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想うこと7 良き未来に向けて(24)提唱4 中央集権と地方分権の調和
 人類の歴史を振り返ると中央集権化と地方分権化という二つの方向が繰り返されてきているようです。
 古代は中央集権化が進み、世界中で大帝国が建設されていきます。中世になると封建化という形での地方分権化が進みます。近代はまた中央集権化が進んできたようです。
 このように見てくると、これからはまた地方分権化が進むようにも推定されます。
 しかし、そう単純ではないかも知れません。
 そこでまずどのような時に中央集権化が進み、どのような時に地方分権化が進むのかを考えてみます。
 人類の歴史は3段階に渡って大きな変貌を遂げてきたと考えられます。
 第1は道具の発明です。第2が農業の発明です。そして第3が熱を動力に変える熱機関の発明で近代の産業革命と呼ばれるものです。
 これらの3段階の発明による変貌をいずれも産業革命と呼ぶことにします。
 すなわち次のように呼びます
 道具の発明=第1次産業革命
 農業の発明=第2次産業革命
 熱機関の発明=第3次産業革命

 これらのいずれの産業革命も人類の生存領域を拡大するという変化をもたらします。
 一つの仮説はこのような「産業革命に引き続いて中央集権化が起こる」ということです。
 その理由は次の三つです。
1-① 産業革命を先駆けて達成した地域が強大な持ち、周辺の地域を支配する。
1-② 新たな技術の伝承と発達のためには中央にそのための知識が集約され、またその知識が全体に伝われるために中央集権が望ましい形である。
1-③ 産業革命を先駆けて達成した地域の周辺の地域の住民が、その増大する力に脅威に感じ、それに対抗せんとして力を集めるための中央集権化を志向する。

 この仮説によって説明すると、古代の中央集権化は農業の発明という第2次産業革命を契機になされた、又近代の中央集権化は熱機関の発明という第3次産業革命を契機になされた、ということになります。

 原始時代において道具の発明という第1次産業革命に続いて地域的な規模では中央集権化が起こったのでないかと思います。

 次の仮説とは「産業革命がいきわたると地方分権化が進む」ということです。
 その理由は次の三つです。
2-① 産業革命がいきわたることによってそのための知識は一般に普及し、特にその知識を集約する中央の権力は不要になる。
2-②中央集権化のもとで地方が中央の規制を受け続けることによって地方がその風土に合わせた自主性と創造性を発揮できない状態が継続することで地方の文化が衰退し、それに対する地方の不満が高まり、地方分権化が志向される。
2-③ 中央集権化が進んだ国家間の争いが、相互の疲弊をまねき、国民にとり国家権力に振り回されることへの嫌悪感が発生し、地方分権化へ指向する。

 近代という時代について言うと第3次産業革命(熱機関の発明)の結果、それを先駆けて追及した英国やフランスそしてアメリカの勢力が強大となりました。 それらの国はいずれも中央集権化を進めて、強大となった国家の力を背景として産業革命を遂行していきました。それを追ってドイツ、イタリア、日本、ロシアなどがやはり中央集権化を進めて産業革命を遂行してきました。
現在ではその勢いが地球全体に広がって来て、特に中国、インドの興隆が著しい勢いをあらわしてきています。
 しかし、このような、中央集権化の波はどこまでも続くものではなく、上記2-①②③の現象が現れてきて、やがて地方分権化の方向への流れが出てくると予想されます。
 これは国家の中央の権力が不要になると言うことでなく、その権力が次第に必要最小限の規模に集約され、地方の政治的な権限が大幅に拡大していくであろう、と言うことです。
 スエーデンでは既に、このような方向が相当以前から震央している、と聞いていましが、そのような形が全世界的に広まっていく可能性が高い、と考えられます。
 
 以下は日本についての話です。
 近代の日本における中央主権化は明治維新に始まると言ってよいでしょう。
 明治政府が廃藩置県、税制、徴兵制、学校制度等を通じて中央集権化を進めます。
 その目標とされたのは「欧米諸国に軍事、産業、文化の面で追いつけ、追い越せ」ということです。
 合言葉は「富国強兵」であって、政府主導の下での産業振興策、軍備の増強がなされ、又それを発展させるための義務教育制度、帝国大学の設立等もなされます。 欧米に多数の留学生を送り、その産業、政治制度を学ばせ、その持ち帰る知識を国内に普及させる処置を講じていきます。
 このような中央集権制による改革、施策のもとで日本における産業革命は進行し、それに支えられて軍事力に増強も達成されていきます。
 戦争も幾たびか繰り返し、勝利しますが、第2次大戦に至り大敗を喫します。
 それで富国強兵のうちの強兵というのは言われなくなりましたが、中央集権制の下での富国の追求は第2次大戦以前にも増して追求され続け、現在に至っています。
(つづく。 長くなりすぎるので稿を改めます)
 
 
 

 




 
by masaaki.nagakura | 2011-12-25 16:50 | 想うこと