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想うこと5 省エネルギーへ向けて(4)人類の存続が幸福の最低条件
「幸福とは何か」という問いかけを抜きにして省エネルギーという課題に挑戦することは出来ないでしょう。 一方幸福に関する考え方は個人により著しく異なるので省エネルギーに関しても大多数の人々が一致する方向性は見出しにくい、というのが現状です。
しかし、少なくとも最低限のところでの意思一致がないと社会としてダイナミックな変革は困難です。
この最低限のところというのは何でしょうか。
私はそれは「人類の存続」ということであろうと考えています。
「人類の存続」が脅かされる中での幸福はありえない、と思うからです。
現在社会が直面している問題は実にこの「人類の存続」が地球温暖化や資源の枯渇により脅かされていると言う状況で、この問題に対しては社会全体で真正面から取り組む以外に路はないでしょう。
省エネルギーという課題は何よりもまずこの「人類の存続」を目的に取り組んでいく課題であると思います。
by masaaki.nagakura | 2009-10-30 12:59 | 想うこと
想うこと5 省エネルギーへ向けて(3)エネルギーの使用目的
人間が、エネルギーを必要としているのは自分たちを幸福な状態に保ちたいがためでしょう。
とすれば、必要なのはエネルギーというより、幸福な状態に保つということで、エネルギーはその手段ということになります。これは当たり前のことですが、人間はよく手段を目的と取り違えるという間違いはしばしば行うようなので注意する必要があります。特に近代文明はエネルギーへの依存から始まっているので、近代文明社会に住む人々の間では「人間はエネルギーが十分なけれが幸福にはなれない」という感覚(強迫観念?)があるようにも見えます。 そのような感覚に支配されると真っ直ぐに省エネルギーという課題に挑戦する事は出来ません。省エネルギーという課題に立ち向かうにはまず「エネルギーを使用するのはあくまでも人間の幸福のためであって、エネルギーがなければ人間が幸福になれないわけではない、エネルギーをそんなに消費しなくても人間が幸福になりえる路は在るかもしれない」という考え方を持つことが大切でしょう。

実際には「幸福とは何か」ということに絶対的な尺度はありません。
それがこの省エネルギーの課題について人々の意見を一致させるのが難しい所以です。たとえばある人は「冷暖房は人間に快適な温度環境を与え、幸福にするので必要である」という人もいる一方で「冷暖房を必要としない体力を持つ方が人間にとって幸福である」という人もいるかもしれません。

「人間の幸福とは何か」という問題は科学的に答えを見出しにくい問題であります。かっては宗教や道徳がその疑問に対して回答を与えていたかも知れません。近代社会は政治面では多くの国が民主主義によっています。そして殆どの国において国家が一定の宗教や道徳を国民に強制することは避けています、そして幸福をどのようなものとして捉えるかも個人の問題であると捉えます。
ただし、近代のいわゆる民主主義社会においては社会の方向を定める政治(立法、行政、司法)は多数決の原則に基づいて方向付けられます。 幸福についての社会的な合意が成立しているわけではない中で多数決により社会的方向性が定められる社会では、幸福についての考え方の変化が敏感に政治に反映します。これが現在の民主主義社会の政治的不安定性の要因にもなっているとも考えられます。

特に現在は産業革命以来相当普及した、「近代文明による豊かな生活」という幸福への理念が、地球温暖化や資源枯渇という危機感が高まる中で著しくぐらついてきて、それが多くの人々に新たな幸福への理念の模索を促しているように思われます。

これから省エネルギーの課題に挑戦するには一方で科学技術的に可能な方向を追求することが重要ですが、「人間の幸福とは何か、それを実現するために必要不可欠なエネルギーの用途は何であるか」ということを常に念頭におくことが求められるでしょう。
    
by masaaki.nagakura | 2009-10-20 13:01 | 想うこと
想うこと5 省エネルギーへ向けて(2)エネルギーは本当に必要か
人間が豊かな生活を送るためにはエネルギーが必要である、というのは現代に生きる多くの人々にとって当然のように思われているのではないでしょうか。でも本当にそうなのか、ということは改めて考えてみる方が良いと思います。
まず生物一般を考えてみます。
植物は光合成でエネルギーを得ています。そして殆どの動物(光合成で生きる動物?以外)は食物を食べることでエネルギーを得ています。
動物の中では人間だけが、食物以外のエネルギーを消費します。
これはどうしてでしょうか。
初期の人類はやはり他の動物と同様に食物以外のエネルギー源を消費することはなかったでしょう。
その人間が火を使い始めたのは140万年以上前といわれています。
ギリシャ神話ではプロメテウスが太陽から火を盗み、人間に与えるのですが、ゼウスの怒りを買い、ひどい目に合わされます。 一方人間は火を得ることによって強くなりやがて文明を発達させていきます。
火の使用はまず暖を取るため、暗闇を照らすため、煮炊きのために使われたでしょう。
更に火は土器をつくるために、鉱石から銅や鉄を取り出すため使われます。
このようにエネルギーはまず樹木を薪とする火として使われ、その用途は防寒、照明、調理、製陶、精錬等でした。このエネルギーの取り出し方(樹木を燃やす)と用途は産業革命に至るまで殆ど変わっていません。
産業革命は火のエネルギーを動力に替えることが出来る蒸気機関の発明により始まります。
これが近代文明を開花させ、一層人類を強化させることになります。
すなわち人類にとってエネルギーは自らを強化させる基礎となってきたということです。
しかし、エネルギーの利用が本当に人類を強くしてきたのか、これからも強くするのか、ということはもう一度じっくりと考えてみる方が良いと思います。
まずエネルギーは暖房や冷房を可能にし、防寒、防暑に役立ちますが、そのことにより人間自身の耐寒、耐暑の能力は落ちています。その意味ではエネルギーは人間を弱くしてきたとも言えます。
照明は闇夜で物を見れる視力を弱めているでしょう。調理は生肉などを消化する能力を衰退させたでしょう。エネルギーにより動力を得ることで人間は体力を使うことが少なくなり、これは筋力や持久力を弱めているでしょう。近代文明はエネルギーなしては生きれない状況を生み出し、それは人間に長期に渡り継続する不安を与えています。一方で地球の温暖化という脅威も生み出しています。
更に将来においては化石燃料の争奪を巡る戦争が起こるかも知れないという危機感すらあります。
人類はエネルギーによって他のいかなる生き物より強くなり、繁栄しているかのように見えますが、以上のようなことを想うと本当にそうなのか、疑問が湧かずにはおれません。
ですから、エネルギーを使用している目的その目的の達成のためにエネルギーがどうしても必要なのかということそしてもし必要ならば最低限どれだけ必要なのか、ということをあらためて考えてみたいと想うのです。
by masaaki.nagakura | 2009-10-07 12:58 | 想うこと
想うこと5 省エネルギーへ向けて(1)はじめに
地球温暖化防止とエネルギー資源枯渇問題に対処するためには次の2つの路があることは一般に認められていることと思います。
(1)代替エネルギー:現在地球上で人間が消費している化石燃料エネルギーを化石燃料代替エネルギーへの転換する。⇒自然エネルギー(太陽、風、バイオ、波力、地熱等)および核エネルギー
(2)省エネルギー:同じ効果をより少ないエネルギーで達成する

これらはいずれも重要な課題ですがこれから話そうとするのは特に省エネルギーに付いてです。
人類が化石燃料を使い続ける限り、それはやがてなくなる時がきます。
そのときは現在代替エネルギーと呼ばれるもので必要な全てのエネルギーをまかなう必要があります。
厳密な計算をしたわけではないのですが、そのときに現在よりも相当の省エネルギーが達成されていない限りはエネルギー不足になるでしょう。
したがって、省エネルギーというのは人類が末永く生きていくために必須の課題です。

さて本論に入る前になぜ人間はエネルギーを使うのか、という問題を考えてみたいと思います。
by masaaki.nagakura | 2009-10-06 13:18 | 想うこと