問題に頭を抱えました。政治家にも直接あらゆる生命体の 悲しみと怨嗟の声が四六時中響いてきます。 そればかりでなく、国民が毎日のようになんとかするようにと、訴状もって押し掛け、国 会周辺にはデモの波が渦巻きます。安保のデモの比ではないくらいです。
 これでは隣国と領土とか、領海とかで争っている場合ではないのです。 日本では国会周辺 のデモに鳥達が加わります。スズメ、カラス、鳩、トンビその他の鳥達が次々参加してきま す。スズメは群れて国会議事堂の屋根に止まりシュプレヒコール、カラスや鳩やトンビはそ れぞれ編隊を組んで国会の屋根の周りを飛び回ります。
 そのうち、この騒ぎを聞き付けた獣達が駆けつけてきます。イノイシ、熊、鹿、サル達が 次々とデモ行進の隊列に加わり、国会議事堂を幾重にも取り囲んで練り歩くのです。 はじめの頃は人間、鳥達、動物達の声はそれぞれの窮状を訴え、なんとかしてくれ、とい うものでしたが、それが次第にひとつの声に、叫びになっていきました。
それは「地球を救え!」という叫びでした。 この叫びは互いに合わさり、和音をなして、 次第に強まり、天地に轟いていきます。
「地球を救え! 地球を救え!」の叫びは日本の全土に響き、このような活動が全土に波 及いていきます。 各県の県庁の周囲に、各市町村の周囲にその土地の人々が、鳥達が、動 物達が集まり、飼い犬、飼い猫も加わり、「地球を救え!地球を救え!」の声をあげます。 こうなると、昆虫も海洋の生命体も植物も黙ってはいれません。 鳴くことのできる昆虫は それぞれの種の個性的な楽器の音色を「地球を救え!地球を救え!」のシュプレヒコールに 合わせます。 鳴かないトンボや蝶々は空に舞って、航空ショウのような演技でデモ行進を 励まします。
 海洋の生命体もそれぞれの仕方で意思表示を始めました。 魚や鯨など泳げる生命体は日本列島を一周する大行進を始めます。 その間、時おり鯨は一斉に潮を吹上げ、飛び魚は一斉に空に舞って、なかなかの見もので す。 植物はそれぞれの芳香を放って、この活動への賛意を表します。 日本の全土が森の香りに 満たされ、ふくよかな花の香りも漂います。 このような背景の中で「地球を救え!」の叫びはさながら神の雄叫びのごとくに天地に共 鳴していきます。 ここまでは超社会が産声を上げた頃の日本の状況です。
 このような状況は日本以外の国々、世界中の国々で同様でした。 かくして、「地球を救え!地球を救え!」の声は地球全体に響き渡る事態になりました。 地球全体が「地球を救え!Save our earth!」とひとつのオーケストラ伴奏つきの合唱曲 を演奏しているようにハーモナイズしています。

Ⅰ-3 超社会の誕生
 各国とも政府の緊急課題は何をおいて「地球を救え!Save our earth!」の大合唱にどう 答えられたよいのか、ということになってきました。
 このまま無策でい続ければ、国家そのものが雲散霧消しかねません。 といっても地球を救うなんて言うことはどこの政府もまともに考えたことはないので、ど うしたらよいのか見当がつきません。
 とにかく気がついたのは、これが一国ではどうにもならないだろう、ということです。 たちまち、国際的な動きが騒がしくなってきます。
 その時代、サミットと呼ばれる7か国の当時大国と言われていた国の間での国際会議が開か れます。 この会議には日本も参加します。 その前の年はサミットは日本で開かれていて、順番から急遽イタリアで開かれます。イタ リアはシチリア島のタウロミーナというところです。
 このタオルミーナは人口一万人くらいの小さなコムーネでシチリア島でもイタリア本 土よりのタウロ山という山の中腹にあります。
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                     タウロ山
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 そのタウロ山にその頃G7と呼ばれた7か国のリーダー(大統領とか首相とか呼ばれていた人 達)が集まりました。
 G7というのは超社会ができる前の人間社会の国で、フランス、米国、英国、ドイツ、イタ リア、日本、カナダです。 どの国のリーダーも連日の天地をとどろかすデモンストレーシ ョンの波に翻弄されてクタクタ、顔面蒼白です。
 地球の生命体全てがこのサミットに注目しています。 でもリーダー達がこんなに疲れているようではすばらしい結果は期待できません。 それを察した生命体は「地球を救え!、Save our earth」の声を静めます。
静めたといっても沈黙した訳ではありません。静かに静かに優しく優しく語りかけるよう に唱え続けたのです。「地球を救え! Save our earth! 地球を救え! Save our earth」 それでG7のリーダー達も落ち着きを取り戻し、蒼白だった顔色も赤みを取り戻しま した。
 それでも連日の疲れは取れていないようで、シチリアの人達の計らいで、シチリア島の秘 境温泉保養地といわれるテルメアクア・ピアで疲れを癒してもらうことになりました。 これには地球の全生命体が賛成です。とにかく地球の未来を決するような会議が行われよ うとしているので疲れを十分に癒して、明晰な心で会議に臨んでもらいたいです。 リーダ ー達がゆったりと温泉につかっている間は、その回りで鳥達が、心休まる音楽を奏でます。 どのリーダーもそれぞれの物思いに耽っています。 他の生命体と心が通じるようになって                                                               
、リーダー達のいずれもが思ったのは「これまで盛んに経済、経済と声高に叫んできたけれ ど、そこで経済と言っていたのは、人間の世界だけを見て言ってきた」ということです。 「地球の生命体はすべてが繋がっていて、それを無視した経済というのは絵空事だった」と いうことです。 「本当の経済というのは、全ての生命体との繋がり、地球の大地、海洋、 そしてこの大宇宙との繋がりまでも考慮したものなのだ」という思いが広がってきます。
でも一体どうしたらいいのか、これが悩ましいです。

 そのようにサミットへの準備が進行していくなかで、地球の生命体のデモンストレーショ ンは静かに、そして活発に展開していきます。
 日本列島を回遊していた泳げる海洋生命体はシチリア島に向けて行進を始めます。途中に 出会った海洋生命体が次々とそれに加わり、巨大なムーブメントを形成していきます。それ ぞれの海洋生命体がそれぞれのパーフォーマンスを披露しがら移動していきます。
 鯛やヒラ メは竜宮城で覚えた踊りで舞い踊り、タコはタコ踊りをエビはエビ踊りを楽し気に披露し、 見ものです。 世界中のマスコミが水中カメラを持ち込んでその様を放映します。
 空には渡り鳥たちがそれぞれの群れを作ってシチリア島に向かいます。このような動きの 中で、温泉につかったG7のリーダーたちは「地球を救え!Save our earth!」の声にどう 答えたらよいかを必死に考えます。

 つくづく思ったのはこの地球というものは決して人間だけのものではないこと、そして人 間だけでなくあらゆる生命体に感情があり、喜びや悲しみそして痛みがあるというこ とです。それがわかってきた以上は生命体たちの突き上げがあっても、なくても何とかし ないわけにはいかないことは痛切に感じられてきたのです。
 実際のところ、リーダーたちも地球に危機的な状況がもたらされていることは前々からそ れとなく認知しています。ただそれがあまりにも大きな問題で、一国の努力ではどうにもな らないこと、それから国民の多くが、現在の安定と近未来の豊かさを求めているので地球の 危機の問題を大きく取り上げても、国民の人気を得ることはできないので、感づきながらも 目をそらしてきたのです。 もうそういうわけにはいかないことが明瞭です。
                                                           
 各国のリーダー達は秘境温泉保養地テルメ・アクア・ピアからタオルミーナの会議場に戻 りサミットが始まります。
 海洋生命体のデモンストレーションの群れの先頭部隊はシチリア島に到着し、島の周りを 廻り始めます。 渡り鳥はサミットの開かれているタウロ山の周りを大きな輪を描いて回っています。
G7以外の国のリーダーたちもこの会議を座視するわけにはいきません。次々とシチリア島 のパレルモ(シチリア州の州都)に集まり、G7の会議の成り行きを注視するとともに相互に 話し合いを始めています。
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パレルモ

 さてG7のリーダーたちは温泉で疲れも癒えて集まったのはいいですが、お互いに当惑した 顔を見かわすばかりです。                
 そのうちに誰からともなく、言い出したのは「この課題はどうしてもG7だけで解決できる 問題ではない、すべての国が加わらなければ解決できないだろう」ということです。
 そこで このサミットでは「地球を救うための方策についての提案をして、それを各国に投げかける までだ」ということで一致しました。そこで議論の末出された提案は次のものでした。
 
1.地球温暖化防止のために30年以内にエネルギー源はすべて自然エネルギーに変える。
2.大気汚染物質、水質汚染物質の放出は自然の浄化能力を超えない限度までとする。 これも30年以内に達成する。
3.全ての生命体が幸福に生きていける地球の創成を追求する。

 以上の3ヶ条でした。 この内第3条はその内に具体的な方策が含まれてなく、精神論的な 方向性を示すに止まるものでしたが、全ての生命体の地球を救え、という意思を反映するた めに加えざるを得なかった条項です。
 G7のリーダーはこの3ヶ条の提案をもって全世界のリーダーの集まるパレルモに出向いて 、この提案の可否を問うことになります。 このように世界全体の国のリーダー達が集まっ て会議を行い、人間社会全体としての意思決定をするのは、人類の歴史上でも初めてです。
 
 この会議は当時拡大サミットと呼ばれました。しかしこれを契機にこのサミットが人類サ ミットと呼ばれるようになり、G7のサミットはなくなりました。 このときにG7の提案した3ヶ条はただちに承認されました。
いずれの国も追い詰められた状況になっていましたから、わたりに船です。
 
 第1条については異論ありません。 第2条はG7が最も関与していて、それ以外では中国、ロシア、インドといったところです が、今さら異論を唱える筋合いのものではありません。 第3条には内容の不明確性という問題があるのはわかっていますが現状ではそれ以上の突っ 込みは難しいのもわかったからです。
 
 この拡大サミットで新たに提案されたのは、特に軍事力をもたない、あるいは弱い軍事力 しかもたない国々から提案された全ての軍備をなくす、ということです。 G7と中国、ロシア、インドなど当時いずれも強大な軍事力を備えていました。  それを簡単になくすわけにはいきません。この問題を巡っては議論が紛糾します。問題と なったのは地球を救うために軍事力を保持し続けるのは有害か、ということです。むしろ有 益だという主張もあったのです。 軍事力が地球を救うために有益だ、という論拠は、地球を救うために拡大サミットにて決 定した条項を守らない国があれば軍事的な圧力によって守らせる、それでも守らなければ 占領して国家としての主権を奪う、そのための手段として軍事力の保持は不可欠、というも のでした。
 
 しかしこの考えには猛烈な反論が出されます。
 それは、ことここに至った以上、軍事力は意味を持ち得ない、なぜかと言えば、今や生命体の訴えかけは人間の意思を越えて強く、た とえ一国が定めた一カ条でも守らなければ、人間の軍事力以上の強い力で抑制される、した がって紛糾した議論の末、軍事力はなくすことに決まりました。 そして次が条文に加えることが決定しました。

4.いかなる国も武力による威嚇、又は武力の行使は、永久にこれを放棄する。国の交戦権 はこれを認めない。

 この人類サミットの会議の様子をかたずをのんで見守っていた地球上の全ての生命体が、 この結果を歓迎しました。
 全ての生命体がそれぞれのやり方でダンスをしたり、合唱をしたりしてそれからシチリア 島の回りに来ていた生命体はそれぞれの種ごとに集まって話し合い、種社会をつくることを 決めました。 また住んでいる地域毎の代表を決めて、その代表が集まってその種社会に関わる重要事項 を話し合い、決めることにしました。 この代表達による会議を種サミットと呼びます。 その種が熊なら、熊サミット、蜜蜂なら 蜜蜂サミットという具合です。

 このような生命体の活動の様子は人間にも伝わっていて、人類サミットの代表達もそれを 了解しました。
人類サミットも種サミットのひとつとして位置付けられ、ここから全ての種サミットは対 等の立場で相互に交渉することになりました。 超社会への第一歩が始まったのです。 ここから超社会が形成され、発展を遂げていきます。

Ⅰ-4 超社会の意思伝達の方法
 社会の意思伝達の方法に触れます。近くにいる生命体の間では、意思伝達の媒体として音 声(超音波も含む)、香り、身振りも使われますが、基本は以心伝心で直接に心と心が繋が って意思伝達します。
 この以心伝心は超社会へ向かう基礎として神様が全生命にお与えになった能力です ただし、この能力を十分に使うにはある程度の訓練が必要です。それは赤ちゃんが言葉を覚えるのと一緒で片言から始まってだんだんとコミュニケーション能力が発達していくのと 同じです。
 同種の間での以心伝心は比較的早く習得できますが、異種間での以心伝心は少しむつかし いです。というのは種が異なると体験している世界の様相が異なるので、たとえ以心伝心が なされても、それを理解する、もしくは共感するようになるには時間がかかります。人間で も外国語は聞き取れても意味が解りませんが、それと同じようなものです。それでも感情は 伝わりやすいです。また人間のたとえでいえば、外国人でも泣いたり、笑ったり、怒ったり しているのは言葉が通じなくてもわかります。それと同じように種が異なっても、お互いの 感情は以心伝心で伝わりやすいです。
 
 このような感情の伝達は実はすでに大昔に神様が全生命に与えていたものでした。その能力によって、全生命はひとつの一体感を得ていました。人間も例外ではなく、他の生命の感 情は人間にもそのまま伝わっていました。 しかし、人間が社会を形成するにつれてそのような能力を失っていきました。 いや失ってしまったのではなく、忘れてしまったのです。 そのような能力を覚えている人もいないわけではなかったのですが、非常に少数なので、 大多数の人からはほとんど無視される存在でした。
 
 なぜ、人間が社会を形成するに連れて、他の生命体との感情伝達能力を忘れていったかと いうと、社会の形成以前では自然を相手に過ごす生活であったのが、社会の発達と共に、人 間を相手にする生活に変わっていって、人間の意識が対象とする中心が自然界から人間に変 わっていったためです。
 そうなると、人間は自分の意識を自然よりは人間世界に集中した方がより上手な生き方が 出来るようになったためです。 そして社会の発展と共に人間の意識はますます人間に集中し、他の生命体とのコミュニケ ーション能力を忘れて言ったのです。
 人間が人間社会の発展の極限として、産み出されたのが、当時近代文明と呼ばれたもので した。近代文明のよってたつ重要な基礎は科学技術と呼ばれるものでした。ここで科学とい うのは人間が自然をよりよく知ろうとして探求した中で得られていった知識の集積です。技 術というのは人間が何らかの目的を達成するために用いられる手法です。
                                                             それで科学技術というのは「何らかの目的を達成するための科学的知識を使った手法」です。 人間はこの科学技術を主に人間の生活に必要と想定された物資をより効率的に生産する手 法として用いていました。
 科学技術が発展していったある段階で産業革命と呼ばれた変化が起こります。これはそれ まで人間、家畜、風力、水力のエネルギーを使ってなされていた仕事を蒸気機関のエネルギ ーに置き換えるもので、これにより、人間の生活物資の生産能力が飛躍的に向上したのです 。蒸気機関は石炭という化石燃料の持つ化学的エネルギー源を動力(運動エネルギー)に変 換する機能を持つエネルギー変換機関ですが、その後、火力発電、原子力発電といったエネ ルギー変換機関が発明され、人間によるエネルギー利用と生産力の増大がますます進展して いきます。 これだけのことを考えると科学技術に基づく近代文明に何ら問題は無さそうで す。
 
 ところが近代文明に二つの大きな問題が発生した来ていたのです。 ひとつが自然の破壊で 、もうひとつが人間の自然の生命体に対するコミュニケーション能力の忘却です。 この二 つは同時並行的に起こってきています。 もし人間が自然界の生命体とのコミュニケーショ ン能力を忘却していなければ、それほどの自然破壊はあり得ないことです。
 人間は産業革命以降において、生活物資の生産力の増大を急ぐあまりに、自然破壊に、目をつむりました。それは同時に自然の生命体とのコミュニケーション能力、共感する力を敢 えて忘却するということでもありました。
 私は人間が社会を形成するに連れて自然の生命体との感情伝達能力を忘却してきた、と言 いましたが、近代文明の発達する以前にはその忘却はそれほど著しくはありませんでした。

 いつも自然と接して暮らしていた農民がほとんどであった、ということもあるでしょうが 、農民でなくても歌や詩に自然を読み込むなど、自然との豊かな共感がありました。
 近代文明の進展と共に、生活物資が豊かになる一方で、自然との接触は希薄になり、自然 の生命体との共感能力が忘却され、同時に自然破壊が進行したと言えるでしょう。
 
 神様が近代文明を進展させていく人間をご覧になって最も悲しまれたのは自然破壊ではな く、人間が自然の生命体との共感能力を忘却したことでした。 それで神様がなされたことは先ず人間の他の生命体との共感能力を回復されたことです。ついで全ての生命体に相互の コミュニケーション能力を与えたのです。 このコミュニケーション能力には感情レベルだ けでなく、知性に関わる情報交流能力も含まれていました。

 知性に関わる情報というのは記憶であったり、地理的な情報であったり、経験や他社から の伝達によって得られた知識であったりします。 これは感情以上に伝達が難しいです。というのは生命体の種によって世界のとらえ方が違 うからです。 例えばアリのとらえている世界と人間のとらえている世界は違います。 アリは人間に比べて身体が小さいので、人間には見えない小さな世界も見えているし、感 じています。その代り人間がふつうにみている、家とか電信柱とかは大きすぎてアリには見 えません。 ですから人間の言葉でアリに話してもチンプンカンンプンです。逆にアリの言葉で人間に 話しかけられてもわかりません。でも相互に交流を続けているうちに何を言おうとしている かが次第にわかってきます。 例えばアリが「丸くてかわいい子」と言えばそれがアリの卵のことだとかです。 例えば人間がアリに家の話をしようとすれば「私の大きな巣」とか言えば意味が通じます 。 感情レベルの伝達、すなわち共感は知性に関わる情報の伝達に比べて、速やかに習得され ます。種が異なっても、喜怒哀楽の情は相当広範囲の生命体で共通です。さらに原初的なの は好き、嫌い、痛い、快いなどの感情でこれはほとんどの生命体に備わっています。ですか らそのような感情は比較的容易に伝わります。
 以心伝心で個体間に意思を伝える方法はいったん習得すれば簡単です。ある個体Aが他の個 体Bに意思を伝えようとしたら、Aが心の中でBのことを思います。するとBはAが自分のこと を思っていることに気づきます。すると相互に意思の交流が開始されます。この以心伝心は AとBがどんなに離れていようと距離に関係なく同じように伝わります。
 人間の世界ではイン ターネットを通じてメッセージのやり取りがされますが、そんなようなものです。 ただし以心伝心が成り立つためには条件があります。 それはそれをする個体同士が知り合いであって且つ個体同士がおたがいに好意を抱いてい る、ということです。 出会ったことがありお互いに好意を抱けば、以心伝心が成りたつようになります。また知 り合いの知り合いという関係でも以心伝心が成り立ちます。例えて言えばFacebookの世界で 友達になるようなものです。
                                                            
 以心伝心の能力にも段階があります。知り合った個体同士が最初に感じるのは相手に近づ きたいのか、離れたいのかという感情です。 これは好きか、嫌いかという感覚と言ってもいいでしょう。この段階でお互いに近づきた いという感覚が伝われば、そこから、より進んだ以心伝心が始まります。泣き、笑い、喜び 、恐怖、怒り、不安、安らぎ、悲しみ、楽しみ、快さの情が伝わります。またその感覚をも とに何をしたくて、何をいやがっているか、という意志も伝わります。
 この様子は母親が子供を育てていく姿を想像すると解りやすいかも知れません。 子供が赤ん坊のときは泣いたり、微笑んだり、安らいだりします。母親にはその感覚は直 接伝わります。そして母親はその感覚から子供が何をいやがっていて、何をしてほしいのか を察するようになります。
 以心伝心でもこのように感情や意志が伝えられるようになります。 会話、すなわち、言葉 による意思伝達というのは人間の子供の場合でもある程度成長してからで、しかもいっぺん に出来るようになるわけでなく、片言から始まって、徐々に複雑な会話が出来るようになっ ていくのですが、超社会での個体同士の間での以心伝心による会話能力の発達もそれと同じ ように徐々にしか進んでいきません。  
 人間の子供は幼児の頃に話を始めます。本人は何か意味のあることを言っているようです が、こちらには通じません。始めに母親がその意味を理解するようになるのですが、周りの 人が理解できるようになるには少し時間がかかります。 以心伝心による会話というのもそ のように時間をかけながら進んでいくものです。 (余談:筆者の家の近くに住んでいる三男の娘に始穂、自称アポン、という2才と少しの娘 がいます。毎日のように我が家に遊びにきます。何か話をしていますが、意味がわかりませ ん。川越に住んでいる長女の息子に共揮という4才の子がいて時々埼玉県小川町の我が家に きます。そして来ると、よく3男の家にいって遊んでいますが、始穂と遊んでいて、始穂が 話をすると、これはこう言っているんだ、と通訳をするそうです。驚きました。)

Ⅰ-5 超社会の形成
全地球の生命体から構成される超社会はシチリア島でのサミットを契機にスタートします が、それが社会と言えるだけの形に発展するまでには気の遠くなるような時間を必要としました。それは主に以心伝心による会話能力の発達に時間を必要としたためです。 超社会の、創成の歴史においては先ず、同じ種が全体で構成する種社会が作られます。同 じ種の個体同士の会話能力は比較的容易に発達したため、種社会の構成は比較的早い時期に 進展しました。 ついでそれぞれの種社会と種社会の間での交流が展開していきます。  これにはずいぶん長 い時間を必要としました。生命体の進化の過程において比較的近い種は、比較的早くから交 流が進みました。たとえば人間の場合は類人猿との交流から始まり、そこから哺乳類全般さ らに脊椎動物、無脊椎動物へと交流の輪を広げていきます。
 人間の場合そこまで、行きついたところで、次はどのような種との以心伝心の交流に進ん で行くかが問題になりました。
 当時の近代社会においては生命の区分は定説がなく、生命間にどのような境界を設けるか で議論は紛糾しました。 ところで生命が生きていくには栄養が必要です。そして栄養の取り方が生命体相互の位置 づけに深い関係があります。 その観点から生命体の境界分けは次のように決まりました。

1.原生生命界:栄養を直接環境から取り込む生命。光合成能力も、消化能力もない。 単細胞、もしくは単細胞の集合とみなせる。 生命のご先祖にもっとも近い家系。 原核生物のバクテリア(=細菌)、藍藻、真核生物の鞭毛虫などを含む。ホイタッカー の5界説でのモネラ界と原生生物界を含む。

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原始生命の鞭毛中
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                原始生命の繊毛中             


2.菌界:光合成能力はなく、体外での消化能力がある。 通常移動能力はないが鞭毛菌のような例外もある。 真核の単細胞もしくは多細胞生物で細胞外で養分を消化し、細胞表面から摂する。 きのこ、酵母、多くのカビ類、粘菌類、鞭毛菌、接合菌、子嚢菌、担子菌。
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カビの仲間 

                       
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                       きのこの仲間    
                 
3.植物界:光合成をし、移動能力はない。  真核で細胞膜を持つ細胞による多細胞生物で、褐藻、緑藻、緑色植物など。  食虫植物などを除き、消化能力はない。

4.動物界:移動能力があり、光合成能力はない。  栄養は体内に取り込んで消化、吸収する。

5.ウイルス:生命の遺伝子情報を担う、DNAもしくはRNAのみを持つ。  細胞は持たずに他の個体の細胞内で増殖する。

 さて人間は動物界に属するので、動物界での他の種との以心伝心の力をつけると次は 菌界、原生生命界、植物界へのと以心伝心の力をつけていきます。
 ただし、単細胞生命体やウィルスといった微細な生命体との交流は困難な場合もあり 、単数若しくは複数の第3の種を介して交流する場合も出てきたのは。やむを得ないで しょう。
 超社会全体での意思決定をするのは全生命サミットでです。
 そこでは各種社会の代表が集まって地球の生命体の全体に関わる重要な問題を取り上げて 議論し、意思決定を行います。
 この基本的な枠組みは、すでにシチリアでのサミットの時に決められたものですが、実際 に活動が始まったのは種社会が作られ、種社会同士の交流がある程度進展してからです。
 この全生命サミットで決められるのは主に地球の環境問題と、種同士の間での補食関係です 。
 超社会になっても、ある種が他のある種を食べる、という関係は変わりません。これは神様のお決めになった厳粛な掟であって、変えるわけにはいきません。
 全生命サミットで決めるのは相互に絶滅することのないようにするための取り決めです。 ただし、全生命サミットで決めるのは大枠で、各地域での補食関係については各地域の種社会が集まって構成される地域サミットで決められます。 ここで超サミットであったり、地 域サミットであったりの会議はどこかに集まってなされる訳ではありません。 全て以心伝 心でなされるので、どこかに集まる必要はないのです。
 以上が守護天使が語った地球の未来像です。

Ⅱ章 タイムマシンに乗って超社会へ
 自称守護天使の話した地球の未来像はとても魅力的に思えました。 でも、それが本当かどうかが疑問です。 私はなんでも自分の眼で確認しないと信じません。
 しばらく、超世界のことをあれこれ思っていましたが、どうしてもそこに行ってみたくな って、タイムマシンを使うことを考えました。 ところでタイムマシンはまだ十分性能が確認されていません。 実施例も少ないですが、過去や未来に行って戻ってこなかった事例も出ています。 それが本当に装置の故障によるものか、あるいは行った人が現在に戻りたくてなくなって 帰ってこなかったかは定かではありませんが。
 それに数時間程度しか、機能しません。つまり現在から過去あるいは未来に飛び立ってか ら数時間以内に帰ってこないと、もう戻れなくなります。
 超世界に行ったとしてわずか数時間ではあまり良くわからないでしょう。 私はタイムマシンを改良し、1日24時間は機能するようにしました。 それで超世界の完成期頃の未来に旅立つことにしました。

Ⅱ-1 旅立ち
 これから未来の超社会への向けて出発したいと思います。 読者のあなたも是非私と一緒についてきてください。 行ったことのない世界を知ろうと思ったら、そこに行って体験するのが一番の早道ですか ら。
 出発の場所は埼玉県小川町飯田区の飯田神社です。
 ここは小高い丘の上で見晴らしもいいので、未来世界に着いたときに、自分の位置をわか りやすいです。
 ではタイムマシンに乗りましょう。 タイムマシンは乗り込んで、発車するとたちまち眠くなって、目が覚めると未来に到着し ている、という仕掛けです。
 はい、到着しました。 見渡せる周りの山々は緑に包まれています。これは昔と同じです。
 
 神社は影も形もありません。 平地にも家が見当たらずに緑に包まれています。 ところどころに煙が立ち上っています。これは人間の住んでいるところでしょうか?  丘をを下りて行きましょう。

Ⅱ-2 MASAAKIさんの地下の家
 あっ 向こうから人が歩いて来ました。聞いてみましょう。
 筆者:「もしもし、私たちは遠い昔の世界からやってきた旅人です。家が見当たらないの で驚いています。あなた方はどこに住んでいるのですか?」
 超社会の住人「ああ、そうなんですか。私の名はMASAAKIと言います。あなたは何と言いま すか?」
 筆者「えっ、私も正昭です。」
 MASAAKI「ああ、そうですか。私のご先祖かもしれませんね。では私の家に来てください 。」 と言って超社会の住人MASAAKIさんは先に立ってすたすたと歩き始めました。
 しばらく行くと、もと筆者の住まいがあったと思しきところに緑のツタに覆われた扉があ ります。
 そしてその扉を開けるとそれは地下につながる階段がありました。
 その階段も周りの壁も柔らかく、明るい光を放っています。
 MASAAKIの後についてその柔らかな光に包まれながら、階段を降りていくと目の前に大きな 部屋が開けました。
 それはこれまで見たことのない不思議な部屋です。形は洞窟のように不定形です。部屋全 体が明るく柔らかな光に包まれて、気分がいいです。その光は洞窟のような壁の面から放た れています。その光も場所によって一様ではなく、明るいところも、ほの暗いところもあっ て、しかも明るさが揺らいでいます。
 この光はどこから来るのでしょうか? そしてこの壁は何で出来ているのでしょう? MASAAKIさんに聞いてみましょう。
 筆者「この壁って何で出来ているのですか」
 MASAAKI「この壁は天然のシリカSiO2とアルミナAl2O3を好みに合わせて混ぜて硝子状に固 めたものです。特にシリカは土中に多くあり、資源に事欠かないので、現在建材としてよく 使われていますよ。 この壁の色と透明度は好みによって微量元素の混ぜかたを変えて色々 に出来ます。この部屋は乳白色にしつらえて見ました。部屋の形も好みに合わせて自由に出 来ます。私は洞窟の気分が味わいたくて、こういう形にしてみました。四角さにこだわる人 もいますし、玉子型がいいという人もいますよ。」

筆者「この部屋の柔らかい光は素敵ですけれど、何処から来るのですか?」
MASAAKI「あ ~、この光ですね。 あなた方のような昔の人から見たらとっても不思議に思うでしょうが 、この光は植物の根から来るんです。そうですこの壁の外側に絡み付いている根が光って、 この乳白色の壁を通して来るので、このような感じの光になるんです。 根から光を発する この植物は根に発光バクテリアというバクテリアを共存させていて、そのバクテリアに養分 を送って光らせているのです。 私達はこの根を光らせる植物を光根樹と呼んでいます。他に葉の光る葉根樹とか花の光る 光花樹というのもあります。 これらは樹木ですが、草にも光を発する種類があって、光根草、光葉草、光花草と呼ばれ ていますよ。 それらの植物は街灯や部屋の灯りにも使われています。我が家にも植物を部屋の中におい て明るくしている部屋もあるので、後でお見せします。 このようなことは不思議に見えるかも知れませんが、あなた方が住んでいた時代に光る植物というのが人工的に作られていましたよ。 現在の光る植物はそれの発展したものと考えられるかも知れませんが、それは違います。 あなた方の時代に作られた光る植物は遺伝子組み換えの技術等を用いて人工的に作られたも のですが、現在の光る植物は生命体同士の交流から生まれたものです。 つまり人間が植物に光るようになってくれるように依頼し、植物は発光バクテリアに共生 を申し込み、発光バクテリアはその申し込みを受け入れて植物と共生し、次第にその発光能 力を高めて、現在のように人間に利用される、というか人間と共生するようになったのです 。 その結果、人間は余計な電力を使わなくてすむようになり、光る植物と発光バクテリアは 人間の住むところであれば、そこに一緒にすんでそれらの種を繁栄させるに至っています 。」

MASAAKI「この部屋は居間です。光の明るさとか色とかは根光樹に以心伝心にて伝えて調節 しています。」
 と言ったかと思うとMASAAKIさんがちょっと瞑想するよう目をつむり、どんな色の光が良い か、と聞くので、紫がいい、と答えると、今までやわらかい乳白色であった、光が神秘的な 紫色に変わっていきます。私たちが驚いていると、「驚くのはまだ早いです」というと、手 を波打つようにゆっくりと揺らしています。すると紫色の光が、天空のオーロラのように波 打ち始めました。そしてその紫のオーロラが、緑のオーロラに、赤いオーロラに、そしてピ ンクのオーロラに変わっていきました。そしてピンクのオーロラはMASAAKIが手の動かし方 を変えるとそれにつれて舞うように動きを変えていくのです。鳥のさえずりも聞こえて来ま した。ピンクのオーロラの動きに合わせて歌っているようです。

そのうち、MASAAKIさんの孫娘のAPONという子が来ました。リスを連れています。APONとリスもオーロラの動きに合わ せて踊りを踊ります。
やがてMASAAKIさんが手の動きを止めるとオーロラもピンクの輝きを薄めていって部屋の中 はもとの乳白色の柔らかな光の世界に戻りました。
MASAAKIさん「驚きましたか? あなた方の時代の人から見たらとても不思議に見えるでし ょう。私もこの光の舞と鳥のさえずりを交えたオーケストラを演奏できるまでには、根光樹 、発光バクテリア、鳥たちと一緒にずいぶん練習はしました。でもまだ未熟です。昔は東京 と呼ばれていたところには大きな音楽ドームがあってそこでは専門の楽団が演奏会を開きます。中は昔のサントリーホール位広くて、大勢の観客の中でいろいろな演奏がされます。  楽団は人間だけでなく、鳥たちも、時には虫たちまで参加して共演します。ドームの壁面は 立体画像が映し出されて、いろいろな自然現象や幻想的な抽象画像も現れて、観客はこの世 界に引き込まれながら、音楽を楽しみます。またそこでは音楽に合わせた踊りが披露される ことがあって、そこにも、人間と一緒に鳥や動物や虫が踊ります。 観客といっても人間ばかりではなく、鳥や動物や虫や植物までもが観客になります。あな た方も一度行かれたらいいですね。」 筆者「そうですね。でもタイムマシンで未来の世界にとどまれる時間は1日だけなのです。 それよりMASAAKIさんのお宅をもう少し見せてください。」 MASAAKI「わかりました。では隣の部屋に行きましょう。ここは草木の部屋です。」

Ⅱ-2 草木の部屋
MASAAKIさんに案内された。部屋に入ると天井は青空で真上に太陽が輝いています。今はま だ冬のはずなのに暖かです。周りは森でミカンやリンゴもなっています。梅、桃、桜が一時 に咲いています。バラの香りもにおいます。 「え~、これは部屋というよりお庭ですね~」というとMASAAKIさんは「確かに普通に言え ば庭でしょう。でもこの庭は、周りの森の木々に協力していただいて常春の世界になってい ます。だから私たちはここを部屋と呼んでいます。ここで野菜や穀物を採ったり、果物を採 ったいして、食事に使わしてもらっています。 ここには森の動物たちもやってきますよ。」
「おーい。お客さんだよ~」とMASAAKIさんが声をかけると森の仲から、イノシシ、鹿、熊 、リス、アライグマ、ハクビシンなどの動物や、鳥たちも集まって来て私たちを迎えてくれているようです。
 残念ながら私たち現在の世界から行ったものには以心伝心の能力がないので、動物たちが 何を言っているかはわかりませんが様子では歓迎しているようです。するとMASAAKIさんは こういうのです。
「そうですね、あなた方には以心伝心の力がないので動物たちが言ってい ることの意味は分からないですね。でも本当はあなたたちも以心伝心の力はあります。ただ ここには温泉もあってその温泉につかっているとその能力がよみがえります。というので私 たちはMASAAKIさんの導きで森の中に入っていくと、大きな温泉があって湯気で煙っていま す。その温泉につかることにしました。
 
 動物たちも一緒に入ります。そうするとだんだん動物たちの言っていることの意味が聞き 取れてきたのです。まずイノシシの話です。 「大昔の話でイノシシ仲間に言い伝えられていることがある。このあたりに正昭という人 が住んでいて、ご先祖はその人の家の周りを出入りして、ミミズを取るのに道をほじくり返 したり、時には正昭さんの奥さんが作っている畑に入ってお芋を頂いたりした。御園さんと いう正昭さんの友達がいて、その話を聞いてイノシシ捕獲作戦をいろいろ提案していた。御園さんの奥さんはそのために狩猟免許まで取ったという話。それを聞いてご先祖はこれは本気で俺たちを捕獲する気だ、と悟って、正昭さんの奥さんの畑を荒らすのはやめた、という こと。それ以来、ウリボウのころから親から言われるのは、『正昭さんの畑で夜遊びしちゃ いけないよ。御園さんにつかまるからね』だった。お前がその正昭さんなのかな」
 
この猪の話には正直驚きましたが、私は「そう、間違いないです。」というしかありませ ん。そのうち、熊が話しかけてきます。「これも昔話だけれど、正昭さんのところに飼われ ていたことがあるグレハムという犬が山に戻って来て、しばらく遊んでいたことがあるって 話を聞いたよ。鬼ごっこやかくれんぼを教えてくれたって。 それ以来子供たちはよく鬼ご っこやかくれんぼで遊ぶようになったって。」
 
 この熊の話にも呆れました。どうしてそんなことまで伝わっているのか不思議です。 私達があきれ返っていると、今度は木々達が風に揺られてざわめいています。以心伝心がわかる 前にはそれは単なるざわめきにしか聞こえなかったでしょう。でも木々たちはクスクス笑い ながらこう言っているのです。 「あなたたちはまだわからないのかしら、私達生命はみん な繋がっているということ♪だからなんでもわかっているということ♪」 この木々の呼びかけには電撃に打たれたようにしびれました。私も全ての生命体が繋がっ ていると、観念的には思っていましたが、ここでまあまざと証拠を見せられたのです。 木々たちがまたざわめいています。それはこう言っているのです。

「私達、キツネのコンチッチのことも知っているわ。イソップ童話のブドウとキツネの話 に出てくるあのキツネのことよ。その続きの話を正昭さんが語っていて、その話はブドウ仲 間に伝えられて、ブドウ仲間から、木々仲間に伝えられて、それで私達も知っているのよ 。」  木々たちにここまで話されると、もう唖然としてしまいます。
 
 温泉の頭上には木々が生い茂っていて、小鳥たちが集まってきました。口々に私達のこと をうわさしているようです。そのうちに合唱を始めました。「ピーチク、パーチク、チュン チュンチュンチュン、ピーヒャラ、ピーヒャラ、コンコンコン」という具合です。ここでコ ンコンコンとは鳥は鳴かないと思われるでしょう。その通り、これは鳥の鳴き声ではなく、 キツツキが木をくちばしで叩く音です。
 
 私達は温泉に浸りながら、鳥達の楽しげな歌に耳を傾けていました。遠くから谷川を流れ る水の音も聞こえてきます。私達の心の深いところで全ての生命体に繋がっているという感覚が、蘇ってきています。そして鳥のさえずりのバックグラウンドミュージックとして動物 たちが、そして木々たちも一緒に奏でている音楽が聞こえてきたのです。それは静かで優し く、時には荒々しく、心の深い、深い奥から響いてくる生命の賛歌です。 じっと耳を清ま せてみましょう。 この歌はここに来ている動物やこの周りの森の木々たちだけでなく、地球上の全ての生命体が共鳴して歌っているガイアの歌です。この歌は心の深い奥に直接響い てくるので音にはなっていません。でも確かに聞こえてくるのです。 次第にわかった来たことはこのガイアの歌は遠い遠い昔からいつも奏でられてきた歌、そ うです私達が生きているこの時代にも心の耳を澄ませばいつでも聞こえる歌です。 神様がこの宇宙をお造りになった時から、いやお造りになる前から響いている音楽です

Ⅱ-3 草木部屋での食事
 私達が温泉に暖まりながら、ガイヤの歌に耳を傾けて、物思いに耽っていると、MASAAKIさ んの声「食事の支度をするので、てつだってくださ~い」
 それでは私達も温泉から出て、食事の支度を手伝いましょう。どんな食事をどのように作 るのか、楽しみです。 MASAAKIさんの奥さんのTERUYOさんが出てきて、話しかけてきました。 「遠い昔の世界か らきてくださったのですって。それではこの超社会の生活は驚くことが多いと思います。で も私達にとってはこれが普通の生活です。あなた達の住んでいた大昔の話を聞くこともある けれど、私達にはそっちの方が不思議な世界ね。人間が沢山の国家という集団を作って、領土を奪い合ったり、時には戦争で殺しあったりって信じられない! でも今日はゆっくり楽 しんでくださいな。さあ、一緒に食事作りをしましょう。」
「食事作りは動物たちにも手伝ってもらうの。熊五郎さん、あなたは、谷川から魚をとっ てきてね。いつものように川の神様にお魚取らせてくださいって、ことわってね。そうすれ ばお魚も怒らないからね。 猿彦くん、あなたは森の中からキノコを取ってきてね。森の神 様にもちゃんとことわってね。 それからキツネのコンチッチ、あなたは山葡萄、今日はお 客様がいるので沢山取ってきてね。」
TERUYOさんがそういうと、動物たちは勇んでそれぞれ言われた食事の材料をとりに出掛け ます。
「さあ、私達はこの草木の部屋の中から、新鮮な野菜をとるのです。この草木の部屋は常 春の園とも呼んでいて、一年中新鮮な野菜や果物がとれるんです。先ずトウモロコシを摘ん で、お芋を掘りましょう。トウモロコシやお芋が私達の主食です。トウモロコシは甘いの、 あっさりしたの、深い味わいがあるのとかあります。今日は深い味わいがあるのをとりまし ょう。お芋はジャガイモ、里芋、サツマイモ、山芋などありますよ。今はジャガイモがホク ホクで美味しいのでジャガイモにしましょう。」
 ということで、私達はトウモロコシ摘みとジャガイモ堀をします。 その間にTERUYOさんはナスとレタスを摘んでいます。 この常春の園には鶏もいて、あちこちに玉子も生みます。それで玉子を探して集めました 。
 動物たちも魚やキノコや山葡萄を取って戻ってきました。
 魚は串にさして、塩をふり、焚 き火で焼きます。 ジャガイモ、トウモロコシとナスは塩ゆでです。
 玉子は温泉に入れて温泉卵をにします。 食事は熊五郎さん、猿彦君、コンチッチも一緒で す。MASASIさんの家族、SATOKOやAPONも来て賑やかな食事が始まりました。
 食事は大自然への感謝のお祈りから始まります。食べ物は簡素な調理、味付けで野外での 食事、原始時代に近い食べ方かと思われます。でも新鮮さと自然の風味がいっぱいです。季 節は冬、時間は夕刻ですが、食事の場所は暖かく、明るいです。森の木々たちがこの場所に このような環境を作ってくれているのです。
 私はMASAAKIさんに私たちが温泉につかっているときにガイアの歌を聴いたという話をしま した。 MASAAKI「そうですか、それは本当に良かったですね。私もその歌には時に耳を傾けて聞くようにしています。あのガイアの歌は現在の人たちでも、すべての人が聞き取れるわけではありません。よほど心を澄ませないと聞き取れないのです。あなた方は心がけがよかったの で聞こえたのですよ。本当に良かった。昔の世界に戻ってもあの歌を忘れないでくださいね 。」


Ⅱ-4 木の根っこに囲まれた寝室
 私たちは居間に戻って、MASAAKIさんに超社会のことをいろいろと聞きました。 夜も更けてきて私たちはそれぞれの寝室に案内されました。 私の通された部屋は木々の根 っこに囲まれた部屋です。何種類かの木の根が絡み合って、洞窟のような空間をつくってい ます。
 その空間の壁の中にベットのような形のくぼみがあってその中に眠るのです。 まだ以心伝心の力が残っていたので、木々たちに向かって、何か快い子守唄を歌ってくれ るように頼みました。木々たちは歌うのが好きなので、すぐに引き受けてくれました。木々たちの優しく快い歌を聴きながら、ぐっすりと眠りました。

Ⅱ-5 MASAAKIさんの超社会の解説
 翌朝は鳥達の歌声に眼を覚ましました。寝室を形成している木々達の根があけぼのの空の 色に輝きはじめています。 私達(読者のあなたと私)は常春の園にてTERUYOさんの作った 朝食を頂きます。
 常春の園の炊事場にコンコンと湧き出す温泉のお湯に色々な野菜と玉子を入れて作ったス ープ、山羊の乳、玄米パンとチーズ、それに新鮮なサラダを美味しく頂きます。
 朝日が、この園を囲む木々の間から射し込み、鳥達の囀ずりが響いています。 リスが木か ら降りてきて、チーズをせがみます。 そんな中で、朝食をいただきながら、超社会に関す るMASAAKIさんの話に耳を傾けます。
「超社会は神様が全ての生命体に以心伝心の力をお与えになったことが出発点であったこ とはあなた方もご存じの通りです。その結果生命体の種ごとに種社会が作られ、種社会が集 まって超社会が作られてきたこともご存じと思います。 超社会は全ての生命体が次のこと を認知することによって成立している社会です。すなわち『全ての生命体はひとつの生命体 の一部であって、そのひとつの生命体を通じて、全ての生命体が互いに繋がりあっている』 ということを認知することによって成り立つのです。 でもよく考えてみてください。この 『全ての生命体がーーー繋がりあっている』ということは、超社会が創成される以前からの 真実であって、あなた方もそれは感じているはずです。神様が全ての生命体に以心伝心の力をお与えになったのは、その事を明瞭に思い出させるためでした。」 このMASAAKIさんの話を聞きながら私は昨日温泉に浸りながら聞いたガイアの歌のことを思 い出そうとしました。でもその歌の音は微かで、昨日ほど明瞭には聞き取れません。 すで に私から、以心伝心の力は失われて来ているのでしょうか。

Ⅱ-6 現在の世界への帰還 
 MASAAKIさんお話を聞きながら、気になりだしたのは、帰りの時間のことです。
 私達のって きたタイムマシンは一日しか、時間跳躍機能を保持できないのです。もし一日を過ぎると、 もう過去の世界には戻れなくなります。私は一瞬、「もう、戻れなくてもいい、この世界、 気に入ったし、ずーっとここにいてもいいな」と思ったのですが、すぐに「いや、このよう な超社会が未来にあることは現在の世界に戻って伝えなければ」と思い直しました。それに 読者のあなたを巻き添えにしてしまうことは出来ません。

 MASAAKIさんは私のそのような考えを全て読み取って、微笑んで言います。 「あなた達の時代に戻る時間が近づいているのですね。わかりました。ではこれを差し上 げましょう。」と、小さなメモリーカードのようなものを手渡して「これは超社会の歴史などについての解説を記したメモリーカードです。あなた方が近代社会に帰っときに伝えても らいたいと思って、昨夜これを作りました。これはあなた方の時代のパソコンでも読み込み が出来ます。実のところ、今の時代にはパソコンは使いません。情報のやり取りは以心伝心 でなされるのでパソコンは不要です。そればかりでなくメディアと呼ばれる、テレビ、ラジ オ、新聞などもなく、遠い昔にあったと聞いていますが、今はミュージアムに残されている だけです。でも大昔のものを懐かしむマニアがいまして、パソコンを使ったりします。私も そのマニアの一人ですが」と言います。

「ああ、それからガイアの歌が聞き取れなくなってきた、心配していましたね。正直なと ころ、あなた方がこの世界でしばし得た以心伝心の力をあなた方の時代に持ち帰る訳にはい きません。それは生命の歴史の調和を乱すことになるからです。 でもあなた方はガイアの 歌を聴きましたね。それだけは覚えておいてください。本来あなた方はガイアの歌を聞き取 れる力を持っているのです。きっといつかあなた方の力で持って、ガイアの歌を聞き取る力 を取り戻せるはずです」
 私達はMASAAKIさんの家族、動物達、鳥達に見送られながら、MASAAKIさんの家を出て、タ イムマシンのおいてある丘に向かいます。途中は原生林のような林の中に小路が続いていま す。MASAAKIさんの家の常春の園は温かく、色とりどりの花も咲いていたのですが、この小 路から見られるのは、ようやく芽吹こうとして赤みのさしかけた木々やまだ枯れたままの草達、所々には紅い梅、白い梅も咲いています。またあるところは緑の常緑樹につつまれてい ます。これは私達が住んでいる現在の山村の春間近の風景に近いです。
 ようやく、タイムマシンのおいてある小高い丘に着きました。ここは前述のように私達が 住んでいた時代に飯田神社という神社があったところです。 ここからは周りの里や山が見 渡せます。私達が住んでいる現在と変わっているのは先ず、家が見えないことです。でもあ ちこちに煙が上がっているのが見られます。 これが、人家のあるところでしょう。
 MASAAKI さんの家のように居間や寝室が地下に潜っていて、その脇に木々に囲まれた常春の園があっ て、煙はその常春の園から立ち上っているのでしょう。 山の様子も現在とは異なっています。建材として植えられた杉や桧、それからこの地方で 古くから薪炭材として育てられいたコナラなどはほとんど姿を消しています。そのかわり、 この地方の原生種である、アラカシ、シラカシ、アオキなどをはじめとする、広葉常緑樹の 群落が山のほとんどをを覆っています。 その群落の中に梅や山桜その他の落葉樹が点在します。
 もと田んぼや畑のあったところは 山葡萄やリンゴ、桃、栗、くるみなど多種多様な果樹や木の実の果樹園となっています。
 原生林のような山々や果樹園の木から木へと飛び回る鳥の鳴き声に耳を澄ますと、それは私達に別れを告げている音楽のようです。さらに耳を澄ますと、見渡す限りの木々達、草達もそ の音楽に合わせて別れの歌を歌ってくれています。そして獣達、虫達の声が加わります。 そ れらが合唱のように見下ろし谷全体に響き渡っています。 真にガイアの歌です。私達に以心伝心の力が甦ったのです。でも、それはしばしの間でし た。やがて虫達、獣達、木々達の声は聞こえなくなり、ただ鳥達の囀ずりがふつうの聞こえ 方で聞こえるだけとなりました。 私達はタイムマシンに乗り込むと、現在の世界に戻って 来たのです。

Ⅱー7 現在の世界
 さて、現在の世界に戻ってみると、全くもとのままの世界が広がっています。それは当然 です。私たちはたった一日しか超社会にいなかったので。 しかし、私たちにはその一日は とても長かったように感じたのです。  そして、超社会のことを知らなかったときに当然 と見えていた現在の世界のことが不思議で懐かしくも感じられます。  
 例えば広い道があ って、自動車が縦横に走っていたり、道に沿って電信柱が延々とすづいていたりする風景も 不思議です。  
 木造の家があったり、コンクリートの家があったり、それらが地上に様々 な形を成して点在する風景、電車が走っているのを見ても懐かしく感じます。  
 さらに東 京に出れば色も形も様々な高層ビルが立ち並ぶ風景には驚異の念すら覚えます。  新聞や テレビでは連日のニュースが伝えられています。
 ある国が核爆発の実験を行って制裁を受けているとか、ある国の大統領が、隣国との間に 壁をつくるとかいう話があったり、あきれます。
 しかし、未来の超社会から戻ってしばらくすると、もとの日常生活に紛れて、超社会のこ とも忘れかけていきました。 ただ、日々のニュースから、国どうしのいさかいがエスカレ ートして行くようで、それが気になってきました。私はMASAAKIさんから超社会のことを記 したというメモリーカードをもらったことを思い出しました。もしかしたらその記録に世界 平和へのヒントが隠されているのではないか、と思いその記録を見ることにしました。次か らはその記録です。
       
Ⅲ章 MASAAKIさんの超社会の解説
次からはMASAAKIさんから手渡されたメモリーカードに記された超社会の話です

Ⅲ-1  近代社会がはらんでいた矛盾
 あなたは、この大宇宙の歴史を考えたことがある、と思います。BIGBANGから始まって、や がて沢山の銀河ができて、太陽系ができて、その中の地球に原始の生命が生まれて、そこか ら太陽エネルギーを取り込める葉緑体をもった植物が生まれて、それを食べて活動する動物 が生まれ、人間が生まれ、文明ができて来たのです。 不思議ですね。 奇跡といって良い でしょう。 これから私が話す超社会の話は超社会の創設以前の人達から見るととても不思 議に見えると思います。 でも考えてみてください。この大宇宙が始まって、人間の文明が 出来るまでの歴史を、そして、そこにあなたがいるということを。あなたのうちには大宇宙 の歴史がそして気の遠くなるような膨大な時間の中で綿々と繋がって来た生命の歴史が眠っ ています。これこそ、不思議、これこそ奇跡ではないでしょうか? ですから、これから話 すことがいかに不思議に思えてもあり得ないことと、一蹴しないでください。
 
 超社会の出発は神様が全ての生命体に以心伝心の力を授けたことから始まっていますが、 この以心伝心の力が働くには原理があります。それは全ての生命体がひとつの生命体から出 発していることから来ます。そのひとつの生命体とは大宇宙を生み出した根元の力すなわち 神様です。 でも、神様というと、人によって受け取り方が異なるので、ここではそのひとつの生命体 を根元生命体と呼ぶことにします。 全ての生命体はその根元生命体に繋がっています。です からいかなる生命体の意識もその根元生命体の意識にさかのぼることが出来ます。そしてそ の根元生命体の意識から出発して個々の生命体の意識におりていくことが出来るでしょう。 これが以心伝心の原理と思います

 このような能力は本来全ての生命体に備わっています。しかし超社会の成立以前において はその能力は忘却されつつありました。そしてその忘却は近代文明を築いた人類において最 も著しかったのです。何故そのようになってしまったか、というとひとつには近代文明にお いて広まった個人主義という考え方がありました。
 個人主義は個人の権利と自由を尊重するという考え方であり、上意下逹を旨とする封建社 会から脱皮するためには有効な考え方でしたが、大きな弊害も生じました。その弊害のひと つが以心伝心の能力の喪失です。個人の権利と自由の主張が他者への以心伝心から来る慈悲の心を伴わないと、それは自己の利益のみを追求する利己主義に陥り、利己主義者同士は争いが絶えず、また利己主義者がよりあった国は自国の利益のみを追求する利己主義的な国家 となり、互いに利益を巡って争い、時には戦争にも発展します。
 当時自己責任という言葉 も流行ったようですが、この言葉は他者の不幸への同情心から来る痛みを隠す為に使われた ように思います。
 近代文明といわれた文明の出発点となったのは、イタリアで始まったルネッサンスでしょ う。 それは、それまで神の領域とされて人間の踏み込めなかった領域、生命の探究や自然 力の利用に道を開きました。その時代に宗教にも、君主にも支配されない個人の権利と自由 の主張、個人主義の概念が作られています。
 その個人主義の思想は、ジャンジャックルソーの民約論などに政治的に受け継がれます。 これは元々自由で平等であった人間同士がお互いに約束して、社会をつくり、王権も作った という考え方で、確かに封建社会を崩し近代の民主主義の成立に大きな影響を与えたという 意味で、歴史的な役割を果たしたと言えます。
 その後、産業革命の起こったイギリスで、アダムスミスが「諸国民の富」を執筆し、それ が近代社会の主流となった資本主義の基礎理論となります。その理論の基本は個々の個人や 企業が、自らの利益を追求すれば、神の見えざる手が働いて、全体として経済的な発展が達 成される、という思想です。
 これも背後に個人主義の原点を有します。 折しもダーウインの進化論が唱えられ、この考 え方が、人間の社会にも適用されて、経済競争によって勝つことは適者生存の原則にもとず く勝者であって、この社会において存続するに値するものであり、敗者は存続する価値がな い、とする考え方が一般化していきます。
 ここから生まれて来るのが新たな、差別意識です。個人では富めるものと、貧しきもの、 勝ち組と負け組、成功者と落ちこぼれなど、国家間でも先進国と後進国、developed countryとdevelopping country,などです。
 ルネッサンス以来の個人主義というのは元々宗教や封建的な差別などの社会的な束縛から 個人を解き放つ働きをもったのですが、それが新たな差別意識を生み出したのは皮肉な話で す。

 近代文明は人間同士の間の差別意識を生み出したにとどまらず、人間と人間以外の生命と の間の差別意識を生み出し、人間の利益になる限り、人間以外の生命を圧迫し、時には絶滅 に追いやってもやむを得ない、という考え方を産み出しました。
 アダムスミスの神の見えざる手により、自由競争が人類全体に経済的な福利をもたらす、 という思想には、人類の経済活動が自然に与える影響によって起こる問題に対する視点が欠 如していて、それが結果的に地球をも滅ぼしかねない環境問題に発展していくのです。
 人間同士の間の差別意識と人間の人間以外の生命に対する差別意識が人間から以心伝心の力を忘却せしめていきます。差別意識というのは意識の壁を作るということであってで、そ れによって、当然相互の意思の疎通は妨げられて、以心伝心からはどんどん遠ざかっていく のです。

Ⅲ-2 超社会の歴史
 ここから超社会が始まります。次からは超社会の歴史と現状です。 神様が全生命の以心伝心の力を甦らせたあとにシチリアのサミットを契機に超社会が成立 します。 それからしばらくは、以心伝心の能力が浸透し、発達するまでは混乱もあり、ド ラマチックな事態も多々起こりますが、結果的にどのような方向に向かったかを話します。

 先ず特筆すべきことは国家の消滅です。近代国家と呼ばれた存在は、大部分が産業革命以後に、産業発展と軍事力の強化を目的に成立していったものです。それは産業の発展と軍事 力の増強には、巨額の資金が必要であり、多額の税金を徴収可能な国家が必要であったから です。 しかし、超社会においての産業発展は近代とは別の方向に向かいました。そのことについ ては後程、また話します。
 尚、軍事力は戦争の必要がなくなり、不要となり、国家は存在理由を失っていきました。
 近代国家と言われる社会的集団の意識が強まっていた当時においては戦争が度々起こって いました。 世界大戦と呼ばれた世界中を巻き込む戦争も2回起こっています。3回目が起 こりかねない状況でしたが、それは超社会の創成によって食い止められたのです。
 当時発生した戦争には、そこに至るまでのプロセスがありました。 先ず国家と呼ばれた集団の成員の多くに不幸感が生じます。するとその不幸を解消すべき責任者は国家の為政者で あるとして、為政者に不満の矛先が向かいます。
 この状況が継続すると、国家の崩壊、内戦 の可能性も出てきます。そこで為政者は不幸の原因を国外に転化しようとします。あの國が こうだから、こういう問題が発生している、という形で国民の目を外部にそらせるのです。
 多くの場合、マスコミと呼ばれた情報のメディアもそれに加担します。そうしているうち に、国民の間にある特定の国(単数もしくは複数)に対する被害者意識が発生します。そしてその被害者意識は正義の主張を始めます。
 すなわち、私たちの国は、かの国によって不当な仕打ちを受けていて、それによって私達に不幸がもたらされている、これは不当なことであって、私達は正義を取り戻さなくてはな らない、とこのように進んできます。 こうして、正義感が高揚されて、悲しいことに、戦争に導かれていきます。
 この正義感の裏に潜むのは憎しみの感情です。 人間は憎しみの感情が醜いものであること は重々承知しています。でもその醜さを自らの心から覆い隠す為に、正義感が持ち出される ことがあります。戦争に向かうプロセスにはおそらく必ず、そのような正義感と憎悪が一体 となった感覚が意識的にあるいは無意識的に引き出されていきます。
 自分達の国家は正しく、かの国家は悪である、という思いは、その裏で、人間が本来備え ている、以心伝心の力を自ら断ち切るという心理的な操作を同時的に進行させています。
 神様が以心伝心の力を甦らせた時になさったのは、このような以心伝心の力を意識的にもし くは無意識的にも断ち切ることが出来ないようにした、ということです。
 その結果、世界中どこの国通しの間でも、直接的に個と個の間の意思が通じあい、相互の 憎しみの心が消えていきました。憎しみの心が完璧になくなった、とは言いません。 でも 戦争を引き起こすような国家と呼ばれた社会的集団間の憎しみは消滅し、戦争はなくなり、 軍備も不要となり、軍備を維持するという国家の機能も不要となったのです。
 次に超社会における産業発展の方向性について話します。 近代社会と言われた時代の際立 った特徴のひとつは産業中心主義です。 近代と言われた時代に成立した国家はいずれも産業の発展を追求します。産業革命において遅れた国は、進んだ国に留学生を送って、先進的な技術を学習させ、持ち帰った技術的な知識をその国家の教育機関を通じて急速な普及を計ります。
 このような急速な普及の仕方は国家という社会的集団の存在なくしてはなし得なかったで しょう。

 たとえば日本という当時の国家は明治維新を経て近代国家に生まれかわり、富国強兵を国 家の基本的な目標として設定します。ここで強兵は軍事力の増強です。そして富国とは、産業中心主義による経済の発展です。明治政府は留学生を英国、ドイツ、フランス、米国等、 当時産業革命において先進的であった国に留学生をおくり、先進的な技術を学習させます。 一方国内においては教育制度を、整え、その教育機関の頂点に帝国大学を設置し、留学生 が持ち帰った技術的な知識を帝国大学にて学生に学ばせ、そこで学んだ学生が、また地方に 散じて大学や企業の指導者となって、産業の発展を促す、という仕組みを作っていきます。 当時、このような仕組みを作れるのは国家という巨大な社会的集団であって、それが近代国 家なるものが成立していった理由でもあります。
 でもこのような状況は近代国家の成立初期の話です。時代を経て、その仕組みによる技術 的な知識の普及が浸透すると、技術的情報はかっての帝国大学とかいう国の機関よりは民間 の企業に蓄えられるようになります。しかも情報収集能力も国家機関より民間の企業の方が 優って来ます。個人ベースでの国家間の交流が進むと、国家の産業発展を主導するという意 味での存在理由はますます希薄になっていきます。超社会が創成される以前において、すで にその状況が生まれていました。
 超社会においては戦争がなくなり軍事力そのものの存在理由が無くなりました。また近代 国家における産業の発展は民間に産業開発力が蓄えられたことにより、民間自身で遂行され るようになって、国家の必要性は超社会の成立以前に、既に希薄になっていました。 このような背景の中で、超社会において国家は消滅していきました。 そして政治的な課題の解決の主体は、国家という中央集権的な組織から、各地域社会という地方分権的な組織に移行していきます。 無論、近代国家の有していた役割は産業の発展の推進と軍事力の維持、増強にとどまらず 、教育、医療、福祉などあります。 これらは、近代国家以前の国家においては国家の統制を強くうけずに概ね地域社会がその 役割を担っていたものです。超社会においても、それらは地域社会がそれぞれの仕方により 、その役割を担っていきます。 このように地方分権化が進行していった背景には、国家の 消滅とともに進んで行ったもうひとつの理由があります。
 それは超社会における地域社会というのは、人間だけによる社会ではなく、その地域に住まう、全ての生命体による社会だということです。 超社会が成立したばかりの頃は、地域 社会も種々の生命体が、共存し、ゆるやかににつながりあっている、というような状態でした。 時間がたつに従って、生命体相互の以心伝心による意思疏通が活発に行われるようになり、生命体同士の契約がなされ、さまざまな協力関係も作られるようにもなって相互の結び付き の強固な社会国家の消滅というのはこのような地域社会の成長と並行して進行していきまし た。
 すなわち近代国家の持っていた機能が順次地域社会に移されていきます。最後に残ったの は立法と警察の機能ですがこれもやがて地域社会に移されていきます。
 それによって国家は事実上消滅します。 ここで地域社会の立法と警察について話します。 近代国家には憲法をはじめとする法律がありましたが、そのような文章化された法は超社会にはありません。 地域社会はひとつの家族のようなもので、特に以心伝心での一体感のもとにあるので、近代国家にあったような法は無用です。ただし生命体相互の契約はあり、法といえば、その契約が法です。その契約というのも、自然環境の変化などに伴って、柔軟に変えられていきま す。
 法をおかす犯罪といえばその契約を守らないことです。警察の役割というのは、その契約を守らない生命体にたいして、その守らない理由をただし、それが妥当であれば、契約の変更を促し、妥当性がなければ、契約の履行をもとめることです。

 実際上、ほとんどの契約は破られることはなく、警察の出番はそれほどないのですが、ゼ ロではありません。
 よくあるのは契約の忘却によるものです。契約の忘却というのは以心伝心能力を強く持っているかぎりありません。それは相互の心を感じ取っているので、忘却し ても、またじきに周囲から思い出させられるからです。以心伝心の力は個体により強弱があ り、同じ個体でも強いときも弱いときもあります。 契約の忘却は以心伝心の力が弱くなった時に起こります。 契約そのものを忘却して、契約 を破った犯罪者は牢屋に入ってもらいます。
 牢屋と言っても、それは森の樹木に囲まれた温泉です。ここで以心伝心能力が回復するま で、温泉に出たり入ったりの生活を送ってもらいます。収容の期間は一般に忘却の程度がひ どいほど長期間という傾向があります。
 警察官は職業という訳でなく、周りもちでその役割を負います。人間以外の動物や植物も加わっています。 超社会は地球上の数多くの地域社会の集合したものですが、超社会全体に関わる問題、たとえば地球温暖化への対策は全生命サミットと呼ばれる、全地域社会が参画する会議で、論 議され、決定されます。 会議といっても、全生命サミットは、どこか特定の場所に集まってなされるものではなく 、全生命が全生命サミットと呼ばれるバーチャルな意識の場所に意識をより集めてなされるのです。たとえば地球温暖化防止対策について決定しようとしたことがあります。その場合 全生命が地球の未来として望ましい姿を思い描くのです。すると、それぞれの思いが、以心 伝心の力で相互に伝えられていき、次第にひとつの方向にまとまっていきます。そして最終 的に全生命の意思がひとつの方向にまとまった時にそれが全生命サミットの決定とされるの です。
 地球温暖化防止対策については、人類が化石燃料の使用を中止する、その代わり、人類の 生活の維持のために人類以外の動物も、また植物もそれに協力するというのが全生命サミッ トの結論でした。
 ついで、原子力も生命体に有害と言うことで廃止に決定、人間に残されたのエネルギー元は 風力、太陽、地熱、樹木等の当時自然エネルギーと言われるものだけとなりました。
 これはそれまで、エネルギーの大半を化石燃料と原子力に依存していた人類にとって、生活 様式のあり方の変革を迫るものでした。 先ず徹底的な省エネルギー化が必要です。自動車はソーラーカーのみが許されます。牛や馬も 輸送手段に使われるようになりますが、これには牛さん、馬さんの協力がありました。 船は帆前船が復活です。
 それでも石油石炭をバンバン使っていた時代の輸送能力には到底及びません。 その問題も手伝って、人間の生活様式はどんどんと自給自足的な方向に向かっていきました。 家屋は冷暖房のエネルギーを節約するために、地下構造、あるいは山腹に穴を掘った横穴構造 に変わっていきました。
 多くの鉱工業が成り立たなくなり、この社会から消滅していきました。 人類に、近代文明の 物質の豊かさへの復帰の願望が起こり、ソーラーパネルの大増設が計画されました。これは全 生命に影響を与えうると言うことで、全生命サミットの議題に取り上げられ、その会議の場で 、特に植物達の太陽を奪うと言うことで取り止めとなりました。
 ただ、このときに植物達は人間の生活のために光や熱や動力を出せるように進化することを約 束したのです。
 このようにして超社会の出発点において人類の生活はどんどん原始の時代に遡 っていく風情でしたが、人類が植物との間で交わした約束は人類の未来の新たな時代への期待 を抱かせるものとなりました。
 植物が人間に望んだのは、太陽の光を奪わないでくれ、ということでした。 植物による以外エネルギーを賄えなくなった状況ではこの要請には納得せざるを得ません 。

Ⅲ-3 超社会の建造物
 先ず人間の作った建築物を植物の力でなんとかしなければならない。 人間には3つの選択肢がありました。ひとつは現状の建築物をツタやコケ類、その他の光 合成生命で覆う、地下あるいは山腹に居住空間を作るか、海のそこの方で太陽光があまり届 かない辺りに作るかです。 最初の頃は建築物を光合成生命によって覆うという方法が用いられましたが、次第に地下室や山腹に居住空間を作るようになってきました。
 その時代に建築物に関してもっと根本的に起こってきた問題がありました。 それは建築物の素材を作る工場が生産のためのエネルギーを確保出来ないため生産中止に 追い込まれていったことです。 その結果、地上にある建造物はその寿命が尽きると共に消滅していき、地下や山腹の建築 物だけが残っていきますが、それも素材の不足で、原始時代の穴居生活に近くなっていきま す。
 そこで人間より植物に対して人間の居住空間を確保するために協力をするように申し入れ されます。そして植物はそれに応えてくれました。 樹木の根を、地下や山腹に人間が心地よく住める居住空間を作るように進化させてくれた のです。
 根に囲まれた居住空間はその根の表面にコケ類や菌類も共生するようになります。 相互に共同して美しくまた、面白い模様を作ります。  根が光るのは発光バクテリアが共生しているためですが、コケや菌類にも発光バクテリア が共生して様々な色合いで光ったり、ヒカリゴケのように反射光で美しい色を出すのもあり ます。 このようにして住む人の好みで部屋の壁が彩られます。また壁の模様や光の強さも 時間と共に、また住む人の気分等で変わったりもします。
 菌界の生命体のうちでも大きな子実体すなわちキノコを作るものは台所となる部屋の根に 育って食に供されます。 人間の生活にはお湯が必要ですね。 これは木を燃やすという古くからの方法でも出来るのですが、お風呂など沢山のお湯を使う用途では、木が足りません。これも樹木が進化して、解決します。 木の根が発熱する力を備えるようになたったのです。
 多くの家庭では地下の居住空間の中に木の根に囲まれたお風呂があって、その中に砂ろ過 で浄化された雨水が貯まると、木の根が発熱して丁度良い湯加減に暖めてくれます。 お湯の汚れは木の根についている菌類によって浄化されます。 因みに、汚れと人間が呼んでいるものの中には菌類にとっては美味しい栄養となる有機物 も含まれています。
 また汚れに含まれる、ミネラルや塩類は木の根が吸収します。 その為、お風呂のお湯は頻繁に取り替える必要はなく、雨が降ったときにその分だけ更新 されます。お風呂はこのような形で地下の居住空間にしつらえられる場合が多いですが、私 の家のように森の中に露天風呂として作られる場合もあります。 その場合は森にすむ動物たちも一緒に入れます。 このような露天風呂は地下の居住空間内の風呂と同じように木の根で囲まれた形の場合も ありますが岩に囲まれていて温かいお湯が沸いてくるという形もあります。 それは地下水が、発熱能力を持つ木の根の間を通り抜けることで暖められてわきだす場合 です。
 このような形の露天風呂を私達は温泉と呼んでいます。 温泉は超社会の生命体にと って不可欠な以心伝心の力が衰えた場合にそれを甦らせる効能があります。 どうしてそのような効能が温泉にあるのかは十分解明されていません。
 一説によれば、地下水は長い時間をかけて色々な地層を通過し、その間に色々な生命体と も出会い、水自身がそのような生命体の情報を運んで来ていて、その情報が温泉に入った人 の肌を通じてその人に伝わるからだということですが、真偽は定かではありません。
 
 さて水は超社会においても人間の生活にとって不可欠なものであることは言うまでもあり ません。 水は、お風呂又はシャワーに使うお湯以外には、調理、手洗い、食物や道具の洗浄、選択 、排泄物の水洗などに使われます。 近代社会においてはこれらの用途に使われる水は主に水道水になってきました。 近代社会以前には水道の普及は乏しく、ほとんどが井戸水、川の水、雨水でした。 超社会では近代社会以前の水の使い方に戻っていきました。 その理由は水道水の生産には多大のエネルギーと近代産業でしか生産できない設備が必要 であり、超社会ではそのような設備は全て消滅していったからです。 超社会では近代社会が営営と築いたほとんど全ての工業が消滅しました。
 電力の使用もな くなたのです。 それに伴って、生活に必要な全てのものの調達は自給自足的な方向に転向 していきました。 衣食住に必要なもののほとんどが自給自足の方向に進んでいったのです。
 水の利用についてもほぼ完璧な自給がなされ、また排水も無汚染が実現しました。 これも人間と光合成生命、それから人間以外の非光合成生命の共生により実現されたので す。 風呂水については上述の通りですが、その他の生活用水の水源にも雨水が基本となり、地下水や河川水が利用できるところはそれを利用します。 利用できる水量の少ないところは何回でもリサイクルして水を使います。
 そのリサイクルのために原生生命界や菌界の生命体が大活躍をしていることは言うまでも ありません。 また排水中の有機物は全て土壌に住まう原生生命界や菌界によって分解され、ミネラルや 塩類は光合成生命の栄養とされ、河川や地下水に流れても汚染は残らないのです。
 人間の排泄物といえば、人間以外の生命体にとって貴重なご馳走です。 近代社会で水洗トイレと言われたのと似たようなところはありますが、そこでは排泄物が 排水と一緒に流され、それらはたちまち菌界の生命体に分解され、ミネラルや塩類を植物に 吸収され、浄化された水となり、排出あるいは再利用されます。 このような人間と人間以外の生命との共生関係が発展していき、地球の地上は原生林のよ うなみどりの樹林に覆われていき、海は海草の林が復活し、その樹林や海草の林の中にかっ てなかった豊かな生態系が創られていきました。

Ⅲ-4 超社会における交通
 人間の生活には衣食住、交通、コミュニケーションが必要ですが、ここまでの話で住につ いてはある程度わかってもらえたと思います。  コミュニケーションについては超社会ではほとんど問題ありません。 それは以心伝心の力によるものです。たとえ地球の反対側にいても、また生命の種が別で あっても、以心伝心の力によってコミュニケーションが出来ます。 もっともその力が衰えてしまうこともあるので、時には温泉に浸ってその力を蘇生させる 必要はありますが。

 ここからは超社会における交通の話です。 交通には動力が必要です。 近代文明といわれた時代には機関車、電車、自動車、飛行機、船といったものが交通の機 能を果たしました。 でも超社会ではそれらの全てが使えなくなりました。 その為、超社会での交通手段は近代文明以前の徒歩と牛馬といった動物に頼る方法に戻っ ていきました。 実際問題、以心伝心の力があるので、遠く離れた親戚や知人であっても会話が出来るので 、交通機関を使って会う必要性はなくなってきました。 でもやはり、たまには直接会いたいのです。 それから、超社会の人達と言えども時には旅行をして見知らぬ世界を体験したいという気 持ちは近代文明といわれた時代に住んでいた人達と変わりません。
 そこでまた植物との相談がされます。 どうしたら光合成生命によって人間が遠地に移動出来るか、という相談です。 先ず、移動に際して人間が入り込める入れ物が必要です。 これはマリモが進化するしかない、ということで直に結論が出ました。 というのは根を生やした植物は移動が困難だからです。 マリモは内部が空洞でも生きていけるので、巨大化すればわけなく人を入れてもらえます 。
 次に問題なのは如何にそのマリモをどのように移動させるか、ということです。 いずれにしろ移動にはエネルギーが必要で、マリモがそのエネルギーを負担し続けるわけ にはいきません。 ここで二つの方法が提案されます。 ひとつはマリモを樹木のてっ辺から放り投げて木から木へと次々に渡していく方法です。 もうひとつは地下にトンネルを作り、木の根の繊毛がなびいてマリモを移動させていくと いう方法です。 結論としては後者のトンネル案が採用されてマリモのキャプセルを樹木の根の繊毛がなび いて送っていくという方法が発展していきました。
 樹木のてっ辺から放り投げてマリモを送っていく方法も地球上で気候がマイルドなところで は採用されていますが、それは地域的な比較的近距離な移動に限ってです。
 マリモは進化して人間が入り込めるほどに、巨大化していきました。
 木の根とそして海の底では海草が地下にトンネルを作り、地球上どこからどこへでも行け るルートが創られていきました。
 進化したマリモは個人用であったり、家族用であったり、もっと大きくバスのようになっ たものもあります。
 内部の配置や装飾は色々です。成人に達すると個人用のマリモを持ちます。
 内部は普通マリモの壁が光り、立体画像も見れます。 マリモは葉緑体があって透明ではないのですが、立体画像は外の世界をそのまま見れるよ うに出来ます。 それから、別の生命体と以心伝心すればその生命体から見える世界がそのまま見えるよう にも出来ます。
 マリモは普段は温泉に浸って英気を養っています。 個人用のマリモには名前もつけられていて、私のマリモはまゆ子です。 私が遠方に行きたいときには温泉に行ってまゆ子の体内に入り込みます。 私の場合は移動の時は眠るのが好きなので、まゆ子の身体は繭型で、私が行くと、まゆ子 は身体の脇をチャックのように開いてくれて私はそこからまゆ子の体内に潜り込みます。 するとチャックのように見えるところは縫い目のないように塞がります。それから行き先をまゆ子に伝えると温泉から通じる地下のトンネルに導かれて、眠っているうちに目的地ま で導かれます。
 トンネルは陸地では植物の根で囲まれ、海底では海草の根で囲まれ、根に生えた繊毛がな びいてマリモが送られていくのですが、その土地の樹木や海草による美しい音楽を聴くこと も出来ます。 その音楽に耳を傾けてうつらうつらとしていると、母胎の中にいるような平安な気持ちに 包まれて心地よいです。
 たまに旅行もします。 外の景色を見たいときにはその土地の鳥や魚や獣などの生命体と以心伝心で心を通じさせ て、その生命体が見ている世界を立体画像で写し出して旅をします。 近代社会では電車や船や飛行機があって、外の景色を見ながら旅をしたと思いますが、私 達の旅をするトンネルの中でもそれと同じようにあるいはもっとダイナミックな景色を眺め ながら旅ができるのです。
 家族で乗り込めるマリモに乗って世界周遊の旅に出ることもあります。 旅先につくと、マリモから降りて、その土地を歩き回ります。古代からの遺跡は今でも多 く残されています。 近代都市もところどころにミュージアムのように残っています。
 東京も近代文明の頃の建物が当時の姿で残っています。 ただしその建物は全ての壁をツタや苔などの光合成生命に被覆されて保存されています。 それにしてもこのような近代文明の頃の姿が残されているところは少ないので、世界中から 多くの人や動物(非光合成有消化機能可動生命)が訪れます。
 東京には色々な生命体が合奏するミュージックホールがあったり、地球の歴史を伝える博 物館もあります。 世界中の様々な料理を供するレストランもあります。 その食材は地下トンネルを通じて世界中から集まって来ます。
 ここでは東京に集められる食材のルートの話をしましたが、地下トンネルは人間の移動と 共にほとんど全ての物流のルートになっています。 でも超社会では東京のような近代文明の産み出した都市が残されているところは本当に少 ないです。
 陸地のほとんどは、かって砂漠であったところも含めて原生林のように緑で覆われていま す。
 原生林と異なるのは光合成生命が極めて多彩な方向に進化していることです。
 マリモが地下トンネルを移動する際の乗り物に進化した話はしましたが、マリモはさらに 内部にヘリウムを集めるように進化して気球のように空に登れるようになりました。そのよ うなマリモは世界中の観光地のあちこちで人や獣が空から地上を眺めるために活躍しています。 それから超社会では樹木の中でも杉とかケヤキが巨木となる方向に進化を遂げていきまし た。
 そのような巨木は径が10メートルにも及ぶものがあって、その樹の上で樹上生活をしてい る人たちもおります。
 観光地にはだいたいそのような巨木があって観光客はその木の回りの巨大なツルで形成さ れた螺旋階段を登って辺りを展望します。
 超社会には自動車というものも、自転車すらもないので、自動車道もなく、陸上の道はほ とんどが人がすれ違えるだけの幅の林道です。  ただ馬や牛や熊、鹿などに乗って移動出来る道もあって、そのような道はやや広いです。
 旅先につくと、大抵は徒歩で、時には動物にのって、また時にはマリモの気球に乗って遺跡 を訪れたり、高山に登ったりします。
 海の近くではクジラの背中に海草が大きな籠のように乗った船のような乗り物もあって、 その籠に乗って遊覧もします。 その籠にマリモと一緒に乗ると海のなかにも潜れて海中の世界もみて回れます。 このように旅をしていると、地球中の色々な場所の色々な生命体と繋がりができて、以心 伝心の交流が出来るようになるので、家庭に戻っても居ながらにして地球のあちこちの状況 が手に取るように見えるようになります。これが超社会での旅の効用です。 こというものがないのです。 生命の全ての行いが好意によってなされるのでお金というものは必要ないのです。

Ⅲ-5 超社会での衣食
 ここから超社会の衣食の話をします。先ず衣類については樹木や海草の葉が進化して布の ような素材になっています。地域によって異なる様々な色や形、厚みの布状の葉が、樹木や 海草により作られます。人々は好みによって各地からそれらの布状の葉を取り寄せて、自ら の衣装を作ります。衣服の形にするには縫い合わせたりもしますが、布状の葉の複数枚の周 囲の細胞同士を接合させて好みの衣服の形に仕立てる方法もあります。この場合は縫い目が 残りません。天衣無縫といったような服が出来上がるのです。 靴下、手袋、帽子等はその 形の葉を生らせる樹木もあります。

 次に食についての話です。 東京のような観光地となると、世界中から食材が集められますが、その食材はどのように 調達されるのでしょうか 超社会の食の基本は自給自足です。
 それぞれの家庭が自宅のキッチンルーム内にキノコやハーブを生やしていて、庭には野菜 を育てています。一方生態系がとても豊かになって、川には魚、野山には食べられる山野草 、森林には果実や鳥獣と食材も豊富です。これらは自分達で取りに行くこともありますが、 熊や猿や狐や鳥たちにとってきてもらうこともあります。  そして食事はその動物達と一緒にするのです。
 庭でとれる野菜のなかには、大豆が進化し て出来た、動物性たんぱく質の豊富な豆類もあります。 そのためも手伝って、人間が食用 に家畜を育てて、食とする習慣はなくなっています。 果物の種類は近代文明の時代より、ずっと豊富で、地域によって異なる果物が取れます。 牛肉、豚肉、鶏肉等の味のする果実が豊富に 実る地方もあって、それは人気があるので、 地下トンネルを通じて希望者に運ばれます。 海には魚やエビの味をした海草もあって、人気 があります。 それで、超社会では人間は陸上動物や魚等の海洋動物をあまりたべませんんが、豊かな食 生活をしています。

 人間以外の動物の食の話をします。 基本的には超社会になっても地球の生命体が太古から続いてきた、食ったり、食われたり の関係は変わっていません。 草食動物は草や果物や木の実を食べます。 ライオン等の肉食は動物は草食動物を食べます。葉を食べる昆虫の幼虫も居れば、その虫 や昆虫を食べる鳥もいます。 超社会はかって人間の文明によって崩された生態系をもとの自然な姿に復帰させる方向に 発展して、来ました。 かって日本列島と呼ばれた島々では一時期絶滅したと言われていたオオカミも復活しまし た。 オオカミは鹿やイノシシ等を食べることによって、自然の生態系のバランスが保持される ようになりました。 超社会におけるこのような生態系のバランスのとられ方の地球の太古における生態系のバ ランスのとられ方との唯一の相違はそれが生命種相互間の合意と了解に基づいているという ことです。 ですから、一見する限り、その差異はわかりません。
 超社会でもライオンがシマウマを追いかければシマウマは逃げます。 逃げ切れなければ食べられてしまいます。オオカミの群れが鹿を追跡します。鹿は逃げま す。 そして逃げ切れなければ食べられてしまいます。それは太古から地球で日常的に繰り広げられてきた、追うものと追われるもの、食うものと食われるものの織り成すドラマです。
 超社会では相互に以心伝心の力があるので、追うものは追われるものの心がわかり、追わ れるものは追うものの心がわかります。 追われるものは必死で逃げようとします、追うものはそれを感じています。 しかしだからといって追跡を止めようとはしません。 そこに自らの生死が関わっているからです。追われるものは、そのような追うものの心が わかります。 それでも逃げるのを止めようとはしません。そこに自らの生死が関わっているからです。 追われていたものが逃げ切れれば、追われていたものは安堵し、追っていたものは落胆する でしょう。 追われていたものが捕まってしまったら、残念ながら食べられて、追っていたものは得心 するでしょう。
 どちらにしても、彼らはその結果を神の定めと受け入れます。 私は地球の太古の時代であっても、動物達が食べたり、食べられたりしても、それを彼ら の心の深層においては神の定めと受容してきたと思います。
 超社会で生命種の相互の捕食関係についても大枠での契約があり、それがその受容の心を 一層意識的にしたに過ぎない、と思います。  
 超社会における食の話の結びとして、再度、食を底辺で支えているのが植物であることを 強調しておきます。 生命体を構成している素材(以下物質と呼びます)は地球内で大きな大きな循環をしてい て、あまりなくなるものではありません。
 多少宇宙の彼方に飛び去る水素のような軽いのもありますが、隕石などは宇宙空間から入 ってくるのでむしろ増えているでしょ
 う。 物質循環の例として炭素について考えてみます。地球が出来たばかりの時の地球の大気は ほとんどが二酸化炭素だったと言われます。 植物が誕生して、二酸化炭素中の炭素は光合成生命に取り込まれ、葉緑体の触媒作用で水と反応してグルコース(ブドウ糖)を作ります。 グルコースがまた光合成生命の中で重合してセルロースやデンプンとなり、窒素を加えて アミノ酸となり、アミノ酸が集まってたんぱく質になりというようにして光合成生命の身体を構成します。
 植物以外の生命体が植物を消化して、その中の炭素は、植物以外の生命体の 身体の素材になり、また一部はグルコースに戻って、さらに酸素と反応して二酸化炭素にな って大気に放出されます。植物以外の生命体の排泄物は菌界の生命体によって消化され、そ の中の炭素は菌界の生命体の身体にもなりまた一部は呼吸により二酸化炭素になって大気に 放出されます。また全ての生命体は命を終えると、その身体が菌界の生命体によって消化され、一部が二酸化炭素になって大気に放出されます。 自然界では植物が山火事などで炭素が一挙に二酸化炭素になって放出される場合もありま す。 このようにして地球上の炭素の循環が成り立っています。

 人間が原始時代と言われた時代に 火を用いて樹木を燃やすようになってから、山火事以外 でも、一部の樹木中の炭素が、菌類による消化と呼吸を経由せずに二酸化炭素として大気に 放出されるようになりました。 それでも、炭素の循環において著しい変化は起きていません。 それは人間が燃料として使用する樹木の使用量が光合成生命が自らを再生する生殖能力を 越えることがなかったためです。 つまり、人間が樹木を燃やして大気に放出する二酸化炭素のほとんどを光合成生命が吸収 してくれました。 近代文明と言われた文明の出現は、このような炭素の循環に大きな影響を与えました。
 そ れは石炭、石油、天然ガスなど化石燃料の急激な使用によるもので、大気中の二酸化炭素は 増大し、地球の温暖化という危機が訪れたのです。 超社会はこの危機を脱却するために化石燃料の使用を止めたことは前に話した通りです。
 それから、必要なエネルギーの全てを植物に依存する方向で発展して来ました。 化石燃料といっても、そのもつエネルギーのほとんど全てが元々は植物が太陽から頂いたも のです。 こうして超社会では植物、地上では特に樹木が、海中では巨大な海草が繁茂していきました 。 それと共に、植物を食として炭素などの素材とエネルギーを得る、動物界や菌界の生命体 が大地に海洋に満ちていったのです。

Ⅲ-5 超社会での教育、否、共育
 ここからは、超社会における教育について話します。 近代社会において教育は非常に重要な課題と捉えられていましたね。それは、知識は力な り、という言葉の如く、知識をもつことによって、科学技術の発展に寄与できる能力が備え られて、また社会に出ても、高い地位につくことが出来ます。 そこで親達はこぞって子供をいい学校に入れて、いい教育を受けさせようとしました。
 超社会になって、このような状況は一変します。 そもそも教育という言葉がなくなりました。それに替わって共育という言葉が使われてい ます。 教育という言葉には一方が他方に教え育てる、という立場の上下関係が表現されて います。
 一方、共育というのは共に育つ、という意味です。 以心伝心の力をもつもの同士が、お互いの意思、感情、知識を伝えることは比較的容易で す。でもその場合に重要なのはどちらかがどちらかに一方的に伝えることではなく、共感し あうことです。 そこに上下関係の意識が混じって、一方的な伝達になると、とたんに以心伝心は成り立た なくなるのです。
 共育はお互いの共感によって成り立ち、お互いの心の豊かさを育てる結果を導きます。た とえば大人と子供がいるとして、教育という言葉を使うと、大人が子供を教えることになり ます。共育ということでしたら、大人が子供と共感しあうことで、子供が大人から学べるだ けでなく、大人も子供から学べます。実際子供は大人が失った感性を大人に取り戻させてく れます。
 たとえば人間が熊と対話します。 人間は知識が豊富で、自然科学のことなども熊に伝えます。熊にはチンプンカンプンです 。でも、あそこの木になっている林檎は美味しいよ、というようなことは熊もわかります。 それを聞いた熊はあっちの山でハチミツ食べたとか、そっちの川におおきな鱒がいるとい うような話もしてくれます。
 超社会の形成において人間がリーダーシップをとったことは事実です。でもそれは生命の 頂点に人間が居座るという形ではなく、超社会において全生命の共感と和合が成り立つよう なアレンジをするという役割をしたに過ぎません。 生命体は全体がひとつの輪を作ることによって成り立っています。 その事をよくよく思えば、生命体の間には上下関係は存在しないのです。 近代文明の思考方式によれば、菌界の生命体は人間より下等な生命体かもしれません。 でも考えて見てください。菌界の生命体が無ければ、命を終えた生命体は菌界の生命体の 果たしていたように分解してこの地球の大地、海洋、大気中に戻ることがなく、炭素の循環 もなくなり、全ての生命が死を迎えます。
 その事をよくよく思えば、生命に上下関係は存在 せず、全生命がひとつであることがわかると思います。
 それと、人間が菌界の生命体より上等であると思っている理由もよく吟味すべきでしょう 。 人間が真っ先にあげるのは人間のもつ知性かも知れません。 菌類には知性がない、それにたいして人間は極めて優れた知性を持ち、科学技術も発展さ せた、というものです。 でも知識が豊富なことであることとか、科学技術を発展させたことが価値があり、それゆ え人間が菌類より上等である、というのは、人間がかってに考え出した価値基準によって、人間が菌類より上等であるといっているに過ぎないので客観性はありません。

 たとえば、知識の豊かさの代わりに生命力あるいは、環境への適応能力を価値の尺度にし たらどうでしょうか? 菌類の生命力、環境への適応能力は人間をはるかに越えています。 もし人間が滅びても、菌類は残るでしょう。 生命力の強さから言えば菌類は人間よりはるかに上等なのです。
 そのようなことから超社会においては、生命種の相違による上下の差別という観念はなく なりました。そこからまた当然人間同士の間でも上下の差別の観念はありません。 どちらかがどちらかに教える、という教育の観念もないのです。

 ここから超社会の共育について話をします。 共育の基本は共感をしつつ、意思、感情、知識を伝えあうことで、お互いに成長していく ことです。 そこで不可欠なのは、以心伝心の力です。神様は人間に以心伝心の力を授けてくださった のですが、最初から完璧な形で授けてくださったのではありません。 考えて見てください。近代社会と言われた時代では 同じ人間同士の間でも完璧な形での以 心伝心はとても難しい状態でした。  ですから喧嘩や訴訟やあげくのはては戦争まで頻発していたのです。 神様が全ての生命体の間に以心伝心の力を授けたといっても、それは以心伝心を可能にさせ る根元の力を授けたと言うことであって、直ちに全ての生命体の間の心が通じあえるように なったわけではないのです。 また全ての生命体が同じ程度の以心伝心の力を持っている訳でなく、その力の強弱はあり ます。
 超社会の出発はイタリアのシチリア島における全生命サミットから始まったのですが、当時そこに集った生命体はとりわけ以心伝心の力の強いもの達でした。 その生命体がふるさとに戻り、先ず同じ生命種の生命体達と以心伝心の交流をして、その 種の以心伝心の力が強くなっていきます。
 このようにして各生命種のうちにおける以心伝心の力が強められていきます。これが超社 会における共育の第1段階でした。

 次に近縁種の生命体同士の以心伝心が相互になされて、それらの以心伝心の力が強められ ていきます。 それはたとえば、哺乳類同士、魚同士、昆虫同士、陸上植物同士、海洋植物同士の以心伝 心の力が強められていったということです。 これが第2段階の共育です。
 次により広い範囲での以心伝心が試みられ、発展していきます。 動物同士、植物同士、菌類同士、ウイルス同士という具合です。
これが共育の第3段階です。
 そして最後に全生命相互の以心伝心が実現していきます。 これが共育の第4段階です。
 このように歴史的には共育は4つの段階を経ながら発展して来ました。 なお、以心伝心の力には個体差があるので、この各段階が全生命において同時的に起こっ たわけではなく、生命種による前後、個体による前後の差はありました。 現在においては全ての種がこの4段階を終えていて、全生命の相互の間での以心伝心が成 り立っています。 超社会においてはあらゆる生命種のあらたに生を受けた生命はこのような段階で共育を受 けながら成長します。

 すなわち、第1段階で自分と同じ生命種との間の共育、第2に近親の生命種との間の共育、 第3に動物、植物、菌類、ウイルスはそれぞれ動物内、植物内、菌類内、ウィルス内での教 育、第4にすべての生命種との共育です。
 超社会には学校というものはありません。 その代り共育サークルというグループがあちこちに作られています。 生まれたばかりの時期は自分と同じ生命種で生活を共にする共育サークルに属します。
 哺乳類の場合は多くの場合、その共育サークルは家族と呼ばれます。成長するにしたがってそ の地域の同じ生命種の共生サークルに加わります。 さらに地域を問わず、趣向を同じくする同一種の共生サークルに加わることもあります。
 このような共生サークルは人間の場合に特に多いです。近代社会で同好会と言われていたも のに近いかもしれません。
 このようにして超社会では先ず自分と同じ生命種の共育サークルに所属して活動すること によって同一の生命種の間での以心伝心の力を高めていきます。 その力がある程度高まった段階で近親種同士で構成される共育サークルに加わって、以心 伝心の力をつけていきます。 その力のついた時点で、動物、植物、菌類、ビールスそれぞれの構成する共育サークルに 加わり、さらに全生命体の参加するサークルに加わり、以心伝心の力を高めていくのです。 通常成長するまでに、人間について言えば成人するまでに全生命体との間の以心伝心の力を 備えるようになります。 でも個体差はあって、あるものは幼いときから全生命体との以心伝心の力をみに着けます 。
 共育サークルの活動はそのサークルによって異なり多種多様ですが、たとえば、お話しあ い、旅行、冒険、コーラス、食べ物採取、野菜作り、料理、家つくり等です。 それらの共育サークルの活動においても知識は必要ですが、一番重要とされるのは以心伝心の力、共感の力を高めて、それを活用することです。 以心伝心の力が十分に発揮されれば、知識は相互に伝達し、自ずからその共育サークルの 知識力は高められていきます。
 近代社会と言われた時代には企業と言われた組織があって、仕事と言われた活動がなされ てました。 仕事と言うのは、衣食住をはじめとする人間の生活に必要とするものの生産とその使用場 所への供給とそれらの達成のために必要とされる全ての活動を意味するものでした。 超社会では企業という存在はなく、また仕事という概念はありません。 近代社会において企業が果たしていた機能は全て共生サークルの活動によってなされてい ます。 共育サークルにおいては上下の関係はありませんが必要に応じてリーダーを立てます。リ ーダーの役割というのは主に構成メンバー間に以心伝心の力が支障なく働くように取りはからうことです。 これは水の流れが滞らないように配慮するのに近いです。水の流れが塞き止められてしま うと、その水量が多ければ氾濫するし、少なければ淀んで腐敗したりします。心も相互の流 通が失われると、怒りの爆発や沈滞が起こります。
 リーダーの役目はそのような状況を見極めて、相互の意思が疎通し、共感が回復し、向上するように図ることです。 このようなリーダーには通常以心伝心の力が強い個がなります。そのような良いリーダー をもつ共育サークルの活動は発展し、また構成メンバーの以心伝心の力も速やかに向上して いきます。
                                                                 
エピローグ
ーーーーーーーーーーーーー MASAAKIさんからもらったメモリースティックの内容をここ まで読んだとき、筆者はうなされている自分の声に目を覚ましました。 全ては夢でした。でも、最後のMASAAKIさんのリーダーに関する言葉が自分に向けられてい るようでした。それでうなされて目を覚ましたと思います。 「私は一企業のリーダーとして構成メンバーの意思の疎通をどこまで図れたのだろう。そ れ以前に意思の疎通を図ろうとすら思っていなかったか? 自分のもつ多少の知識を前面に 立てて構成メンバーを引っ張ろうとしていたのではないか」 と脇の下にどっと汗が出てき ます。 それにしても長く不思議な夢でした。 守護天使が現れて私にした話も私がタイムマシンに 乗って超世界のMASAAKIさんを訪れたのも、MASAAKIさんの家での体験も、MASAAKIさんから メモリースティックをもらったことも、その内容を読んだことも全て夢だったのです。 やっぱり超社会なんかなかったんだ、そうだよな、あるわけないよな、って思ったら泣け てきました。 でもひとつだけ、私の胸に確かにのこったものがあることに気がつきました。 それはMASAAKIさんの家の温泉に浸かっているときに聞こえてきたガイアの歌です。
地球の女神、ガイアの歌、命の根っこから聞こえてくる歌、耳を澄ませてください。 あなたの中からも聞こえてくるはずです。全ての命を結び付けているその調べです。 The song will save the earth!

# by masaaki.nagakura | 2018-04-21 14:11 | まさあきさんのおはなし
滝沢仙人
 小川町の山里、上古寺の清流を上った先に仙境とも言うべき清げな里があって、そこに滝沢英夫という御方が住まわれて、その自然を守っているということを知ったのはこの夏のことです。
 私の所属する「小川町里山クラブYOUYOU」という里山の自然を守るNPOの7月の例会のおりに佐藤章会長の案内で滝沢英夫氏を訪ねのが最初の出合いだったのです。
 それ以来天気のよい日にはこの仙境と滝沢英夫氏の魅力に惹かれて度々訪ねています。
 私の会社が同じ上古寺にあって、近いので昼休みに訪ねるのです。
 氏は不在の時も多いのですがその時はその仙境の風景に浸りながら弁当を食べて、それだけでも満足です。
 氏が在宅の時は昼食を食べながら、そして食べた後、いろいろな話を聴かせてくれます。
 波乱万丈の人生経験、自然、人生観、健康法、老子、その他古人や出会った人達の話。
 ここでは氏の紹介に代えて、氏が83歳になったときの文を記します。

   人生語録  83歳になる日に 竹沢英夫
 それでどうする
 人生には難問が多いですね
 ぶつかるのか。ばっくするのか。よけて
通るのか。なやむのは自分自身の心です。
 学び実践し何度失敗しても人生を楽しみましょう。
 心は少しずつ強く大きくなります。
 一生は今しかない
 一生は今の連続なのです。今しか一生はないのです。
 どんなに苦しみがあろうともその苦しみの中にこそ真の楽しみがある。
 私は二つ三つ80歳の峠を越えて
これから千里の道の一歩です。
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本来の日本の沢の姿です。
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滝沢仙人はメダカを飼っています、というか愛しているのです。
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画像に含まれている可能性があるもの:木、空、植物、屋外、自然
滝沢仙人のお住まい



# by masaaki.nagakura | 2017-11-03 20:25 | 滝沢仙人物語
世界平和のための老子(総集編)
現在の世界情勢を鑑みると、平和への希求はますます重要になってきていると思われます。
以前、本ブログにて「世界平和のための老子」というタイトルで20回にわたり連載しましたが、それを読み返してみると、現在もその内容は我ながら納得できるものであり、多くの人にも知っていただきたいと思い、それをまとめた形で再掲したします。

1.プロローグ
 「母なる宇宙に抱かれて」という前文を記す中で「人間は自然を支配する」のではなく「人間は大自然に属する」という感覚が世界平和を開く鍵である、と言う想いを強くしました。 
 このような感覚を世界中の人に持ってもらいたいと思っております。
 そこでこのような感覚をもってもらうために古代中国の老子に登場してもらうことにしました。

 老子の考え方の大きな特徴は「原点志向」と言うことです。
 人間存在の原点を遡及しつづけると「人間はこの大自然に属し大自然と一体である」という感覚に辿りつきます。というか、むしろ「大自然と一体であり、大自然に抱かれているのだ」と言う感覚が先にあって、原点に遡及していったのではないかと思います。

 全ての人の心の中にもこの感覚は潜在するものではないでしょうか。
 老子の考えへに想いを馳せることが、私たちがこの大自然との一体感を取り戻す機縁となるでしょう。
 そして、その感覚がやがては世界中に広がり、世界平和の実現につながっていくことを願いつつ、この論を展開したいと思います。 「母なる宇宙に抱かれて」という前文を記す中で「人間は自然を支配する」のではなく「人間は大自然に属する」という感覚が世界平和を開く鍵である、と言う想いを強くしました。 
 このような感覚を世界中の人に持ってもらいたいと思っております。
 そこでこのような感覚をもってもらうために古代中国の老子に登場してもらうことにしました。

 老子の考え方の大きな特徴は「原点志向」と言うことです。
 人間存在の原点を遡及しつづけると「人間はこの大自然に属し大自然と一体である」という感覚に辿りつきます。というか、むしろ「大自然と一体であり、大自然に抱かれているのだ」と言う感覚が先にあって、原点に遡及していったのではないかと思います。

 全ての人の心の中にもこの感覚は潜在するものではないでしょうか。
 老子の考えへに想いを馳せることが、私たちがこの大自然との一体感を取り戻す機縁となるでしょう。
 そして、その感覚がやがては世界中に広がり、世界平和の実現につながっていくことを願いつつ、この論を展開したいと思います。

2.老子の全体像
 老子は道徳経という全81章に亘る言葉を残しておりますが、他に経歴などを伝えるものがほとんど残されていないようです。 このことから老子が実在の人物であったかを疑問視する考え方もあるようです。
 しかしこの81章にはおぼろげながら一つの体系的なものが感じられます。 少なくともこの81章は一人の人物が、あるいは複数の人が共同でまとめてものであると考えられます。 
 私達にとって重要なのは老子が実在したか否かと言うことよりも、この道徳経が何を言おうとしているかに想いを馳せていくことである思います。
 老子の全体像と言うのも、この道徳経の意味しようとすることの全体像と置き換えた方が正確かもしれませんが、一人の老子という人物を想定した方がリアルなイメージを持てるので、その線で話を進めます。

 この道徳経に表された老子の思想は次の4つの面を備えていると思います。
(1)自然と人間の関係⇒人間は自然と一体で自然に包まれて生きている。
(2)原初への遡及⇒社会的に形成サれた人間のもつ概念以前の状態へ遡及して道の姿が見える。
(3)理想の人間像⇒道に合致した人間の姿。
(4)理想の政治⇒天下に末永き平和を齎す政治の在り方。

 これらの面は相互に関連しています。
 老子の中にはもともと人間と自然の関係についての深い直観があり、それが彼に原初への遡及をさせ、そこから理想の人間像(老子の言う聖人あるいは古の士)を、そして更に理想の政治に対する考えを導かせた、と思うのです。
 道徳経の淡々としたような言葉の裏には、当時の争乱に満ちた世の中の在り方に対する痛切な嘆きがあり、そこからの回復の道を示そうとする強い意志が感じられます。
 老子が道徳経を表した、もともとの動機と言うのは「そのような世の中に何とか末永き平和を齎したい」という痛烈な願望ではなかったのか、と思います。
 現在の世界の有様も老子の時代と同様の問題を抱えていると思います。
 老子の時代は群雄が割拠し、領土を奪い合っていたのですが、現在の世界は国家が林立し、互いに市場を奪いあっています。
 いずれも人間のあくなき欲望(とその背後に欲望が満たされないかもしれないという不安)がなせる業です。そしてそのような奪いあいは「この自然を人間が支配しているのだ」と言う錯覚から生じているのであり、それを続けていく限り、世界全体が破局(世界大戦、地球環境の悪化による人類の滅亡、世界的な飢饉、伝染病、精神的な行き詰まり等のいずれかあるいは複数)を迎える可能性も高いのです。
 
 このような状況の中で老子の言葉を見直す意味は大きいと思います。
 以下順番に上記の(1)~(4)に関して考えていきたいと思います。
 
3.人間と自然の関係
 「人間が自然を支配しているのでなく、人間は自然に属し、本来自然と一つのものである」という感覚はおそらく誰の心にも潜む原初的な感覚であると考えます。
この感覚は老子の思想の中に色濃く現れているものですが、特のその自然を母性的なものと感覚しているところに着目したいです。
 老子にとって自然は「母なる自然」であり、一切の生命と無生命を生みつつしかもそのすべてを包み込んでいるものです。

 老子の言葉にはこの感覚が強く表されているところがあります。
 まず第25章の次の言葉です。

第25章抜粋
 有物混成、先天地生。寂兮寞兮、獨立不改、周行而不殆。可以爲天下母。
 [物あり混成す、天地に先立って生じる。寂たり寞たり、獨立して改ためず、周行して殆うからず。 以って天下の母と爲すべし。]

 この「有物混成より周行而不殆」までは宇宙誕生時の原初的な状態をあらわすような言葉です。 
 「物あり混成す、天地に先立って生じる」というところで 「天地」と言うのは今の言葉では地球と言うことです。そして地球の誕生に先立ってあったという「物あり混成す」という状態を「寂たり寞たり、獨立して改ためず、周行して殆うからず」と形容します。 
 これはまさに「BIG BANG」後の宇宙の混沌たる状態をリアルにイメージングさせる表現です。
 老子のこの宇宙の始原に寄せるイメージはは奇しくも現代科学のたどりついた宇宙始原のイメージと一致すると思うのは私だけではないと思います。
 最も注意すべきなのはこの宇宙誕生の状態を「可以爲天下母」として締めくくったことです。
 すなわちその宇宙始原の姿を「天下の母」と観たということです。
 そして更に老子の「道」と言うのはこの「母」の顕現であるということが明示されます。

 第25章は上記から次のように続きます。

 吾不知其名。字之曰道。
[吾その名を知らず。これに字(あざな)して道という。]

 宇宙の始原そのものである「天下の母」は名の生まれる以前の存在なので名の知るすべはない、というのが「吾その名を知らず」の意味でしょう。
 だから老子自身がその「母」に仮に字(あざな)して「「道」とした、と言うことです。

 老子の思想は「Taoism」と言われ、「道」の思想が中心にある、と考えられまた、その「道」の思想の中心は「無為自然」である、と言われるのですが、更に根っこのところに、「宇宙の始原を母とし、万物はそこから生まれ、その母と一体である」と言うインスピレーションが強く潜在していることに着目したいものです。

 なお、この25章のみからは「宇宙の始原である母との一体感」は必ずしも明確ではないのですが、第20章に次の言葉があります。

第20章抜粋
 衆人皆有以。而我獨頑似鄙。我獨異於人、而貴食母。
[衆人はみな以うるところあり。而うしてわれはひとり頑にして鄙に似る。われはひとり人に異なりて、母に食(やしな)わるるを貴ぶ。 ]

 この言葉は「宇宙の始原であり、大自然である母の懐に抱かれて生きていることが尊いのだ」と言う老子の確信を表したものと思います。自らを卑下したような表現の中に大自然との一体感を失った世人に対する強烈な批判があることも読み取るべきでしょう。

まとめ:
老子の思想は「無為自然」とよく言われますが、その「無為自然」を是とする背景には「自己存在、人類、あらゆる生命、あらゆる無生命が母なる宇宙始原、母なる大自然と一体であり、母なる大自然にはぐくまれ、絶対的に守られている」とするインスピレーションが深く存在すると思うのです。
 「母なる大自然に絶対的に守らrている」からこそ「無為自然」で良いのです。
 もし、このインスピレーションに想い至らせずに老子の「無為自然」を評価すると、「社会的に無責任な思想」と言うことになるでしょう。あるいは「虚無主義」とも評価されます。

 この「無責任論」とか「虚無主義」とかいう観方は老子の熱いインスピレーションに想いいたらないところからでてくるものように思います。
 「無為自然」と言うのは老子の伝えたいことの本質ではなく、むしろ敢えて「無為自然」を強調することの中でこの母なる宇宙、大自然との一体感への回復を促そうとしたのではないか、と思うのです。
 
 老子のひたすら伝えたいのは、壮大なるこの宇宙のリズムであり、大いなる恵みであり、それこそが最も耳を傾け、目を見張り、感覚すべきことである、と言うこと、そしてそこに立ち返ることによってはじめて世界平和が実現する、ということではなかったでしょうか。

参考:老子の中の「母」と言う言葉

 老子の全82章の中には「母」と言う言葉が出て来る章が上記の他三つの章、1章、52章、59章があります。いずれも母と言う言葉に肉親の母親と言うより、宇宙的な次元での母という意味を持たせています。
 特に第1章と第52章は「母」と言う言葉の中に上述の第25章と同様に始原的な創造者の意味を込め、また第52章と第59章はその「母」を知り、尊んでいくことで久しい安寧が得られることを示すものと思います。
 これらの章及び上述の第20章と第25章より老子のいう「母」は「宇宙の始原であり、万物を育み、守るものである」というイマジネーションをもって捉えられます。

第1章抜粋
道可道、非常道。名可名、非常名。無名天地之始、有名萬物之母。
[道の道とすべきは、常の道にあらず。名の名とすべきは、常の名にあらず。無は天地の始に名づけ、有は万物の母に名づく。]

第52章抜粋
天下有始、以爲天下母。既知其母、復知其子、既知其子、復守其母、没身不殆。
[天下に始め有り、以て天下の母と為す。既に其の母を知り、また其の子を知り、既に其の子を知りて、また其の母を守れば、身を没するまで殆うからず。]

第59章全文
治人事天、莫若嗇。夫唯嗇、是謂早服。早服謂之重積徳。重積徳、則無不克。無不克、則莫知其極。莫知其極、可以有國。有國之母、可以長久。是謂深根、固柢、長生、久視之道。
[人を治め天に事うるは、嗇(しょく:農夫)にしくはなし。それただ嗇、これを早服(そうふく)と謂う。早服これを重積徳と謂う。重積徳なれば、すなわち克たざるなし。克たざるなければ、すなわちその極(きょく)を知るなし。その極を知るなければ、もって国を有(たも)つべし。国の母を有てば、もって長久なるべし。これを深根、固柢(こてい)、長生、久視(きゅうし)の道と謂う。]

4.大自然への畏敬という人類の共通感覚
 老子の思想の根底には「自己存在、人類、あらゆる生命、あらゆる無生命が母なる宇宙始原、母なる大自然と一体であり、母なる大自然にはぐくまれ、絶対的に守られている」というインスピレーションが存在する、という話をしました。
 ところでこのインスピレーションは老子独自のものではなく、人類の中に深く潜む共通の感覚だと思います。
 老子はただこの感覚を自らのうちに深く感じとっていたのです。
 人類の歴史をさかのぼれば、大自然への畏敬と言うのは恐らくあらゆる民族の中に自然に芽生えた感覚で、あったでしょう。 そしてその大自然への畏敬の念はやがて自然崇拝という原始宗教に発展していきます。 
 自然崇拝は多くの民族の中で母性的な自然への崇拝となるようです。
 縄文のビーナスもその心情を発露したものではないか、と思われます。

 自然崇拝的な原始宗教はそれぞれの土地で独自の発展を遂げていたのでしょうが、農耕の発明と共に広範囲を領土とする古代国家が創生され、原始宗教もしだいに統一されて古代宗教として秩序だったものとなっていきます。
 その中で原始宗教の中に混沌としてあった「母なる大自然への畏敬、崇拝」の心情を意識化したものとして古代宗教における女神が現れます。
 日本では天照大御神がそれです。
 このような原初的な女神のイメージは地域と時代により、いろいろに展開されていくようです。
 朝鮮では地下女将軍という守護神がおります。
 中国の道教では無生老母と言うすべてを生み出した神が崇拝されているようです。
 キリスト教国では「聖母マリア」が信仰を集めます。
 仏教国では「観世音菩薩」(注*)が大きな信仰を集めますが、この菩薩も多くの人びとに女神のようなイメージで信仰されているように思います。
 「聖母マリア」も「観世音菩薩」キリストや釈迦の元の説教からは出てこないのですが、このような存在が人間の原初的なイマジネーションの中にあってそれが、それぞれの宗教に触発されて出て来たようにも思います。
 これらの信仰の原初にあるものは「母なる大自然への崇拝の感覚」であり、それがまた老子が深く感覚したものであったと思うのです。
 
 この感覚は東アジアの多くの民族、環太平洋の原住民族の間では近代以前まで、普通に継承されてきた感覚であったと思います。
 近代と言う時代は自然崇拝を迷信的なものとして排除する方向に進んできました。
 しかし、この私達人類の祖先が共通に感じてきた自然への畏敬の念と言うのははたして間違っていたのでしょうか。  この自然への畏敬の念を否定したことが、今日の自然破壊を生み出し、また世界中を市場争奪戦の戦場と化してきたのではないのでしょうか。

 こんなことも思いながら更に老子についての話を進めていきたいと思います。
 
注*観世音菩薩 :観音経(法華経の観世音菩薩普門品第二十五)で登場する菩薩で、法華経を守護する役目を与えられていますが、一方ではその慈悲の力で衆生の一切の苦悩を救済するという菩薩です。
 私はこの観音経が好きでよく読誦していました。 世尊妙相具から始まる詩の部分は暗唱もしました。
 そして思ったのは「この観音経と言う部分は必ずしも法華経の中になくても一貫した意味を持ち得る」と言うことです。
 あるいはもともと観世音菩薩あるいはそれに似た神や菩薩への信仰が存在して、その存在を法華経の中に取り込んだのではないか、と思われるのです。
 そしてその観世音菩薩の始原は「全てを絶対的に守る母なる大自然」というインスピレーションではなかったかと思うのです。

5.始原への遡及①意識と無意識の境界
 老子の思想の根底には「人間は大自然に属し、大自然が人間に属するものではない」という感覚と更に「その大自然は万物の母であり、万物を産み、育て、守る」という深いインスピレーションがあり、またそのインスピレーションへ想いをいたさない限り、老子の「無為自然」を是とする思想も理解し難いものとなります。
 おそらく老子の中にはそのインスピレーションがもとより存在し、そこから出発して哲学的な思索を深める中で、ますますそのインスピレーションへの確信を深めていったのではないか、と思います。
 老子の思索の著しい特徴は「現存在の始原にさかのぼろう」とする方向性をもっていることです。
 ただこの始原にさかのぼろう、とする思想のあり方は老子だけではなく、殆どあらゆる宗教、道徳そして科学も共通です。 老子の特徴というのは人類、生命が深層に抱く潜在意識の世界へ遡及しようとする方向性を持つということです。 
 
 まず第1章は宇宙あるいは宇宙に対する人間の意識の起源に遡ろうとするものです。
 
第1章(全文)
道可道、非常道。名可名、非常名。
無名天地之始、有名万物之母。
故常無欲、以観其妙、常有欲、以観其徼。
此両者、同出而異名。同謂之玄、玄之又玄、衆妙之門。

(道の道とすべきは、常の道に非ず。名の名とすべきは、常の名に非ず。無は、天地の始めに名付け、有は、万物の母に名付く。故に常に無は、以って其の妙を観せん、と欲し、常に有は、以って其の徼を観せんと欲す。此の両者は、同出にして名を異にす。同じく之を玄と謂う、玄の又玄は、衆妙の門なり。)

 ここでは無と有と言う言葉に着目したいと思います。
 意識と無意識の境界にあるのが無と有でその意味で人間の意識の一切が無と有の両者から発するということになります。「此の両者は、同出にして名を異にす。」というのは無と有というのが人間の意識の中に同時に生まれてくると、ということです。そこから様々な世界が展開してきます。人間の意識の芽生えに出てくる無と有という意識の不思議さを「玄」と表現し、またそこから様々の微妙、絢爛な世界が展開してくる、ということを「玄のまた玄は衆妙の門なり」と表現しているのだと、思うのです。

 老子の言葉の中には論理的な観点から見ると、理解に苦しむような表現が多くあります。
 
 次は老子から観た道の姿です。
第14章(抜粋)
 其上不皦、其下不昧。繩繩不可名、復歸於無物。是謂無状之状、無物之象。是爲惚恍。迎之不見其首、隨之不見其後。
(その上は皦(あきら)かならず、その下は昧(くら)からず。縄縄(じょうじょう)として名づくべからず、無物に復帰す。これを無状の状、無物の象と謂)い、これを惚恍(こつこう)と謂う。これを迎うるともその首(こうべ)を見ず、これに随うともその後(しりえ)を見ず。)

まるで雲をつかむような文章でとらえどころがないような言葉ですが、それは意識の原初にさかのぼり無と有の境目あるいは意識と無意識の境界に入り込んだ時観える姿ではないかと思うのです。

 人間は社会を形成することでその時代と地域により異なる考え方や価値観を知らず知らずのうちにあるいは教育により身に着けてきています。老子の思索と言うのはそのような考え方や価値観の形成する以前の状態へと向かっていきます。 意識の世界から潜在意識の世界へ、分別の世界から混沌とした無分別の世界へと向かっていくのです。それは社会的に作られた考え方や価値の世界から抜けだして、(自らの魂をその束縛から開放して)それ以前の原初の姿に戻っていくという過程を辿ることでもあります。

なぜそのようにして原初の姿に戻っていく必要があるのでしょうか。
 社会におけるあらゆる争乱や個人における苦悩、葛藤にはその起源があります。 その争乱、苦悩、葛藤の中に身を置いているだけではその中で翻弄サれるだけです。
 だからそれらの争乱、苦悩、葛藤の生じる以前の姿に戻ることに意味があると思うのです。そのようにしてから、それらの争乱、苦悩、葛藤の生起していく過程を観じて、それから自由になることが出来るということです。 またその原初の世界にいながらして、現在の世界を観ていきます。そこから現在の世界を良い方向に導く観点も生まれてきます。
 
 第14章は上記のあとには次が続きます。

執古之道、以御今之有、能知古始。是謂道紀。
(古えの道を執りて、もって今の有を御す。能(よ)く古始(こし)を知る。これを道紀(どうき)と謂う。)

 「執古之道、以御今之有」というのは「始原に遡って観えてきたものをベースに今の時代を観てそれを本来の有るべき形にしていこう」という意志の表現でしょう。 更に「能知古始。是謂道紀。」 というのは始原にさかのぼることにいよって物事の始まり(古始)から今に至る姿が観えて来る、ということでそのような認識を備えたものを「道紀(道の体得者)」と呼ぶということです。


 次に老子の原初へ遡る思想を示すもう一つの章を示します。

第2章(前半抜粋)
  天下皆知美之爲美。斯惡已。皆知善之爲善。斯不善已。故有無相生、難易相成、長短相形、高下相傾、音聲相和、前後相隨。是以聖人、處無爲之事、行不言之教。
(天下みな美の美たるを知るも、これ悪のみ。みな善の善たるを知るも、これ不善のみ。故に有無相生じ、難と易相成り、長短相形(あらわ)れ、高下相傾き、音声相和し、前後相随)う。ここを以って聖人は、無為の事に処り、不言の教えを行なう。)

 ここで[天下皆知美之爲美から前後相隨]までは「美醜、善悪、有無、難易、長短、高下、音声、前後等が全て一方があって他方があるもので、元をたどるといづれもなく、そのいづれもないところから両者が生まれてきている」と言うことでしょう。

 そして是以聖人、處無爲之事、行不言之教というのは聖人はそのいずれもない始原のところ(無為)にいて、言葉では語れない教えを実践する。」と言うことでしょう。

 この2章では特に「善」という言葉に着目したいと思います。
 文章は「皆知善之爲善。斯不善已。」でこれをそのまま訳すと「皆が善を善とみなす、これこそ不善である」あるいは「社会的に善を善とすることが悪である」ということです。 これはいわば社会的な道徳をも否定するということで極めて反社会的な思想にも捉えられます。

6.始原への遡及 ②善悪の彼岸
 次に老子の始原へ遡る思想を示すもう一つの章を示します。

第2章(前半抜粋)
  天下皆知美之爲美。斯惡已。皆知善之爲善。斯不善已。故有無相生、難易相成、長短相形、高下相傾、音聲相和、前後相隨。
(天下みな美の美たるを知るも、これ悪のみ。みな善の善たるを知るも、これ不善のみ。故に有無相生じ、難と易相成り、長短相形(あらわ)れ、高下相傾き、音声相和し、前後相随う。)

 この文章を要約すると「美醜、善悪、有無、難易、長短、高下、音声、前後等が全て一方があって他方があるもので、元をたどるといづれもなく、そのいづれもないところから両者が生まれてきている」と言うことでしょう。
 特に「善」という言葉に着目したいと思います。
 文章は「皆知善之爲善。斯不善已。」でこれをそのまま訳すと「皆が善を善とみなす、これこそ不善である」あるいは「社会的に善を善とすることが悪である」ということです。 これはいわば社会的な道徳をも否定するということで極めて反社会的な思想にも捉えられます。
 実際老子の言葉は全編を通じて反社会的といえば言えないこともありません。
 当時の社会的な道徳あるいは衆人が「善」と捉えられていることをを否定するような言葉はいたるところにあります。
 
 例えば次の章があります。 
第18章(全文)
大道廢、有仁義。智惠出、有大僞。六親不和、有孝慈。國家昬亂、有忠臣。
(大道廃れて、仁義有り。智恵出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。)

これは仁義、智慧、孝慈、忠臣という当時尊ばれたであろう善を否定しているわけではないですが、それらは本来あるべき大道が失われた結果出てきたものとしています。

 更に次の章があります。
第58章(抜粋)
禍兮福之所倚、福兮禍之所伏。孰知其極。其無正。正復爲奇、善復爲訞。
(禍いは福の倚る所、福は禍いの伏す所。孰(た)れかその極を知らん。それ正なし。正は復た奇と為り、善は復た訞と為る。)

「禍兮福之所倚、福兮禍之所伏。孰知其極。」というのは「万事塞翁が馬」という故事でも多くの人に認識されている考え方です。 着目すべきは「其無正。正復爲奇、善復爲訞。」という言葉です。
これは「正義なるものは存在しない。正義と言われる行為もやがて奇怪な行為とみなされるようになる。善と言われる行為がやがて妖しい行為となる。」ということです。

このような文章からは老子の思想は「一般社会の価値観を認めない、あるいは否定している」とも言えます。
しかし、このような老子の言葉は老子が深く社会の事を想うが故に出て来た言葉であると、考えます。
世の中の移り変わりに想いを致すと、過去に社会的な正義とみなされた多くの行為が現在は誤った行為であると言われています。 特に近代の日本の歴史では第2次世界大戦に向ったことがあります。西欧諸国による植民地化政策もそれを推進した国家の中では正義とみなされていたでしょう。 科学技術による自然の支配も輝かしい行為とみなされていたのはつい先ごろまでですが、今や環境問題と自然枯渇をはじめとするその結果に厳しい批判の眼が向けられつつあります。
もし歴史を過去につぶさに辿るならば、かって如何に多くの正義が称揚され、やがて非難されてきたか、唖然とするのではないかと思います。

老子は多分、その生きた時代におけるあまたの国家による正義の主張を伴う戦争、その結果による荒廃をも観てきたでしょう。 「軍隊の留まるところにはイバラが生える、大きな戦争のあとには凶作の年がつづく」
(師之所處、荊棘生焉。大軍之後、必有凶年。 第30章抜粋)と言う言葉には老子の戦争に対する深い悲しみと静かながら強い憤りがあります。

老子が敢えて「皆が善を善とみなす、これこそ不善である」、「正義なるものは存在しない」と言い切った背景にはそのような老子の想いが込められていると思うのです。

老子の思想が反社会的な色調を帯びていることなどから、老子の世捨て人や仙人のようなイメージでとらえたり、あるいは虚無主義者のように見る向きもあるようですが、これは全く誤った老子像だと思います。
老子の思いは深く社会に向っております。 
老子の言葉を読み解くためには、その思想が常に人類、生命そして宇宙存在そのものへの敬愛がゆるぎなく根付いているところから湧出してくるのだ、と言うことを念頭に置くことが不可欠と思います。

そのような想いを持って上述の第2章、18章、58章を読むと、深い味わいがあると思います。
老子は善悪以前の世界に真の道があると言うのです。
「善悪以前の世界」、これは「善悪の彼岸」とも言えるかもしれません。
そして老子の訴えんとするのは「善悪の彼岸に人類救済の道がある」と言うことかも知れません。
だが、ここまで言うと何か宗教がかった表現になってしまって語弊がありそうです。

老子の訴えんとすることは宗教的思想でも神秘主義的な思想でもなく、実にシンプルな事、素朴な想いではないかと思います。「善悪の彼岸」と言っても別に大げさなものではなく、裸の眼で見ると見えてくる世界であるように思います。

人間が世の中に生を受けると、いろいろな知識や価値観を学びながら大人になっていきます。そのような知識や価値観はこの世の中で生きていくために必要なものであるのですが、一方それが邪魔をしてもっとも単純な真実が見えなくなってくるようです。
そこから人間の葛藤、争い、戦争も起こってきます。

老子の言う世界はそのような後天的な知識や価値観を一度全部はぎ取って裸になったら見える世界の事であると思うのです。 「大道」と言うのも特別な修行や修練を積んだ結果見えてくる神秘的な世界と言うより、もっともシンプルになった時に見えてくる世界のことだと思うのです。

7.閑話休題:養蚕の碑文
私の住んでる埼玉県小川町の飯田という集落の神社である飯田神社の境内に以前から興味をもって観ている「蠶桑の碑」(蠶は蚕:かいこの旧字)という碑文(下に写真)があります。
 この地域の養蚕の歴史を知るうえでも面白いのですが、この碑を作った当時の時代意識が直に伝わってくる所が一層私の関心を引き付けます。
 これは日本が第2次世界大戦に突入する前の昭和14年にこの地域の「飯田養蚕組合によって設立されたものです。ここに全文を紹介します。(読み切れないところがあり、適当に解釈した所もありますが大意は誤ってはいないと思います)

                  蠶桑之碑

明治四十二年笠原方宜氏等相謀り養蚕改良を企て、組合を創設し、指導者を招き従来の飼育法をかへ、組合共同桑園並びに繭圃を設けて益々改良する所ありしに、業績大小挙がり、著しき長足の進歩を見たれる模範とし、縣より表彰を受けること数回、金一封の下賜さえありた季、時恰も繭価十五円を称ふる好況なりしに組合の利得若干を運用し、肥料共同購入の普及を計りたり。然りと雖も時代の嵐有る毎に平調ならず、急転直下繭価二円内外に低落、不況打開のための画策これ努めるも功を見ず、已むなく桑園伐廃して麥園としたるも経済界の眠るが如く不況七年、神は吾人を見捨てず、支那事変勃発に次ぐ欧州戦乱の結果、俄然糸価千七百円に急騰、金融は復活を見る。茲に於いて蓄財を整理し、組合員に分ち銃後後援の資に充て、一先ず解散、新たに実行組合として更生、蚕業報国の実を挙げんとす。繭の増産は農家貨殖の基、延いては武運長久の礎、繭は飛行機を生み軍艦を産む。此の時糸価急騰せるは天の助か神乃恵か顛末を右に勒し、永遠の記念とす。
             昭和十四年秋  悟堂撰並書 

 この碑文からは当時の養蚕組合の人達(多分この地域の農家の大部分)が支那事変に続く欧州戦乱(欧州大戦の事?)で糸価が急騰し、それにより繭価も高騰したことを「神は吾人を見捨てず」あるいは「天の助けか、神の恵みか」として相当素直に喜んでいる様子が伝わってきます。
 支那事変は昭和12年に始まり、欧州大戦(ヨーロッパにおける第2次世界大戦)はこの碑文の作られた昭和14年に始まっています。
 この碑文の作られた2年後の1941年(昭和16年)の12月には真珠湾攻撃がなされ日本は太平洋戦争に突入していきます。 この小川町からも多くの人が徴兵されていきます。
 平成14年にこの碑文を作った人たちは自分たちにそのような未来が待ち受けていることを感じていたでしょうか。上記の碑文からはまだそのような戦争を対岸の火事とみなし、自分たちはそれをせいぜい背後から支える存在である、と言う意識が感じられます。
 一方「繭は飛行機を生み、軍艦を産む」と言う言葉の中にやがて来る大戦争の予兆は既に人々の心の中に刻み込まれつつあった、ということも見逃せないでしょう。
 
 岸の火事と思っていた戦争に自分達が引き込まれていく、私達や私たちの子孫にはそのような未来がないように祈りたいです。
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8.始原への遡及 ③赤子のこころ
 これまでも触れてきたように、老子の思想には有無以前の世界、善悪以前の世界に戻り、そこに居ながらまたこの世界を観ていく、と言うところがある、と思います。 この有無以前、善悪以前の世界を誰しもが体験しているのは赤子の時です。そこで老子は赤子の心を讃えることになります。

第55章(前半抜粋)
含徳之厚、比於赤子。蜂虿虺蛇不螫、 猛獣不拠、攫鳥不摶。骨弱筋柔、而握固。             
未知牝牡之合而峻作、精之至也。終日号而不嗄、和之至也。         

(徳を含むことの厚きは、赤子に比す。蜂虿虺蛇も螫さず、猛獣も拠らず、攫鳥も摶たず。骨弱く筋柔かにして、而も握ること固し。未だ牝牡の合を知らずして而も峻を作すは、精の至れるなり。終日号して嗄れざるは、和の至れるなり。)

第55章 (前半抜粋 訳)
徳の厚いのは赤子に例えられる。蜂、ムカデ、サソリ、蛇もささず、猛獣も襲わず、猛禽も飛びかからず、骨は弱く、筋は柔らかでいながら強く握ることが出来る。男女の交合も知らないのにおチンチンがたつのは精気がみちているからで、一日中号泣していても声が嗄れないのは和に徹しているからである。

次は赤子に関するもう一つの文です。

第10章 (一部抜粋)

專氣致柔、能孾兒乎。
(気を専にし柔を致し、能く嬰児ならんか。)

この文は第55章と同様に赤子(嬰児)の柔軟さを讃え、その嬰児のような柔らかさに至っていることを推奨しているものでしょう。

老子は81章の中の多くの文で剛強さよりも柔軟さを、そして智よりも無智を讃えているのですが、赤子の中にそれが具現された姿を観ていて、そのような姿に帰ることを推奨しているのです。

イエスキリストは「幼子のようでありなさい」というような意味のことを言っていたと思います。
老子は幼子を更に遡って赤子のようでありなさいと言っているようです。

9.理想の人間像 ①玄徳
老子は「含徳の厚きは赤子に比す」(第55章)として赤子の心を讃えます。また老子自らを「如嬰児之未孩」(嬰児のいまだ孩せざるがごとし:まだ笑うこともない赤子のようだ:第20章)と表現しています。
このような所から見ると、老子にとっての理想の人間像と言うのは「赤子のように素朴な人か」と推定されるのですが、全章を通して読むとそれほど単純でもないです。
次は第10章です。

第10章(全文)
載營魄抱一、能無離乎。專氣致柔、能孾兒乎。滌除玄覽、能無疵乎。愛民治國、能無知乎。天門開闔、能爲雌乎。明白四達、能無以爲乎。生之畜之、生而不有、爲而不恃、長而不宰。是謂玄徳。

(営魄に載り一を抱きて、能く離るること無からんか。気を専にし柔を致し、能く嬰児ならんか。玄覧を滌除(てきじょ)して、能く疵無からんか。民を愛し国を治めて、能く知無からんか。天門開闔(かいこう)して、能く雌たらんか。明白四達して、能く以って為すこと無からんか。これを生じこれを畜(やしな)う、生ずるも有せず、為して恃まず、長たるも宰せず。これを玄徳と謂う。)

第10章 訳
命の流れに乗り、道に従いそこから離れないでいるだろうか。 気を充実させて赤子のようにいられるだろうか。 見聞覚知してきたことに束縛されずに無傷な心でいられるだろうか。人々を愛し、国を安泰にしながら無知でいられようか。受け身になって外界に感覚を開放しているだろうか。あらゆることに通達していながら無為のままでいられるだろうか。 生み、育てながらなお、それを所有せず、なし遂げても、それに依存せず、長となっても統括しない。これを玄徳という。

この文章の中にはふたつの矛盾する言葉の対があります。ひとつは「明白四達」と「無知」、もひとつは「生之畜之」と「無為」です。
「明白四達」であれば「無知」出ないだろう、「生之畜之」であれば「無為」ではないだろう、ということです。    
私はむしろこの矛盾の中に老子の言わんとする真意が隠されていると思います。
智慧の木の実を食べてしまった大人の私たちは、もう赤子の心には戻れないのです。ですから言葉通りの意味で「無知」にはなれません。そして、生活して行かなければならないので「無為」ではいられないのです。
そんなことは老子も判りきっていて敢えて「無知」「無為」ということを言っているのです。

私は老子の「無知」というのは「明白四達しながら、その知見に全くとらわれない自由な心の持ち方」であると思います。また「無為」というのは「極めて創造的な活動をしながら、その活動の結果に執着しない心の持ち方」であると思います。そのように考えなければ、上記の矛盾する言葉を得心して受け入れることはできません。

老子の思想の中に特徴的である「無為」をことさらに取り上げて老子の思想は「消極道徳」である。また「無知」の推奨を見て「民はよらしむべし、知らしむべからず」といった愚民化思想を見る、といった観方が往々にしてなされているように思いますが、これは全くの誤りと思います。

老子の思想は実はその中に力強い積極性が秘められている。またあくなき知的探究心さえある、と思うのです。それを感じながら老子の言葉を読むことで初めて老子の活き活きとした考えが伝わってくるように思います。

「玄徳」のまとめ
「玄徳」というのは「知的探究をなしながら、自分の得た知識に拘泥しない」そして「創造的な活動をなしながら、成し遂げたことに執着しない」という心のあり方と、思います。

10. 理想の人間像 ②古の士
 老子は理想の人物像あり方を表現する時に主語のない場合も多いのですが、主語を使い場合は聖人ということばをよく使います。次の章だけは「古之善爲士者」という言葉を使っています。 「昔の善き男児たるもの」、というようなニュアンスでしょうか。  

第15章(全文)
古之善爲士者、微妙玄通、深不可識。夫唯不可識、故強爲之容。予兮若冬渉川、猶兮若畏四隣、儼兮其若客、渙兮若冰之將釋、敦兮其若樸、曠兮其若谷、混兮其若濁。孰能濁以靜之徐清。孰能安以動之徐生。保此道者、不欲盈。夫唯不盈、故能蔽而不新成。
(古の善く士たる者は、微妙玄通にして、深きこと識るべからず。それ唯だ識るべからず、故に強いて之が容を為す。予として冬川と渉るごとし、猶として四隣を畏れるがごとし、儼として其れ客のごとし、渙として冰の將に釋けるがごとし、敦として其れ樸のごとし、曠として其れ谷のごとし、混として其れ濁れるがごとし。孰れか能く濁りて以って之れを靜かにして徐ろに清からん。孰れか能く安んじて以って之れを動かして徐ろに生ぜん。此の道を保つ者は、盈たさんと欲せず。夫れ唯だ盈たず、故に能く蔽れて而も新たに成さず。

第15章(訳)
昔の善き男児は微妙なる道に通じ、底知れぬ奥深さをを湛えている。その奥底を知ることはできないので強いてその相貌を表現する。 慎重なのは冬のさなかに川を渉る時のようであり、ためらっているのは四方の隣人を畏れるようであり、厳粛なのは客に招かれたようであり、和らぐ様は氷が溶けるがようであり、純朴なのは原木のようであり、広大な様子は谷のようであり、混沌としているのは濁れる大河のようである。 
 誰がよく、濁ったままにして次第に清く澄ませるだろうか、誰がよく、安んじたまま、事物を動かして次第に創造活動をなし遂げるだろうか。
 この道を保つ者は完全であろうと欲しない。不完全なところでとどまる。 それ故古びるままにして新たに成し遂げようとしない。

この「古の善く士たる者」も漠然として掴みどころがないようです。このような人が現代の世の中にいても賞賛の対象にはならないでしょう。 宮沢賢治の詩の中の「木偶の棒と呼ばれ、ほめられもせず、苦にもされぬ」ような人」になるかも知れません。 しかし、このような人物がいることにより、周囲の揉め事が何となく収まっていき、また周りの人も生き生きとして来るかも知れないと思います。
 「孰れか能く濁りて以って之れを靜かにして徐ろに清からん。孰れか能く安んじて以って之れを動かして徐ろに生ぜん。」という表現は、そのような意味すなわち、「自らは何もしないように見えるが、その人がいるだけで周りの人の心も澄んできて、諍いごとも自然に解かれ、その人がいるだけで周りの人が生き生きとし、それぞれの本分を発揮していく」という意味も含んでいるように思えます。

11.非戦論 ①老子の平和思想
 人類に精神的な影響を非常に深く与えた昔の人物としては釈迦、ソクラテス、老子、孔子、キリストでしょうか。  いずれもコスモポリタズムといって良いかわかりませんが、国家間の戦争を是とする思想は説いていません。 老子はこの中でも戦争を忌避する考え方を明確にあらわしています。

第30章(前半抜粋)
以道佐人主者、不以兵強天下。其事好還。師之所處、荊棘生焉、大軍之後、必有凶年。
(道を以って人主を佐(たす)くる者は、兵を以って天下に強いず。その事は還るを好む。師の処る所は、荊棘生じ、大軍の後は、必ず凶年あり。

訳 道によって主君を補佐しようとするものは武力によって天下の強者となろうとしない。武力はそれを用いないでいることを良しとする。軍隊のとどまるところにはイバラが生える。大戦争の後には凶作の年がつづく。

第31章(前半抜粋)
  夫兵者不祥之器、物或惡之、故有道者不處。君子居則貴左、用兵則貴右。兵者不祥之器、非君子之器。
(夫れ兵は不祥の器、物或いはこれを悪(にく)む、故)に有道者)は処(お)らず。君子、居れば則(すなわ)ち左を貴(たっと)び、兵を用うれば則ち右を貴ぶ。兵は不祥の器にして、君子の器にあらず。)

訳 強力な兵器は不吉な道具である。 道を知るものはそれを厭う。君子は左を尊ぶが、兵器を使うときは右を尊ぶ。 兵器は不吉な道具であって、君子の道具ではない。 
 
第46章(全文) 

天下有道、却走馬以糞。天下無道、戎馬生於郊。禍莫大於不知足、咎莫大於欲得。故知足之足、常足。                     
(天下に道有れば、走馬を却けて以って糞(たづくり)す。 天下に道無なければ、戎馬、郊に生ず。禍(は足るを知らざるより大なるは莫く、咎は得んと欲するより大なるは莫し。 故に足るを知るの足るは、常に足る。)

訳:天下に道があれば、軍馬も田んぼで使われる。天下に道がなければ軍馬が戦争で郊外に引き出される。
 禍いは足るを知らないより大きなことはない、咎めは得ようと欲するより大なることはない。「足るを知る」という足る、というのは(物資の過不足にかかわらず)常に足る心をもつことである。

 これらの文章からは老子の平和への切なる願いが伝わってくるように思います。また「足るを知らざる」ことが戦争の原因である、という老子の考えも伝わってきます。
 
ところで現在の世界の状況はどうでしょうか。 世界中の多くの人の中に「足るを知る」という心が失われ、それが戦争への危険を増大している、というような危惧を抱くのは私だけでしょうか。

 以下では現在の世界における戦争への可能性とそれを回避するための道を老子の考えを照らしつつ探りたい、と思います。

 第2次大戦に於いて日本が降伏した1945年からすでに67年が経過し、その間世界大戦はなかったものの、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争等国家間、思想間の対立による戦争、民族紛争、宗教的な対立による紛争等が絶え間なく続いてきました。 
 日本について言えば戦争には未だ至っていないにしろ、北朝鮮との武力的な威嚇も伴う対立があり、最近では韓国、中国との領土問題をめぐる対立が嚴しくなってきているようです。
 このような対立がすぐに戦争に結びつくとは考えにくいのですが、やがてその対立がエスカレートして戦争に発展する可能性もないとは言えない状況です。

 私は戦争へ向かうときは次の意識が伴われている、という話をしてきました。

(1) 存在感への脅威の感覚
(2) 屈辱感からの開放を求める意識
(3) 共通の敵に対する敵愾心
(4) 国民全体を巻き込む共感
  
このような意識が2国間の間の両国民に顕著になってきた時には戦争に至る可能性が高まっていると見るべきでしょう。
 日本と韓国あるいは中国との間にはまだそこまでの意識はないと思いますが、一方でこのような意識を敢えて扇動しようとする動きもあるように思います。
 特に「共通の敵を創りだしす」というのはおそらく国家の指導者が国民を鼓舞し、団結させ、一つの方向に向けて行くために用いられてきた安易な方法です。
 国家の安定した存続が危うくなり、その指導者が批判の矢面に立たされているときには「共通の敵を外部に創りだしてそれに国民の注意を向けて、国家の統一を維持しよう」というのは指導者にとって退け難い誘惑になる可能性があります。 特に経済的困窮からくる不安、絶望感が社会に広がっている状況においては「共通の敵」を創りだそうとする指導者の扇動に國民の多くが乗せられて、戦争へと突き進んでいく可能性があります。

12.非戦論② 現在における戦争の可能性
 本論では現在の世界における戦争への可能性について考えます。
 第2次大戦に於いて日本が降伏した1945年からすでに67年が経過し、その間世界大戦はなかったものの、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争等国家間、思想間の対立による戦争、民族紛争、宗教的な対立による紛争等が絶え間なく続いてきました。 
 日本について言えば戦争には未だ至っていないにしろ、北朝鮮との武力的な威嚇も伴う対立があり、最近では韓国、中国との領土問題をめぐる対立が嚴しくなってきているようです。
 このような対立がすぐに戦争に結びつくとは考えにくいのですが、やがてその対立がエスカレートして戦争に発展する可能性もないとは言えない状況です。

 私は戦争へ向かうときは次の意識が伴われている、という話をしてきました。

(1) 存在感への脅威の感覚
(2) 屈辱感からの開放を求める意識
(3) 共通の敵に対する敵愾心
(4) 国民全体を巻き込む共感
  
このような意識が2国間の間の両国民に顕著になってきた時には戦争に至る可能性が高まっていると見るべきでしょう。
 日本と韓国あるいは中国との間にはまだそこまでの意識はないと思いますが、一方でこのような意識を敢えて扇動しようとする動きもあるように思います。
 特に「共通の敵を創りだしす」というのはおそらく国家の指導者が国民を鼓舞し、団結させ、一つの方向に向けて行くために用いられてきた安易な方法です。
 国家の安定した存続が危うくなり、その指導者が批判の矢面に立たされているときには「共通の敵を外部に創りだしてそれに国民の注意を向けて、国家の統一を維持しよう」というのは指導者にとって退け難い誘惑になる可能性があります。 特に経済的困窮からくる不安、絶望感が社会に広がっている状況においては「共通の敵」を創りだそうとする指導者の扇動に國民の多くが乗せられて、戦争へと突き進んでいく可能性があります。 しかし、国家全体が経済的な困窮に陥ってしまうと戦争して勝利する可能性もなくなり、従って戦争に至る可能性も少なくなります。 より戦争に向かいやすい状況というのは国家の中に経済的な困窮に陥っている人達が増えてきて社会全体として未来への不安が高まっている状態で、且つ国家としては戦争をするだけの経済的、軍事的な力を持っている状態です。このような状況は日本、韓国、中国、北朝鮮の何れでも起こりえます。 歴史が示す通り、経済は好況と不況の小さな波、大きな波があり、その大きな不況の波が訪れる時に最も大きな戦争への可能性が発生すると考えられるのです。 
 実際 第2次世界大戦の前には世界好況に継いで日本、ドイツ、イタリアなどの当時の同盟国は何れも経済的困難に直面しており、それが第一次大戦を引き起こした一つの原因になっていたことは否めないでしょう。 現在でも同じような経済的な局面が発生し、それが新たな戦争の引き金になると言う可能性は否定出来ないでしょう。
 ただし、第一次大戦の当時と現在では国際情勢に著しい変化があり、単なる経済的な問題が戦争の要因となる、という考え方も成り立たないと思います。 一つの大きな変化は国際間の人々の行き来が多くなり、海外での生活や旅行の経験者は著しく増えていることです。日本では第一次大戦に駆りだされた人々の中には外国人を観たことのない人も多く、米英鬼畜というような敵愾心を煽る言葉に駆り立てられたのですが、現在では誰もそのような言葉には載せられないでしょう。またグローバリズム化は国家間の経済的な障壁を取り除いてきており、国家というものの存在感を希薄にしつつあります。
 こういう状況から、経済的困難が戦争に直結するという危険性は第2次世界大戦以前に比すると相当少なくなっていると考えられます。
 しかし、長期的に観た場合にはエネルギー源の枯渇や地球温暖化による気候的、地理的変動の影響が全世界的に未来への不安、経済的な逼迫をもたらし、それが何かのきっかけに戦争に発展する可能性は否定できません。 

13.非戦論③ 足るを知る
 老子の道徳経81章の中では「足るを知る」という言葉が次の章に出てきます。

第33章(後半抜粋)
 知足者富、強行者有志。不失其所者久。死而不亡者壽。
(足るを知る者は富み、強(つと)めて行なう者は志有り。その所を失わざる者は久し。死して而も亡びざる者は壽(いのちなが)し。)

訳:足ることを知る者こそが富んでいるものであり、努めて行う者こそ志があると言える。自己の本分をわきまえてそれを見失わない者こそ久しく行動を続けられし、自己は死してもその魂が伝えられてゆく者こそ長い命の中に生きているものと言える。

第44章(全文)
名與身孰親。身與貨孰多。得與亡孰病。是故甚愛必大費。多藏必厚亡。知足不辱、知止不殆、可以長久。
(名と身と孰れか親しき、身と貨と孰れか多き。得ると亡うと孰れか病なる。この故に甚だ愛すれば必ず大いに費やし、多く蔵すれば必ず厚く亡う。足るを知れば辱しめられず、止(まるを知れば殆うからず。以って長久なるべし。

訳:名誉と身体はどちらが親しいものだろうか。 身体と財宝はどちらが大事なものだろうか。得ることと失うことはどちらが危ういことだろうか。それ故に極端に執着すれば、必ず多く費やす結果となり、多く蓄えれば、必ず多く失う。足るを知れば恥辱に合うことはない。とどまるところわきまえれば危うくない。長く久しく生きる。

第46章(全文) 
天下有道、却走馬以糞。天下無道、戎馬生於郊。禍莫大於不知足、咎莫大於欲得。故知足之足、常足。                     
(天下に道有れば、走馬を却けて以って糞(たづくり)す。 天下に道無なければ、戎馬、郊に生ず。禍(は足るを知らざるより大なるは莫く、咎は得んと欲するより大なるは莫し。 故に足るを知るの足るは、常に足る。)

訳:天下に道があれば、軍馬も田んぼで使われる。天下に道がなければ軍馬が戦争で郊外に引き出される。
 禍いは足るを知らないより大きなことはない、咎めは得ようと欲するより大なることはない。「足るを知る」という足る、というのは(物資の過不足にかかわらず)常に足る心をもつことである。

 これらの内第46章はこのブログの非戦論①に記したものの再掲ですが、特に「戦争の原因が足るを知らざることにある」という意味を含んでいるものです。
 この言葉が真理を語っているとすれば、「足るを知らざる限り戦争は起こる」ということになり、また「戦争を防ぐには人類全体が、あるいは少なくも大多数の人々が足るを知ること、が必要である」ということになります。そしてもしそうであるとすれば、戦争を防ぐためには自分を含めてですが人類の大多数の人が「足るを知る」ような思想を広めて行く必要がある、ということになります。
 しかし、現在の世界は経済的なグローバリズムが進行中です。 ほとんどの人々が世界経済全体の影響を受けて生活し、而もその経済的な環境の中で自らの生活を成り立たせていかなければならないのです。
 あるいはこのような状況のもとでは「足るを知る」という思想を持ったことによってこの経済的な環境に適応できなくなり貧窮に陥る可能性もないとは言えないでしょう。
 そこで次のことをもう少し突っ込んで考える必要があるように思います。
(1)老子いう「足るを知る」の意味は何なのか?
(2)「足るを知る」ことにより本当に戦争は無くせるか?
(3)「足るを知る」思想を世界に広めることは可能であろうか?
この問題に関しては稿を改めたいと思います。

14.非戦論④ 尖閣列島問題に思う
 最近日本による尖閣列島の国有化に端を発して、中国に於ける反日運動が盛んになり、一方それに対する日本国内での反発や論議が激しくなってきています。日本と韓国の間では竹島の問題もくすぶっています。
 
 ここで老子の次の章を顧みたいと思います。
第61章
大國者下流。天下之交、天下之牝。牝常以靜勝牡。以靜爲下。
(大国は下流なり。天下の交、天下の牝なり。牝は常に静を以って牡に勝つ。静を以って下ることを為せばなり。)

訳:大国は大河の下流のように、万物が流れ下り、交流する場である。世界の中で受動的な雌の立場にとどまる。雌は常に静かでありながら雄に勝つ。 静かにして下にいるからである。

 尖閣列島や竹島を巡る騒動が老子や孔子を生み出した中国とその教えを深く受けてきた日本や韓国との間で起こっていることは実に嘆かわしい話です。
 遠く日中韓の歴史を振り返ってみれば、途中で幾度かは戦乱があったもののほとんどの時代は平和に過ごしてたし、文化的交流も続いて来ています。 これは戦乱が絶え間無いようにあった西欧とは随分異なるし、日中韓が共に誇るべきことでしょう。 
 島の一つや二つを取り合って争うのはあたかも仲の良いはずの兄弟が目前のまんじゅうを取り合って騒ぐのに等しいことではないでしょうか。かっての君子国が小人国になってしまっているのではないか、と思うのです。
 相互にいろいろ理屈はありますが、それをお互いに言い立てているだけでは対立感情がヒステリックにエスカレートするだけで、解決には向かいそうもありません。
 私は敢えて提案したいのは「尖閣列島も竹島も各国による共同管理の場所とし、その活用方法については協議して決め、実行する。」ということです。 「これらの場所を争乱の場所とするのではなく逆に国家間の融和の場所として活用する」ということです。
 
 老子の「大国は下流」というのは、国家なるものは相互に下流になる、という謙譲の意識を持つのが良い、という意味を含んでいる、と思うのです。 尖閣列島や竹島を相互に譲りあい、共同で活用する中から、新たな世界の潮流を創りだしていけないでしょうか。
 日中韓の合流するこの東アジアが世界を近代から脱皮した新文明の発祥の地となるように望む次第です。

15.非戦論⑤ 足るを知るの意味
 「足るを知らざることから戦争が起こる」という老子の思想について話をしました。
 またその事に関連して、次を考えて見る必要がある、ということを話しました。

(1)老子いう「足るを知る」の意味は何なのか?
(2)「足るを知る」ことにより本当に戦争は無くせるか?
(3)「足るを知る」思想を世界に広めることは可能であろうか?

 ここではまず「足るを知る」とい言うことの意味を考えてみたいと思います。

 老子の言う「足るを知る]という言葉はよく考えてみると解釈の難しいところがあります。
 第46章の最後に「足るを知るの足るは常に足るなり」という言葉が有ります。
 この意味をとりあえず「足るを知るの足るということは物質的過不足に関わらず常に足るという気持ちを持つことである」と解釈してみましたが、この解釈にも無理がありそうです。
 例えば食料が不足して今にも死にそうな時にそれでも足るという気持ちを持つ、ということには納得がいきません。 また常に足るという気持ちであれば、何かを求めようとする気持ちにもならないでしょう。
 私はこの「足る」というのは「現状をそのまま受け容れる」ということではないかと思います。

 この「そのまま受け容れる」というのは人間に対する観方にも現れます。

 第49章(全文)
 聖人無常心、以百姓心爲心。善者吾善之、不善者吾亦善之、徳善。信者吾信之、不信者吾亦信之、徳信。聖人之在天下、歙歙爲天下渾其心焉。百姓皆注其耳目、聖人皆孩之。
(聖人は常の心無く、百姓(ひゃくせい)の心を以って心と為す。善なる者は吾れこれを善しとし、不善なる者も吾れまたこれを善しとす。徳善なればなり。信なる者は吾れこれを信とし、不信なる者も吾れまたこれを信とす。徳信なればなり。聖人の天下に在るや、歙歙として天下の為に其の心を渾(にご)す。百姓皆その耳目を注ぐも、聖人は、これを皆孩(がい)とす。

訳:聖人は一定の心を持っていない。 万民の心を心とする。善なるものはこれ善とし、不善なるものもこれを善とする。 その徳が善であるためである。信なるものはこれ信とし、不信なるものもこれを信とする。 その徳が信であるためである。聖人は天下にあって天下の為にその心を濁す。万民は其の耳目を注ぐが、皆を赤子のような心にしてしまう。

 ここには善なるものも不善なるものも、信なるものも不信なるものも同じく受け入れるという、底なしの抱擁力が表されています。 これは「足るを知るの足るは常に足る」と言う底なしの受容力と相通じるものです。
 
 総じて老子の思想には人間に対しても現状に対しても「そのまま受け入れる」という心が流れています。
 しかし、この「そのまま受け入れる」と言うことは「だから行動をしない」と言うことではないでしょう。
 「腹がへっていても、その状況を容認し、食べない」ということではなく「腹がへっている状況を容認し、食べる」と言うことです。

 「それなら我々普通の人間と同じでないか」と思われるでしょう。実際老子のような考え方をもったとしても、その行動が特別に常人と異なるようには見えないかも知れません。

 しかし、我々にあって老子の中に見出せないの「不安と疑念」です。
 私を含めて多くの人には常にどこかに不安と疑念が漂っています。その不安と疑念の原因は個人により、また時によりいろいろでしょうが、根本にあるのは「存在していることそのものへの不安」で、それがいろいろな形を取った不安、疑念として表れて来ます。
 老子の「常に足る」と言うのは「現状をそのまま受け入れる」ということだ、と言いましたが、より詳しくは「不安や疑念を伴わずにそのまま受け入れる」と言うことになります。

 では老子はどうしてそのような心の持ち方が出来るのでしょうか。
 それは老子の宇宙観から来るものと思います。老子の思想の中にはこの宇宙に対する限りなき信頼感があります。 「母にやしなわるるを尊ぶ」と言う言葉が第20章に出て来ますが、この母と言うのはこの私たちを生み出した大自然(宇宙)です。
 老子の「足るを知る」という言葉の背景にはこのような宇宙に対する絶対的な信頼感があります。
 「不安や疑念を伴わずに」ということは言い換えれば「宇宙に対して限りなき信頼感を持って」ということです。 

以上より老子の「足るを知る」の意味は「宇宙に対する限りなき信頼感を持って現状をそのまま受け容れる」という意味と解釈します。

16.非戦論⑥ 足るを知ることで戦争は無くなるか
 老子の「足るを知る」の意味は「宇宙に対する限りない信頼感を持って現状をそのまま受け入れる」ということである、という話をしました。
 ではもしそのような思想が全世界に広まったとしたら戦争はなくなるのでしょうか。もちろんその前にそのような思想を全世界に広げることが出来るだろうか、という問題がありますが、この問題については後で検討することにし、ここでは仮にそのような思想が広まったとしたら戦争がなくなるか、ということについて考えてみます。
 
 「人類の歴史は戦争の歴史である」と言われることがあるように、人類の歴史ではいつの時代にも戦争があったようです。そのことから見ても近い将来に戦争が全くなくなるということは考えにくいのです。私もこの50年位の間に戦争が全くない時代が到来するとは思えません。 その頻度は減少していったにしろ、世界のどこかで紛争、あるいは小さな規模の戦争のような状態が発生するのを防ぐのは難しいと思います。しかし、やはりどうしても防がなければならないというのは、近代以降に発生した非常に大勢の国民を巻き込んでいく国家間の戦争です。 以下では「戦争が防げるか」という意味を「近代の過去に発生したようなに大きな国家間の戦争を防げるか」と解釈した上で話しを進めます。
 
 私はそのような意味において「戦争は防げる」と考えています。そのひとつの根拠は東アジアの歴史です。 日本、中国、朝鮮、台湾を含む東アジアの近代以前の長い歴史を振り返って見ましょう。
 この地域においては歴史的な尺度からは極く短い期間に置いて国家間の戦争はあったのですが、数千年の間、ほとんどの時代において国家間での平和な関係が続いてきています。
 このような平和な状態が世界全体において末永く継続することは可能であろう、と考えています。

 東アジアにおいて戦争が起こったのは西欧の列強(当時)の東アジアへの進出が産業革命を背景に活発化してきてからのことです。 残念ながら日本がその戦争を引き起こした台風の目になったのは歴史的な事実ではあると思います。その日本の歴史には日本人として反省すべき数々の問題があると思います。しかし、一方においてその日本の戦争への傾斜を惹起した背景には西欧列強によるアジアの植民地化があり、それが当時の日本人をして、戦争行為を正当化させた理由のひとつになっていたのもまた歴史的な事実でありましょう。 
産業革命と科学技術の発達は人類に過去になかった物質的な豊かさをもたらしたでしょうが、一方において人類に「自然は支配出来るものである」という傲慢な錯覚を与え、それが人類に限りない支配欲を植え付け、その支配欲は自然に対するばかりでなく、人類そのものに向けられていった、というところに近代の戦争の底辺に横たわる心理的な構造があるように思います。
 近代以前に人々が普通に持っていた自然に対する畏敬の念が失われ、それが人間に対する畏敬の念も薄めてしまい、安易に多くの人を殺傷する近代の戦争を導いたのでないか、と思うのです。

老子の「足るを知る」の思想はこの宇宙、この大自然に対する限りなき信頼と畏敬から来るものであり、それがまた全人類、全生命への信頼と畏敬に繫がっています。
 そのような思想は本来特別なものでなく、素直になれば誰の心にも存在するものです。この心を取り戻しさえすれば、近代において過去に起こってしまったような悲惨な戦争は起こるはずはない、と思います。
 
17.非戦論⑦「足るを知る」思想は世界に広められるか
 老子の言う「足るを知る」思想が世界に広まれば、近代において過去に起こったような悲惨な戦争はなくせるであろう、という話をしました。
 ではその「足るを知る」思想が世界に広めることが可能であろうか、ということについて話してみたいと思います。
私の推論を先に言うと、「足るを知る」という思想を世界に広めることは出来るであろう、と言うか、それを意図的に広めようとしなくても広まるであろうということです。

 そのように推論する理由は次の2点です。
(1)人類の歴史の中で現代は拡大志向から循環志向への分岐点にあり、それが必然的に「足るを知る」方向へ人類を導いていく。
(2)現在の人々の考え方、感じ方の中に「足るを知る」という方向への確かな芽吹きが感じられる。

 まず上記(1)について説明します。
 私は人類の歴史を拡大志向の時代と循環志向の時代が交互に訪れる、と捉える観方を持っております。
 拡大志向への傾斜は人類の3回の産業革命の結果起こっていると考えます。
 その3回の産業革命というのは道具の発明、農業の発明そして(化石燃料をエネルギー源とする)動力機関の発明です。現在の我々が普通に産業革命というのは最後の動力機関の発明ですが、道具の発明と農業の発明というのも人類の生存範囲と人口を増大させ、また生活形態に画期的な変化をもたらしたものであり、その意味でこれも産業革命と呼ぶことにします。
 これらのいづれの産業革命においてもその発明は次第に人類のほぼ全体に波及し、更に人類の生存範囲を広げ、また単位面積に生存し得る人類の数を増大させます。 このように産業革命が波及していく過程においては人類の考え方も拡大を目指す方向に傾斜します。このような時代を拡大志向の時代と呼ぶことにします。ところで拡大志向の時代というのはいつまでもつづくわけでなく、やがて拡大の限界状況が現れます。それは地球が有限であること、そしてその産業革命は自然界の与える制約条件の中でなされるものであるからです。
 道具の発明は人類の狩猟の能力を飛躍的に増大させたのですが、狩猟される対象である獣の数は自然界の産みの力を超えることはないのです。 従って道具の発明という産業革命は自然界の産みの力という制約条件の元で限界に到達します。
 農業の発明は人類に自然界も産みの力という限界から人類を解き放ちますが、これも耕作可能な土地面積の有限性という制約を受けます。
 動力機関の発明がもたらした産業革命はその波及がまだ進行中ですが、化石燃料の有限性と地球温暖化など環境負荷の限界という制約を受けていて、すでにそれによる発展の限界にさしかかってきています。
 このように人類の過去における道具、農業、の発明がもたらした産業革命は限界状況に到達し、また現在進行形である動力機関の発明がもたらした産業革命も限界状況に到達しつつあります。
 このように産業革命が限界状況に到達すると人類の考え方の指向性は拡大志向より循環志向に転じていきます、と言うより転じざるを得なくなります。
実際の歴史をたどると産業革命が限界状況に達しても、人類の考え方が直ちに拡大志向から循環志向へ転じるものではなく、しばらくは拡大志向が継続します。
 さて限界状況に到達しても拡大志向が継続するとどうなるでしょうか? そこでは限られた自然界の制約条件を人間どうしが奪い合う状況が生まれます。それが発展すれば大集団どうしの奪い合いである戦争に発展します。
 農業の発明から出発した産業革命による拡大志向は主に耕作地の拡大という方向に向けられ、それはやがて古代文明の形成に向けられます。 世界では拡大志向のもとに4大文明の発祥と更に古代帝国の形成がなされます。 日本では弥生時代より平安時代に至るまでが拡大志向の時代と言えるでしょう。
 やがてそれらの文明が進めてきた耕作地の拡大は限界状況に達します。そこから世界では古代国家間の戦争や内戦の時代が出て来ます。日本では平安末期より戦国時代へのと続いていきます。
 これらの戦争や内乱は人々が過去から続いてきた拡大志向をやめない限り継続します。
 やがて戦争や内乱の末に生まれてくるのは循環志向の時代です。世界史では中世と言われる時代です。日本では循環志向による国家を創設しようとしたのは頼朝だと思いますがそれを完成させたのは徳川幕府でしょう。 ヨーロッパにおいてはキリスト教が拡大志向から循環志向への転向を導いた起点となったように思います。 ヨーロッパで中世と言う時代が始まるのは西ローマ帝国の滅亡(476年)からと言われますが、古代からの西ローマ帝国の滅亡は拡大志向の終焉を象徴することかも知れません。
 さて近代の拡大志向はイギリスにおける蒸気機関の発明を起点にするといえるでしょう。その拡大志向の萌芽はルネッサンスにあると考えられます。 と言うのはルネッサンスはキリスト教の導いた循環思想に束縛された精神を開放して、拡大志向を許容する精神的土壌を形成した、と考えられるからです。
蒸気機関の発明が齎した変化というのはそれまで人力が為していた仕事(自然界の変容)を動力に置き換えたことで、それにより人力の有限性という限界状況はなくなりました。産業革命当初の考えではそれにより人類の物質的な生産力は限界がなくなったように見えたでしょう。 今日に至ってエネルギー資源の有限性と地球温暖化等の環境負荷による自然の制約条件がほとんどの人にとって顕わなものとして現れてきています。 動力の発明による産業革命が限界状況に到達しつつある、と言うことです。
 話が大分長くなってきたのでこの辺で稿を改めます。

18.非戦論⑧「足るを知る思想が世界に広がるであろう」とする理由
 老子の「足るを知る」思想は広められる、と言うより広まるであろう、と言う話をしました。
 そしてその理由の一つとして現在が動力機関の発明が引き起こした産業革命の限界状況に到達しつつあり、拡大志向から循環志向への転換点にある、と言う考え方を話しました。
 しかしここで考えなければならない問題があります。
 それは人類の歴史において農業の発明が引き起こした産業革命が限界状況に達した後には、土地の争奪戦という形での戦争が頻発した、と言うことから、動力機関の発明が引き起こした近代の産業革命もエネルギー資源やその他の資源を巡る争奪戦と言う形での戦争を引き起こしていくのでないか、という恐れです。
 確かに近代で過去に起こった2回の世界大戦はその中に資源の争奪戦という要素も含んでいた、と考えられます。
 そして現在世界はますます資源を大量に消費する、と言う状況に向かっているようです。このままいけばそれを奪い合う戦争があちこちで勃発しても不思議ではなく、悪くすれば第3次世界大戦ということもあり得ない話ではないと、考えられます。

 しかし、現在には過去の世界大戦の起こった時代にはなかった次の3つの状況があります。
(1)グローバリズムと交通機関の発達により、ビジネスおよび私的な面での国際的な交流が進んでいて、それは民間レベルでの相互理解を深めさせている。
(2)地球温暖化等の人類全体が共同して立ち向かわなければ解決できない環境問題に直面している。
(3)教育の普及、マスコミニュケーションシステムの発達、インターネット等による情報の共有化の進展により現代と言う時代が直面している限界状況(エネルギー資源の枯渇、地球温暖化等の環境問題)に関しても人類全体での共通認識が進みつつある。

 これらの状況はいずれも世界大戦の抑止力として、大きな意味を持っている、と思います。
 特に上記(2)の地球全体が直面している環境問題は、現在が人類にとって大戦争などをしている余裕はなく、一緒に力を合わせねばならない時期であることを明確に示唆しています。 また上記(3)の状況〈情報の共有化)が、それを人類の共通認識としつつあり、また上記(1)の状況〈民間レベルでの相互理解)がそのような問題に向かって相互に協力しあえる心情的な基礎を作ってきています。

 確かに世界全体の方向はまだ拡大志向が主流でしょうが、「このままの方向では破滅に向う恐れがある」という危機感は多くの人びとの顕在意識と潜在意識に根付いて来ていて、それがやがて大きく時代を転換していくと考えられるのです。 
 破滅を回避するためにまず必要なのは「足るを知る」と言う思想です。
 このこともやがて人類全体に理解され、それが世界大戦を回避させ、また人類全体が協力して新たな時代創造していく方向に導いていくと考えます。

19.「足るを知る」について補足
 世界平和のための老子という表題で老子の思想について自分なりの観方を語って来ました。
 そして、老子の「足るを知る」という思想が世界に広まり、それが世界大戦を未然に防ぎ、更に持続可能な世界を目指す新たな時代への活路を切り開いていくであろう、という趣旨の考えを示しました。
 このような考え方には多分いろいろな反論も出されると思います。

 特に「足るを知る」という考え方自体が、近代の思想からするといかにも消極的で、そのような考え方でこの時代が乗り越えられかということ、それに本当にそんな考え方が今の時代に広がるのであろうか、という疑問が出されるでしょう。

 この疑問に対する答えになるかは判りませんが、「足るを知る」という思想についてもう少し補足したいと、思います。
 この老子に関するシリーズの中で老子の思想の根底には「自己存在、人類、あらゆる生命、あらゆる無生命が母なる宇宙始原、母なる大自然と一体であり、母なる大自然にはぐくまれ、絶対的に守られている」というインスピレーションが存在する、という話をしました。
 老子の「足るを知る」という思想は根底にこのようなインスピレーションがあってこそのものです。

 まずこのことに思いを致さない限り、老子の「足るを知る」思想は理解し難いものとなるし、あるいは「やせ我慢をしろ」という思想と同一視されるでしょう。

 思うに近代に最も枯渇しているものがあるとすれば、それはエネルギー資源でもレアーアースでもなく、まさに上記のインスピレーションです。
 
 残念なことにこのインスピレーションは私にも不足していると感じています。
 常に何らかの欠乏感に悩まされてるいます。

 しかしそれでも自らの内に「自らもまた母なる宇宙始原、母なる大自然と一体に違いない」と言う信念が確かに芽吹いているのを感じます。 そしてこの信念は私だけでなく、多くの人に芽吹きつつあると思うのです。

このことが私が「足るを知る」思想がやがて全世界に広がり、世界大戦は防がれ、人類が共同して現在のそして来るべき共通の困難に立ち向かっていくであろう、という楽観論を強く主張する最たる所以です。

20.小国寡民
 この辺で老子の話しをお終いにしようと思って、いたのですが、老子の「小國寡民」という思想については一つ話しておきたいと思います。

 第80章(全文)
 小國寡民。使有什伯之器而不用、使民重死而不遠徙、雖有舟輿、無所乗之、雖有甲兵、無所陳之。使人復結繩而用之、甘其食、美其服、安其居、樂其俗、鄰國相望、雞犬之聲相聞、民至老死、不相往來。

書き下し文
小国寡民。什伯の器有るも而も用いざらしめ、民をして死を重んじて而して遠く徙らざらしめば、舟輿有りと雖も、これに乗る所無く、甲兵有りと雖も、これを陳ぬる所無なからん。人をして復た縄を結びて而してこれを用いしめ、その食を甘しとし、その服を美とし、その居に安んじ、その俗を楽しましめば、隣国相い望み、雞犬の声相い聞こゆるも、民は老死に至るまで、相い往来せざらん。

翻訳:国は小さくて民は少い。様々な道具があるが、用いないようにし、人々が身体を大切にし、遠方に移って行かないようにする。 船や車があっても乗るわけでなく、武器があっても並べることはない。人はまた縄を結んで用い、その食を美味とし、その衣装を美麗とし、その居住するところに安んじていて、その風俗を楽しま、隣国同士が見えていて、鶏や犬の声が聞こえていても、老いて死ぬまで行き来することがない。

 これは観方によっては人間の文明を否定するような思想です。
しかし、この表現によって老子が主張したかったことの一つは循環志向ということ、そして地方分権という方向性でないかと思うのです。
老子が生きていた時代は農耕の発達により、多くの国家が現れ、覇を競っていた時代だと考えられます。
いずれも強大な国家(大国)をめざしていたでしょうが、老子はそれに対して「小国寡民」ということばでアンチテーゼを唱えているのです。 このことは当時の拡大志向型が主流の時代に在って、循環志向への道を示したものとも言えるでしょう。
 それにしても船や車を用いず、隣国と行き来することもない、とは相当極端な言い方です。
 これをまともに解釈したら原始時代に復帰しなさいと、言うようなものです。
 しかし私は、これは循環志向への主旨を強調するために敢えてした表現であると思います。
 この文章には「船や車があっても用いない」とあります。船や車があるという社会は既に原始時代ではなく文明化されている社会です。それでも敢えて用いないというのはそれら文明の利器に依存しない生き方を強調しているのだと思います。

 近代文明はこれまで拡大志向であったのですが、これからは持続可能性の追求、すなわち循環志向に転じていくことが必要です。 ところで私自身は近代文明が循環志向に転じていくためには科学技術は必要と考えております。これまで拡大志向的な方向で進んできた科学技術の利用を循環志向的な方向の利用に変えていく、というのが持論です。  したがって私の未来社会の像は老子の小国寡民ではなく、科学技術を高度に発達させ、必要に応じてそれを自在に用いることも出来る社会です。 
 
 しかし、老子の文明に依存しないという、循環志向はたとえ文明が高度に発達した段階でも必要な精神と思います。 また小国寡民という表現の中に含まれる地方分権的な発想は注目すべきと考えています。

循環志向の目的は持続可能な社会を構築です。そのための科学技術は必要です。しかし、持続可能な社会の構築は科学技術の発達のみで達成されるものではなく、同時に物質文明に依存せずに生きていいける肉体と精神の力を養うことも不可欠です。  如何に精巧に構築された物質文明であっても弱点を持ち、それにより訪れる危機から救うのがが精神力と肉体の力であるためです。
 またグローバリズムの進行する一方で地域社会の絆を深め、様々な危機に望んで相互に助け合える精神(昔は普通にあって、現在希薄になっている精神)も不可欠です。
 老子の「小国寡民」はそのような世界への想いを暗示するものと思います。

21.おわりに
 老子の「無為自然」、孔子の「思い邪なし」、孔子の「意なく、必なく、固なく、我なし」、釈迦の「諸法無我」、キリストの「明日を思い煩うなかれ」。 これらの言葉の根底に共通にあるのは「存在に対する限りなき信頼感」であると思います。 この信頼感の対象を敢えて言えば「母なる大自然」であったり「道」であったり、「神」であったり、「法」であったりするでしょうが、それが何であろうと「限りなき信頼感」が真の安心をあたえ、人と人の間に心底からの繫がりをつくり、光に満ちた世界をつくっていくと思います。
 自らを顧みると、その限りなき信頼感に至るには程遠い状態にあると感じます。
 そして現在の世界を観ても、多くの人々が不信感、不安、恐怖の内に呻吟しているように思います。

 それでも私にとってまた世界にとって進むべき方向はそのような大いなる信頼感の回復である、と思います。
 それこそが人と人の絆を深めさせ、人と自然との繫がりも豊かなものとし、世界を平和に導くものと思います。

 老子についていろいろ語って来ましたが、老子から最も学ぶべきことはこの大自然、大宇宙への限りなき信頼感である、と思うのです。

 老子についての話はひとまずお終いにしますが、私自身がこの老子の「大道」に一歩ずつでも近づいていきたいと願っている次第です。

# by masaaki.nagakura | 2017-09-28 15:16 | 世界平和のための老子
Wwoofhost日記16 Wwooferさん達の思い出(続き)
FACEBOOKに凝っていて、ブログが途絶えてしまっていました。
まずこれまでのWoofer さんの話を最初から振り返ります。
(1)上海から2人高校生、王嘉宝と張雨揚:2015年7月6~10日
(2)香港から2人の学生、SORAとHOLIDAY:2015年7月12~21日
(3)ポーランド人(日本在住)の二人の大学生、OLAとMATI:2015年7月26日
(4)フランスからの母子、ElisabethとMarlene:2015年7月30日~8月8日
(5)台湾の4人の医学生、Ryan,Tevin,Kelly,Emily:2015年8月11~17日
(6)オーストリアから女子大学生、Veronika Dunkel:2015年8月28日辺り通算1か月ほど
(7)スコットランド人(日本在住)の会社員:Martyn:2015年9月 2日間
(8)シンガポールから二人の兵役退役者:Ho Gerson,Christopher Widijana:2015年9月ごろ2週間おど
(9)日本人の大学卒業したての麻木周太朗:2016年2月8日~11日
(10)フランスから料理人と登山家、AdrienとNicclas:2016年2月21日~3月13日
(11) タイランドから女性、Piarath:2016年3月1週間ほど
(12)フランスから男女、RayanとTiphane:2016年4月、一週間ほど
(13)イギリスから女性、Jayne:2016年4月、一週間ほど
(14)ドイツから男子物理学学生、Mafred:2016年5月22~29日
(15)日本人浜松市の女性、藤下 舞:2016年6月5~8日
(16)米国から物理学学生、Louis Tallone :2016年6月8日~7月2日
(17)米国、カルフォニア在住 母子、田中久美、志龍:2016年6月30日~7月6にち
(18)中国人女性二人、米国在住Joey&上海在住Victoria :2016年7月10~18日
(19)スペインの日本語学習中の女性、エレナ:2016年7月30日~8月5日
(20)台湾の日本語専攻大学生、LIU CHIA-YI:2016年7月10日~8月10日
(21)チェコスロバキアから3人の女子学生:バーラ、パーヤ、ベロニカ:2016年8月8~22日
(22)香港から二人の会社員女性:HOLYDAY(再来)、ハンナ:2016年9月17~18日
(23)イタリアから日本文学専攻の大学生、ファビオ(Fabio?):2016年10月5~12日
(24)イスラエルから5人家族、Roneh,Hedva,Libbi,Hillel,Yuval :2016年10月30日まで10日ほど
(25)ポルトガルから会社員(消費税計算関係)、Vitr Alves Dos Santos
(26)タイのチェンマイから男子大学生、Tim(実名Piyabut Suktako):2016年12月22日~2017年1月1日
(27)タイのバンコックから女性、Nats(実名Sonpon Luangasanatop):2017年1月27日まで一週間ほど
(28)カナダから幼児連れ男女:Samuel、Marie:2017年3月 2週間ほど
(29)オーストラリアから母娘、セレナとアズーラ:2017年4月1日~4月23日まで(途中一週間ほど石垣島旅行)
(30) カナダから牧場主の男性 Mark Hegel:2017年6月7-17日
(31) マレーシアから2人の医学生 Hafit and Zafran:2017年2-14日
(32) チェコから3人の日本語科大学生 Veronika,Barbora and Natalia
(33)  中国で教師をしている米国人とスコットランド人 EthenとJoanne 2017年8月10日~23日
(34)  チェコの日本語科大学生 Jana Chvatalova 2017年9月 2週間
(35) ドイツで高校を卒業し、俳優の学校を目指している Luise Ferneding 2017年9月15~26日
(36) オランダからのMAYUMI(麻結美)さん、母親は日本人で父親がオランダ人、環境調査関係の仕事 2017年11月11-19日
(37) タイは南の国SongkholaからのPattama Malokwl 2017年12月5-18日





Wwooferの国名は来られた順に次で、18か国になります。延べ人数は子供も含めると51名です。
1. 中国 2.ポーランド 3.フランス 4.オーストリア 5.スコットランド 6.シンガポール 7.日本 8.タイ
9.イギリス 10.ドイツ 11.米国 12.スペイン 13.チェコスロバキア 14.イタリア 15.イスラエル
16.ポルトガル 17.カナダ 18.オーストラリア

この2年間のうちに居ながらにして世界を一周し、様々な人に出会えたと、Wwoofhost を始めた伴侶に感謝しています。
以前のブログにて上記では(18)のJoeyとVictoriaについてまでは写真付きで紹介しました。

(19)以後のWwoofer の方について簡単に写真付きで紹介します。

(19)スペインの日本語学習中の女性、エレナ:2016年7月30日~8月5日
  2016年7月30日 
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2096年7月31日 三峰神社に行きました。右から二番目がエレナさん、いちばん右は台湾からのLIU君です。

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(20)台湾の日本語専攻大学生、LIU CHIA-YI:2016年7月10日~8月10日
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(21)チェコスロバキアから3人の女子学生:バーラ、パーヤ、ベロニカ:2016年8月8~22日
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(22)香港から二人の会社員女性:HOLYDAY(再来)、ハンナ:2016年9月17-18
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(23)イタリアから日本文学専攻の大学生、ファビオ(Fabio?):2016年10月5~12日
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(24)イスラエルから5人家族、Roneh,Hedva,Libbi,Hillel,Yuval :2016年10月30日まで10日ほど
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(25)ポルトガルから会社員(消費税計算関係)、Vitr Alves Dos Santos2016年12月12日
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(26)タイのチェンマイから男子大学生、Tim(実名Piyabut Suktako):2016年12月22日~2017年1月1日
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(27)タイのバンコックから女性、Nats(実名Sonpon Luangasanatop):2017年1月27日まで一週間ほど
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(28)カナダから幼児連れ男女:Samuel、Marie:2017年2月 2週間ほど
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(29)オーストラリアから母娘、セレナとアズーラ:2017年4月1日~4月23日まで(途中一週間ほど石垣島旅行)


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(30) カナダから牧場主の男性 Mark Hegel:2017年6月7-17日
(31) マレーシアから2人の医学生 Hafit and Zafran:2017年2-14日
(32) チェコから3人の日本語科大学生 Veronika,Barbora and Natalia
(33)  中国で教師をしている米国人とスコットランド人 EthenとJoanne 2017年8月10日~23日
(34)  チェコの日本語科大学生 Jana Chvatalova 2017年9月 2週間
(35) ドイツで高校を卒業し、俳優の学校を目指している Luise Ferneding 2017年9月15~26日
(36) オランダからのMAYUMI(麻結美)さん、母親は日本人で父親がオランダ人、環境調査関係の仕事 2017年11月11-19日
(37) タイは南の国SongkholaからのPattama Malokwl 2017年12月5-18日
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# by masaaki.nagakura | 2017-05-05 12:11 | WwoofHost日記
Wwoofhost日記16 Wwooferさん達の思い出(続き)
FACEBOOKに凝っていて、ブログが途絶えてしまっていました。
まずこれまでのWoofer さんの話を最初から振り返ります。
(1)上海から2人高校生、王嘉宝と張雨揚:2015年7月6~10日
(2)香港から2人の学生、SORAとHOLIDAY:2015年7月12~21日
(3)ポーランド人(日本在住)の二人の大学生、OLAとMATI:2015年7月26日
(4)フランスからの母子、ElisabethとMarlene:2015年7月30日~8月8日
(5)台湾の4人の医学生、Ryan,Tevin,Kelly,Emily:2015年8月11~17日
(6)オーストラリアから女子大学生、Veronika Dunkel:2015年8月28日辺り通算1か月ほど
(7)スコットランド人(日本在住)の会社員:Martyn:2015年9月 2日間
(8)シンガポールから二人の兵役退役者:Ho Gerson,Christopher Widijana:2015年9月ごろ2週間おど
(9)日本人の大学卒業したての麻木周太朗:2016年2月8日~11日
(10)フランスから料理人と登山家、AdrienとNicclas:2016年2月21日~3月13日
(11) タイランドから女性、Piarath:2016年3月1週間ほど
(12)フランスから男女、RayanとTiphane:2016年4月、一週間ほど
(13)イギリスから女性、Jayne:2016年4月、一週間ほど
(14)ドイツから男子物理学学生、Mafred:2016年5月22~29日
(15)日本人浜松市の女性、藤下 舞:2016年6月5~8日
(16)米国から物理学学生、Louis Tallone :2016年6月8日~7月2日
(17)米国、カルフォニア在住 母子、田中久美、志龍:2016年6月30日~7月6にち
(18)二人の中国人女性、」米国在住Joey&上海在住Victoria :2016年7月10~18日





# by masaaki.nagakura | 2017-05-05 12:11 | WwoofHost日記
Wwoofhost日記16 Wwooferさん達の思い出(続き)
FACEBOOKに凝っていて、ブログが途絶えてしまっていました。
まずこれまでのWoofer さんの話を最初から振り返ります。
(1)上海から2人高校生、王嘉宝と張雨揚:2015年7月6~10日
(2)香港から2人の学生、SORAとHOLIDAY:2015年7月12~21日
(3)ポーランド人(日本在住)の二人の大学生、OLAとMATI:2015年7月26日
(4)フランスからの母子、ElisabethとMarlene:2015年7月30日~8月8日
(5)台湾の4人の医学生、Ryan,Tevin,Kelly,Emily:2015年8月11~17日
(6)オーストラリアから女子大学生、Veronika Dunkel:2015年8月28日辺り通算1か月ほど
(7)スコットランド人(日本在住)の会社員:Martyn:2015年9月 2日間
(8)シンガポールから二人の兵役退役者:Ho Gerson,Christopher Widijana:2015年9月ごろ2週間おど
(9)日本人の大学卒業したての麻木周太朗:2016年2月8日~11日
(10)フランスから料理人と登山家、AdrienとNicclas:2016年2月21日~3月13日
(11) タイランドから女性、Piarath:2016年3月1週間ほど
(12)フランスから男女、RayanとTiphane:2016年4月、一週間ほど
(13)イギリスから女性、Jayne:2016年4月、一週間ほど
(14)ドイツから男子物理学学生、Mafred:2016年5月22~29日
(15)日本人浜松市の女性、藤下 舞:2016年6月5~8日
(16)米国から物理学学生、Louis Tallone :2016年6月8日~7月2日
(17)米国、カルフォニア在住 母子、田中久美、志龍:2016年6月30日~7月6にち
(18)二人の中国人女性、」米国在住Joey&上海在住Victoria :2016年7月10~18日





# by masaaki.nagakura | 2017-05-05 12:11 | WwoofHost日記