オゾンことはじめ7 対流圏のオゾン(6)生命への寄与
私は対流圏のオゾンは3つの点で生命を守っている、と考えています。
その3つというのは、空気浄化、殺菌、活性化です。これ等を順に説明します。
(1)空気浄化
これは、前項でも話したように生命にとって有害なVOC(揮発性有機物)を分解して無害化しているということです。地球上の動植物はその命を終えると腐敗しますが、そのとき多くが悪臭を伴うVOCが発生します。また動物の糞尿からも悪臭を伴うVOCが発生します。オゾンは特に悪臭を伴うVOCと化学反応を起こしやすく、その反応の結果悪臭を伴うVOCは無臭化されます。
(2)殺菌
対流圏のオゾン濃度は通常0~0.1ppmの範囲にあります。このような濃度でも殺菌作用がある、というデータがあります。短時間に殺菌するという訳ではなく、数日かけて徐々に殺菌が進むという具合です。オゾンは特にウイルスに対する殺菌効果は高いです。但し、湿度の低いときには殺菌効果は弱まります。理由は殺菌をしているのが実はオゾンそのものではなくて、オゾンと水が反応して出来るOHラジカルだからだ、と考えています。
インフルエンザが冬の乾燥した時季に流行るのも、その時季にはOHラジカルがオゾンの殺菌効果が弱まっているためではないかという気がしています。
(3)活性化
多くの生命は、暖かくて太陽光の強い時季に活発な生命活動を行います。ところで年間の気温の変化は、太陽光の強さの変化より遅れます。例えば日本で最も暑い時季は7~8月ですが、日照時間の最も長い夏至はそれより2~3カ月早い5月です。一方地上付近のオゾン濃度はは、日照時間の増加に先立って増加する傾向があります。気象庁の観測にはよれば日本の各地の地上付近のオゾン濃度は春分のころに最大なります。オゾン濃度の増大は地球上の生命に春の訪れを前以て告げるホルモンのような働きをしているように思います。即ちオゾン濃度の増大は「もうすぐ春がくるから、活動の準備をしなさい」と、活性化を促す働きをしているのだ、と思います。

# by masaaki.nagakura | 2015-02-23 06:26
オゾンことはじめ6 対流圏のオゾン(5)役割
 対流圏のオゾンの自然状態での濃度を調べてみたのですが、現在のところネットでは「名古屋大学の松見教授の講義録「第4章 対流圏の大気化学」にあるデータしか見出されていません。
その中に産業革命以降の大気汚染が地球的規模に進行していないと考えられるAC1880年~1900年までの対流圏のオゾンの濃度は10ppb(0.01ppm)程度でしたが現状では50ppb(0.05ppm)程度に達しているというデータがあります。
対流圏のオゾンはオゾン層からくるものもありますが、光化学反応でNO2やVOCから作られるものが多いといわれています。 オゾン層から来るオゾンは産業革命以前と現在でそれほど変わらないでしょう。ですから現在のオゾンが50ppbで産業革命以前のオゾンが10ppbであるとすれば40ppbの増大分は人為的な大気汚染の結果がもたらしたものと推定できます。 
ところでこのように増えた対流圏のオゾンはどのような作用を及ぼしているのでしょうか。
よく言われるのは植物への害です。
自然界の樹木が枯れることがあり、それはオゾンによるという見方があります。
実際温室で、野菜にオゾンを散布すると障害を受けることがあります。
そのようなことから成層圏のオゾンは紫外線を防いで生命を守っているが、対流圏のオゾンは有害無益である、という考え方が流布されています。
私はこのような考え方には大きな疑問を抱いています。
その理由は次の二つです。
1.自然界の樹木が枯れるのはオゾンによるという考え方には科学的証明が不十分である。
 説明:一般にオゾン濃度が高くなる時にはNOXやVOC(揮発性有機物)の濃度も高く、樹木が枯れるのはそのような物質とオゾンが複合した結果とも考えられ、そのような研究が十分にはなされていない。(実はなされていて、私が知らないだけかも知れません)
2.対流圏のオゾンが生命にとって有害無益と言うなら、対流圏のオゾンを無くしたら生命にとってより良い環境がもたらされるのかという追及がなされるべきである。そのような研究が見いだせない。
 説明:例えば対流圏のオゾンはVOCの消滅にも寄与しています。もしオゾンを無くしたら、腐敗臭などのもなかなかなくならないで、地球は臭い衛星になってしまうかも知れません。

私の考えでは「産業革命以後に対流圏のオゾン濃度が高まり、それが生命に害をもたらしている」というのではなく、
「産業革命以後に対流圏のVOCが増大し、それに伴って対流圏のオゾンも増大したが、それがVOCの消滅に寄与し、有害なVOCによる生命への致命的な影響を防いでいる」という事です。オゾンの害がないと言うのではありません。オゾンの害はあってもオゾンの存在がより致命的な状況を防いでいる、という事です。例えば風邪を引くと熱が出ます。熱が出ることは悪いことだ、という捉え方がありますが、体は熱を出すことによって風邪のウイルスと闘っているのです。産業革命以後に対流圏のオゾンが増大したのは、地球の大気汚染が原因ですが、そのオゾンの増大よって大気汚染が緩和されて生命は守られていると思うのです。だから対流圏のオゾンの増大は地球の発熱のようなものだ、と思うのです。

# by masaaki.nagakura | 2015-02-05 13:03 | オゾンことはじめ
オゾンことはじめ5 対流圏のオゾン(4)自然状態
対流圏という大自然の舞台では主役が水素、炭素、窒素、水素とその化合物ですがそれ以外にありとあらゆる微量元素や地層起源や植物起源の微粒子が登場します。また対流圏というのは大洋と大地と生命全体と接していて、それらとの間で絶え間なくやり取りが、なされています。
対流圏のオゾンもそのような全てと関わりながら存在しています。

そこでまず重要なことは本来の自然状態(人間の活動が自然界に大きな影響を及ぼす以前)ではどのようであるかを把握することだと思います。その自然状態をバックグラウンドとして把握し、それが現状ではどの辺がどの程度変動していて、それが人類を含む生命にどのような影響を与えているかを考える、という順序で観ていきたいと思うのです。
ここで問題となるのは本来の自然状態は一体何時の時点のものか、という事です。
人間はいわゆる原始時代から自然界に影響を与えてきています。特に火の使用と道具の発明が他の生命にない大きさの影響を自然界に与えたでありましょう。
ついで農耕と牧畜の発達が更に大きな影響を与えて来ました。
しかし、対流圏に対しての圧倒的に大きな影響は産業革命以後の農業、工業の発展およひ人間の生活様式の変化によるものと考えられます。
ですから、以下の話の中でバックグラウンドとして想定する自然状態としては「産業革命以後において、人間の活動が対流圏の状態に顕著な影響を及ぼす以前の状態」として捉えておきます。


# by masaaki.nagakura | 2014-11-19 13:02 | オゾンことはじめ
オゾンことはじめ4 対流圏のオゾン(4)キャラクター達
前節で述べましたが、対流圏のオゾンは成層圏で生まれて対流圏に移住してきたものと対流圏の中で生まれる土着のものが合わさっています。(この辺から話を面白く展開するために分子などをいくぶん擬人化して、話します。)
成層圏で生まれたオゾンは酸素分子O2が太陽の光を受けて2つの酸素原子Oになり、その酸素原子Oが酸素分子O2と結ばれてオゾンO3になったものです。
それから、対流圏で生まれるものはNO2とVOCが太陽の光を受けて光化学反応を起こして生まれています。


ここで出てきたのはNO2とかVOCとかいうのは一体何者なのでしょうか?
そして対流圏のオゾンは他にどのような者達と関わっているのでしょうか?
これから始める物語は、オゾンと対流圏の中に息づく者達の間に繰り広げられるドラマです。
キャラクターの紹介は彼等を作っている元となる原子から。
次は対流圏で最もよく登場する役者達。
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まずこの中の水素君と酸素君の構造を見てみましょう。
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ここで赤丸は陽子(プロトン)、白丸は中性子(ニュートロン)そして青丸は電子です。
水素は一個の陽子と一個の電子だけから出来ています。
一方酸素はというと8個の陽子と8個の中性子が核にあって周りを8つの電子が取り囲んでいます。
次に炭素君と窒素君です。
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炭素と窒素は見たところ酸素によく似た構造です。
実際陽子と中性子と電子の数が少し違うだけなのです。
炭素は陽子6個、中性子6個、電子6個です。
窒素は陽子7個、中性子7個、電子が7個です。
このように酸素君、炭素君、窒素君は似た構造のようですが、化学的性質(以下性格)は全くと言ってよいほど違っています。これから彼らの性格について話をします。

最初に登場してもらうのは酸素君。
酸素君は陽子と中性子と電子がそれぞれ8個ずつあると原子達の中で8番目に重い。

宇宙の中で圧倒的に沢山あるのは一番軽い水素君です。2番目に多いのが2番目に重いヘリウム君。ところが3番目に多いのがなんと酸素君
です。そして地球の地殻では一番多いのが酸素君です。
きわめて反応性が高く、ほとんどどんなものともカップルを組んでしまう。
カップルを組まないのは、貴金属や希ガス(ヘリウムやアルゴン)だけ。水素と結ばれて水分子となり、またケイ素と結び付いて地殻の主成分(重量比70%以上)である二酸化ケイ素となっています。
炭素と結び付いて二酸化炭素になります。
次は対流圏で活躍する主な酸素化合物です。
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この中で二酸化炭素は、地球の創世記の大気の主成分と言われているものです。
酸素はその反応性の高さから創世記の地球では単独で存在することは出来ないで大気中では二酸化炭素の中に存在していたわけです。
その二酸化炭素から植物が酸素を解き放って現在の大気の中の酸素分子があり、更にオゾンもあるいうわけです。
ですから二酸化炭素は現在の大気中の酸素の生みの親のようなものです。
窒素酸化物は植物の栄養源の補給をするもので本来大自然の循環の中では重要な働きを持っている化合物だと思います。近年化学肥料や燃焼ガスからの放出で過剰になり、問題視される物質とされていますが、その本来の働きはもっと究明したいものです。

人類の文明の基礎には火の利用があるとされています。
火は酸素と有機化合物あるいは炭素との化学反応で起こります。火をコントロールできるのは生命体の中で(多分)人類だけで、人類を万物の霊長と自称させている大元に火があり、火は酸素君があるからできるので、こうなると人類は酸素君におおいに感謝です。

 次に登場していただくのは窒素君です。

 この窒素君のキャラクターがまた酸素君と対照的。
 とにかく人見知りが激しいというのか、めったなことではカップルを組まない。地味ーな性格です。特に地球に大量にある鉄とかケイ素とかとはカップルを組みにくいために地殻には極めて少なく、わずか0.0005%と言います。そのためか地中からは追い出せれてほとんどが大気圏にあって、大気の80%近くも占めています。それもほとんどが単体の窒素分子(N2)です。 上述のように窒素酸化物などもありますが全体からみればわずかです。
 でも生命との関わりは深く、動物が尿とともに排出するアンモニアは窒素と水素の結合態でそれが微生物の働きで土中で硝酸イオンになって、植物に吸収されます。
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 植物の中ではタンパク質を構成するアミノ酸の必須要素ともなります。タンパク質は動物にとっては筋肉や毛髪のみならず、酵素や免疫のための抗体の材料にもなります。 そのようなことを思うと窒素君は生命と極めて関わりが深く、生命の守り神のように見えてきます。窒素君に感謝です。

次は水素君と炭素君、この二人が組むと世界はガラッと異なった様相を呈してきます。
水素君が酸素君と結びつくと水、炭素君が酸素君と結びつくと二酸化炭素です。水も二酸化炭素も無機化合物の仲間です。ところが炭素君と水素君が結びつくとまるでパンドラの箱を開けたように色々な化合物が出てきます。それらの化合物は有機化合物と呼ばれます。
次はもっとも単純な有機化合物です。
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この図から想像がつくように炭素が1個増えると水素が2個ふえる化合物が際限なく出来ます。化学記号としてはCnH2n+2です。
ここでnというのは炭素君の数ですか、これが増えるほど分子が重くなっていきます。上に登場してもらった分子達は常温、常圧で気体ですが、nが増えていくと液体になります。これは私達が油と呼んでいるものです。更にnが増えていくと固体になります。私達が蝋と呼んでいるものはその類いです。
有機化合物は炭素と水素が一列につながったものばかりでなく、ベンゼン環と呼ばれる輪になったものもあります。
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それから炭素と水素にさらに酸素が加わるとアルコールやグルコース(ブドウ糖)と言ったものも出来てきます。
 これはよくある2種のアルコールです。メタンの水素(H)が一か所OHに置き換わったがメタノールで人間には猛毒ですが、燃料電池やバイオエネルギー源としても登場してきています。
 エタンの水素(H)が一か所OHに置き換わったのがエタノールで人間には摂取の仕方次第で毒にも薬にもなることはご存じですね。
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更に窒素が加わってアミノ酸など生命の源となるものも出来て来るのです。炭素君、水素君にも感謝です。
次は最も簡単なアミノ酸のグリシン。
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特に有機化合物の中で揮発性のものをVOC(Volatile organic compound:揮発性有機化合物)と呼んでいます。
常温、常圧で気体のものばかりでなく、液体でも固体でも大気中に揮発する成分はVOCと呼んでいいと思います。花や樹木からの香り、昆虫の発散するフェロモンなどもVOCの一種です。
この対流圏には生命体から途方もない種類のVOCが発散され、対流圏で繰り広げられるドラマに加わっているのです。
なお近年人間の活動により発せられるVOCが増えてきて問題になっています。特に自動車からの排気によるVOCは窒素酸化物とともに問題になっています。オゾンがこのような物質達とどのように関わっているのか、これから、その実態にも迫ってみたいです。

以上で対流圏に登場するキャラクターの紹介を終えます。













# by masaaki.nagakura | 2014-11-13 06:52 | オゾンことはじめ
オゾンことはじめ3 対流圏のオゾン(2)その源
 実は私は対流圏のオゾンは殆どが成層圏からもたらされると考えておりました。
気体中では拡散現象というのがあります。これは気体中である物質が濃度が高い所と低いところがある場合にはその物質は濃度の高い所から、低い所に移動していくという現象です。成層圏のオゾン層では下の写真にもあるようにオゾン濃度が高度20~30Km程度で最大で、その下は対流圏(高度12km位まで)に近いほど低くなるので、成層圏のオゾンは拡散によって対流圏に移動していくはずです。

所が計算の結果では拡散によって成層圏から対流圏に移動するオゾンの量は対流圏のオゾン量から比べるとわずかで、とっても対流圏のオゾンを満たすほどにはなりません。

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[写真説明:気象庁のデータで今年9月のつくば上空でのオゾン濃度の高度分布で高度25km位のところにピークを持つ山がオゾン層です.]
 
次に考えたのは対流圏の上方と成層圏の下方との間で対流が起こっているとすれば、かなりの量が成層圏から対流圏に流れ込むはずと、いう事です

 例えばジェット旅客機は対流圏と成層圏の境目あたりを飛びますが、乱気流に出くわすこともあります。ですから、このような場所でオゾンが成層圏から対流圏に受け渡されていてもおかしくはないだろうと思います。 

 そんなことを考えていたら、国立環境研究所が新潟県で成層圏から地上に至るオゾンの割合を実測した論文をネットで見つけました。それによれば地表に到達するオゾンの20-25%が成層圏からという事です。
やはりオゾンは成層圏から来てるんだ、と得心しました。

それにしてもこのことは、75-80%のオゾンが対流圏で生まれて地表に届いている、ということも意味しているのです。

 誰がそのような説を唱えだしたかは、調べてはないのですが、対流圏のオゾンは主にNOXとVOCの関係した光化学反応から生まれている、とされています。
「対流圏のオゾンはNO2が太陽の光を受けて酸素原子を放出し、その酸素原子が酸素分子と結合してオゾンとなる。またVOCの共存下でNO2が再生されその反応が促進される」という考え方です。
 現在はこれが対流圏のオゾンの主要な発生原因とされているようです。
 ではこの考え方で対流圏のオゾンの存在量を数値的に説明できるのでしょうか?
(以下の文 12月27日修正しました) 
 先ず対流圏のオゾンはどの程度あるのでしょうか?
仮に地球のオゾンで上空にあるものをすべて地上に下ろしたとすると、厚みが2~3mm程度と言われます。
地球の表面積は約5億平方kmですので2mmの厚みでもオゾンの体積は1兆立法メートルになります。オゾンの質量は1m3で約2kgですので1兆立方メートルのオゾンは2兆kg即ち20億トンとなりますとなります。上に掲げたオゾン分圧の鉛直方向分布(at つくば)から推定すると対流圏のオゾンはこの20分の1の1億トン程度はありそうです。そしてこの1億トンのかなりの部分が毎日消えています。実際地上付近で観測されるオゾンの濃度は夜間には非常に低くなっています。
ただし新潟県保健科学研究所の研究論文「新潟県内のオゾン分布と挙動を調べてみたら」によると八海山頂上(標高1778m)などの高所では1日のオゾン濃度は昼夜であまり変わらない、ということです。そうなると消滅するのは地上付近のオゾンであって、上空ではあまり消えていないようです。

それで消滅量を少なく見積ると1億トンの5%の500万トン程度が1日で消えています。
(注:室内のオゾンの半減期:=濃度が2分の1に減る時間は特別な工夫をしない限り高々数時間、環境により30分以下にもなります。地表近くオゾンの半減期もその程度と考えられます。一方上空のオゾンは反応する対象物質がないかぎり1日以上の半減期を持つ可能性があります)

 一方地球上で大地から微生物などの働きで自然界から放たれるNO2を含むNOX量は年間で10億トン程度(5億トン程度という推定もあり)で、また人類の活動によるNOXの排出量はその10分の1に満たない、という推定があります。1日の発生量で言えば自然界と人類の活動を合わせて300万トン程度です。
こう.考えるとオーダー的にはNOXの発生量は一致します。
なおNO2(二酸化窒素)からO3(オゾン)が生成する反応は次のようである、とされています。

NO2→NO+O
O+O2→O3

一方オゾンはNOをNO2に変えて自らはO2になるという次の反応を容易に起こします。
NO+O3→NO2+O2

これですとオゾンは生成される傍から消えていくので増えることが出来ないことになります。
一方NOはVOCが存在するとそれとも光化学反応を起こしてNO2になるとも言われています。
そうするとオゾンが生成できることになります。

正確なことは判りませんが、どうも対流圏でのオゾンの生成はそのような微妙なバランスの中で起こっているようです。

# by masaaki.nagakura | 2014-11-11 12:54 | オゾンことはじめ
オゾンことはじめ2.対流圏のオゾン(1)はじめに
私は「対流圏のオゾンは大気の浄化、殺菌、生命の活性化など地球上の生命にとって不可欠の働きをなしている」と、考えております。
一方、対流圏のオゾンの有害性が学問的な観点も交えながら論議され、またマスコミでそのような報道がなされる、という現状があります。
実際には現在発生している対流圏のオゾンの害はほとんどが近代における人間の生活および産業活動の結果、もたらされた大気環境汚染によるものです。
本来の対流圏のオゾンは現在でも生命に不可欠な有益な働きをなしていることに変わりはないのです。
「対流圏のオゾンは悪いオゾン」という見方があるようですが、それはこの大自然の霊妙な働きを見透せて、いないのではないか、と思うのです

と言っても以上は私の直感のようなもので、そう言い張るだけの理論的根拠があるわけではないのです。

それでこの際、この対流圏のオゾンの実態について、掘り下げて考えてみよう、と思います。
まず対流圏のオゾンがどのようなもので、どこから生まれてくるのかについて話をします。


実は私は対流圏のオゾンは殆どが成層圏からもたらされると考えておりました。
気体中では拡散現象というのがあります。これは気体中である物質が濃度が高い所と低いところがある場合にはその物質は濃度の高い所から、低い所に移動していくという現象です。成層圏のオゾン層ではオゾン濃度が高度20~25Km程度で最大で、その下は対流圏(高度12km位まで)に近いほど低くなるので、成層圏のオゾンは拡散によって対流圏に移動していくはずです。

所が計算の結果では拡散によって成層圏から対流圏に移動するオゾンの量は対流圏のオゾン量から比べるとわずかで、とっても対流圏のオゾンを満たすほどにはなりません。
次に対流圏の上方と成層圏の下方との間で対流が起こっているとすれば、かなりの量が成層圏から対流圏に流れ込むはずと、考えました。
例えばジェット旅客機は対流圏と成層圏の境目あたりを飛びますが、乱気流に出くわすこともあります。ですから、このような場所でオゾンが成層圏から対流圏に受け渡されていてもおかしくはないだろうと思います。
国立環境研究所が新潟県で成層圏から地上に至るオゾンの割合を実測した論文をネットで見つけました。それによれば20-15%が成層圏からという事です。
では残りはどこからかというと一般にNOXとVOCの関係した光化学反応とされています。
「対流圏のオゾンはNO2が太陽の光を受けて酸素原子を放出し、その酸素原子が酸素分子と結合してオゾンとなる。またVOCの共存下でNO2が再生されその反応が促進される」という考え方です。


現在はこれが対流圏のオゾンの主要な発生原因とされているようです。

ではこの考え方で対流圏のオゾンの存在量を数値的に説明できるのでしょうか?
先ず対流圏のオゾンはどの程度あるのでしょうか?
仮に地球のオゾンで上空にあるものをすべて地上に下ろしたとすると、厚みが2~3mm程度と言われます。
地球の表面積は約5兆平方kmですので2mmの厚みでもオゾンの体積は1000万立法キロメートルになります。対流圏のオゾンはこの10ぶんの1の100万立法キロメートル以上でしょう。
オゾンの質量は1立法キロメートルが2千トン程度ですので100万立法キロメートルは20億トンとなります。
そしてこの20億トンのかなりの部分が毎日消えています。実際地上で観測されるオゾンの濃度は夜間には非常に低くなっています。
少なく見積もっても20億トンの10分の1の2億トンは1日で消えてしまいます。
(注:室内のオゾンの半減期:=濃度が2分の1に減る時間は特別な工夫をしない限り高々数時間、環境により30分以下にもなります。地表近くオゾンの半減期もその程度と考えられます。一方上空のオゾンは反応する対象物質がないかぎり1日以上の半減期を持つ可能性があります)
一方地球上で大地から微生物などの働きで自然界から放たれるNO2を含むNOX量は年間で10億トン程度(5億トン程度という推定もあり)で、また人類の活動によるNOXの排出量はその10分の1に満たない、という推定があります。1日の発生量で言えば自然界と人類の活動を合わせて300万トン程度です。
これは毎日消えるオゾン量、2億トンの1.5%に過ぎません。

NO2(二酸化窒素)からO3(オゾン)が生成する反応は次のようである、とされています。

NO2→NO+O
O+O2→O3

でもこれだけですと、NO2の1分子にオゾン1分子しか出来ないので現実のNO2発生量からは、対流圏オゾンを維持し得ないでしょう。

以上はNO2のみから可能なオゾンの発生量ですが、この反応にVOC(揮発性有機化合物)が加わると、NOが再びNO2に戻り、また上記の反応がおこる、と言われます。
確かにそれならば1つのNO2が多数のO3を作り出せるので、NO2が対流圏のオゾンを作っている、と言うのも有り得ます。(つづく)

# by masaaki.nagakura | 2014-11-09 16:45 | オゾンことはじめ
オゾンことはじめ 1序章
またオゾンについての話を始めます。
大分前にこのブログでオゾンの話をしてそれから10年近い年月が流れました。オゾンに対する思い入れはますます深くなっています。
これからお話ししたいのはオゾンという化学的か物質の振る舞いの面白さ、その深淵な生命との繋がりについてです。
タイトルをオゾンことはじめ、としたのはオゾンとつきあっていると、いろいろな不思議な現象に出会い、オゾンの探求というのは、これからだ、という想いからです。
ところで私が現在会長を勤めているエコデザイン株式会社はオゾン発生器やその関連製品を製造、販売している企業です。
ですから私がオゾンの話をすると、また宣伝の話か、と受け止められるだろう、ということは覚悟しています。実際このような話をする私の動機の中にオゾンを世の中に宣伝し、オゾン発生器などの売上をもっと伸ばしたいという願望が潜んでいるのでは、ないかと言われれば、それも否定し得ません。

それはともかく面白く読んで頂ければ幸いです。

でも面白く読んでもらうためには、それなりの工夫が必要でしょう。
オゾンについてはインターネットで様々な情報が得られます。
オゾンの性質やその有益性、有害性などの情報はその信憑性に関してはともかく、あふれるほどの情報があります。
このブログではそのような情報に真正面から突っ込んでも面白くはないので、それらには必要に応じて触れるに留め、むしろ話題性の追求と、いった方向に走ろうか、など考えています。
でも話題性についての認識などは個人によってまったく異なるもので、ことさらオゾンなんかについてはマイナリティの中でしか話題性は持ち得ない、という冷厳な状況があるのです。

「だだひとつオゾン層の破壊についてはマスコミでその問題が伝えられ、話題性はありそうなので先ずその話から始めますーーーーーー」
と記したのですが、それからネット情報をいろいろ調べていると、「成層圏のオゾンはいいオゾンだが、対流圏のオゾンは悪いオゾン」という大学や公的機関の研究者までも含めた表現があちこちに散見するのです。

海外のサイトでも対流圏のオゾンの問題を取り上げているサイトが多いです。
たとえば米国のEPA:united state Environmental Protection AgencyのサイトではGround lebel ozone(地上オゾン)を”bad ozone"と呼んでいます。

このようなネットでの状況を考えるとまず成層圏のオゾンより対流圏のオゾンあるいは地表近くのオゾンについて話をした方がよさそうです。
それで対流圏のオゾンがどうして出来るかについて話を進めます。
# by masaaki.nagakura | 2014-11-03 21:44
自在心の探求10 むすび
本来人間に備わっている自在心の発現を妨げているものに怖れがあり、怖れをもたらすものに所有の感覚があり、所有の感覚を強化し、固定化しているものに人間の社会がある、というような話をしました。更に母親を通じて潜在意識に織り込まれた感情、あるいは感覚的な行動原則があり、それが時にはその個人の天性と矛盾し、あるいはその社会の求める行動原則と矛盾し、トラウマを惹き起こす、ということに触れました。

ではそのような怖れやトラウマから脱却して自在心を得るためにはどうすればよいのでしょうか?

私の考えでは先ず自らの中にあるそのような怖れやトラウマに想いを潜め、そららがが自らの中にあることを認めて、それを率直に受け入れることから始めるのが良い、と思います。それを無視したり、排除しようとすべきではないのです。
そして次にそのような怖れやトラウマがあることを感謝するのです。

そのような怖れやトラウマの背後に人間社会や母親がある、更にその背後にこの宇宙の存在があります。この怖れもトラウマも、せんじつめると、永い、永い宇宙の歴史の中、途方もなく多くの因縁が重なってで作られて来たものです。そこには必ず深い存在理由がある筈です。

潜在意識に織り込まれた怖れやトラウマはそれを排除しようとするほど暴れて自己主張を始めるようです。それは怖れやトラウマが存在理由を持っているからで、自己主張を始めるのは怖れやトラウマにとって当然のことなのでしょう。

ですから怖れやトラウマを排除するのでなく、その存在を認めて受け入れ、更に感謝し、大きな慈しみの心を持って観てみましょう。
その時怖れもトラウマも、安堵して暴れるのを止めます。

私達の命は誰しもこの宇宙と直結しています。あなたの命の背後に永い、永い宇宙の壮大な歴史があり、あなたの命はこの宇宙の始まりから連めんと繋がって来ています。あなたの廻りに広い、広い宇宙があり、あなたを包んでくれています。そしてあなたがそのような宇宙に想いを馳せるとき、あなたの心はこの広い、広い宇宙を包んでいます。ですからあなたと宇宙はひとつです。

この宇宙の大きく、深い慈愛があなたを生んだのです。
幸、不幸とか108の煩悩とかありますが、全てがこの大きく、深い慈愛の表れとして、受け入れましょう。宇宙に、人間社会に、そして母親に感謝しましょう。
あなたの中の怖れとトラウマもまたこの大きく、深い慈愛の表れだ、とみて感謝しましょう。やがてあんなにどいて欲しかった怖れとトラウマがあなたの命と共鳴し、この宇宙と共鳴し、あなたを支えてくれるでしょう。
その時が自在心が得られた時と言えるかも知れません。

なお、私はまだとてもそこまで行き着いてはいません。
ごめんなさい。
まだまだ考え足りないこと多々ですが、とりあえず「自在心の探求」を終わりとします。
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# by masaaki.nagakura | 2014-11-01 15:03
自在心の探求9 グレハムという犬の話
大分前の話になりますが、伴侶が裏山から2匹の子犬を捕まえてきました。野犬の母犬が山中の穴の中で育てていた子犬です。一匹は原瀬さん(小川町飯田に住む中国文学の教授)に飼ってもらい、一匹は
グレハムという名を付けて我が家で飼いました。
野良犬の子ということもあって、警戒心が強かったのですが、毎日一緒に散歩するなどして、段々馴れてきました。
ある日、綱をつけたまま、いなくなってしまいました。
裏山(官の倉山)の上の方からキャンキャンと鳴き声が聞こえて来ました。多分綱が絡まって動けなくなったのでしょう。鳴き声を目指して探しました。
官の倉山には一ヶ所ハイカーが登るための鎖が設けてある急な坂があります。鳴き声はその辺りからです。
ところが、近づいたな、と思うと鳴き声はピタッと止まってしまうのです。
しばらく探し回ってグレハムを見つけました。

何故に近づくと鳴き声を止めてしまうのか、と考えてみました。
グレハムは母犬から人が近づいたら絶対に鳴かないように、という訓練を受けていたのだろう、というのが私の推定です。

私はこの体験などから、犬だけでなく多分人間を含めて哺乳類全体、さらに母と子が一時期を共に過ごす生命の全てにおいて母から子への感覚的な伝達が如何に強力で根深いものであるか、と思いました。

グレハムはもともと見付けてもらいたいために大声で鳴いていたのに、「人が近づいたら絶対に鳴くな」という母犬からの命令が優先して鳴くのを止めてしまったのだと思います。

もともと自己防衛のために必要であったのであろう「人が近づいたら絶対に鳴くな」という行動原則が、「人に見付けてもらうために鳴け」というこの場合では妥当な判断に優先してしまったのでしょう。

人間は学習能力が他の生命に比類なきほど高度で、自らの行動原則を自らの体験によって現実に合うように変えていくので、このグレハムのような間違え(?)はしない、と思います。

それでも母親から物心がつかない頃、あるいは物心がつくか付かない頃に潜在意識に織り込まれた感情、もしくは感覚的な行動原則は容易に変えられるものではないのであろう、と思います。

私達凡夫は108の煩悩を持つと言われます。その煩悩の原因には自然が人間に与えてくれた本能からくるものもあるでしょうが、人間社会が個人に与えている所有の感覚からくるものがある、と思います。そらから更に根深いところに後天的に母から潜在意識に織り込まれた感情、もしくは感覚的な行動原則が、個人に与えられた天性や人間社会の要求する行動原則と矛盾したりして背負ってしまうトラウマもあるように思います。
このような煩悩あるいはトラウマから脱却して自在心を得るためにどうすればよいのか、ということを次回に考えてみたいと思います。




# by masaaki.nagakura | 2014-11-01 11:10 | 自在心の探求
私の旅14 蟹江中学校同窓会
 私は横浜の生麦で生まれたのですが、父が仕事を変えるのに伴って引っ越しを繰り返し、学校も数回転校しています。小学校は横浜市鶴見の東台小学校に入学し、1年生の2学期に東京都板橋の志村第2小学校へ転校し、小学校5年生の2学期に静岡県沼津市の第4小学校に転校しています。中学は沼津市の香貫にある 沼津第2中学校に入学、三年の2学期に愛知県の蟹江町の蟹江中学校に転校しました。
 小中学校を東京の板橋、静岡県の沼津、愛知県の蟹江と渡り歩いたわけですがそれぞれに気象が異なり、転校するたびにカルチャーショックのようなものがありました。
 沼津は東京に比して気象が荒い印象でしたが、蟹江は更に荒く、それに比すと沼津はまだマイルドです。
 一方情の深さ、素朴さあるいは野性味という点では蟹江が一番という心象です。
 蟹江中学校は昭和34年(1959年)に卒業したのですが、その時の3年D組みの同窓会が20年ほど前に始まり、数年に1回程度ですがずっと続いています。
 私が蟹江中学校に通ったのはたったの半年程度ですが、その時の同窓生が懐かしく、同窓会には毎回出席しています。
 今年の同窓会は西光寺という寺の隣の料亭でした。
 今回も懐かしい面々との出会いが元気を与えてくれました。
 以下はその時の写真です。 担任だった加藤先生もお元気で参加していただきました。
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この人は加藤先生ではなくて、笑い顔があまりに良かったので撮っただけの話です。次の写真の中央の紫の衣装の人が加藤先生。
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この人の笑顔も素敵です。
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笑顔はみんな素敵。
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最も暴れん坊(私観)だった彼の笑顔(下の右)がまたいい。
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別に口説いているわけではない。懐かしくて話しているだけ?
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この下の左は蟹江中学で模型飛行機に燃えた、そして今も燃えている人。右は吹奏楽に燃えた、そして今はカラオケに燃えている人(今回の幹事です)。何が共通の話か、想像つかない。
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語らいの一時。

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加藤先生を囲んで。卒業したのが1959年ですから、55年の時が流れての今日です。

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この最後の写真の一番左、間の抜けた表情でつっ立っているのが私です。


# by masaaki.nagakura | 2014-10-28 13:01 | 私の旅