2012年 03月 21日 ( 1 )
想うこと8 母なる宇宙に抱かれて(5)戦争の原因1.存在感への脅威
 森の精になって

1.今日の私は森の精、
 カブトムシの子達の巣を準備。

2.手鋸片手に篠(しの)を刈り、
 カブトムシの子達の巣を囲う。

3.熊手を持って落ち葉かき、
 篠の囲いに運びます。

4.落ち葉の上に糠(ねか)を振り、
 落ち葉の熟成助けます。

5.やがて落ち葉は熟成し、
 カブトムシの子達の餌になる。

6.カブトムシの親が卵産み、
 カブトムシの子達が孵ります。

7.カブトムシの子達は落ち葉食べ、
 どんどん大きく育ちます。

8.やがて羽はえ大空に、
 カブトムシの子達が巣立ちます。

9.今は立派なカブトムシ、
 コナラの森で蜜を吸う。

10.そのうち伴侶に巡りあい、、
 カブトムシの子達もできるでしょう。

11.森の命の循環を、
 思うて落ち葉を集めます。

12.今日の私は森の精
 カブトムシの子達の巣を作る。

(以上の詩は本文とは直接関係はありません)
 
 戦争は人類の歴史が始まってから、世界のどこかで殆ど絶え間なく起こっていたようです。
 戦争はいずれにしろ悲惨なものだ、と思いますが、特に近代の戦争は「科学技術による恐ろしく強力な兵器」の登場と「非戦闘員をも巻き込む戦争の形態」により、歴史上かってない悲惨な結果を招いてきました。
 以下は特に近代の国家間の戦争について原因を考えてみることにします・

 近代の国家間の戦争の原因というのは市場や物資の争奪にある、というような話がされることがあるようですが、私は決してそうではないと思っています。 それらは戦争のキッカケにはなったかも知れませんが、やはり根本では人間の心が引き起こしているものだと思います。 そこのところを十分に考えて原因を探っていかない限り、これからの戦争を防ぐことも出来ないと想えます。
 
 近代の国家間戦争の開始の多くのパターンは、「存在感が脅かされたと感覚した国家(以下国家A)が、存在感を脅かしたとする国家(以下国家B)に対して攻撃を開始し、国家Bが応戦する」というものです。
 
 実際にはほとんどの場合に、国家Aは戦争の開始の理由として「存在感が脅かされた」とは言わずに「存在が脅かされた」と主張して戦争を開始します。
 しかし、根底にあるのは国家Aの成員の多くに兆した存在感への脅威である、という点に注意する必要があると思います。
 それは国家Aの成員の多くにそのような脅威の感覚が共有化されない限り、成員の多くを動員した戦争にはなり得ないからです。

 国家Aの成員の意識を戦争に導くために、戦争のリーダー達は具体的な脅威の事実を時には針小棒大あげながらその脅威が如何に危険なものであるかを成員に宣伝します。この宣伝のために近代に発達したマスコミニュケーションの場が大いに利用されてきたのは悲しいながら真実です。多分新聞やラジオがなかったら、あれほど大きな戦争は起こせなったのではないか、とも思えます。

 戦争には国家間の戦争以外に民族間、宗教間および思想的な対立による戦争があります。
 民族間、宗教間の場合は過去の歴史おり相互の集団内で相手に対する脅威の感覚が共有化されている場合が多く、何かの事件をキッカケに眠っていたかも知れない脅威の感覚が呼びさまされて戦争に発展したりするように思います。このような戦争を駆り立てるのに多分マスコミによる宣伝は不要です。
 思想的な対立による場合として、現状の政府を覆そうとする社会的集団が現状の政府に対して仕掛ける場合があります。 この場合には「存在感が脅威にさらされた」というより「自らの存在感を得よう」という動機で戦争に至るように思います。 この場合は重要なのは成員による思想の共有化です。

 近代における国家間の戦争は必ずしも相互に歴史的な対立があるわけでもない国家間でなされています。ですから戦争を始める国は相手の国家が如何に危険であるかを、国民に徹底的に宣伝して、脅威の意識を浸透させなければ始められない訳です。

 しかし、戦争をすることが国民に大きな犠牲を強いることは国民のほとんどに解っている筈です。
 それなのに戦争のリーダーによる宣伝を受け入れて、戦争に賛成するのは何故なのか、そこのところを良く考えてみる必要がありそうです。



 
 
by masaaki.nagakura | 2012-03-21 01:01 | 想うこと