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世界平和のための老子  (2)老子の全体像
 老子は道徳経という全81章に亘る言葉を残しておりますが、他に経歴などを伝えるものがほとんど残されていないようです。 このことから老子が実在の人物であったかを疑問視する考え方もあるようです。
 しかしこの81章にはおぼろげながら一つの体系的なものが感じられます。 少なくともこの81章は一人の人物が、あるいは複数の人が共同でまとめてものであると考えられます。 
 私達にとって重要なのは老子が実在したか否かと言うことよりも、この道徳経が何を言おうとしているかに想いを馳せていくことである思います。
 老子の全体像と言うのも、この道徳経の意味しようとすることの全体像と置き換えた方が正確かもしれませんが、一人の老子という人物を想定した方がリアルなイメージを持てるので、その線で話を進めます。

 この道徳経に表された老子の思想は次の4つの面を備えていると思います。
(1)自然と人間の関係⇒人間は自然と一体で自然に包まれて生きている。
(2)原初への遡及⇒社会的に形成サれた人間のもつ概念以前の状態へ遡及して道の姿が見える。
(3)理想の人間像⇒道に合致した人間の姿。
(4)理想の政治⇒天下に末永き平和を齎す政治の在り方。

 これらの面は相互に関連しています。
 老子の中にはもともと人間と自然の関係についての深い直観があり、それが彼に原初への遡及をさせ、そこから理想の人間像(老子の言う聖人あるいは古の士)を、そして更に理想の政治に対する考えを導かせた、と思うのです。
 道徳経の淡々としたような言葉の裏には、当時の争乱に満ちた世の中の在り方に対する痛切な嘆きがあり、そこからの回復の道を示そうとする強い意志が感じられます。
 老子が道徳経を表した、もともとの動機と言うのは「そのような世の中に何とか末永き平和を齎したい」という痛烈な願望ではなかったのか、と思います。
 現在の世界の有様も老子の時代と同様の問題を抱えていると思います。
 老子の時代は群雄が割拠し、領土を奪い合っていたのですが、現在の世界は国家が林立し、互いに市場を奪いあっています。
 いずれも人間のあくなき欲望(とその背後に欲望が満たされないかもしれないという不安)がなせる業です。そしてそのような奪いあいは「この自然を人間が支配しているのだ」と言う錯覚から生じているのであり、それを続けていく限り、世界全体が破局(世界大戦、地球環境の悪化による人類の滅亡、世界的な飢饉、伝染病、精神的な行き詰まり等のいずれかあるいは複数)を迎える可能性も高いのです。
 
 このような状況の中で老子の言葉を見直す意味は大きいと思います。
 以下順番に上記の(1)~(4)に関して考えていきたいと思います。
 
 
 
by masaaki.nagakura | 2012-06-26 06:36 | 世界平和のための老子
世界平和のための老子  (1)プロローグ
 「母なる宇宙に抱かれて」という前文を記す中で「人間は自然を支配する」のではなく「人間は大自然に属する」という感覚が世界平和を開く鍵である、と言う想いを強くしました。 
 このような感覚を世界中の人に持ってもらいたいと思っております。
 そこでこのような感覚をもってもらうために古代中国の老子に登場してもらうことにしました。

 老子の考え方の大きな特徴は「原点志向」と言うことです。
 人間存在の原点を遡及しつづけると「人間はこの大自然に属し大自然と一体である」という感覚に辿りつきます。というか、むしろ「大自然と一体であり、大自然に抱かれているのだ」と言う感覚が先にあって、原点に遡及していったのではないかと思います。

 全ての人の心の中にもこの感覚は潜在するものではないでしょうか。
 老子の考えへに想いを馳せることが、私たちがこの大自然との一体感を取り戻す機縁となるでしょう。
 そして、その感覚がやがては世界中に広がり、世界平和の実現につながっていくことを願いつつ、この論を展開したいと思います。
by masaaki.nagakura | 2012-06-25 06:24 | 世界平和のための老子
想うこと8 母なる宇宙に抱かれて(12)結び
「母なる宇宙に抱かれて」と言うタイトルで話をしてきました。
このタイトルはプロローグで述べたように次のイメージングから来たものです。
 「すべての生命も無生命もこの母なる宇宙という母胎の中に身ごもられている兄弟だ。喧嘩したり、抱きあったり、憎みあったり、愛し合ったり、生存競争したり、天災を引き起こしたり、またそれによって悲惨な目にあったりしているけど、どっちにしろ同じ母胎の中に身もごまれている兄弟姉妹どおしの間でのことなのだ。」
 このイメージングを持ちつつ、特に戦争の原因や平和への道について考えてみました。
 
 近代において戦争に至るには次のようなプロセスがあるという話をしました。
(1) 存在感への脅威の感覚
  :自分たちの存続が何かによって脅威にさらされている。
(2) 屈辱感からの開放を求める意識
  :自分たちは屈辱的な状況におかれ、自尊心が傷つけられている。そこから開放され、自尊心を取り戻し、
  存在感を回復したい。
(3) 共通の敵に対する敵愾心
  :上記(1)(2)の原因となっているのは、この敵であり、この敵を倒す、もしくは撃退したい。
(4) 国民全体を巻き込む共感
  :上記の(1)(2)(3)にかかわる想いが国民を次々と共感の渦に巻き込んでいく。
  (これはいわば相互にポジティブフィードバックが働いて生じるなだれ現象のような様相)

 そして平和に至るには敵愾心を次のような地球規模への問題に対する敵愾心に変えていくことが重要であろうと言う話をしました。
(1)地球温暖化
(2)エネルギー源の枯渇
(3)水と空気の汚染
(4)絶滅種の増大
(5)精神的病の増加
(6)成人病の増加
(7)経済の世界規模での不安定性
(8)社会的な絆の崩壊
(9)地震、津波等天災の脅威
(10)世界的な食糧不足発生の可能性

 しかし、38度線を見たことが一つの機縁になり世界平和に至るには上記の問題に挑戦していくと同時に(あるいはそれ以前に)「人間が自然を支配する」という考え方を改めて「人間は大自然に属する」という感覚を取り戻すことが極めて重要である、と言う想いに至りました。

何故なら上記の問題を引き起こしている大きな原因が「人間が自然を支配する」と言うところからきていると考えられるからです。

 これまでの話では出て来ませんでしたが、私はこの感覚の復活の機縁となるのは中国の老子の思想だと思います。次は私なりの老子の解釈の話をしたいと思います。
by masaaki.nagakura | 2012-06-24 21:05 | 想うこと
想うこと8 母なる宇宙に抱かれて(11)人間は自然に属する-シアトル酋長のことば
 世界平和のためには「人間は自然を支配する」のではなく「人間は自然に属する」と言う感覚を取り戻す必要がある、という話をしました。
 この感覚を切実に且つ詩的に表しているのは、米国の大統領から「土地を売り渡すように」と言われた時のアメリカ原住民の酋長であった、シアトルの次の言葉です。 (日本文と英文を載せます。)

どうしたら 空が買えるというのだろう?
そして 大地を。
わたしには わからない。
風の匂いや 水のきらめきを
あなたはいったい
どうやって買おうというのだろう?

すべて この地上にあるものは
わたしたちにとって 神聖なもの。

大地は わたしたちに属しているのではない。
わたしたちが 大地に属しているのだ。

ひとつだけ 確かなことは
どんな人間も
赤い人も 白い人も
わけることはできない ということ。

わたしたちは結局 おなじひとつの兄弟なのだ。

わたしが 大地の一部であるように
あなたも また この大地の一部なのだ。
大地がわたしたちにとって かけがえがないように
あなたがたにとっても かけがえのないものなのだ。

白い人よ。
わたしたちが子どもたちに 伝えてきたように
あなたの子どもたちにも 伝えてほしい。

大地は わたしたちの母。
大地にふりかかることは すべて
わたしたち大地の息子と娘たちにも ふりかかるのだと。

あらゆるものが つながっている。
わたしたちが この命の織り物を織ったのではない。
わたしたちは そのなかの 一本の糸にすぎないのだ。

生まれたばかりの赤ん坊が
母親の胸の鼓動を したうように
わたしたちは この大地をしたっている。

もし わたしたちが どうしても
ここを立ち去らなければ ならないのだとしたら
どうか 白い人よ
わたしたちが 大切にしたように
この大地を 大切にしてほしい。
美しい大地の思い出を
受け取ったときのままの姿で
心に 刻みつけておいてほしい。
そして あなたの子どもの
そのまた 子どもたちのために
この大地を守りつづけ
わたしたちが愛したように 愛してほしい。
いつまでも。

どうか いつまでも。


How can you buy or sell the sky,
the warmth of the land?
The idea is strange to us.
If we do not own the freshness of the air
and the sparkle of the water,
how can you buy them?

Every part of this earth is sacred to my people.

The earth does not belong to man.
Man belongs to the earth

One thing we know,
there is only one God.
Our God is also your God.
He is the God of man.
No man, be he Red Man or White Man,
can be apart.

His compassion is equal for the Red Man and the White Man.

We are brothers after all.

As we are part of the land,
you too are part of the land.
This earth is precious to us,
it is also precious to you.

White Man,
will you teach your children
what we have taught our children?

All things are connected
like the blood that unites us all.
Man did not weave the web of life,
he is merely a strand in it.

The earth is our mother.
What befalls the earth
befalls all the son and the daughter of the earth.

We love the earth
as a newborn loves its mother's heartbeat.

If we have to sell you our land,
White Man,
please care for it
as we have cared for it.
Hold in your mind the memory of the land
as it is when you receive it.
Preserve the land for all children
and love it
as we have loved it.

Please love it, forever.
by masaaki.nagakura | 2012-06-24 21:01 | 想うこと
想うこと8 母なる宇宙に抱かれて(10)東アジアから起こす世界平和への道
 朝鮮半島の38度線を観て、平和への道をいろいろ考えてみていますが、以下は世界平和への道を東アジアから開こうではないか、という考えです。
 人類の起源は一つとしますとその一つが太古から段々に枝分かれし、また離合集散して、現在の人類における人種とか国家とかが出来たということになります。
 アフリカが人類発祥の地と言いますが、その一部がアジアの中原に進出し、そこから漢民族、モンゴール、朝鮮、日本等へまた北上してアメリカ大陸へ、さらに南アメリカにとと南下したのでしょう。
 一部は南周りでインド、東南アジア、インドネシアを経てポリネシアにもいたります。日本はこの南回りの人達とアジアの中原経緯で来た人たちの混血と言われるようです。
 アフリカから北に向った人達がやがてエジプト、メソトピア、ギリシャ、ローマ、ヨーロッパと次々に新たな文化を展開させていきます。 またアジアでは中国及びインドの古代文明を始めとしてモンゴール、朝鮮、日本、東南アジア、インドネシアの諸島、アメリカ大陸ではインカや北アメリカ原住民が、太平洋の島ではハワイ諸島などでそれぞれ多彩な文化が開花していきます。
 このような移動と文化の発祥は5万年前以降の話で、宇宙や地球の歴史から見れば極く最近のことです。
人種や国家間の対立をなくすには、まず人類が共通の祖先を持っていて、そこから順次分化してきたことに思いを馳せることが大事だと思います。
 特に日本人は人種的にはモンゴロイドとされますが、モンゴロイドは太平洋を囲む東西の広い地域に住んでいて、歴史的に見ると比較的平和な人種であったと考えられます。
 日本の外国との戦争は近代以前には古代での朝鮮半島での戦争、蒙古の来襲、秀吉の朝鮮への出兵等であり、それらは短期間であり、ほとんどの時代を平和に過ごしていたわけです。
 この点はヨーロッパでの戦争の歴史とは大いに異なります。
 日本が大きな戦争をしたのは明治維新以降であり、そこには欧米文明に触発されたと言うべきものがあると思います。
 環太平洋と言う範囲で考えても近代以前においては、国家間の大きな戦争が起こったということはなかったように思います。
 思うに太平洋を囲んで広がったモンゴロイドは本来極めて平和志向的な人種であったのでしょう。
 この平和志向はひとつには互いに広い海洋に隔てられて、戦争をする必要がなかったいう地理的な条件にもよったとでしょう。
 もうひとつ自然と密着した生活をしてきたことからくる、心情的なものがあったように思います。 この心情的なものというのは「人間はこの大自然の一部である」という感覚です。
これは欧米の思想が「人間は自然を支配するもの」と位置づけるのとは大いに異なる点です。
 近代の科学技術は自然を支配せんとする方向に展開されてきたのですが、今や大自然からの相当強烈なしっぺかえしを食らいつつあるように思われます。
 自然を支配しようとした結果は自然を破壊し、その破壊の結果は人間の精神を破壊する方向に進みつつあるように見えます。自然の破壊が何故人間の精神を破壊するかは、「人間は大自然に属する」ということから見れば当然です。 つまり人間が自然を破壊するとはすなわち自分自身をも破壊していることなるからです。
 自然を支配しようとする思想は、人間をも支配しようとする考えに繋がります。そしてそれが市場を支配する、原材料を支配する、エネルギー源を支配するという方向をも導き、限りない相克、対立の世界を作り出していきます。いまやグローバリズムという名のもとに世界中が市場争奪戦の戦場と化しつつある様相を呈してきています。これはまたやがて原料争奪戦、エネルギー源争奪戦にも発展しえます。
 市場争奪戦、原料争奪戦、エネルギー源争奪戦といういわゆる経済的な競争の段階に留まればまだ良いのですが、この広い地球上のどこかでそれが人間同士が殺しあう戦争と言う事態に至ってしまう大きな可能性があります。
 永きに亘る世界平和を求めるにはどうしてもこのような「人間は自然を支配するもの」という考え方を反省し、「人間は大自然に属する」という考え方(あるいは感覚です、以下感覚と言います)に戻る必要がある、と思います。
 この感覚はアフリカよりユーラシア大陸に北周りにきて環太平洋に散らばったモンゴロイド、そして南回りに来た東南アジア、ポリネシアの民族の深層的な心情に共通に刻み込まれていると思います。
 この感覚を想起し、且つまた欧米の人達にも伝えていくことが重要でないかと思います。
 
 なお私はこの節のタイトルを「東アジアから起こす世界平和への道」としたのですが、ここで東アジアとして特に意識しているのは日本、韓国、台湾です。
 これらの国は環太平洋のモンゴロイドの中で近代化路線を先駆けて追及してきたもので、それゆえにその矛盾も最も鋭敏に感じつつあると思われるからです。
 これらの国の中でも日本は近代化のスタートが早かったこともあり、近代に対する懐疑的な意識は既に主流となってきているようです。 多分韓国、台湾にも早晩lこの懐疑的な意識が広がると思われます。
 そして、このような懐疑の意識は環太平洋モンゴロイドの持つ「人間は大自然に属する」という深層心理的な感覚が近代文明の「間が自然を支配する」という方向性に対してどうしてもなじめない、と言うところから発祥している、と考えます。
 
 以上の話は大分精神論的になったきらいはあると思います。
 世界平和への道を東アジアから、ということの具体的な当面の目標は38度線の対立の解消であると考えています。
 北朝鮮の人々も同じ環太平洋モンゴロイドです。今でこそハリネズミのようになっているように見えるのですが、「人間は大自然に属する」という共通の深層の感覚を共有しているはずです。
 日本、韓国、台湾とそして北朝鮮の人びとにそのような感覚がよみがえることによって、おのづから平和にが戻ってくる、と信じます。
 
by masaaki.nagakura | 2012-06-14 13:09 | 想うこと
想うこと8 母なる宇宙に抱かれて(9)38度線を見て想う
 2泊3日で韓国を訪れました。仕事の関係(納品と宣伝)で行ったのですが、同行した韓国商社の社長の案内で38度線も見学しました。 リムジン川を挟んだ対岸が北朝鮮でしばらく向こう岸を見ながらとても複雑な想いを持ちました。 
 近代産業の中心舞台に踊り入り、グローバリズムの荒波の中でひた走りに走る道を選んできた(あるいは選ばざるを得なかった)韓国と敢えて世界の潮流に逆おうとしているように見える北朝鮮。
 リムジン側のこちら側は立派な建物、道路、自動車、一方対岸は田畑と人家が広がっているものの、ひっそりとして人影もほとんど見らえません。
 私に生じた複雑な想いというのは、「この石油に支えられている近代文明の中に住んでいる日本や韓国とその近代文明の埒外におかれているかのように見える北朝鮮」の奇妙な対比からくるもののようです。
 リムジン側のこちらから見れば、あちら側はこの産業中心主義と民主主義という近代文明の波に乗り遅れたいわば近代という時代のアウトサイダーの世界です。 ところがリムジン川の向こうから見ればこちら側は石油に依存した一時の繁栄に浮かれている浮き草のような世界かもしれません。
 確かに近代文明から化石燃料を取り除いてしまえば、少なくも物質面では今の北朝鮮に近い世界になるかもしれません。
 この38度線という場所はそのような想いを起こさせます。
 そしてもう一つ戦争というものの可能性が現実味を帯びて感じさせられます。
 これは決して他人ごととは言えない問題です。

 大昔にモンゴールのあたりからか、民族の移動があり、一部が朝鮮半島にそこから当時地続きであった日本列島に渡り、他はアメリカ大陸にベーリング海峡を超えて渡り、更に南アメリカに達したということです。
 南アメリカからは更にポリネシアに更にニュージーランドにも移住したようです。
 とすれば、北朝鮮も韓国もアメリカの原住民もポリネシアの人々も親戚関係にあります。
 特に日本と北朝鮮、韓国は比較的に近い親戚関係です。
 そのように考えてみても北朝鮮と韓国の対立というのは他人ごとには思えません。

 戦争をなくそうとするならば、まずこの問題から掘り下げる必要があるのでないかと考えさせられます。
 南北統一という問題に対してはこれまでも非常に多くの人々の努力が傾注されてきたし、それでも解決していないのですから生易しい話しではないことは間違いありませんが、放棄するわけにはいかない問題であることも確かです。

 
by masaaki.nagakura | 2012-06-06 08:16 | 想うこと