火光天の歴史をたどる(2)不動明王と火光天
火天(=火光天)も密教(真言宗、天台宗)で信仰される不動明王も火炎を背景にしている点が似ています。
これは火天の絵。(再掲です)
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これは不動明王です。

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不動明王も元はインド出身でサンスクリット語ではアチャラ・ナータ(acala naataha)と呼ばれるようです。(Wikpediaより)
ですから元から火天(アグニ)と不動明王は同じ神ではないのです。
ですが両者のイメージには相当共通したものがあります。

私にはこの両者の起源が同じもののように思えます。
というか、歴史的には先に火天(アグニ)があり、アグニのイメージを発展させたのが不動明王ではないかと思うのです。 
以下にそのように思う理由を話します。
元々アグニというのはバラモン教の中でインドラ(雷神)についで信仰を集めていた神です。

次はWEBサイトのグレゴリウス暦「バラモン教の神々」からの引用です。

『四世紀頃、古代インドにおいて、ヴェーダの宗教であるバラモン教と民間宗教が融合することによりヒンドゥー教が成立します。
ヴェーダの時代に重要な神であった「インドラ、アグニ、ヴァルナ」に代わって、ヴェーダでは脇役に過ぎなかった「ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ」が重要な神となります。」
同Websiteには、上の話についで次の八方に対応するバラモン教の神々の名があります。
[東] 雷神インドラ(帝釈天)
[南東]火神アグニ(火天)
[南] 冥界神ヤマ(閻魔天)
[南西]太陽神スーリヤ(日天)
[西] 水神ヴァルナ(水天)
「北西」風神ヴァーユ(風天)
「北」 財宝神クベーラ(多聞天、毘沙門天)
「北東」月神チャンドラ(月天)/神酒ソーマ』

これらの神々は冥界神ヤマと財宝神クラーベ以外はいずれも自然界の存在でしかも無生物ということは興味深いです。
この神々の中で最も強い信仰を集めたのが、雷神のインドラ、ついで火神のアグニ、それに水神のヴァルナが続きます。アーリア人は古代において火を信仰の対象していた、ということですが、その火を神格化したものがアグニと考えられます。次はWIKIPEDIAの「火炎崇拝」の一節です。

『火炎崇拝(かえんすうはい)とは、火・炎を神格化して崇拝の対象(火神)とすること、あるいは火を神聖視し、または神の象徴と見て宗教儀式に用いることなどをいう。これらは世界のいろいろな宗教に広く見られ、次のような火の属性に基づくものと見られる。

人間の日常生活に必要不可欠であるが、その一方で人間を死にも至らしめる恐ろしい存在である。
不浄なものを焼き尽くし清浄にする。
闇を照らし善または智恵の象徴とされる光の源である。
常に上に燃え上がり、あるいは燃やしたものを煙として立ち上らせる。

ヴェーダ宗教では火神アグニが人間と神々を仲介し、火により人間の供物と祈りが天上にもたらされると考えられた。この思想はヒンドゥー教にも伝えられ、さらに仏教(大乗仏教の密教)にも取り込まれて護摩の儀式となった。なお、アグニは文字通り「火」の意味と考えられ、ラテン語やスラヴ語にも同系の語がある。』

このようなことからアグニはとても古くからの重要な神であった、と考えられます。

しかしそのアグニは紀元後のヒンズー経では脇役になり、代わって宇宙の「創造、維持、破壊の神」、「ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ」が主役になっていきます。
このような神の権力構造の変遷はどうして起こったのでしょうか?
これは人間の思想の深化とも捉えることが出来ます。
すなわち雷、火、水という具体的な自然崇拝から、その自然を創造し、維持し、また破壊するというより根源的な存在に思いが向けられた、ということです。
そうしてそのような新たな神への信仰を強めようとすると、どうしても過去の神は脇役にしていかなければなりません。
次はまたWIKIPEDIAの「アグニ」からの引用です。

『また彼は天上にあっては太陽、中空にあっては稲妻、地にあっては祭火など、世界に遍在する。家の火・森の火、また心中の怒りの炎・思想の火・霊感の火としても存在すると考えられた。また人間や動物の体内にあっては食物の消化作用として存在し、栄養を全身に行き渡らせて健康をもたらし、ひいては子孫繁栄や財産(家畜)の増大などももたらすとされた。

後にはローカパーラ(lokapaala『世界の守護神』)八神の一柱として、東南の方角を守護するとされた。だが、後期になると影が薄くなり、叙情詩『ラーマーヤナ』においてラーヴァナによって尻尾に火を付けられたハヌマーンの治療をした程度である。仏教では火天(かてん)と呼ばれる。』

このようにしてかってのアグニ(火天)の絶大な力は剥奪されていったのでしょう。

さてそうなると火天の持っていた浄化や人間の供物と祈りを天上にもたらす、という重要な働きを火天以外の
存在に付与しなければならなくなります。ヒンズー教では火天の持っていた浄化などの働きはシバ神に付与されているように思います。そう思うのはシバ神の像が次のように輪状に炎に囲まれていることが多いと言うことです。
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 それから火というのは生命の創造した木などを燃焼して破壊(酸化しその誕生の元になった炭酸ガスと水に戻す)ので破壊を司るシバ神に重なります。

一方密教ではそのような重要な働きをシバ神に付与するわけにはいきません。
そこで生まれてきたのが、不動明王と考えられるのです。
密教では護摩を炊いて祈祷をします。供物と木片をくべながらお祈りをするようですが、それは火炎崇拝の古代人がなしたお祈りと同じ形だといえるでしょう。異なるのは信仰の対象が火天ではなく、不動明王など、密教のなかで位置づけられて信仰されている明王だと言う点です。
調べてみると明王と言うのは菩薩のような仏教の修行者であって、5大明王といって不動明王を中心に5明王がおられるようです。次はWIKIPEDIAの五大明王からです。
『五大明王 中央は不動明王、右下から時計回りに降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王』
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これらの明王はいずれも火炎を背負っております。
ここで、金剛夜叉明王は真言宗系の密教での明王であって、天台宗系ではこの明王に替わって烏枢沙摩明王(ウスサマ明王)となります。
烏枢沙摩明王(ウスサマ明王)を更に調べてみるとWIKIPEDIAで5大明王の中の、烏枢沙摩明王(ウスサマ明王)がアグニに相当する、という記述があります。次にその記述を掲載します。

『烏枢沙摩明王は古代インド神話において元の名を「ウッチュシュマ」、或いは「アグニ」と呼ばれた炎の神であり、「この世の一切の汚れを焼き尽くす」功徳を持ち、仏教に包括された後も「烈火で不浄を清浄と化す」神力を持つことから、心の浄化はもとより日々の生活のあらゆる現実的な不浄を清める功徳があるとする、幅広い解釈によってあらゆる層の人々に信仰されてきた火の仏である。意訳から「不浄潔金剛」や「火頭金剛」とも呼ばれた。』
この記述からすれば、烏枢沙摩明王がアグニの蘇りということになります。

でもこれは天台宗系での解釈であり、真言宗系ではそのような明確なアグニの蘇りはないので、やはり不動明王を代表として五大明王全体でアグニの力を蘇らせていると想像できます。

では天台宗の烏枢沙摩明王(ウスサマ明王)を除く五大明王はアグニの力を受け継いでいないか、というと相違言うわけではなくやはり五大明王全体でアグニの力を蘇らせているように思えます。烏枢沙摩明王(ウスサマ明王)はアグニの蘇りの代表として位置づけられている、と思うのです。
by masaaki.nagakura | 2015-12-07 22:01 | 小川町の人と自然
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