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私の旅 17  富吉にて(夏美ちゃんが亀さんを救った話)
私の母親と弟、長倉正受の家族は愛知県蟹江町の近鉄蟹江駅の近くに住んでいて、その隣の近鉄冨吉駅の近くに妹、深山加代子の家族が住んでいます。本日5月30日午後は弟の娘の結婚式で、私は昨夜は妹の家に泊まりました。九州は福岡から姪〔妹の娘、矢野葉子)の家族も来ています。
今朝方、姪と姪の娘の夏美ちゃんが近くの川から亀を捕まえて来ました。次はその亀をめぐる実際の話です。話を面白くする為に多少の脚色を加えています。

 夏美ちゃんが亀を救ったお話

 今日は初夏のすがすがしい朝です。
 亀さんが芝生で甲羅を干しています。(クサガメ君のようです)
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そこにアローが現れました。そして亀さんに噛み付いたのです
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夏美ちゃんが「アローいじめちゃダメッ」とタモで亀さんをかばいます。
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夏美ちゃんの妹のあいかちゃんがパトロールカーに乗って偵察に来ました。
「なにしてんの、亀がかわいそうでしょ」
アローは言うことを聞かずに、なおも亀さんに絡みます。
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夏美ちゃんが亀をタモに救い上げます。
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亀を助けた夏美ちゃんに竜宮からのお迎えはきませんでしたが、亀みたいなパトロールカーに乗ってお父さんに推してもらいご機嫌です。
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by masaaki.nagakura | 2015-05-30 10:49 | 私の旅
山野草の夢物語 第2話 野の草花達の会話から
浦島次郎が竜宮に行った話しに続いて、今の季節の野の草花の会話の話をします。
この花の写真は最後のものを除いて高木京子さんが撮影しフェイスブックに掲載した写真を本人の承諾を得てお借りしたものです。最後の写真はネットの無料写真サイトからです。なお、話の中に花の名をカタカナで織り込んでいますので、読み取ってください。

ノゲシのおじいさんが白髪頭を振り振り、ヒルガオちゃんに言います。
「いつみてもきれいじゃノケシょうもせずにの」
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ヒルガオちゃんは恥ずかしそうに頬をほんのり赤く染めています。
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アザミちゃんがやきもちを焼いたのか、これまた美しい赤い髪を逆立てて言います。「ノゲシの爺さん何いってんのよ。アサミたときヒルガオちゃんまだ寝ていた。ねぼすけなんだから。ヒルカオを洗ってんのよ。私は、アサミんなより早起きなんだからね。」
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それを聞いたネギボウズ君が言います。「僕は朝はお寺の坊主より早起きだ。一番早起きは僕のことだよ。」
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するとタンポポの綿帽子君が言います。「朝早くても、遅くてもたいしたことじゃないよ。君らは地上に張り付いていて、大空から世界を見たことがないだろう。僕はこれから孫悟空のように分身の術を使って、沢山の僕になって、あちこちから世界を眺めるのさ」
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と言ったかと思うと一陣の風が吹いて本当に沢山の綿毛になって天空に舞い上がって行ったのです。
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by masaaki.nagakura | 2015-05-25 21:44 | 山野草の夢物語
小川町の人と自然 72 里山クラブYOUYOUの総会
今年も里山クラブYOUYOU の総会が町民の森の第一展望台で開催です。(4月29日)
三々五々に集まってきます。

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子供たちも参加です。
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まずは佐藤会長の話。「虫の眼から鳥の眼へ」という話などです。

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後は一品持ち寄りの料理が並びます。

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そして歓談です。この日は下里農場の研修生もきました。
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そして音楽です。今年も楽しいひと時を過ごさせていただきました。
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by masaaki.nagakura | 2015-05-24 21:49 | 小川町の人と自然
私の旅16 パンチャラマの笛に寄せて  
フェイスブックでお友達にしていただいた高木京子さんからの知らせでパンチ・ャラマというネパールの方が指揮するバンド「チョータリミニライブ」の演奏が5月16日熊谷のニットーモールでありました。ネパールの地震への募金もかねての演奏でした。
私はネパールには特別な恩義を持っていたのでこの機会とばかりに出かけ、演奏に聞きほれた上、寄付もさせてもらいました。
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これはバンドのメンバーの方たちとの写真、左から2番目が私、その右側がパンチャ・ラマさん、一番右はパンチャ・ラマさんの弟さんです。この弟さんは地震の後にネパールに向かい、被災地の支援をしたということです。
パンチャ・ラマさんと弟さんとはしばし、親しく会話をさせていただきました。
そして私がネパールで受けた恩義についても話させていただきました。

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私がネパールで恩義を受けたというのは40年も前で、私が30歳のころの話です。その話を記します。

私はインドに特別の思い入れがあって、最初に行った外国がインドでした。40年前ごろ、30歳ころの5月でした。
心の恩師である奈良毅先生の紹介でカルカッタのラーマクリシュナミッションに何日か過ごし、ラジギールでは日本山妙法寺に世話になり、ブッダガヤにて大塔をめぐりました。その後はバーラナシーを経てニューデリーに向かうつもりでしたが、暑さに耐え切れず、パトナよりバスでネパールの首都カトマンズに向かったのです。
カトマンズで数日を過ごし、その間トレッキングでヒマラヤも見てカトマンズに戻りました。

カトマンズを去る前の日のことです。日本への土産をということで一日カトマンズの街を歩きました。
露店で一枚一ルピーの版画を何十枚も注文したときに、店主が大きな瞳で私を見つめ、ゴクリと生唾を飲んだ(ように思えた)のを妙に覚えています。
ある店(露天ではなく、結構立派な骨董品を並べているようなお店)で美しい青銅の女神像を見つけたのです。
「美しいなーーー」と思ったですが、高価で財布をはたかなければ買えそうにないのであきらめました。

ところが宿に帰り、横になるとしきりにその女神像のことが思われて、頭から離れません。そのしまい「この女神像を手に入れれば自分は結婚できるのに違いない」という妄想まで浮かんできます。しかし、次の日は朝早く空港に向かわなければならず、また店に行く時間はありません。

決心して床を抜けだし、夜道をそのお店に向かいました。
でもやはり店は閉まっております。

するとそこに若いネパール人の男性が通りかかり、私にどうしたのか、とたづねます。事情を話すとその男性は直ちに、その店の裏のほうに回ってドア(?)をたたき店の主人を呼びだしてくれたのです。そして私はその女神像を手に入れることができたのです。

その男性と、私の宿の近くまで歩きました。別れようと思ったら、「ヌードルを食べないか」と言うのです。私は次の日のフライトが早いと言うことが頭にあったのでとっさにそのことを話し、断ってしまったのです。

後で、その男性は腹をすかせていたのでないか、と思い当たり、あっさり断ってしまったことを後悔しました。
私が断っときにその男性はいやな顔もせずに(記憶の中では)ちょっと淋しげな笑いを浮かべて去っていったのです。

やがて私は結婚もできたのですが、いまだにあのときにあの女神像が手に入ったためだ、と言う思いがあるのです。

そのとき以来私はネパールにはいつか恩返しをしなければ、という思いを抱き続けてきました。
今回の寄付はその償いとしては決して十分なものではないのですが、何か胸のつかえがひとつ下りたような気がしております。

パンチャ・ラマさんの吹いている笛はバンスリと呼ばれる竹笛です。
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一本購入しました。
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by masaaki.nagakura | 2015-05-19 21:39 | 私の旅
山野草の夢物語 第1話 浦島次郎が竜宮へ行ったお話し
ブログは大分ご無沙汰してしまいました。
この間はじめたフェースブックに興がのってはまってしまったという理由(言い訳?)もありますが。
また続けます。
この間いくつかのブログに載せたい来事がありましたが、順不同で興にまかせて掲載いたします。
まずは小川山野草の会の春の展示会からです。3月26日に埼玉県伝統工芸会館で開かれました。今年1月に入会して初めてのイベントです。私は客の接待係りでしたが、接待より自分が見るほうが忙しかったです。(会の方ごめんなさい) 色形さまざまな山野草は心をとりこにする何かがあります。
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名前を覚えたいのですが、山野草の名前は限りなく多いのです。もともと記憶力が悪いうえに、ボケも加わり、覚えるのは到底不可能?。それでも山野草の会のメンバーとなった以上はそうも言っていられず、今回はまず形で覚えやすいものだけを覚えようとしました。
このブログを書く段になって思いついたのですが、山野草の名前をつなげて物語をつくれば、余計忘れにくいだろう、ということです。
そこでこのブログのカテゴリーに「山野草の夢物語」と言うのを加えました。


初回は「浦島次郎が竜宮に行った話」です。
(物語をつなげるために一部の山野草はWEBSITEから借用しました。)

「昔々あるところに浦島次郎という漁師がおりました。(写真はウラシマソウ:山野草展より)
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彼のおじいさんはあの有名な浦島太郎です。
彼はおじいさんが竜宮城に行ったという話を幼いころから聞いていて、自分もいつか竜宮城に行きたいと思っていました。

ある暖かい初夏の朝です。
どこかでホトトギスも鳴いています。
(写真はホトトギス:2014年秋の山野草展から9
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「今日はきっと魚が沢山つれるぞー」と浦島次郎は釣り船に乗って漁に出ます。
(写真はツリフネソウ:WIKIPEDIAより)

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いつもの釣り場所に来て錨を降ろします。(写真はイカリ草:山野草展から)
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えびをえさにした釣り糸をたれて釣りを始めました。
(写真はエビネソウ:山野草展から)
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すると赤い鯛がいっぱい釣れました。
(写真はタイツリ草の赤:山野草展から)
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白い鯛もいっぱい釣れました。
(写真はタイツリソウの白:山野草展から)

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すると雨が降ってきました。(写真はアメフリソウ:別名ホタルブクロ:WEBカタクリの夢から)
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そこで傘をさしましたが、破れ傘です。(写真はヤブレガサ:山野草展より)
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びしょぬれになっていると白い竜が現れました。(写真はギンリュウソウ:WEB佐渡直物図鑑より)
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浦島次郎がびっくりして「何なんだおまえはー」というと「私は竜宮城の乙姫様の使いです。乙姫様にあなたをお連れするようにと命令されました。どうぞ私
の背中にお乗りください」と答えます。かねてより竜宮城には行ってみたかったので、断る術はありません。直ちに竜の背中に乗れば、たちまち深い海の底にもぐっていきます。
海の中は珊瑚が美しい。
(写真はジュズサンゴ:2014年秋の山野草展から)
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竜宮城に着くと乙姫様が迎えてくれます。
(写真は大文字草の1種 乙姫:WEB Peaの植物f図鑑より)
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乙姫様はこういうのです。「一昨日浦島太郎さんが帰られて、私はさびしくてあなたに来てもらったのです。さあ、これからいつまでも楽しんでください」
早速踊り子達が出てきて舞いを舞います。
(写真はオドリコソウ:WEB 松江の花図鑑より)
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浦島次郎はおじいさんの浦島太郎が玉手箱をもらって帰って、ドジをしたのを教えてもらっていたので、同じ轍は踏みません。
高橋虫麻呂という人がおじいさんのことを歌に詠んでいます。

常世辺(とこよへ)に住むべきものを剣太刀(つるぎたち)
汝が心からおそやこの君
意味:常世の国に住み続けられたはずなのに、自分の心のせいで(この世に戻り玉手箱を開けてしまった)、愚かなことよ、おまえ様は。

そこで浦島次郎はこう詠んだのです。
常世辺に住むべきものを剣太刀
わが心から、賢し我は
意味:常世の国に住み続けられるはずなので、自分の心のせいで(この竜宮に住み続けようと思う)賢いな、私は

そこで浦島次郎は今でも竜宮城で毎日楽しく過ごしているということです」








by masaaki.nagakura | 2015-05-17 08:00 | 山野草の夢物語