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世界平和のための老子(9)理想の人間像 ①玄徳
老子は「含徳の厚きは赤子に比す」(第55章)として赤子の心を讃えます。また老子自らを「如嬰児之未孩」(嬰児のいまだ孩せざるがごとし:まだ笑うこともない赤子のようだ:第20章)と表現しています。
このような所から見ると、老子にとっての理想の人間像と言うのは「赤子のように素朴な人か」と推定されるのですが、全章を通して読むとそれほど単純でもないです。
次は第10章です。

第10章(全文)
載營魄抱一、能無離乎。專氣致柔、能孾兒乎。滌除玄覽、能無疵乎。愛民治國、能無知乎。天門開闔、能爲雌乎。明白四達、能無以爲乎。生之畜之、生而不有、爲而不恃、長而不宰。是謂玄徳。

(営魄に載り一を抱きて、能く離るること無からんか。気を専にし柔を致し、能く嬰児ならんか。玄覧を滌除(てきじょ)して、能く疵無からんか。民を愛し国を治めて、能く知無からんか。天門開闔(かいこう)して、能く雌たらんか。明白四達して、能く以って為すこと無からんか。これを生じこれを畜(やしな)う、生ずるも有せず、為して恃まず、長たるも宰せず。これを玄徳と謂う。)

第10章 訳
命の流れに乗り、道に従いそこから離れないでいるだろうか。 気を充実させて赤子のようにいられるだろうか。 見聞覚知してきたことに束縛されずに無傷な心でいられるだろうか。人々を愛し、国を安泰にしながら無知でいられようか。受け身になって外界に感覚を開放しているだろうか。あらゆることに通達していながら無為のままでいられるだろうか。 生み、育てながらなお、それを所有せず、なし遂げても、それに依存せず、長となっても統括しない。これを玄徳という。

この文章の中にはふたつの矛盾する言葉の対があります。ひとつは「明白四達」と「無知」、もひとつは「生之畜之」と「無為」です。
「明白四達」であれば「無知」出ないだろう、「生之畜之」であれば「無為」ではないだろう、ということです。    
私はむしろこの矛盾の中に老子の言わんとする真意が隠されていると思います。
智慧の木の実を食べてしまった大人の私たちは、もう赤子の心には戻れないのです。ですから言葉通りの意味で「無知」にはなれません。そして、生活して行かなければならないので「無為」ではいられないのです。
そんなことは老子も判りきっていて敢えて「無知」「無為」ということを言っているのです。

私は老子の「無知」というのは「明白四達しながら、その知見に全くとらわれない自由な心の持ち方」であると思います。また「無為」というのは「極めて創造的な活動をしながら、その活動の結果に執着しない心の持ち方」であると思います。そのように考えなければ、上記の矛盾する言葉を得心して受け入れることはできません。

老子の思想の中に特徴的である「無為」をことさらに取り上げて老子の思想は「消極道徳」である。また「無知」の推奨を見て「民はよらしむべし、知らしむべからず」といった愚民化思想を見る、といった観方が往々にしてなされているように思いますが、これは全くの誤りと思います。

老子の思想は実はその中に力強い積極性が秘められている。またあくなき知的探究心さえある、と思うのです。それを感じながら老子の言葉を読むことで初めて老子の活き活きとした考えが伝わってくるように思います。

「玄徳」のまとめ
「玄徳」というのは「知的探究をなしながら、自分の得た知識に拘泥しない」そして「創造的な活動をなしながら、成し遂げたことに執着しない」という心のあり方と、思います。
by masaaki.nagakura | 2012-07-26 07:26 | 世界平和のための老子
世界平和のための老子(8)始原への遡及 ③赤子のこころ
 これまでも触れてきたように、老子の思想には有無以前の世界、善悪以前の世界に戻り、そこに居ながらまたこの世界を観ていく、と言うところがある、と思います。 この有無以前、善悪以前の世界を誰しもが体験しているのは赤子の時です。そこで老子は赤子の心を讃えることになります。

第55章(前半抜粋)
含徳之厚、比於赤子。蜂虿虺蛇不螫、 猛獣不拠、攫鳥不摶。骨弱筋柔、而握固。             
未知牝牡之合而峻作、精之至也。終日号而不嗄、和之至也。         

(徳を含むことの厚きは、赤子に比す。蜂虿虺蛇も螫さず、猛獣も拠らず、攫鳥も摶たず。骨弱く筋柔かにして、而も握ること固し。未だ牝牡の合を知らずして而も峻を作すは、精の至れるなり。終日号して嗄れざるは、和の至れるなり。)

第55章 (前半抜粋 訳)
徳の厚いのは赤子に例えられる。蜂、ムカデ、サソリ、蛇もささず、猛獣も襲わず、猛禽も飛びかからず、骨は弱く、筋は柔らかでいながら強く握ることが出来る。男女の交合も知らないのにおチンチンがたつのは精気がみちているからで、一日中号泣していても声が嗄れないのは和に徹しているからである。

次は赤子に関するもう一つの文です。

第10章 (一部抜粋)

專氣致柔、能孾兒乎。
(気を専にし柔を致し、能く嬰児ならんか。)

この文は第55章と同様に赤子(嬰児)の柔軟さを讃え、その嬰児のような柔らかさに至っていることを推奨しているものでしょう。

老子は81章の中の多くの文で剛強さよりも柔軟さを、そして智よりも無智を讃えているのですが、赤子の中にそれが具現された姿を観ていて、そのような姿に帰ることを推奨しているのです。

イエスキリストは「幼子のようでありなさい」というような意味のことを言っていたと思います。
老子は幼子を更に遡って赤子のようでありなさいと言っているようです。
by masaaki.nagakura | 2012-07-24 07:32 | 世界平和のための老子
世界平和のための老子(7)閑話休題:養蚕の碑文
私の住んでる埼玉県小川町の飯田という集落の神社である飯田神社の境内に以前から興味をもって観ている「蠶桑の碑」(蠶は蚕:かいこの旧字)という碑文(下に写真)があります。
 この地域の養蚕の歴史を知るうえでも面白いのですが、この碑を作った当時の時代意識が直に伝わってくる所が一層私の関心を引き付けます。
 これは日本が第2次世界大戦に突入する前の昭和14年にこの地域の「飯田養蚕組合によって設立されたものです。ここに全文を紹介します。(読み切れないところがあり、適当に解釈した所もありますが大意は誤ってはいないと思います)

                  蠶桑之碑

明治四十二年笠原方宜氏等相謀り養蚕改良を企て、組合を創設し、指導者を招き従来の飼育法をかへ、組合共同桑園並びに繭圃を設けて益々改良する所ありしに、業績大小挙がり、著しき長足の進歩を見たれる模範とし、縣より表彰を受けること数回、金一封の下賜さえありた季、時恰も繭価十五円を称ふる好況なりしに組合の利得若干を運用し、肥料共同購入の普及を計りたり。然りと雖も時代の嵐有る毎に平調ならず、急転直下繭価二円内外に低落、不況打開のための画策これ努めるも功を見ず、已むなく桑園伐廃して麥園としたるも経済界の眠るが如く不況七年、神は吾人を見捨てず、支那事変勃発に次ぐ欧州戦乱の結果、俄然糸価千七百円に急騰、金融は復活を見る。茲に於いて蓄財を整理し、組合員に分ち銃後後援の資に充て、一先ず解散、新たに実行組合として更生、蚕業報国の実を挙げんとす。繭の増産は農家貨殖の基、延いては武運長久の礎、繭は飛行機を生み軍艦を産む。此の時糸価急騰せるは天の助か神乃恵か顛末を右に勒し、永遠の記念とす。
             昭和十四年秋  悟堂撰並書 

 この碑文からは当時の養蚕組合の人達(多分この地域の農家の大部分)が支那事変に続く欧州戦乱(欧州大戦の事?)で糸価が急騰し、それにより繭価も高騰したことを「神は吾人を見捨てず」あるいは「天の助けか、神の恵みか」として相当素直に喜んでいる様子が伝わってきます。
 支那事変は昭和12年に始まり、欧州大戦(ヨーロッパにおける第2次世界大戦)はこの碑文の作られた昭和14年に始まっています。
 この碑文の作られた2年後の1941年(昭和16年)の12月には真珠湾攻撃がなされ日本は太平洋戦争に突入していきます。 この小川町からも多くの人が徴兵されていきます。
 平成14年にこの碑文を作った人たちは自分たちにそのような未来が待ち受けていることを感じていたでしょうか。上記の碑文からはまだそのような戦争を対岸の火事とみなし、自分たちはそれをせいぜい背後から支える存在である、と言う意識が感じられます。
 一方「繭は飛行機を生み、軍艦を産む」と言う言葉の中にやがて来る大戦争の予兆は既に人々の心の中に刻み込まれつつあった、ということも見逃せないでしょう。
 
 岸の火事と思っていた戦争に自分達が引き込まれていく、私達や私たちの子孫にはそのような未来がないように祈りたいです。
 
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by masaaki.nagakura | 2012-07-22 17:31 | 世界平和のための老子
世界平和のための老子(6)始原への遡及 ②善悪の彼岸
 次に老子の始原へ遡る思想を示すもう一つの章を示します。

第2章(前半抜粋)
  天下皆知美之爲美。斯惡已。皆知善之爲善。斯不善已。故有無相生、難易相成、長短相形、高下相傾、音聲相和、前後相隨。
(天下みな美の美たるを知るも、これ悪のみ。みな善の善たるを知るも、これ不善のみ。故に有無相生じ、難と易相成り、長短相形(あらわ)れ、高下相傾き、音声相和し、前後相随う。)

 この文章を要約すると「美醜、善悪、有無、難易、長短、高下、音声、前後等が全て一方があって他方があるもので、元をたどるといづれもなく、そのいづれもないところから両者が生まれてきている」と言うことでしょう。
 特に「善」という言葉に着目したいと思います。
 文章は「皆知善之爲善。斯不善已。」でこれをそのまま訳すと「皆が善を善とみなす、これこそ不善である」あるいは「社会的に善を善とすることが悪である」ということです。 これはいわば社会的な道徳をも否定するということで極めて反社会的な思想にも捉えられます。
 実際老子の言葉は全編を通じて反社会的といえば言えないこともありません。
 当時の社会的な道徳あるいは衆人が「善」と捉えられていることをを否定するような言葉はいたるところにあります。
 
 例えば次の章があります。 
第18章(全文)
大道廢、有仁義。智惠出、有大僞。六親不和、有孝慈。國家昬亂、有忠臣。
(大道廃れて、仁義有り。智恵出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。)

これは仁義、智慧、孝慈、忠臣という当時尊ばれたであろう善を否定しているわけではないですが、それらは本来あるべき大道が失われた結果出てきたものとしています。

 更に次の章があります。
第58章(抜粋)
禍兮福之所倚、福兮禍之所伏。孰知其極。其無正。正復爲奇、善復爲訞。
(禍いは福の倚る所、福は禍いの伏す所。孰(た)れかその極を知らん。それ正なし。正は復た奇と為り、善は復た訞と為る。)

「禍兮福之所倚、福兮禍之所伏。孰知其極。」というのは「万事塞翁が馬」という故事でも多くの人に認識されている考え方です。 着目すべきは「其無正。正復爲奇、善復爲訞。」という言葉です。
これは「正義なるものは存在しない。正義と言われる行為もやがて奇怪な行為とみなされるようになる。善と言われる行為がやがて妖しい行為となる。」ということです。

このような文章からは老子の思想は「一般社会の価値観を認めない、あるいは否定している」とも言えます。
しかし、このような老子の言葉は老子が深く社会の事を想うが故に出て来た言葉であると、考えます。
世の中の移り変わりに想いを致すと、過去に社会的な正義とみなされた多くの行為が現在は誤った行為であると言われています。 特に近代の日本の歴史では第2次世界大戦に向ったことがあります。西欧諸国による植民地化政策もそれを推進した国家の中では正義とみなされていたでしょう。 科学技術による自然の支配も輝かしい行為とみなされていたのはつい先ごろまでですが、今や環境問題と自然枯渇をはじめとするその結果に厳しい批判の眼が向けられつつあります。
もし歴史を過去につぶさに辿るならば、かって如何に多くの正義が称揚され、やがて非難されてきたか、唖然とするのではないかと思います。

老子は多分、その生きた時代におけるあまたの国家による正義の主張を伴う戦争、その結果による荒廃をも観てきたでしょう。 「軍隊の留まるところにはイバラが生える、大きな戦争のあとには凶作の年がつづく」
(師之所處、荊棘生焉。大軍之後、必有凶年。 第30章抜粋)と言う言葉には老子の戦争に対する深い悲しみと静かながら強い憤りがあります。

老子が敢えて「皆が善を善とみなす、これこそ不善である」、「正義なるものは存在しない」と言い切った背景にはそのような老子の想いが込められていると思うのです。

老子の思想が反社会的な色調を帯びていることなどから、老子の世捨て人や仙人のようなイメージでとらえたり、あるいは虚無主義者のように見る向きもあるようですが、これは全く誤った老子像だと思います。
老子の思いは深く社会に向っております。 
老子の言葉を読み解くためには、その思想が常に人類、生命そして宇宙存在そのものへの敬愛がゆるぎなく根付いているところから湧出してくるのだ、と言うことを念頭に置くことが不可欠と思います。

そのような想いを持って上述の第2章、18章、58章を読むと、深い味わいがあると思います。
老子は善悪以前の世界に真の道があると言うのです。
「善悪以前の世界」、これは「善悪の彼岸」とも言えるかもしれません。
そして老子の訴えんとするのは「善悪の彼岸に人類救済の道がある」と言うことかも知れません。
だが、ここまで言うと何か宗教がかった表現になってしまって語弊がありそうです。

老子の訴えんとすることは宗教的思想でも神秘主義的な思想でもなく、実にシンプルな事、素朴な想いではないかと思います。「善悪の彼岸」と言っても別に大げさなものではなく、裸の眼で見ると見えてくる世界であるように思います。

人間が世の中に生を受けると、いろいろな知識や価値観を学びながら大人になっていきます。そのような知識や価値観はこの世の中で生きていくために必要なものであるのですが、一方それが邪魔をしてもっとも単純な真実が見えなくなってくるようです。
そこから人間の葛藤、争い、戦争も起こってきます。

老子の言う世界はそのような後天的な知識や価値観を一度全部はぎ取って裸になったら見える世界の事であると思うのです。 「大道」と言うのも特別な修行や修練を積んだ結果見えてくる神秘的な世界と言うより、もっともシンプルになった時に見えてくる世界のことだと思うのです。
by masaaki.nagakura | 2012-07-19 08:57 | 世界平和のための老子
世界平和のための老子 (5)始原への遡及①意識と無意識の境界
 老子の思想の根底には「人間は大自然に属し、大自然が人間に属するものではない」という感覚と更に「その大自然は万物の母であり、万物を産み、育て、守る」という深いインスピレーションがあり、またそのインスピレーションへ想いをいたさない限り、老子の「無為自然」を是とする思想も理解し難いものとなります。
 おそらく老子の中にはそのインスピレーションがもとより存在し、そこから出発して哲学的な思索を深める中で、ますますそのインスピレーションへの確信を深めていったのではないか、と思います。
 老子の思索の著しい特徴は「現存在の始原にさかのぼろう」とする方向性をもっていることです。
 ただこの始原にさかのぼろう、とする思想のあり方は老子だけではなく、殆どあらゆる宗教、道徳そして科学も共通です。 老子の特徴というのは人類、生命が深層に抱く潜在意識の世界へ遡及しようとする方向性を持つということです。 
 
 まず第1章は宇宙あるいは宇宙に対する人間の意識の起源に遡ろうとするものです。
 
第1章(全文)
道可道、非常道。名可名、非常名。
無名天地之始、有名万物之母。
故常無欲、以観其妙、常有欲、以観其徼。
此両者、同出而異名。同謂之玄、玄之又玄、衆妙之門。

(道の道とすべきは、常の道に非ず。名の名とすべきは、常の名に非ず。無は、天地の始めに名付け、有は、万物の母に名付く。故に常に無は、以って其の妙を観せん、と欲し、常に有は、以って其の徼を観せんと欲す。此の両者は、同出にして名を異にす。同じく之を玄と謂う、玄の又玄は、衆妙の門なり。)

 ここでは無と有と言う言葉に着目したいと思います。
 意識と無意識の境界にあるのが無と有でその意味で人間の意識の一切が無と有の両者から発するということになります。「此の両者は、同出にして名を異にす。」というのは無と有というのが人間の意識の中に同時に生まれてくると、ということです。そこから様々な世界が展開してきます。人間の意識の芽生えに出てくる無と有という意識の不思議さを「玄」と表現し、またそこから様々の微妙、絢爛な世界が展開してくる、ということを「玄のまた玄は衆妙の門なり」と表現しているのだと、思うのです。

 老子の言葉の中には論理的な観点から見ると、理解に苦しむような表現が多くあります。
 
 次は老子から観た道の姿です。
第14章(抜粋)
 其上不皦、其下不昧。繩繩不可名、復歸於無物。是謂無状之状、無物之象。是爲惚恍。迎之不見其首、隨之不見其後。
(その上は皦(あきら)かならず、その下は昧(くら)からず。縄縄(じょうじょう)として名づくべからず、無物に復帰す。これを無状の状、無物の象と謂)い、これを惚恍(こつこう)と謂う。これを迎うるともその首(こうべ)を見ず、これに随うともその後(しりえ)を見ず。)

まるで雲をつかむような文章でとらえどころがないような言葉ですが、それは意識の原初にさかのぼり無と有の境目あるいは意識と無意識の境界に入り込んだ時観える姿ではないかと思うのです。

 人間は社会を形成することでその時代と地域により異なる考え方や価値観を知らず知らずのうちにあるいは教育により身に着けてきています。老子の思索と言うのはそのような考え方や価値観の形成する以前の状態へと向かっていきます。 意識の世界から潜在意識の世界へ、分別の世界から混沌とした無分別の世界へと向かっていくのです。それは社会的に作られた考え方や価値の世界から抜けだして、(自らの魂をその束縛から開放して)それ以前の原初の姿に戻っていくという過程を辿ることでもあります。

なぜそのようにして原初の姿に戻っていく必要があるのでしょうか。
 社会におけるあらゆる争乱や個人における苦悩、葛藤にはその起源があります。 その争乱、苦悩、葛藤の中に身を置いているだけではその中で翻弄サれるだけです。
 だからそれらの争乱、苦悩、葛藤の生じる以前の姿に戻ることに意味があると思うのです。そのようにしてから、それらの争乱、苦悩、葛藤の生起していく過程を観じて、それから自由になることが出来るということです。 またその原初の世界にいながらして、現在の世界を観ていきます。そこから現在の世界を良い方向に導く観点も生まれてきます。
 
 第14章は上記のあとには次が続きます。

執古之道、以御今之有、能知古始。是謂道紀。
(古えの道を執りて、もって今の有を御す。能(よ)く古始(こし)を知る。これを道紀(どうき)と謂う。)

 「執古之道、以御今之有」というのは「始原に遡って観えてきたものをベースに今の時代を観てそれを本来の有るべき形にしていこう」という意志の表現でしょう。 更に「能知古始。是謂道紀。」 というのは始原にさかのぼることにいよって物事の始まり(古始)から今に至る姿が観えて来る、ということでそのような認識を備えたものを「道紀(道の体得者)」と呼ぶということです。


 次に老子の原初へ遡る思想を示すもう一つの章を示します。

第2章(前半抜粋)
  天下皆知美之爲美。斯惡已。皆知善之爲善。斯不善已。故有無相生、難易相成、長短相形、高下相傾、音聲相和、前後相隨。是以聖人、處無爲之事、行不言之教。
(天下みな美の美たるを知るも、これ悪のみ。みな善の善たるを知るも、これ不善のみ。故に有無相生じ、難と易相成り、長短相形(あらわ)れ、高下相傾き、音声相和し、前後相随)う。ここを以って聖人は、無為の事に処り、不言の教えを行なう。)

 ここで[天下皆知美之爲美から前後相隨]までは「美醜、善悪、有無、難易、長短、高下、音声、前後等が全て一方があって他方があるもので、元をたどるといづれもなく、そのいづれもないところから両者が生まれてきている」と言うことでしょう。

 そして是以聖人、處無爲之事、行不言之教というのは聖人はそのいずれもない始原のところ(無為)にいて、言葉では語れない教えを実践する。」と言うことでしょう。

 この2章では特に「善」という言葉に着目したいと思います。
 文章は「皆知善之爲善。斯不善已。」でこれをそのまま訳すと「皆が善を善とみなす、これこそ不善である」あるいは「社会的に善を善とすることが悪である」ということです。 これはいわば社会的な道徳をも否定するということで極めて反社会的な思想にも捉えられます。(つづく)
by masaaki.nagakura | 2012-07-10 08:47 | 世界平和のための老子
世界平和のための老子 (4)大自然への畏敬という人類の共通感覚
 老子の思想の根底には「自己存在、人類、あらゆる生命、あらゆる無生命が母なる宇宙始原、母なる大自然と一体であり、母なる大自然にはぐくまれ、絶対的に守られている」というインスピレーションが存在する、という話をしました。
 ところでこのインスピレーションは老子独自のものではなく、人類の中に深く潜む共通の感覚だと思います。
 老子はただこの感覚を自らのうちに深く感じとっていたのです。
 人類の歴史をさかのぼれば、大自然への畏敬と言うのは恐らくあらゆる民族の中に自然に芽生えた感覚で、あったでしょう。 そしてその大自然への畏敬の念はやがて自然崇拝という原始宗教に発展していきます。 
 自然崇拝は多くの民族の中で母性的な自然への崇拝となるようです。
 縄文のビーナスもその心情を発露したものではないか、と思われます。

 自然崇拝的な原始宗教はそれぞれの土地で独自の発展を遂げていたのでしょうが、農耕の発明と共に広範囲を領土とする古代国家が創生され、原始宗教もしだいに統一されて古代宗教として秩序だったものとなっていきます。
 その中で原始宗教の中に混沌としてあった「母なる大自然への畏敬、崇拝」の心情を意識化したものとして古代宗教における女神が現れます。
 日本では天照大御神がそれです。
 このような原初的な女神のイメージは地域と時代により、いろいろに展開されていくようです。
 朝鮮では地下女将軍という守護神がおります。
 中国の道教では無生老母と言うすべてを生み出した神が崇拝されているようです。
 キリスト教国では「聖母マリア」が信仰を集めます。
 仏教国では「観世音菩薩」(注*)が大きな信仰を集めますが、この菩薩も多くの人びとに女神のようなイメージで信仰されているように思います。
 「聖母マリア」も「観世音菩薩」キリストや釈迦の元の説教からは出てこないのですが、このような存在が人間の原初的なイマジネーションの中にあってそれが、それぞれの宗教に触発されて出て来たようにも思います。
 これらの信仰の原初にあるものは「母なる大自然への崇拝の感覚」であり、それがまた老子が深く感覚したものであったと思うのです。
 
 この感覚は東アジアの多くの民族、環太平洋の原住民族の間では近代以前まで、普通に継承されてきた感覚であったと思います。
 近代と言う時代は自然崇拝を迷信的なものとして排除する方向に進んできました。
 しかし、この私達人類の祖先が共通に感じてきた自然への畏敬の念と言うのははたして間違っていたのでしょうか。  この自然への畏敬の念を否定したことが、今日の自然破壊を生み出し、また世界中を市場争奪戦の戦場と化してきたのではないのでしょうか。

 こんなことも思いながら更に老子についての話を進めていきたいと思います。
 
注*観世音菩薩 :観音経(法華経の観世音菩薩普門品第二十五)で登場する菩薩で、法華経を守護する役目を与えられていますが、一方ではその慈悲の力で衆生の一切の苦悩を救済するという菩薩です。
 私はこの観音経が好きでよく読誦していました。 世尊妙相具から始まる詩の部分は暗唱もしました。
 そして思ったのは「この観音経と言う部分は必ずしも法華経の中になくても一貫した意味を持ち得る」と言うことです。
 あるいはもともと観世音菩薩あるいはそれに似た神や菩薩への信仰が存在して、その存在を法華経の中に取り込んだのではないか、と思われるのです。
 そしてその観世音菩薩の始原は「全てを絶対的に守る母なる大自然」というインスピレーションではなかったかと思うのです。
by masaaki.nagakura | 2012-07-08 23:37 | 世界平和のための老子
世界平和のための老子 (3)人間と自然の関係
 「人間が自然を支配しているのでなく、人間は自然に属し、本来自然と一つのものである」という感覚はおそらく誰の心にも潜む原初的な感覚であると考えます。
この感覚は老子の思想の中に色濃く現れているものですが、特のその自然を母性的なものと感覚しているところに着目したいです。
 老子にとって自然は「母なる自然」であり、一切の生命と無生命を生みつつしかもそのすべてを包み込んでいるものです。

 老子の言葉にはこの感覚が強く表されているところがあります。
 まず第25章の次の言葉です。

第25章抜粋
 有物混成、先天地生。寂兮寞兮、獨立不改、周行而不殆。可以爲天下母。
 [物あり混成す、天地に先立って生じる。寂たり寞たり、獨立して改ためず、周行して殆うからず。 以って天下の母と爲すべし。]

 この「有物混成より周行而不殆」までは宇宙誕生時の原初的な状態をあらわすような言葉です。 
 「物あり混成す、天地に先立って生じる」というところで 「天地」と言うのは今の言葉では地球と言うことです。そして地球の誕生に先立ってあったという「物あり混成す」という状態を「寂たり寞たり、獨立して改ためず、周行して殆うからず」と形容します。 
 これはまさに「BIG BANG」後の宇宙の混沌たる状態をリアルにイメージングさせる表現です。
 老子のこの宇宙の始原に寄せるイメージはは奇しくも現代科学のたどりついた宇宙始原のイメージと一致すると思うのは私だけではないと思います。
 最も注意すべきなのはこの宇宙誕生の状態を「可以爲天下母」として締めくくったことです。
 すなわちその宇宙始原の姿を「天下の母」と観たということです。
 そして更に老子の「道」と言うのはこの「母」の顕現であるということが明示されます。

 第25章は上記から次のように続きます。

 吾不知其名。字之曰道。
[吾その名を知らず。これに字(あざな)して道という。]

 宇宙の始原そのものである「天下の母」は名の生まれる以前の存在なので名の知るすべはない、というのが「吾その名を知らず」の意味でしょう。
 だから老子自身がその「母」に仮に字(あざな)して「「道」とした、と言うことです。

 老子の思想は「Taoism」と言われ、「道」の思想が中心にある、と考えられまた、その「道」の思想の中心は「無為自然」である、と言われるのですが、更に根っこのところに、「宇宙の始原を母とし、万物はそこから生まれ、その母と一体である」と言うインスピレーションが強く潜在していることに着目したいものです。

 なお、この25章のみからは「宇宙の始原である母との一体感」は必ずしも明確ではないのですが、第20章に次の言葉があります。

第20章抜粋
 衆人皆有以。而我獨頑似鄙。我獨異於人、而貴食母。
[衆人はみな以うるところあり。而うしてわれはひとり頑にして鄙に似る。われはひとり人に異なりて、母に食(やしな)わるるを貴ぶ。 ]

 この言葉は「宇宙の始原であり、大自然である母の懐に抱かれて生きていることが尊いのだ」と言う老子の確信を表したものと思います。自らを卑下したような表現の中に大自然との一体感を失った世人に対する強烈な批判があることも読み取るべきでしょう。

まとめ:
老子の思想は「無為自然」とよく言われますが、その「無為自然」を是とする背景には「自己存在、人類、あらゆる生命、あらゆる無生命が母なる宇宙始原、母なる大自然と一体であり、母なる大自然にはぐくまれ、絶対的に守られている」とするインスピレーションが深く存在すると思うのです。
 「母なる大自然に絶対的に守らrている」からこそ「無為自然」で良いのです。
 もし、このインスピレーションに想い至らせずに老子の「無為自然」を評価すると、「社会的に無責任な思想」と言うことになるでしょう。あるいは「虚無主義」とも評価されます。

 この「無責任論」とか「虚無主義」とかいう観方は老子の熱いインスピレーションに想いいたらないところからでてくるものように思います。
 「無為自然」と言うのは老子の伝えたいことの本質ではなく、むしろ敢えて「無為自然」を強調することの中でこの母なる宇宙、大自然との一体感への回復を促そうとしたのではないか、と思うのです。
 
 老子のひたすら伝えたいのは、壮大なるこの宇宙のリズムであり、大いなる恵みであり、それこそが最も耳を傾け、目を見張り、感覚すべきことである、と言うこと、そしてそこに立ち返ることによってはじめて世界平和が実現する、ということではなかったでしょうか。

参考:老子の中の「母」と言う言葉

 老子の全82章の中には「母」と言う言葉が出て来る章が上記の他三つの章、1章、52章、59章があります。いずれも母と言う言葉に肉親の母親と言うより、宇宙的な次元での母という意味を持たせています。
 特に第1章と第52章は「母」と言う言葉の中に上述の第25章と同様に始原的な創造者の意味を込め、また第52章と第59章はその「母」を知り、尊んでいくことで久しい安寧が得られることを示すものと思います。
 これらの章及び上述の第20章と第25章より老子のいう「母」は「宇宙の始原であり、万物を育み、守るものである」というイマジネーションをもって捉えられます。

第1章抜粋
道可道、非常道。名可名、非常名。無名天地之始、有名萬物之母。
[道の道とすべきは、常の道にあらず。名の名とすべきは、常の名にあらず。無は天地の始に名づけ、有は万物の母に名づく。]

第52章抜粋
天下有始、以爲天下母。既知其母、復知其子、既知其子、復守其母、没身不殆。
[天下に始め有り、以て天下の母と為す。既に其の母を知り、また其の子を知り、既に其の子を知りて、また其の母を守れば、身を没するまで殆うからず。]

第59章全文
治人事天、莫若嗇。夫唯嗇、是謂早服。早服謂之重積徳。重積徳、則無不克。無不克、則莫知其極。莫知其極、可以有國。有國之母、可以長久。是謂深根、固柢、長生、久視之道。
[人を治め天に事うるは、嗇(しょく:農夫)にしくはなし。それただ嗇、これを早服(そうふく)と謂う。早服これを重積徳と謂う。重積徳なれば、すなわち克たざるなし。克たざるなければ、すなわちその極(きょく)を知るなし。その極を知るなければ、もって国を有(たも)つべし。国の母を有てば、もって長久なるべし。これを深根、固柢(こてい)、長生、久視(きゅうし)の道と謂う。]
by masaaki.nagakura | 2012-07-02 13:10 | 世界平和のための老子