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想うこと7 良き未来に向けて(7)産業中心主義へ向かわしめる力
 近代における産業中心主義が現在という時代に齎している問題として「大量虐殺兵器の出現」と」「環境問題」に加えて「若者に希望が失われていること」を述べ、特にその若者が希望を失う原因の一つとして未来の世代を育てようとする企業の意志の欠如、その根本にある人間集団意識の変質(地縁・血縁集団から機能集団への移行の流れ)等につい話しました。
 一方世界の状況というのは「産業中心主義」への方向性が加速しているようです。
 アジアでは中国、インド、東南アジアが産業中心主義への旗色をむしろ鮮明にしつつあるようです。
 欧米や日本では、産業中心主義への懐疑論は盛んで、たとえば中国でも環境問題を中心とする新聞の発行も行われているようですが、大勢はそのような懐疑論には無頓着にグローバリズムという一つのるつぼに向けて、突き進んでいるように思われます。
 どうしてそうなのか。 これだけ産業中心主義の問題が明らかになってきたのにも関わらず、どうしてその方向に進もうとするのか、この謎について考えてみたいと思います。
先ず一昔前の日本を振り返って見ます。
 たとえば戦後の高度成長の時期です。 池田隼人首相のもとで国民所得倍増計画が策定されました。
 1961年から10年の間国民所得を2倍に増やすと言う計画でしたが、予想以上の経済成長を遂げて、倍増は1967年に達成されています。これは主に産業の振興によるものです。その頃は四日市ぜんそく等の公害病も問題にされた時代です。しかし産業中心主義により経済成長に向かうという方向性は国民の大多数は賛同しており、懐疑論があってもそれは大きな声にはなっていません。日本の原子力開発もこの時期に進展し、国民の大多数はそれを歓迎していたように思います。
 自家用自動車や家電もこの時期にどんどん普及し、多くの国民にとって生活が次第に便利で快適なものになってきている、と言う実感があったのではないでしょうか。
 過去において日本に起こった手放しで「産業中心主義による経済発展を歓迎する」という風潮は現在中国、インド、東南アジアにおいて起こっており、これが産業中心主義に向かわしめる原動力になっていると考えられます。 
 一方このグローバリズムの流れの中では好むと好まざるとに係らず、産業中心主義に向かわざるを得ないと言う事情もあります。 
 このグローバリズムの流れの中では第1次産業から第3次産業に至るまで、いずれの分野の産業も国際的な競争にさらされており、手を抜いていれば落伍してしまってご飯も食べれなくなるかも知れません。そうなると産業中心主義が良いか、悪いかではなく生き延びるために産業中心主義に向かわざるを得ない、と言う状況もあります。
 顧みるに日本では近代においては3度にわたって産業中心主義へ向かわしめる力が働いたように思います。  第一は明治維新の時期で黒船の来航で驚愕し、富国強兵策がとられた時期です。2回目は第二次大戦の敗戦で欧米の物質文明の優越性を見せ付けられて、専ら経済的な追いつき、追い越せとまっしぐらに進んできた時期です。そして3度目と言うのは現在で、グローバリズムの中で生き残るために好むと好まざるとに係らず産業中心主義に向かわざるを得ない、という状況です。
 日本以外のアジア諸国はそれぞれ異なる経緯は辿っているでしょうが、概ね類似した経緯で産業中心主義に向かって来た、あるいは向かいつつあるように思われます。
by masaaki.nagakura | 2011-07-24 17:36 | 想うこと
想うこと7 良き未来に向けて(6)産業中心主義の齎した問題
 近代化の大きな特徴の一つである産業中心主義はその出発点にあっては、軍事力の増強という狙いも込められて発展したもので、その行き着くところ2回の世界大戦で近代兵器による大量虐殺という忌まわしい事態を引き起こしました。
 かっての米ソの軍拡競争は地球を何回も全滅させるに足るだけの核兵器を製造、蓄積させるという馬鹿げた(と言っても決して笑えない)状況を作り出し、人類全体を絶えざる脅威にさらしたのです。
 これは産業中心主義の齎した負の遺産の一つです。
 ベルリンの壁の崩壊以降はその脅威は大分遠のいたように思います。
  
 では産業中心主義がもっぱら平和な方向に向かえばそれで良いかというと、そうでもないということが段々明らかになってきております。
 特に福島原子力発電所の事故以降は産業中心主義の一つの成果(?)の象徴であったとも言える「原子力発電所」の存在に対する批判が日ましに強くなってきています。
 この事故の以前から「地球の温暖化」「オゾンホール」「海洋汚染」「大気汚染」「水質汚染」その他の「人類の自然破壊による環境問題」が連日マスコミの話題になってきております。
 それらはいずれも近代における「産業中心主義を推し進めた結果、齎された問題」です。
 「産業中心主義」は「産業の発展が経済の発展を促し、それが国民の幸福を達成させる」という信条に基づいているものです。ところがそれが重大な環境問題を引き起こしつつあり、それは人類全体の存続をも危うくする、という事態を生み出しているということです。
 環境問題というのは現在生きている我々に及ぼされる影響以上に未来の世代により大きな影響を及ぼすであろうと、捉えられています。
 すなわち、我々は現在の「恩恵を得るために未来の世代に犠牲を押し付けているのだ」と、捉えられています。
 特に原子力発電を批判する大きな根拠として、「管理の未確定な放射性廃棄物の未来の世代に押し付けている」ということが挙げられています。
 確かに原子力発電と環境問題というのは、これまで年々その問題の深刻さが増してきており、解決の努力はなされつつあるにしても、その問題を軽減するまでの効果を発揮していない、というのが現実でしょう。
 では近代化は未来の世代にそのような犠牲を負わせながら、一方で現在の世代に本当に益を齎しているのでしょうか。
 私はどうもそうとばかりは言えない、という気がしております。そう思う第一の理由は「若者の多くが未来に対して大きな希望を持てない状況にある」ように見えるからです。
 どうしてそのようなことになってしまったのか、一つに環境問題などが彼らの世代に重くのしかかり、それを彼らが感じている、ということでしょうが、もう一つは現在の世界を形成している主要な要素である官僚や企業に彼らを次世代の担い手として、育てていこうとする意志がないのか、あるいは薄弱であり、若者達がそれを感じている、という問題もあるように思います。どうしてそうなっているのか、以下はまず官僚の問題はさておいて、企業の問題について私の推定です。

 現在グローバリズムが進行する中で経済的な生存競争はますます熾烈になってきています。
 グローバリズムが徹底するほど、あらゆる企業が世界中の企業を相手に競争せざるを得ない状況に追い込まれていきます。今繁栄している企業であっても、明日は予測もできない世界の果てから出てくる別の企業に市場を奪われ没落するかも知れない、という可能性の中におかれています。
 このような状況の中におかれた企業に生じる危機感は多くの企業をして、「存続しなければ意味がない、だから存続するためには手段を選ばない」という発想を齎します。
 このような発想の行き着く一つの先は徹底的なコスト削減です。というのは企業間の経済的な競争の中で最も端的に表れるのはコストにおける競争だからです。
 勿論コスト削減を求めること自体は企業として当然なすべきところではあるのですが、大きな問題が生じるのはそのために「働く人は企業のための手段』とみなす悲しむべき発想が出てきてしまうということです。
 たとえば日本の大企業の多くは派遣社員を多く雇用しています。この第一の理由はそれがコスト削減につながるからです。しかし問題はその大企業にはその「派遣社員の一生を考えて教育する」という意図は殆どありません。むしろなるべくマニュアル化された単純労働を受け持たせることで、企業秘密も漏洩しないように、という方面に苦心しているようです。
 派遣社員の増加というのは一つの表れにすぎません。要は多くの企業に長期的な観点から人を育て、社会に益をなそうという根本的な姿勢が薄弱となり、いわば浮足立った状態で「経済的な生存競争に打ち勝つ」とぃう意識が肥大化してきている、というところに問題が生じてきているということです。
 派遣社員の話は端的でわかりやすいのですが、正社員でも企業存続のための手段として位置づけられていることは変わりありません。多くの大企業の管理職は多大の無報酬残業を課せられます。その理由は「社会のために益をなす」でなく、「他社を出しぬいて勝ち抜く」ためです。それを拒否すればリストラというシビアな結果が彼らの背後にあります。
 以上「働く人は企業のための手段」という悲しむべき状況について話しました・
 若者たちが希望を持てない、というのは未来に予想される環境問題の暗雲以上に自らを育ててくれるはずの社会から自らを育ててくれようとするパワーを感じ得ないという、社会状況があるように思います。

 この社会状況を作り出した根本原因の一つにグローバリズムがあるのでしょうが、更にその奥には近代における組織(人間集団)のあり方があります。それは近代において組織(人間集団)が地縁・血縁集団(ゲマインシャフト)から機能集団(ゲゼルシャフト)に移行してきたという、事情があるでしょう。

 近代における企業の勃興は人間関係を過去の形から大きく変容させます。企業は、社会的には機能集団とみなされます。そして機能集団というのはその成員の存続を目的とするものではなく、その組織の機能を果たすことを目的とするものであり、その成員はその機能を果たすための手段と位置づけられた点にあります。
 一方地縁・血縁集団というのはその成員の全体がみんなで生きていくことが必要条件です。

 日本の企業はかって年功序列制という地縁・血縁集団に近い考え方を採っていたこともありますが、このグローバリズムの流れの中で生き抜くために徹底した機能集団としての考え方に方向を変えてきています。
 これは企業としては「時代の流れへの適応」という意味になるでょうが、そのことによって次世代を担うべき若者たちを誰をも立派に育てていこう、という強い意思が喪失したということについては大いに反省すべきでないか、と思います。

 もっとも以上の企業の在り方や若者の希望についての話は日本社会の底流を流れる一つの風潮について述べたもんです。
 実際にはいろいろな企業があり、いろいろな若者がおります。
 このような状況から脱却すべく努力している企業も多くあり、また新しい未来を作ろうと模索している若者達も大勢いて、それがまた日本社会の新しい底流を作りつつある、というようにも思える、ということも書き加えておきます。

 
 
by masaaki.nagakura | 2011-07-24 16:46 | 想うこと
想うこと7 良き未来に向けて(5)近代への経緯---ヨーロッパ
 ヨーロッパにおける近代は市民革命(特にフランス革命)と産業革命に始まるということです。
 フランス革命は1789年~1799年です。
 産業革命はイギリスで始まり、各国に普及していきますが、イギリスでは1760年代から1830年代です。
(特に産業革命で象徴的なワットの蒸気機関は1785年です。)
 日本の近代化の出発点を明治維新とするとそれは1868年ですから、イギリスの近代化は日本の100年前に始まったということになります。
 日本の近代化は欧米の近代化に触発されてスタートしたのですが、イギリス、フランス等の近代化はその内側から自発的に起こったものとみられます。
 しかし、ヨーロッパ全体を見ると近代化のスタートは大きな差異があり、中央集権国家の成立はイタリアでは1961年のイタリア王国の誕生であり、ドイツでは1971年のドイツ帝国(初代皇帝ウイルヘルム1世)の誕生です。 イタリアとドイツはこのような中央集権国家の成立後にいずれも産業中心主義とそれを背景とした軍事力の増強に向かいます。
 イタリアとドイツは中央集権国家成立の時期もその後の産業中心主義、軍事力増強への道も日本と類似しています。
 (なお、イタリア、ドイツ、日本はその中央集権国家成立の後80年前後に第2次大戦の同盟国となり、共に敗北するという運命を辿ります。)
東欧ではロシア帝国が1721年に生まれ1917年にロシア革命で消滅し、ソビエト連邦が誕生しています。
 ロシア帝国は中央集権制であり、且つ軍事力の増強を目指した点では近代国家の特徴を備えていますが、産業中心主義が本格化するのはソビエト連邦の誕生をもってでしょう。
 そのソビエト連邦も1991年にソ連共産党中央委員会によるクーデターの失敗により解体の道を辿ります。
 ロシアの民主化はその後に始まります。
 ロシア以外の東欧諸国は第2次大戦後は政治的、軍事的にソビエト連邦の強大な影響力の中にあり、その独立と民主化はソビエト連邦の崩壊を出発点とするといえるでしょう。
by masaaki.nagakura | 2011-07-19 13:01 | 想うこと
想うこと7 良き未来に向けて(4)近代化への経緯--アジアの国々
 アジアの国々の多くは第二次大戦中から大戦後の数年間の間に独立しています。第2次大戦以前はタイやブータンを除いてインドネシアを含む東南アジアの国々そしてインドはイギリス、オランダ、フランス、アメリカの植民地となっていました。 これらの独立に第二次大戦への日本の参戦が関与していたことは否めない事実です。
 「あの戦争によりジアの国々の独立がなされた」ということで第二次大戦を正当化する意見もある一方で、そのような考え方は再び戦争への道を歩ませるものとしてタブー視する考えもあります。
 私は歴史的な出来事はものすごくいろいろな側面を内包しつつ進行しているものと理解しています。
 無論、それを第二次大戦肯定の理由にするのはおかしいと思いますし、第二次大戦についても忌むべき多くの事を結果したことも事実である一方、それがアジア諸国家の独立へのキッカケと作ったということは事実として捉えるべきと考えます。
 ともあれ、アジア諸国の近代化はそれらの国々の独立をもって開始されると言えるでしょう。植民地であった時代は当然中央集権国家という形はとり得ず、産業中心主義はあったにしろそれは自国の意志ではなく、宗主国の利益に従う形であったものです。
 ところでアジアの国々のほとんどは独立を果たした後においても産業中心主義という方向は直ちにはとっていません。
 それは①国内での対立や紛争の克服に最大のエネルギーが費やされるこ、②宗教的な慣習が根強く残っていて、一挙に産業中心主義に行きづらいこと、などの理由があったと思います。
 しかし、遅い、早いの差はあれ、殆どの国が次第に産業中心主義へ向かって来た、あるいは向かいつつあるように観られます。
 この動きを加速しているのがグローバリズムの風潮ではないか、と思います。
 グローバリズムは世界中を一つの経済圏に巻き込みつつあり、いかなる国と言えどもその流れから孤立しているわけには行かない、と言う状況が生まれてきています。
 民主主義は多くの国で産業中心主義よりは遅れて進んできているようです。
 この理由の一つは民主主義は時として中央主権主義と矛盾する、と言う問題があるからと思われます。
 民主主義はお互いに異なる思想も存在を許容する、という精神的土壌がなければ成り立ちにくいものです。思想の対立のために絶えず内紛が起こるような状態では中央集権は成り立ちません。
 アジアの殆どの国において国家の独立と統一及び中央集権化は軍事的なバックボーンを持った集団によってなされています。そしてそこから民主主義への道は必ずしも近くはないようで、いまだに軍事政権が居座っている国もあります。
 
 
by masaaki.nagakura | 2011-07-18 18:42 | 想うこと
想うこと7 良き未来に向けて(3)近代化への経緯--日本の場合
 近代の特徴として中央集権国家、産業中心主義、民主主義への流れということを話しました。ではどのような経過を辿ってそのような方向に進んでいくのでしょうか。その形は地域や国により異なるでしょう。
 まず日本の場合にどうであったかを振り返ってみます。
 江戸時代の終わり(1852年)黒船の来航で日本中が大騒ぎになりました。実際アジアの多くの国が既にヨーロッパ列強の植民地になり、あるいは植民地化されつつあったわけで、黒船の来航とその威力に屈服するかのような幕府の対応は、いよいよ次は日本の番か、と国民の多くに脅威の念を抱かしたことは当然とも言えるでしょう。その脅威の感覚は日本を近代化に向かわしめる背景的心情(Back ground emotion)となり、その後の近代化を促進していきます。
 明治維新という中央集権国家の成立(1868年)は黒船の来航から16年後です。
 富国強兵の掛け声のもと殖産興業の奨励策、徴兵制、義務教育等の政策が次々と打ち出されていきます。
 日本では近代国家の特徴である、中央集権制と産業中心主義的な傾向は明治維新においてすでに確立されたと言えるでしょう。男女を問わず一定年齢以上の国民の全体が選挙制度を通じて政治に参加できるという意味での民主主義というのは第2次大戦の終了後1945年の普通選挙制の始まりからです。
 明治維新から数えると87年後です。
 日本の場合には近代の特徴の中央集権と産業中心主義はアジアの国の中ではいち早く成立し、民主主義はそれからはるかに遅れて成立してきたわけです。
 このような事情は他の多くの国でも同様のようです。
 何故そうなるのでしょうか。
 一つ言えるのは「民主主義である緊急性はない」ということです。
 では「中央集権制と産業中心主義には緊急性があったのか」ということですが、これが実に緊急性があったのだと思います。
 この背景にはやはり欧米の列強による、植民地化への対抗の必要性という問題が潜んでいます。
 欧米の列強がアジアの国々を植民地化し得た背景にはアジアの国々に比して強大な軍事力を備えていたという事実があります。そしてその強大な軍事力というのはその背後に科学技術に支えられた産業があります。そして更にその背後に産業を育成できるだけの権力と資力を持つ中央集権国家があります。
 それに対抗するためにはやはりそのような構造を備えた中央主権国家と産業が必要です。
 明治維新というのはおそらくこのような現実にいち早く気付いた人たちによって推進されたものです。
 明治政府が中央集権と産業中心主義をいち早く実行に移していきながら、民主主義についてはさほどの情熱を持たなかったのは上記のごとき理由によります。そしてその産業中心主義の動機の中心に軍事力の増強という課題が潜んでいたことは否めないでしょう。教育制度も産業中心主義と軍事力の増強という一貫のストーリーの中で位置づけられていきます。極端な言い方をすると ①強い国家となるためには軍事力が必要である②強い軍事力を持つためには産業の興隆が必要である ③軍事力の増強と産業の興隆のためにはそのための能力を持つ人を育てる教育が必要である。といった具合に教育制度が位置づけられます。
 実際に陸軍士官学校や海軍兵学校はエリート中のエリートの進む学校として位置づけられるわけで、教育の最重要課題のひとつが優秀な軍人の育成であったことは否めないでしょう。
 教育制度は中央集権国家の確立という目的のためにも方向付けられます。
 おそらく教育勅語と帝国大学というのがふたつの柱で、先ずは義務教育において教育勅語を毎日読ませるという形で全国民に共通した国家意識を持たせること、更に帝国大学というエリートコースを設け、そこに向けての競争心をあおり、結果的に国家中央に優秀な人材を集積すること、です。
 第二次大戦の敗北により、教育勅語、帝国大学、陸軍士官学校。海軍兵学校等はなくなりましたが、明治政府の目指した、中央集権制と産業中心主義は現在にも引き継がれてきています。
 富国強兵の中の強兵策はかっての勢いを失いましたが、富国=産業中心主義は一層強められた形で継続している、というのが現状でしょう。
 以上で日本の近代化への流れを見てきましたが、以下にまとめます。
①日本の近代化は欧米の列強に植民地化される脅威を背景的心情として推進された。
②明治維新により中央集権制と産業中心主義が実行に移されていくが、その背景には欧米の列強に対抗するための軍事力の増強という目的も存在した。
③教育制度は背後に軍事力の増強、産業中心主義の遂行、中央集権制の確立という目標を持って方向付けられていく。
④第2次大戦の敗北を機に民主主義が成立する一方、強兵策(軍事力増強)の勢いは弱められるが、それ以外の明治政府の求めた方向性である中央集権制、産業中心主義は変わらず、またそれを支える教育制度の方向性もい大きな変化はない。






 
 
by masaaki.nagakura | 2011-07-17 16:23 | 想うこと
想うこと7 良き未来に向けて(2)中央集権国家と産業中心主義とは何
 中央集権国家と産業中心主義は世界中でほぼ共通化してきた、という話をしました。
 これらはそれぞれどのようなものでしょうか。
 まず、中央集権国家とはどのような国家でしょうか。
 いろいろな考え方があるかも知れませんが、「全国民に課せられる法を定める立法の権限が唯一の団体もしくは個人に集約される国家」であると考えています。
 たとえば、日本では立法が国会でなされて、その法に基づいて行政機関、司法機関、地方自治体、民間の企業等が活動し、その法を破った場合は制裁を受けることになります。
 日本は民主主義に基づいていいて、国会で議決に参加する国会議員は国民投票で選ばれるのですが、それでも立法の権限は唯一の国会に集中されていますので日本は中央集権国家である、と言えます。
 王政であっても、共産主義国家であっても、明治政府のように立憲君主制であっても近代に成立した国家というのは中央集権国家であると考えられます。
 次に産業中心主義というのは何でしょうか。
これは「産業発展を国家の中心的な課題とする」という思想で、産業革命に触発されてヨーロッパからアメリカ、アジア諸国、アフリカ諸国に順次拡大しているものです。 無論現在でも宗教を中心とする国々も残っていますがそれらの国々も産業発展は無視できない課題になっている、と思います。
 この思想を支えているのは近代における科学技術の発展でしょう。 
「科学技術の発展⇒産業の興隆⇒国力の増大⇒更なる科学技術の発展⇒更なる産業の興隆⇒更なる国力の増大」という良循環が成り立ち、その中で国民の幸福、安寧が保持される、というのが近代の神話としてあり、その神話に支えられているのが産業中心主義であると言えると思います。
 


 
by masaaki.nagakura | 2011-07-12 08:23 | 想うこと
想うこと7 良き未来に向けて(2)近代の特徴
 良き未来に思いを馳せる前に、先ず私たちの生きているこの今の時代がどのような経緯で出来て来たものであるかを顧みたいと思います。
 
 世界史では原始時代以降を古代、中世、近代とする、またそれに近世を加えて古代、中世、近世、近代とする、更に現代を加えて古代、中世、近世、近代、現代とするなどの区分の仕方があるようです。
 本論では古代、中世、近世、近代とする考え方を採ることにします。
 Wikipediaによれば近世は日本史では「安土桃山時代から江戸時代まで」、世界史では「ルネサンス・宗教改革の時期から、市民革命・産業革命の時期まで」ということです。
 これによれば近代というのは日本では明治維新以降、西洋史では市民革命・産業革命以降ということになります。
 (なお、中世というのは日本史では「平氏政権の成立(1160年代)から安土桃山時代(戦国時代末期)」までであり、世界史では「西ローマ帝国滅亡(476年)のあたりから東ローマ帝国滅亡(1453年)のあたり」ということです。)
 このような歴史区分はどのような根拠によりなされたものかはわかりませんが、確かにそれぞれの時代の政治的な体制、経済、産業のありかた、人々の思想や価値観に大きな相違があるように見えます。
近代の際立った特徴と言えば、市民革命・産業革命に始まる民主主義、産業中心主義への流れとそれらと前後するように起こってきた中央集権国家の連立でしょう。 
(近代の中央集権国家というのはヨーロッパにおいて誕生し、中南米、アジア、アフリカへと波及していきます。 この間にはヨーロッパのいくつかの国による植民地支配、2度に亘る世界大戦などがあったわけです。
 アジアの国々について言えばもともと国家は存在したわけですが、いわば、地方分権的な国家であり、中央政府が全国民を直接統治するわけでなく、各地方はその地方のリーダーに統治を任されていた(いわゆる封建制)わけです。)
 民主主義、産業中心主義、中央集権国家の3つが近代の大きな特徴であるといっても、近代においてそれらが完結したということではなく、近代において世界が全体として進んできた方向性をしめすものです。特に民主主義というのは多くの国では現在進行形のものである、と言えるでしょう。一方中央集権国家という形は全世界のほとんどの地域ですでに完結しつつあるように見えます。 そして産業中心主義というのは大半の国が既に目指している方向性です。
 世界各国の政治形態は民主主義といわれちいるものばかりででなくいろいろですが、中央集権国家と産業中心主義というのは共通化しつつある、と言えます。
 
 
 
by masaaki.nagakura | 2011-07-09 11:48 | 想うこと
想うこと7 良き未来に向けて(1)はじめに
 東日本大震災と福島原子力発電所の事故は当事国の日本だけでなく、世界中の人々に大きな衝撃を与えたことと思います。
 特に原子力発電所の事故は近代と言う時代の危うさを象徴しているようです。
 「近代は人類に多くの幸福を齎した」と大多数の人々に信じられる時代もあったと思いますが、いまやその思いはますます希薄になり、むしろ「近代は人類に多くの危険をもたらした」という思いが強まってきているようです。
 これから、近代の齎した幸福とは何であったか、そしてその危険とは何なのか、またそこから脱却し、良き未来を迎えるためには何をしたら良いのかということを考えていきたいと思います。
 このようなことを考えていくことは私のごとき凡夫には無謀な試みではあるでしょうし、またその結果として何か役に立つものが残るかは判らないのですが、試みることは許されるでしょう。
 
by masaaki.nagakura | 2011-07-08 12:48 | 想うこと