火光天の歴史をたどる(4)火光天の火祭り、ヴァルプルギスの夜とお盆
飯田神社での火光天の祭りには火が炊かれます。
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この火から連想されるのはヨーロッパの各地で行われるヴァルギプルスの夜の祭りというのがあります。
以下WIKIPEDIAの「ヴァルギプルスの夜」からの引用を交えての話です。
これはスウェーデンでヴァルギプルスの祭りの火です。
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ゲーテのファウストにはヴァルプルギスの夜の場面が出てきて、その夜はブロッケン山に魔女たちが集いお祭り騒ぎをするという話がありました。
これはブロッケン山でのヴァルギプルスの夜を描いた挿絵です。
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ここでも火がたかれています。
ドイツでヴァルギプルスの夜を祭る風習があるようです。
次はハイデルベルクでのヴァルギプルスの夜の祭りの様子です。
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ここでも盛んに火が炊かれています。
次もWIKIPEDIAからです。
『南ドイツの田舎では、ヴァルプルギスの夜に若者たちが悪ふざけをする文化が残っている。例えば隣人の庭をいじくったり、他人の物を隠したり、私的財産に落書きをする、などである。これらの悪ふざけは時に、財産に致命的な損傷を与えたり、他人を負傷させたりすることもある。』

飯田神社でも一昔前は、火光天の祭りには子供たちが夜中まで火を炊いて、その夜は村人の畑から芋を掘り取ったり、柿をもいでくるなどが許されていたということです。これも行き過ぎがあって禁止になったといいます。

ヴァルギプルスの夜の祭りは魔女の集まる祭りとも言われますが、それはヨーロッパがキリスト教化した後の話で元々はヨーロッパで広く行われた祭りではないかと思えます。
次もWIKIPEDIAからの引用です。

『歴史的なヴァルプルギスの夜は、キリスト教到来以前の異教の春の風習にちなんでいる。ノース人の風習では、ヴァルプルギスの夜は『死者を囲い込むもの』とされていた。北欧神話の主神オーディンがルーン文字の知識を得るために死んだことを記念するもので、その夜は死者と生者との境が弱くなる時間だといわれる。かがり火は、生者の間を歩き回るといわれる死者と無秩序な魂を追い払うためにたかれ、光と太陽が戻るメーデー(5月1日)を祝うことにつながる。ワルプルガの聖なる日が同じ日に移動されたことにより、彼女の名前が祝祭と結びついたのである。ヴァイキングたちが春を祝った風習がヨーロッパに広まることでワルプルガは同じ方法で讃えられ、2つの記念日がともに混じり合い、ヴァルプルギスの夜の祭りとして成立していった。5月を祝う祭りは今も「五月祭」(メイフェア)としてヨーロッパに残っている。』

この記述の中で『その夜は死者と生者の境が弱くなる時間だといわれる』ということは日本の仏教におけるお盆のしきたりとも重なります。お盆も火を焚いて死者の霊を迎える意味があるからです。
これもWIKIPEDIAからの引用です。
『お盆(おぼん)は、太陰太陽暦である和暦(天保暦など旧暦という)の7月15日を中心に日本で行なわれる、祖先の霊を祀る一連の行事。 日本古来の祖霊信仰と仏教が融合した行事である。』
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火を炊いて祖先の霊を祭るという意味ではヴァルプルギスの夜の祭りもお盆も同じです。
ゲーテのファウストの中のヴァルプルギスの夜の詩の中には次の一節があります。
Title: The First Walpurgis-Night
Author: Johann Wolfgang von Goetheからの抜粋

Yet thither now we go,
There to extol our Father's name,
Whom we for ages know.
Amid the smoke shall gleam the flame;
Thus pure the heart will grow.

これを翻訳するとこんな意味でしょう。
「今私たちはあちらに向いましょう
そこで祖先の名をたたえるために
私たちは彼らのことをずっと昔から知っているのです。
煙の中で炎が輝くでしょう
こうして魂が清められるのです」

これは古代のケルトの僧(Druid)が祭壇に向かいながら群衆に呼びかけている言葉です。
上の言葉の前には次があります。
SWEET smiles the May!
The forest gay
From frost and ice is freed;
No snow is found,
「5月が甘く微笑んでる。
森は賑わい、霜と氷から解き放たれている。
雪はもうどこにも無い」

ヨーロッパ北方で春の訪れを待って、火を炊いてご先祖の霊を祭ったということでしょう。

以上とりとめもなく話をしてきましたが、私には火光天の祭り、ヴァルギプルスの夜の祭り、お盆などがどこか遠い昔の中で繋がっているように思えます。

あるいは人間のうちに潜む、火や祖霊に対する共通の心情が、似たような形を齎しているのかも知れません。
by masaaki.nagakura | 2015-12-23 12:14 | 小川町の人と自然
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