カテゴリ:私の旅( 33 )
私の旅 19 次世代農業展
幕張メッセで開かれていた「次世代農業展」に行きました。
目的はこの最初の写真の水素とオゾンガス併用の水耕栽培の装置メーカーとの相談でしたが、そのほか色々面白いのがあり、引き込まれました。

水素を水中にバブリングさせて、時折オゾンガスをバブリングすることで、生育促進且つ根腐れ防止とのこと。
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地元産の果物でお酒をつくるお酒つくり請負。
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地元産の果物でゼリーなどのお菓子を作るお菓子つくり請負産業。
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ソーラーパネル関係の展示はあちこちに。
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太陽光を通過させるソーラーパネルで温室の屋根に備えることが出来るとのこと。
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NMR共鳴浸透水というので収量増加とか?
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木の粉を固めたものの内部にきのこの菌糸を繁殖させて、きのこを育てている。
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薪利用の温水器。
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調理用の薪ストーブ。
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水の気化熱を利用した冷風機。
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唐辛子をしみこませた釘みたいなものを土中に打ち込んでモグラよけ。
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これも作物の収量を増やす水。
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この最後の写真は水を変えずに海洋生物を変える水槽。「メダカのように簡単にクマノミが飼えます」というのが売り言葉です。
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by masaaki.nagakura | 2015-10-21 13:00 | 私の旅
私の旅18 黒姫童話館
2015年10月12日黒姫童話館を訪ねました。
童話館の近くに黒姫山がそびえ、その右側のやや遠方に妙高山が見渡せます。
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こちらが妙高山。
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童話館に着きました。
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木彫りの熊君が出迎えてくれる。
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ここから見ると黒姫山もロマンチックな雰囲気を漂わせる。
青春が蘇る想いです。
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中に入ると「もも」の作者のミヒャエル・エンデに関わる展示もある。
「未来の世界はファンタジーからしか育ちません」と言うのはいい言葉です。
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ミヒャエル・エンデは亀さんが好きだったようです。
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信州の民話の展示もあり、その中では「あさこ ゆうこ」という話がとても印象に残りました。
これは仲の悪かった隣村同士があさこ、ゆうこの計らいで仲直りするという話です。
この物語にはいまの世界の今と未来が重なって見えます。
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けんかばかり、は世界中で起こっています。
経済競争という知恵比べで勝ち負けを競うのも日常です。そして負けた国は勝った国の言うことに従わなければならなくなります。
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でも異国の人同士があって心から話せばお互いがどんなに似ているかに気づかされます。
相手の中に自分を見ることが出来るのです。
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それに気づいた人達は国や人種の異なるお互いを結びつける提言をするでしょう。
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そして、みんながより良い未来の地球を作ることを競って、やがて本当の世界平和が実現します。
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日本も韓国や中国やの隣国と小さな島を取り合って争ったりなどしてますが、この物語のようにもっと地球全体のためになることで競争して仲良くなれば良いのに、と思うのです。

竹島や尖閣諸島は未来の持続可能な地球のモデル村を作る競争の島にしたら如何なものでしょうか?
by masaaki.nagakura | 2015-10-17 11:17 | 私の旅
私の旅19 兼六園

2015年9月2日より金沢に出張。9月3日の早朝に兼六園を散歩しました。
威風堂々とした大樹達、風雪に耐えて生きてきた歳月の永さに想いをはせさせるねじ曲がった木々に魅了されました。
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兼六園は金沢城に隣接した金沢の中心部にあって周囲を睥睨できる位置にあります。100万石といわれた加賀藩の第5代藩主が最初に造営し、歴代の藩主(特に11代から13代)により増築、改築がなされ、明治以降もたびたびの改造がなされて現在に至っているようです。

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特に松の木の巨木やねじれた木が多く、歴代の藩主の松への愛着のすごさを感じさせます。

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桜の大木もあります。
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池の造営にも大分こだわっているようです。
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川に沿った菖蒲の群れ。開花すれば見事に違いない。

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梅林は明治以降に全国から集められた苗で構成されているとのこと。
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梅林の土壌一面の杉苔の風情がいい。
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この松の孔は第二次大戦の末期に燃料とするための松脂を採取した痕とのこと。
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この山は池の隣にあり、池を掘った土を盛り上げて作ったものでサザエの形に似せて作られていて、それでサザエ山と呼ばれます。池を掘った土も芸術作品にしてしまう根性は立派です。

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これはサザエ山の頂上で、この傘があるのでカラカサ山とも呼ばれるとのこと。
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サザエ山を裏から見たところ。
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風雪に耐えた樹です。
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多分大風で折れて、そこからまた枝葉が伸びている樹です。
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最後に金沢城跡をみて、兼六園の遊覧を終えました。
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by masaaki.nagakura | 2015-09-05 16:43 | 私の旅
私の旅18 熱海でいとこ会そして沼津に
2015年6月21日、熱海の町が一望に見渡せるかんぽの湯というところで50年ぶりくらいの「いとこ会」が開かれました。
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母方のいとこ達が集まったのです。
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この会は母親の姉の節子さんが100歳になったのを機会にということで開かれたものです。
写真の右が節子叔母、左は私の母親で95歳です。
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このお二人は静岡県富士市の愛宕山の麓の岩本と言うところのお茶とミカンの農家、影山家の出身です。
私も含め幼いころは夏休みになるといとこ達は岩本の影山家に集い、一緒に遊んだものです。
私にとっても岩本は故郷のようなものです。
懐かしいそのころの話に花が咲きます。
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母親と節子叔母を囲むいとこの女性陣、みんな70歳前後という年の割には若く、しかも美人、と言うのは贔屓目かな?
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後はカラオケも出て、昔の歌謡曲に熱唱。
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次の日は私の母親と兄妹(弟と妹)と沼津の妙覚寺にご先祖の墓参り。
私の先祖の長倉家は代々沼津の間門と言うところに住んでおり、妙覚寺には先祖代々の墓があるのです。
妙覚寺に行く前に車で香貫山(かぬきやま)に登りました。
私は小学校5年から中学3年までという遊び盛りに沼津の香貫山の麓の香貫というところに住んでいて、この香貫山には本当によく登ったので大変懐かしい。
山に咲くアジサイも「よく戻ってきてくれました」と私を迎えてくれているみたい、懐かしいふるさとの匂いがする。
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山の合間に見える海は良く泳いだ、牛伏海岸(うしぶせかいがん)の方向か?
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また向こうに見える半島の岬は観光船の竜宮丸に乗っていった大瀬岬でしょう。
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次は香貫山の展望場所で撮った私の母親と兄弟達。
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同じ展望場所には若山牧水の歌碑。「香貫山いただきに来て吾子と遊び、ひさしくおれば富士はれにけり」
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この歌碑の説明は次です。
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この歌で吾子というのは若山旅人(たびと)さんで、私の父の親友でした。

さて妙覚寺に来て、墓参りも済ませて、庭を巡ると、蓮が大きな鉢に植えてあります。
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花は大変美しく、本当に清廉ないい香りです。こんなにすがすがしい香りがするものとは知りませんでした。
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この庭には私の曾祖父に当たる長倉計吉の寄付した灯篭もありました。これまで何回も墓参りはしたのですが、この存在には気がつきませんでした。
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弟の話では長倉計吉は駿河銀行の頭取(役員?)を勤めていたころに寄付をしたものだろうと言うことです。確かに中段に「長倉計吉」の名が、下段に「駿河銀行」と刻まれています。

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帰りは沼津港の近くの鮮魚料理店街の「丸天」と言うお店で金目鯛の刺身や煮物を堪能しました。
「丸天」は私の家の近在の人で、この店を毎月のように訪ねているという人から紹介してもらいました。

懐かしい人達と会話を交わし、懐かしい山河に出合い、ご先祖の足跡に接し、そしておいしいものを食べました。
はしゃぎ過ぎたせいか、その後、体調をくずしたのですが、それを差し引いても十分なお釣りのくる楽しい旅でした。













by masaaki.nagakura | 2015-07-02 13:00 | 私の旅
私の旅 17  富吉にて(夏美ちゃんが亀さんを救った話)
私の母親と弟、長倉正受の家族は愛知県蟹江町の近鉄蟹江駅の近くに住んでいて、その隣の近鉄冨吉駅の近くに妹、深山加代子の家族が住んでいます。本日5月30日午後は弟の娘の結婚式で、私は昨夜は妹の家に泊まりました。九州は福岡から姪〔妹の娘、矢野葉子)の家族も来ています。
今朝方、姪と姪の娘の夏美ちゃんが近くの川から亀を捕まえて来ました。次はその亀をめぐる実際の話です。話を面白くする為に多少の脚色を加えています。

 夏美ちゃんが亀を救ったお話

 今日は初夏のすがすがしい朝です。
 亀さんが芝生で甲羅を干しています。(クサガメ君のようです)
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そこにアローが現れました。そして亀さんに噛み付いたのです
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夏美ちゃんが「アローいじめちゃダメッ」とタモで亀さんをかばいます。
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夏美ちゃんの妹のあいかちゃんがパトロールカーに乗って偵察に来ました。
「なにしてんの、亀がかわいそうでしょ」
アローは言うことを聞かずに、なおも亀さんに絡みます。
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夏美ちゃんが亀をタモに救い上げます。
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亀を助けた夏美ちゃんに竜宮からのお迎えはきませんでしたが、亀みたいなパトロールカーに乗ってお父さんに推してもらいご機嫌です。
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by masaaki.nagakura | 2015-05-30 10:49 | 私の旅
私の旅16 パンチャラマの笛に寄せて  
フェイスブックでお友達にしていただいた高木京子さんからの知らせでパンチ・ャラマというネパールの方が指揮するバンド「チョータリミニライブ」の演奏が5月16日熊谷のニットーモールでありました。ネパールの地震への募金もかねての演奏でした。
私はネパールには特別な恩義を持っていたのでこの機会とばかりに出かけ、演奏に聞きほれた上、寄付もさせてもらいました。
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これはバンドのメンバーの方たちとの写真、左から2番目が私、その右側がパンチャ・ラマさん、一番右はパンチャ・ラマさんの弟さんです。この弟さんは地震の後にネパールに向かい、被災地の支援をしたということです。
パンチャ・ラマさんと弟さんとはしばし、親しく会話をさせていただきました。
そして私がネパールで受けた恩義についても話させていただきました。

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私がネパールで恩義を受けたというのは40年も前で、私が30歳のころの話です。その話を記します。

私はインドに特別の思い入れがあって、最初に行った外国がインドでした。40年前ごろ、30歳ころの5月でした。
心の恩師である奈良毅先生の紹介でカルカッタのラーマクリシュナミッションに何日か過ごし、ラジギールでは日本山妙法寺に世話になり、ブッダガヤにて大塔をめぐりました。その後はバーラナシーを経てニューデリーに向かうつもりでしたが、暑さに耐え切れず、パトナよりバスでネパールの首都カトマンズに向かったのです。
カトマンズで数日を過ごし、その間トレッキングでヒマラヤも見てカトマンズに戻りました。

カトマンズを去る前の日のことです。日本への土産をということで一日カトマンズの街を歩きました。
露店で一枚一ルピーの版画を何十枚も注文したときに、店主が大きな瞳で私を見つめ、ゴクリと生唾を飲んだ(ように思えた)のを妙に覚えています。
ある店(露天ではなく、結構立派な骨董品を並べているようなお店)で美しい青銅の女神像を見つけたのです。
「美しいなーーー」と思ったですが、高価で財布をはたかなければ買えそうにないのであきらめました。

ところが宿に帰り、横になるとしきりにその女神像のことが思われて、頭から離れません。そのしまい「この女神像を手に入れれば自分は結婚できるのに違いない」という妄想まで浮かんできます。しかし、次の日は朝早く空港に向かわなければならず、また店に行く時間はありません。

決心して床を抜けだし、夜道をそのお店に向かいました。
でもやはり店は閉まっております。

するとそこに若いネパール人の男性が通りかかり、私にどうしたのか、とたづねます。事情を話すとその男性は直ちに、その店の裏のほうに回ってドア(?)をたたき店の主人を呼びだしてくれたのです。そして私はその女神像を手に入れることができたのです。

その男性と、私の宿の近くまで歩きました。別れようと思ったら、「ヌードルを食べないか」と言うのです。私は次の日のフライトが早いと言うことが頭にあったのでとっさにそのことを話し、断ってしまったのです。

後で、その男性は腹をすかせていたのでないか、と思い当たり、あっさり断ってしまったことを後悔しました。
私が断っときにその男性はいやな顔もせずに(記憶の中では)ちょっと淋しげな笑いを浮かべて去っていったのです。

やがて私は結婚もできたのですが、いまだにあのときにあの女神像が手に入ったためだ、と言う思いがあるのです。

そのとき以来私はネパールにはいつか恩返しをしなければ、という思いを抱き続けてきました。
今回の寄付はその償いとしては決して十分なものではないのですが、何か胸のつかえがひとつ下りたような気がしております。

パンチャ・ラマさんの吹いている笛はバンスリと呼ばれる竹笛です。
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一本購入しました。
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by masaaki.nagakura | 2015-05-19 21:39 | 私の旅
私の旅15 房総の旅
去る2015年2月26日私が幹事となり、小川町飯田神社の総代7名で内房総に一泊の旅をしました。
宿泊先は内房線沿いの安房勝山の民宿「おしなや」。 宿に着く前に雨の中で河津桜を鑑賞です。
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「おしなや」は海の前です。
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夕飯は伊勢海老とアワビ他、海鮮料理、海を眺めながらの風呂も良かったです。
次は民宿のおかみさんにとってもらった朝食の風景。
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翌日は安房勝山から内房線で二つ千葉よりの駅の浜金谷へ。
ロープウェイで鋸山の山頂へ向かいます。
ロープウェイに向かう途中でわかめを干しているのに出会いました。私はわかめが大好きなので「こんなふうにしてわかめができているんだー」と感動です。
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ロープウェイで鋸山の山頂に登ると絶景の眺め。まず浜金谷の街を見下ろします。
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山と海と雲の壮大な眺めです。
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なにより雲の雄大さに見惚れました。
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また浜金谷の港を見下ろすと向こうに浜金谷から久里浜に向かうフェリーが見えます。
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私たちは先ほど山頂で話し合って、フェリーで帰ろうと決めばかりでしたので、そのフェリーの眺めにちょっとときめく思いがしました。
ロープウェイを降りて浜金谷の港に向かう途中でまたわかめにであい、今度は近接で撮影しました。
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さてフェリーは平日とあってがら空き。最前列で海を眺めながら、浜金谷の酒と蒲鉾、たこ焼きに舌鼓を打ちながら、しばし海の男のロマン(幻想)に浸りました。
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(上の写真の左の煙突は久里浜にある横須賀火力発電所とのこと)
by masaaki.nagakura | 2015-03-09 18:50 | 私の旅
私の旅14 蟹江中学校同窓会
 私は横浜の生麦で生まれたのですが、父が仕事を変えるのに伴って引っ越しを繰り返し、学校も数回転校しています。小学校は横浜市鶴見の東台小学校に入学し、1年生の2学期に東京都板橋の志村第2小学校へ転校し、小学校5年生の2学期に静岡県沼津市の第4小学校に転校しています。中学は沼津市の香貫にある 沼津第2中学校に入学、三年の2学期に愛知県の蟹江町の蟹江中学校に転校しました。
 小中学校を東京の板橋、静岡県の沼津、愛知県の蟹江と渡り歩いたわけですがそれぞれに気象が異なり、転校するたびにカルチャーショックのようなものがありました。
 沼津は東京に比して気象が荒い印象でしたが、蟹江は更に荒く、それに比すと沼津はまだマイルドです。
 一方情の深さ、素朴さあるいは野性味という点では蟹江が一番という心象です。
 蟹江中学校は昭和34年(1959年)に卒業したのですが、その時の3年D組みの同窓会が20年ほど前に始まり、数年に1回程度ですがずっと続いています。
 私が蟹江中学校に通ったのはたったの半年程度ですが、その時の同窓生が懐かしく、同窓会には毎回出席しています。
 今年の同窓会は西光寺という寺の隣の料亭でした。
 今回も懐かしい面々との出会いが元気を与えてくれました。
 以下はその時の写真です。 担任だった加藤先生もお元気で参加していただきました。
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この人は加藤先生ではなくて、笑い顔があまりに良かったので撮っただけの話です。次の写真の中央の紫の衣装の人が加藤先生。
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この人の笑顔も素敵です。
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笑顔はみんな素敵。
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最も暴れん坊(私観)だった彼の笑顔(下の右)がまたいい。
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別に口説いているわけではない。懐かしくて話しているだけ?
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この下の左は蟹江中学で模型飛行機に燃えた、そして今も燃えている人。右は吹奏楽に燃えた、そして今はカラオケに燃えている人(今回の幹事です)。何が共通の話か、想像つかない。
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語らいの一時。

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加藤先生を囲んで。卒業したのが1959年ですから、55年の時が流れての今日です。

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この最後の写真の一番左、間の抜けた表情でつっ立っているのが私です。


by masaaki.nagakura | 2014-10-28 13:01 | 私の旅
私の旅13  名古屋大学ホームカミング
2014年10月19日に私の卒業した愛知県蟹江町の蟹江中学の同窓会があり、帰郷したのですがその前日の18日が名古屋大学のホームカミングデイでしたのでそれに出向きました。
催しがたくさんでほんの一部しか回れなかったのですが、非日常の講演や、見ものに出会えました。
これは素粒子のヒッグス粒子発見の話。ヒッグス粒子は素粒子に質量を与える粒子ということ。その発見のためにジュネーブの巨大な加速器で途方もない規模での実験が進められている。ヒッグス粒子らしいものが見えてきているという話。物理学を学んだ私でもチンプンカンプン、ただ宇宙の深淵の前に立ちすくむ思いでした。
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次はオーロラの話。太陽の活動とオーロラの密接な関係についての説明がありました。
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オーロラは太陽風と地球磁場からできたプラズマシートに蓄えられた電子が南極と北極の両側に流れ込んで、大気を光らせているという事。プラズマシートとはネットの画像からですが、次のようなもの。
宇宙の繰り広げる壮大なドラマです。
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このオーロラの話は名古屋大学太陽地球環境研究所の講演会でした。
この講演会場ではいくつかの実験展示があって、その一つがオゾンに関するものなので関心を持って見学しました。
①三角フラスコに水銀ランプを入れてオゾンを発生させます。
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②ミカンの皮を三角フラスコに入れてふります。
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③すると霧のようなものが三角フラスコ内に立ち込めます。
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この写真ではよく見えませんが、確かに霧か靄のようなものが立ち込めたのです。
ミカンの皮からでるにおい物質がオゾンと反応して出来た化合物が核となって周囲の水蒸気がひきつけられて微粒子になったものだ、いう事で、オゾンを専門にしている私にとってもちょっと不思議な現象です。

つぎに見たのは縄文時代の器。
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それから巨大なアンモナイトの化石です。
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それから樹齢950年のヒノキの年輪です。
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自分の中にある時間と空間の尺度が一挙に拡大した一日でした。
by masaaki.nagakura | 2014-10-23 13:00 | 私の旅
私の旅12 名古屋大学
10月1日は名古屋大学を訪ねました。オゾン発生噐の修理の為です。ここは私の母校でもあり、なつかしい思い出がひろがります。ここは私伊藤憲昭教授のもとで2年間学ばしていただいた原子核工学科であった建物。
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 もう40年も前の話ですが当時は原子核工学というのは新分野で研究者の活気に満ちていました。
今は「原子」という言葉を大学の科に使用することはどこの大学でもなくなっていて、時代の流れとはいえ、今昔の感がします。
 私が向かったのは橋梁の免震構造体の耐久性を評価する為の試験設備。 ここはかってプラ研(正式名称名古屋大学プラズマ研究所) と呼'ばれた建物群の一番奧の方にあります。プラ研と言うのは全国の研究者の集う核融合装置の研究所でした。今はプラ研のメインビルヂングのあったとおぼしき場所かその手前に総合研究棟(地域環境系)という大きなビルが建っています。プラ研は土岐の核融合研究所に移転し、今は当時お面影は全くありません。これもまた今昔の感です。

自然界のオゾンはゴム系材料の最大の劣化要因とされ、その劣化を加速して調べる為にオゾン曝露試験装置というのが用いられますが、ここのはその装置のひとつです。橋梁の免震構造体が大きい物なのでそれを収納する曝露試験装置もかなり大きい。

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 作業をしている途中に大勢の学生が入って来て隣の部屋にあった荷物を運び出して、トラックに積み込んでいます。多分こちらの研究施設で不用となったものを貰っていくのだろう、「何の研究のためなの」と聞いたら、「雲の発生への宇宙線の効果」ということ。「それは雲を雲を掴むような話だね。」と言ったら、「そうなんです。」と笑って答えてくれました。私はこの話をして心が和みました。ネットで「名古屋大学 雲 宇宙線」のキーワードで調べたら太陽地球研究所の宇宙線研究室(総合研究棟にある)の学生さん達と判りました。

 名古屋大学が昔(およそ40年前)と変わったのは、原子核工学科の名称やプラ研の跡ばかりではありません。建物群は抜群に増えている。印象深かったのは食堂でかっての大衆的な学生食堂がちょっとした高級レストランに。
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でも若い学生達の元気な姿は昔と変わらず、私も昔を思い出して若返った気分になりました。




by masaaki.nagakura | 2014-10-02 00:10 | 私の旅