カテゴリ:トルコ旅日記( 9 )
トルコ旅日記11. 補遺 トルコの産業
トルコを周遊した間、バスに乗っている時間はとても多く、野外の景色は飽きるほど観たのですが、建造物の多いイスタンブル、アンカラなどの都市部を除く、山、海、丘陵、荒野、畑です。今回周遊した範囲では西側は畑が多く、平地となだらかな丘陵地帯はほとんどが畑で作物はヒマワリ、オリーブ、トウモロコシ(らしき作物 )が多い、
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イスタンブールから南下した地域では圧倒的にヒマワリが多く、エーゲ海に近づくにつれてオリーブの比率が高くなり、トウモロコシは点在する程度です。西の山岳地帯は畑もありますが、圧倒的に荒野が多いように見えます。山に生える樹木は松が多いようです。
ところで、日本の農林水産省の統計をみるとトルコの農産品の生産量は、小麦、テンサイ、牛乳の順でヒマワリ、オリーブなどは統計表にも載っていないのです。私はてっきりヒマワリやオリーブがトルコの主要な農産品でないか、と思っていたので、これは意外でした。でも私たちが廻ったところがトルコの西海岸側、エーゲ海側と中央部の一部であること、また、季節が7月ということで、空間的にも、時間的にもトルコの一部を観たに過ぎない、ということを考えれば不思議ではないでしょう。
牛さんの群れ、羊さんの群れはところどころで見ました。トルコは御先祖が遊牧民だし、酪農は盛んなのでしょう。この事に関連してホテルのバイキング料理では何種類ものチーズが出されていました。またツアーの途中で革製品、絨毯の展示、販売所に寄ったのですが、いずれも見事な出来映えの品々でした。
革製品は衣類が多く、このように試着のショウのようなものを見せての販売です。
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絨毯は織るところも実演して見せてくれます。絨毯織にはシングルとダブルがあり、ダブルは手が込んでいてトルコでなければ出来ないとの事です。
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絨毯の材料は羊毛、絹、綿です。絹については繭から紡ぐところを見せています。
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これは染織でなく、羊の毛の色をそのまま使った絨毯です。
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私はこの絨毯の魅力に魅せられて、同じようなものを一枚買ってしまいました。
伴侶には国際電話で購入の承諾を求めたのですが承諾が得られず、でも買ってしまいました。
Iちゃんは「長倉さんは家にもどっても追い出されるだろうから、その絨毯を持ってカッパドキアの洞穴に住んだ方が良いよ」と笑われていました。幸い、追い出されてはいません。
トルコにはまだまだ魅せられるものがあります。一つはトルコ石です。これは思っていたよりずっと高価でうっとりと眺めるだけで手は出せませんでした。「トルコ石買ってくるからね」と豪語してたのですが!
この石はトルコでは幸福の石と言って、オスマントルコの皇帝は、最初に男子を生んだ妃にだけこの石を与えたという事です。
次に魅せられるのは焼き物です。焼き物の展示・販売店では大先生が成形するところを見せてくれます。
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こちらは模様をつけているところ。
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私は小さな杯を一つ買いました。なお、観光地の露店では様々な絵柄の焼き物(鍋敷き、マグネット付きタイル、小鉢)などを手ごろな価格で沢山売っています。そちらは沢山買いました。

以上大分土産の話に偏ってきてしまいましたが、トルコの産業という事でまとめます。
トルコには3種類の産業があると思います。
一つは遊牧民であったころからの先祖伝来の技に基づく産業で、革製品、絨毯などの織物、酪農製品です。
2番目は地中海沿岸に定住するようになって習得した技術による産業で、穀物、ヒマワリ、オリーブ、果樹等の定住農業の産物の生産であり、又焼き物、建築、ガラス工芸、トルコ石等宝石加工などです。因みにイスタンブルのモスクの中には美しい模様のタイルやステンドグラスがふんだんに使われております。なお、定住以後の産業には水産業が加わるでしょう。地中海に辿りついたトルコ人のご先祖は海の幸の獲得とその利用方法も学んできたのです。因みに日本のトルコからの輸入に農水産物の一位はマグロだというのが農林水産省の統計です。
そして3番目は近代の科学技術による産業です。工場は多くはなさそうですが、アンカラからイスタンブルへ行く途中にはフォルクスワーゲンの大きな自動車工場がありました。イタリアのフィアットや日本のトヨタもトルコに工場を持っているという事です。イスタンブルではボスポラス海峡を渡る地下鉄をトンネルは日本の企業(大成建設?)に、車両は韓国の企業(現代?)に作らせています。近代の科学技術に関しては現在まではトルコとは主に技術導入によって発展させてきているように思います。これからのトルコの産業に関しては予測し難いですが、一つ思うのはトルコ人のデザインの能力が新たな産業を生み出す可能性があるのではないか、という事です。トルコ人的な発想に基づくデザインが近代産業に新たな要素を導入する可能性があると思います。
伝統的な産業のうち革製品、絨毯、焼き物等はトルコの本領発揮の分野であり、他に追従を許さないものがあるのは事実ですが、それが今後存続続けられるか、衰退するかは微妙なところであるという気もします。これは日本でも同様ですが、これらの多大な人手を要する産業は人件費の増大に伴って、ますます高価になり、販売が困難になる傾向があるからです。このような高価なものを普通の生活をしているトルコ人が買えるようには思いません。
しかし、本物の良さというものには国境を越えた価値が生じます。 トルコはヨーロッパとアジアのはざまにあって、その国際的な存在感がまだ乏しい気もしますが、それが等身大で認められるようになれば、その伝統工芸の価値も等身大で評価され、自ずから需要は生じるように思います。

最後に私の夢をひとつ。
私の経営するエコデザイン株式会社はオゾン発生器とその応用製品を製造、販売しております。
オゾンは今後の持続可能な社会の実現のために、大いに役だつものです。
いつの日かトルコの人々と協同してその実用化の進展を追究したいと思います。
手始めとしては薬事効果のあるオゾン化オリーブ油とかオゾン化ヒマワリ油の製造施設をトルコに作りたい。
トルコにヒマワリとかオリーブが沢山あるのはトルコに来て初めて分かったのですが、エコデザイン株式会社はオリーブ油とかヒマワリ油を使ってオゾン化ヒマワリ油とかオゾン化オリーブ油を10年以上前から作っています。これをオリーブ油、ヒマワリ油の生産地であるトルコで作れば、莫大な需要を持つ産業が生まれます。

オゾン化オリーブ油とかオゾン化ヒマワリ油は薬事法の関係で日本では薬品として販売出来ませんが、実際の薬事効果(褥瘡、火傷、皮膚病他)は学問的にも認められています。

その製造にはノウハウが必要です。特に必要なのは製造時の安全上のノウハウです。
いつの日か、このようなノウハウをトルコのメーカーあるいは公的な機関と分かち合って、オゾン化オリーブ油とかオゾン化ヒマワリ油を作る日が来ることを夢見ます。
by masaaki.nagakura | 2014-07-27 12:16 | トルコ旅日記
トルコ旅日記10. まとめ
2014年7月26日、日本に戻り、この旅日記を記しています。日本も暑くトルコのアイスクリーム売りのおどけた動作を想いだしています。
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私達、旅物語トルコ8日間の一行は7月18日成田を立ちイスタンブルを出発点に、トロイ、
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エフィソス、パムッカレ、カツパドキアなどの遺跡を巡り、アンカラを経てイスタンブルに戻り市内観光、25日に成田に帰着しました。
23日のイスタンブルでブルーモスク、アヤソフィアの見学までについては特に印象に残ったことをトルコ旅日記1から9に記しました。
23日はブルーモスク、アヤソフィアを観た後、トプカプ宮殿を見学、海峡の下を潜りアジアとヨーロッパをつなぐ地下鉄に乗り、夜はベリーダンスを観ながら食事でした。翌日24日は、海峡をクルージング、17時10分イスタンブル発トルコ航空TK050便にて、25日10時33分成田に帰着しました。

成田空港にて、同行のIちゃんと寿司を食べ、日本のビールと日本酒で乾杯。「やはり日本の寿司がいいね」など、日本讃歌です。
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それにしても密度の高い旅でした。ここでまず、感謝の意を表します。
この旅、旅物語トルコ8日間、を企画してくれたJTBメディアリテーリングの人達、とりわけこの旅の最初から最後まで私達を引率して面倒をみてくれたUさん、歴史の話などユーモラスを交えて教えてくれた現地ガイドのBさん、一貫して安全な運行をしてくれたバスの運転士さん、この旅をいつも賑やかなものにしてくれた参加者の方々、とりわけ旅の先々で一緒に行動し、話相手にもなって頂いたNさん、Iさん、本当にありがとうございました。
オッと、忘れていけないのはIちゃん。彼はこの旅をわたくしに誘ってくれたのですが、旅先でもいろいろ面倒を見てくれました。特に時間にルーズというか時間感覚の乏しい私の時間管理をしてくれました。せかされるのはへきへきしましたが、先々でのバスの出発時間に遅れることが(ほとんど)なかったのは彼のおかげです。起床時間と歯磨きの注意までしてくれました。彼は私より大分年下なのですが、「僕は長倉さんの母親代わりをしてるようだ」と言っていましたし、それも否定し得ない私でした。
Iちゃんありがとう。

旅の心象
by masaaki.nagakura | 2014-07-26 05:00 | トルコ旅日記
トルコ旅日記9 アヤソフィア
ブルーモスクの近くにアヤソフィアという寺院があります。
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ここは、元々ローマ帝国でも最大級のキリスト教の寺院でしたが、オスマントルコに支配されるに及び、イスラム教の寺院に改修されたもの。イスラム教では偶像崇拝を排除することから、キリスト教の教会や寺院を支配したらその壁、天井に描かれた像の顔の部分を削るが、アヤソフィアでは、像の上に漆喰が塗られ、漆喰を剥がすと元の像が現れる、と言います。それは、オスマントルコの皇帝が隠密にそうさせた、と言うこと。というのは、皇帝の母親は、多くの場合出身がキリスト教であり、皇帝は幼いころから、異教徒に対して寛容であるようにと、母親に教えられてそだったから、キリスト教の寺院の破壊も控えたのであろう、と言うことです。
アヤソフィアは現在は博物館ですが、wikipediaによれば、一部にイスラム教徒とキリスト教徒が祈る場所が設けられています。
トルコはイスラム教を国教としていますが、信仰は自由て、この点が、他のイスラム教国と異なります。トルコのルーツは日本と同じモンゴリアンで、数百年をかけてユーラシア大陸を、東から西に移動して出来た国です。その間には、色々な宗教や思想に接して来たことでしょう。また、色々な人種とも接して混血もなされて来ました。そのトルコ民族としての歴史的経験が、宗教や人種の相違に対する寛容性をもたらせて来たのでないか、とも思います。


by masaaki.nagakura | 2014-07-24 22:12 | トルコ旅日記
トルコ旅日記7 カッパドキア
(1)洞窟ホテル
7月21日パムッカレにて石灰棚を巡った日の夜はカッパドキア地方のギョレメカヤホテルに宿泊。
このホテルは洞窟ホテルと言い、石灰岩の丘に洞窟を掘って、作ったもの、と言っても全部の部屋が洞窟と言うわけではなく、かなりの部分が石灰岩とおぼしき四角い石を積み上げてつくってある。Iちゃんと私が泊ったのは積み上げて作った方のです。
それでも窓から観る世界は円錐状の岩岩が立ち並んだカッパドキアの世界です。
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(2)カッパドキアの世界
カッパドキア地方は円錐状をはじめとした種々の形状の大小様々な岩が、立ち並んだ広大な地域です.
私たちの宿泊したホテルのあるギョレメはカッパドキア地方の一部ですが、特にキリスト教徒が、イスラム教徒の迫害を逃れるために、その岩岩に洞窟を掘って隠れ住んだ地域です。因みにギョレメは、見てはいけない、の意味だと言うことです。私たちは岩穴に作られた教会(ギョレメ野外博物館)、
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地下都市を見学しました。
教会は岩山に数十もの部屋や礼拝堂が掘られたもので、礼拝堂には壁から高い天井に至るまで色鮮やかなキリストや聖書の話を題材に画かれたとおぼしき壁画が一面に描かれています。イタリアのフレスコ画の原点はここにあるということです。地下都市と言うのは地下数層に掘り下げられた居住場所で、100は超えると思われる部屋(寝室、食料庫、調理場、ワイン醸造室など)が狭いとんねるで縦横に繋がれています。信仰を守ろうとする、あるいは生存を確保しようとする凄まじい執念を感じて溜息の出る想いです。
奇岩の立ち並ぶ自然の風景がまた凄い。数十メートルもの高さの円錐形の岩の上にポッコリと巨岩が乗っかっているところ、
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沢山のキノコ形の巨岩ニョキニョキと地面から生えているところ、
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ラクダ型の岩のあるところ
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など、見飽きない自然の芸術です。
この場所から少し離れた場所ですが本物のラクダもいました。
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by masaaki.nagakura | 2014-07-23 15:04 | トルコ旅日記
トルコ旅日記6 エフィソスとパムッカレ
今は7月23早朝。アンカラのヒルトンホテルにてこれを記しています。アイワルクを出て既に3日、ここまでの旅程について、印象に残った事を記します。正直な所、体験の密度が高く、印象に残ったことだけでも、短時間のうちに記すのは難しいので、要点を記し、後で写真で補うことにします。
遺跡、自然は、来る前に想像していたのより、全然スケールの大きなもので圧倒されました。買い物も楽しみました。特に印象に残ったこと列挙します。
(1)エフィソスの古代遺跡
エフィソスはエーゲ海に面し、シルクロードの一つの終点でもあり、古代ローマにおける東西の交易の要衝の都市、遺跡には、港に続く広い石畳の道。
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巨大な円形劇場、
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図書館、
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道の両脇に並ぶ店の数々。
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女神ニケの像。この花輪を手にして空を舞う女神はゼウスの使いで、この女神が行く先々で勝利をもたらしたと言います。
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古代の賑わいが彷彿とされます。

(2)パlムッカレの宿のベリーダンス
7月20日エフィソスの遺跡を見学した夜はパムッカレのコロッセアサーマルホテル
に宿泊。夕食後Iちゃんとビールを飲みながら屋外のカフェでベリーダンスを観ました。ひとしきり踊った後、ダンサーが数人の観客を誘い、ベリーダンスの指導。私も誘われて加わる。この踊りが何と昨夜のホテルの野外劇場で大勢で踊った踊りに良く似ています。私は昨夜の経験が役立ち、結構上手に踊れたように思いました。
(3)パムッカレの石灰棚
7月21日午前、パムッカレの石灰棚を回りました。ここも聞きしに優る壮大さと絶景。裸足で温泉水に足をつかしながらの散歩です。
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この周囲の風景の壮大さと、温泉水の中を巡る時の素足に伝わる感覚は体験してみないと、解らないと思います。
この石灰棚の山岳の近くには温泉プールがあります。
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ロシア人の観光客が多いということで、確かにそのようです。ロシア人は毎年夏になるとトルコの地中海沿岸の海水浴場に大勢訪れ、その滞在期間中にパムッカレまで一泊位で足を延ばす、というのが定番のコースだ、というのがガイドさんの話です。
by masaaki.nagakura | 2014-07-23 10:33 | トルコ旅日記
トルコ旅日記5. アイワルク(2)野外ステージにて
飲み物屋さんで買い、トルコ人の若者と飲んで、飲み残した赤ワインをIちゃんと、ホテルのベランダで飲みました。このベランダからは広く、涼しい風が吹き、ホテルのプールも見下ろせます。
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ワインを飲んでいるとどこからか威勢の良い歌声がどこからか風に乗り聞こえて来ます。私は好奇心に駆られ、ホテルを出て、歌声の方向を辿ると小さな野外ステージで何やら愉快そうなイベントが繰り広げられています。舞台に上がっているのは10人ほどの男女で歌ったり'、踊ったり、20人位の観客が、手拍子で合わせたり、笑ったりで賑やかなことこの上ない、私も近くの飲み物屋台でビールを求め、観客に加わります。そのうちにコメディが始まります。若者の扮するだだっ子が母親に駄々をこね、母親がそれを宥めるとストーリーのようで、観客は大笑いです。この場面は、スマホでビデオに撮ったのですが、途中てメモリーがなくなり撮影はあきらめました。フィナーレは観客も加わって踊り。両手を広げ、二人、三人、四人で向かい合って腰をゆっくり振りながらおおどります。集団での踊りは、互いの感性を通じ合わせる力を持つことがありますが、この踊りはまさにそのような踊りです。私はこの踊りを十分に楽しみました。
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by masaaki.nagakura | 2014-07-21 20:45 | トルコ旅日記
トルコ旅日記4 アイワルク(1)
トロイから一山抜けてエーゲ海の海岸に面したアイワルクのハリッチワークホテルにつきます。
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このホテルは島の中にありますが陸とは道で結ばれ、車で行き来ができます。この辺りは一帯がリゾート地で、今は夏休みでもあり、あちこちの海岸は、海水浴を楽しむ人達で賑わっています。夕食後にIちゃんと海岸を散歩。その後私は、ホテルの近くの飲み物屋さんにてワインを一瓶買いました。そこの野外テーブルにトルコ人とおぼしき屈強な男性が腰掛けてビールを飲んでいたので、ワインを勧めて見たら、コップに受けてくれたので、しばし話す。英語はほとんど通じず、日本語の片言で話したら36歳と言うので、では私の息子と同じだと、いうと、彼は目を耀かし、握手をして別れました。
束の間の交流でしたか、トルコの人とは感覚的にも付き合って行けそう、との感触を得ました。
by masaaki.nagakura | 2014-07-21 15:57 | トルコ旅日記
トルコ旅日記3.トロイへ
77月18イスタンブルのホリデイインホテルに宿し、19日35名の参加者と共にバスに乗り込みトロイに向かいます。トルコはイスタンブルの海峡を境に西がヨーロッパ、東がアジア。アジア側が、シリア、イラン、イラク等 と国境を接し、ヨーロッパ側ではルーマニア、ギリシャと国境を接します。トルコは文字通りヨーロッパとアジアに跨がる国です。私達の泊まったホテルはヨーロッパ側に位置し、バスはヨーロッパ側を海峡に沿って南下します。
トロイまで数時間の走行で、ヨーロッパ側もアジア側もほとんどがなだらかな丘陵地帯。その間、民家が集合あるいは点在する他は大部分よく耕された畑です。畑は、概して
広く、日本で言えば北海道がこんなだろうか、と思う。トルコは日本に比して面積が2倍、人口が2分の1程度であることを思うと、むべなるかな、です。畑の作物はアジア側では大半が向日葵でまだ緑の区画、一斉に黄色く花開いた区画、種が蒔かれたばかりか、茶色い土の見える区画がパッチワークのように広がり、甚だ美しい。
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フェリーでマルマラ海を渡り、ヨーロッパからアジアに向かいます。
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アジア側では向日葵もあるけれど、オリーブも多く、オリーブの比率は、南に来るほど増えてくるようです。
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トロイの発掘場所は想像していたより狭いが、想像していた以上に深く、三次元的に発掘されていて、古代の栄華と盛衰の歴史に思いを馳せました。
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シュリーマンが密かにドイツに持ち帰ったという遺物、財宝は、第二次大戦のソ連による空爆で焼失した、と言うガイドの話には、がっかりでしたが、後に「実はソ連が空爆に先立つて盗み、持ち去り保管していた」と言うことがゴルバチョフにより、公表
さるた、ということで胸を撫で下ろす。
トロイはギリシャの対岸にあり、ホメロスのイーリアスに記すようにギリシャが多数の軍船による戦隊を組んで向かった、と言うのも非現実的な話でない。シュリーマンが馳せた古代へのロマンも解る気がします。私は、遺跡の前の露店で販売していたトロイの解説書と木馬の絵のついた日除け帽子を買いました。次は遺跡の近くの模型の木馬の前でとった私の写真です。
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この木馬は中に入れます。実際にはこんなに大きなはずはなかったとは思いますが。
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by masaaki.nagakura | 2014-07-20 10:03 | トルコ旅日記
トルコ旅日記2. イスタンブルに
トルコ航空の客機に乗り込み18日12時離陸、同日18時にイスタ ンブル空港着陸。日本とトルコは6時間の時差があるので飛行時間は12時間です。フライト中2回の機内食。食べている時以外は居眠り、読書、映画鑑賞それからIちゃん(I氏のことをこう呼びます)とのおしゃべり。読書は伴侶が小川町図書館から借りてきてくれた「トルコの見方」(西脇保幸著)と最近我が家の紙類を片付けていたら何故か出てきた「白隠禅師の不思議な世界」(吉澤勝弘著)。「トルコの見方」はトルコの地理と歴史について概略の知識を与えてくれました。これからトルコを旅するのに役立ちそうです。なおイスタンブールではなく、イスタンブルと言ったのはこの書によります。
映画は山田洋次監督の「小さな家」、これがなかなか良かった。
1回目の食事は離陸して間もなくで、メインは鶏肉かナマズの選択、私は鶏肉を選んだのですがナマズを選んだIちゃんが食べれない、と言うのでそれも食べました。どちらも美味しかった! 飲み物はIちやんがトルコ製のビールで私がトルコのお酒のRAKU。RAKUは若干の甘味と香りのある焼酎という感じで、結構いける。ナマズを食べながらこれもトルコ製の赤ワインも頂きました。小さなボトルのワインをIちゃんがビールを飲み干した後のコップに分けたのですが、この後にハプニング。Iちゃんがおしゃべりに熱が入り過ぎて、ワインのコップをひっくり返し、Iちゃんが着ていたTシャツとその上に羽織っていた長袖シャツ(機内が寒いと着こんだ)にこぼしてしまったのです。上下のシャツは拭いたのですが、特にTシャツはワインカラーに染まり、いくら拭いても取れない。私はワインを失ったIちゃんを気の毒に思って、ボトルに残っていたわずかなワインを彼のコップに注ごうとしたのですが、Iちゃんは「もうワインは飲まない!」。Tシャツがワインカラーに染まってしまったのが、余程悔しかったようで、なおさら気の毒におもえました。
さて、ワインをこぼす前に、Iちゃんが熱を入れて話していたのは、多分ウクライナで旅客機が墜落したニュースか、それに関連したことでした。
IちゃんはI-PADを持参して来ていて、ウクライナでの事故のニュースもそれでキャッチして、私に伝えてくれていました。特に今回の航路は、ウクライナに接近した上空も通過するようで、関心は高まります。多少は心配にもなります。
結果としては墜落もせずにこうやってブログを書いて居られるのは、幸いです。
それから、ワイン騒ぎから、気を取り直したIちゃんが話してくれたのは、海外旅行時の保険の重要性ということです。2年前に彼はウィーンで旅行中に肺に孔があく病気になったが、ウィーンの名医の手術を受け、回復、それまで二週間かかったけど全て保険で済んだ、と言うこと。何日間かは1日18万円の部屋にて治療を受け、名医による手術、ホテルからの通院、これら全てが保険で
出来た、だから保険は絶対にしておくべきだ、と言うIちゃんの主張は、自らの体験に基づいているだけに、説得力があります。
2回目の機内食は着陸の2時間ほと前。これには酒類はつかない。






by masaaki.nagakura | 2014-07-19 08:35 | トルコ旅日記