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想うこと4経済とは何か まとめ:経済政策への提言
 経済とは何かと自分なりに考えて、書き留めてきましたが、ここに「経済政策への提言」という形でこれからの日本の経済の望ましいと考えられる姿を記します。
 なおこの意見は日本の政党の各党に提出し、出来れば各党の返事を得たいと考えています。
 
 全ての国民が満足できる職と安心できる居住環境が得られるように計らうことが国家の基本的な任務でありましょう。すなわち職を得ようとして得られない者は一人もなく、安心できる住処を得ようとして得られない者は一人もないようにするのが国家の務めであります。これは困難な課題でありますが、それを追求し続けるのが国家の本来のあり方です。時代は大きな転換期を迎えつつあります。それは一言で言えば、産業経済追求主義から持続可能性追求主義への歴史的な転換であります。これは産業革命以来継続されてきた近代化への方向性が大きく舵を切って新しい時代に突入していくことであります。人類の歴史原始から古代、古代から中世、中世から近世、近代へと数百年~千年の単位で大きな転換を経てきております。これからの新しい時代への転換というのはそのような数百年~千年にわたる周期での歴史的変動の始まりと捉えられます。経済政策もそのような歴史的な認識を明確に持ちつつ、すすめていきましょう。
全ての国民が満足できる職と安心できる居住環境が得られるように計らうのが国家の任務と申しましたが、この変革期にあって真に満足できる職というのは上に述べた歴史的転換を成し遂げていくために何らかの形で寄与するものであることが望ましく、また真に安心できる居住環境というのは、そのような歴史的転換を成し遂げていくことの中で形成していくことが出来るものと考えます。
最も重要なのは国民的な合意の得られるビジョンの形成とそれを実現するためのプロジェクトの創生です。当然このようなビジョンとプロジェクトは単独の人間によって作られるものではなく、多くの人々の知恵を集め、さまざまな種類の対話を重ねて形成していくものであります。 ここではそのような対話の端緒を開く意味での私の意見を述べさせていただきます。
(1)豊かな自然の生態系の復活
 故郷を讃える歌には必ず豊かな自然が織り込まれています。生命に溢れた郷土こそ、愛し、懐かしみ、誇れる場所です。 特に農薬の散布、洗剤を使った水の垂れ流し、そして、三面張りなど生態系への影響を無視した治水工事が日本の農村の生態系を無残に破壊してきました。それが、子供たちから遊び場を奪い、潤い豊かな自然に浸る安らぎを奪い、精神的荒廃の大きな原因となってきたことを直視すべきでしょう。本来日本の国が持っている豊かな生態系の復活はこれからの日本にとって最大の挑戦課題です。
まずは脱農薬農法、洗剤無放出洗浄、自然河川工法などを国家プロジェクトとして取り上げたいものです。
(2)美しい路の創造
 昔の日本の絵画には東海道五十三次など、美しく、市場溢れる路が描かれています。ヨーロッパには現在でも美しい路並みが至る所に残されています。今の日本のどこにそのような路が残されているのか、はなはだ悲しい状況です。
 家の中に如何に立派な家電が並んでいようと、路が美しくなければ、生活環境が良くなったとはいえないでしょう。
 市街地は歩いて楽しく、自動車道路は走って楽しいような路としたいものです。
 それに自転車専用道路があれば省エネルギーも促進します。
 ガードレールは芸術的なものに替え、電線、電話線は地中埋設に替えていきましょう。
(3)持続可能型産業構造の構築
 産業革命以来の環境を顧みず、開発、発展のみを追及した開発型産業構造から、持続可能型産業構造(循環型産業構造)への歴史的な転換期にさしかかっています。
 意欲的、積極的に持続可能型産業構造を追求し、新たなる方向を世界に示すことが日本の歴史的な役割と考えます。
 日本は過去において、化石燃料に全く頼らずに豊かな文化を花開かせてきました。まさに持続可能型文化を実らせたのであります。このような文化を築いていく知恵は日本国民が潜在的に持ち合わせているものであり、今こそそのような知恵を蘇らせ、科学技術と融合させて省エネルギー、省資源にして持続可能且つ豊かさを齎す、産業構造を構築していきましょう。
(4)予防医学の推進
 近代医学の進歩は目覚しく、たとえば過去に不治とされてきた天然痘、結核、ハンセン病等も克服してきました。しかし一方においてエイズ、各種成人病、癌、新型ウイルスなど克服しえてない新たな病も広がってきております。これらの治療のための医療負担はますます膨大なものとなりつつあります。ひとつの病を克服すれば、別の病が出現し、いわばもぐらたたきの様です。これは近代医学が対症療法から始まっていることにひとつの根本原因があると思います。病の治療以前に重要なのは病にならないようにすることです。
 予防医学にこそ国家としての絶大な努力が傾注されるべきです。
(5)辞書の編纂
 現在は情報化社会と言われていますが、一方では種々の情報が氾濫し、何が本当なのか紛らわしいという状況も生まれてきております。また科学技術の進歩を目指そうとしているにも係らず、その情報の多くは専門家でなければ知りえないという実情です。
 国家が多くの専門家を動員して、科学技術、法律、歴史、国語等に関する詳細な情報をも含む辞書を編纂することを提案します。
(6)新教育制度の模索
 現在の日本の教育制度は明治維新において富国、強兵を目的にして欧米の教育システムを模倣して作られたものです。第二次大戦後に見直されたもののその基本は変わっていません。すなわち現在の教育制度は教育というものが何を目標としてなされるべきか、そのためにはどうあったら良いかという基本的は考慮や議論がなされないまま作られ、またそのまま継続されてきたものです。
 これからの教育は国家の統制を最小限とし、多くを地方自治体の創造性に委ねて、さまざまな試みを展開し、そのような試みの中から次第にふさわしい形を見出していくようにしたいものです。
教育というのは根本において次世代に善智識を伝えていくことを目的とするものでしょう。その意味で特に教育を専門の教師だけに任せるというのは根拠の乏しいことであり、社会人も教育の一端を担うという形にしたいものです。
(7)地産地消型食文化の追求
 食の自給率を高めようという政策が提言されていますが、最も良い形は最大限地産地消型の食文化を普及することである、と思います。それにより食の安全も保持されやすく、輸送などのためのエネルギーも節約できます。
 これからの日本にはエネルギーと農薬多消費の大農法は似つかわしくありません。
 こまめに作物の面倒を見る小規模、有機農業が広まり、地産地消型食文化と融合する形が望ましいです。

 以上のような課題を追求し、実現していくためには甚大な労力と叡智が求められます。
 それ不況だ、それ経済対策だ、と大騒ぎするのでなく、このような目的意識をしっかりと共有し、そこに向かって国民のみんなが力を合わせて一歩一歩着実に進んでいこうとすころから、日本の明るい、希望に満ちた将来が開けていくと信じます。
by masaaki.nagakura | 2009-07-07 08:22 | 想うこと
想うこと4経済とは何か(28)経済政策への提言4.実り豊かなプロジェクトの提案
実り豊かなプロジェクトとして次を提案します。
(1)豊かな自然の生態系の復活
(2)美しい街路の創造
(3)持続可能型産業構造の構築
(4)予防医学の推進
(5)辞書の編纂
(6)新教育制度の模索
(7)地産地消型食文化の追求
これらのプロジェクトはいずれも民間の力を借りつつも、国家もしくは地方公共団体がリーダーシップをとって実施していく領域のものです。
これらの実行に当たっては現在の余剰労働力(失業者)を活用します。といっても失業者が直接これらに携わるというわけではなく、それを実施するにふさわしい人達を民間および公務員の中から選んで、その任に当たってもらうのが良いでしょう。そうなると余剰労働力の活用にならないという意見が出るでしょう。しかし、これらのプロジェクトへの参画により空きが出来たポストに別の人材が入り、その連鎖により国民全体に仕事がいきわたる形となります。無論スムースにそのような連鎖が成り立つには官民の連携、民間企業間の連携を緊密にして、仕事を相互に受け渡す制度、ルールもしくは社会習慣の確立が前提となります。
これらのプロジェクトは世の中の景気変動の波から生じる余剰労働力の吸収場所にもなります。すなわち日ごろからこれらのプロジェクトの計画を十分に練り、人材に余力が生じた時にその人材を活用できるように準備しておくのです。
なお、上記のプロジェクトはいずれも国および地方公共団体が協力してリーダーシップをとり、民間の力を活用して実施することになると思いますが、これが真に実行されるためは何よりもまず官も民も含めた意識の盛り上がりが前提です。
次からは上記のそれぞれのプロジェクトの趣旨を説明します。
by masaaki.nagakura | 2009-07-06 09:00 | 想うこと
想うこと4経済とは何か(27)経済政策への提言3.実り豊かなプロジェクトの創生
国家による経済政策の目標として「持続可能な社会の実現」と「万人がところを得る」という二つをあげました。
これを具体的に実現していける国のプロジェクトを創生していきたいものです。
最も望ましい国のプロジェクトとは「持続可能な社会の実現を求めるものであり、それを求める過程において、万人がところを得る」ものです。それを実り豊かなプロジェクトと呼ぶことにします。
この実り豊かなプロジェクトについてたとえ話をします。
「時は採取経済の原始時代です。ある小さな村があり、相当豊かな暮らしをしていました。男たちは森に鹿や熊を追い、女達は火をたいて料理をし、獣の皮から衣類を作り、山葡萄を積んで、時にはお酒も造りました。
次第に人口が増えて村も大きくなってくると大きな問題が出てきました。森林の伐採が進んで、獣が少なくなり、果物や木の実の収穫も少なく、その上洪水も頻繁に起こるようになりました。さらに村の中に貧富の差というものが出てきました。以前は誰もが満足した食事が出来、時には酒も飲めたのですが、今では腹をすかせているものもいます。富んで力のあるものは人数を集めて組織をつくり狩猟を行うので収穫はよく、たくわえも出来てきたのですが、一方そのような組織に属しない人は狩猟をやっても成果は乏しく、かつかつの生活です。時には一時的に組織に呼ばれて狩猟に参加すると多少の分け前をもらえるのですが、それはたくさん獣のいる猟期のみで、それ以外は仕事もなくぷらぷらしているだけです。村の長老はこの様子を見て村人を集めて相談します。諸君、村がこのようになってしまったのは私たちが森を荒らしてしまったからだ。見境なく木を切り倒したため、獣も遠くに逃げてしまい、木の実も少なくなった。それに富んで力のあるものは遠くまで人数を頼んで出かけて、獲物を捕まえてくるが、その力のないものは乏しくなった森の中で獲物を捕る当てもなく飢えている。村がこのような有様であるのは実に情けない話ではないだろうか。
そこで諸君に提案がある。まず何よりも森の命を復活させる必要がある。木の実のなる木を植えたり、獣が安心して子育ての場所をつくったり、洪水を防ぐ防波堤をつくったりする。諸君確かにこのような仕事はすぐに食べものを生み出すものではない。しかし遠い将来にわたって村に豊かさをもたらす元になる。このような仕事を、今仕事を持たない人たちに是非お願いしたい。そして富んで力のある人たちよ。その人たちに食べものを与えてほしい。そのような仕事の結果はあなたたちにも恩恵となることを理解されたい。
と、このような長老の話に皆は感銘し、それに従いました。その結果、10年後には豊かな森が復活し、村は元の豊かさを取り戻しました。」
これは昔の小さな村を例に挙げたたとえ話です。この村を日本という国に、そして時代を現在に置き換えてみます。
森が荒れるというのは社会持続可能性が失われきたということです。仕事がなくぷらぷらしてる人達がいるということは不況で仕事が乏しくなってきたということです。そして長老が「荒れた森と回復させるために現在仕事を持たない人達に尽くしてもらいたい」と言ったのは「この社会の持続可能性を高めるために、現在仕事のない人達に力を尽くしてもらおう、ということです。
by masaaki.nagakura | 2009-07-01 08:58 | 想うこと