自己紹介のつづき その4
 (はじめまして からのシリーズです)
 昭和46年(1971年)、三菱原子力工業㈱に入社しました。この会社は三菱グループ各社が出資し、原子力関連技術の開発及び実用化を行うために昭和33年(1958年)に設立されたものです。
 設立当初は研究開発が主であったようですが、私が入社する頃は軽水炉が実用化の段階に進みつつあり、約1000名の従業員の半数強が軽水炉の設計部門で残りが研究開発部門という構成であり、私は埼玉県与野の三菱マテリアル敷地内にあった三菱原子力工業大宮研究所で研究開発に携わることになりました。
 私が入社した頃は原子力開発の初期の熱いほとぼりが強く残っており、高橋修一郎氏という名物部長もおられて、比較的自由な雰囲気の中で研究が出来たことは幸いでした。
 以来平成11年(1999年)に至るまで28年間に亘り、大宮研究所に勤務し、その間、ウラン濃縮技術、トリチウム取扱技術(*)を始め、種々の研究開発や実験装置の設計を行いました。(注* トリチウムは核融合炉の原料となる物質です)
 特に最後の頃の数年ほどは10人ほどの開発プロジェクトチームのリーダとして小型中性子発生管の開発に取り組みました。小型中性子発生管というのは内径40mmほどのステンレス管の中でトリチウムと重水素を高速で衝突させて核融合反応を起こさせて中性子を発生させる装置で、石油探査のセンサ等として使用するもので、石油公団の委託により進められたものです。
 この小型中性子発生管の開発の中でオゾン発生器を製作しました。このオゾン発生器は材料の洗浄を目的としたものです。
(中性子発生管の内部には120kVという高電圧がかかった部分がその絶縁性を保持するために内部の材料の清浄度は極度に高める必要があります。)
 オゾン発生器の製作をお願いしたのは長春師範大学から来られた高電圧電源の専門の王強先生で、高性能の沿面放電式オゾン発生器を完成させました。
 これが私のオゾン発生器との出会いの始まりでした。
 小型中性子発生管の開発は熾烈な高電圧放電現象との戦いの末、目標とする中性子発生性能を得ました。しかし残念ながら過酷な耐衝撃性を要求される石油探査用としての実用化には至りませんでした。
 現在、この技術は本開発のメンバーで加速器専門の三宅善信博士により、更に継続、発展させられ、核融合科学研究所等にて研究用に使用される中性子発生管として日の目を見るに至っており、そのことは本開発に懸命に従事した私にとって実に、喜ばしいことです。
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by masaaki.nagakura | 2005-04-19 12:39 | 自己紹介
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