「足るを知らざることから戦争が起こる」という老子の思想について話をしました。 またその事に関連して、次を考えて見る必要がある、ということを話しました。 (1)老子いう「足るを知る」の意味は何なのか? (2)「足るを知る」ことにより本当に戦争は無くせるか? (3)「足るを知る」思想を世界に広めることは可能であろうか? ここではまず「足るを知る」とい言うことの意味を考えてみたいと思います。 老子の言う「足るを知る]という言葉はよく考えてみると解釈の難しいところがあります。 第46章の最後に「足るを知るの足るは常に足るなり」という言葉が有ります。 この意味をとりあえず「足るを知るの足るということは物質的過不足に関わらず常に足るという気持ちを持つことである」と解釈してみましたが、この解釈にも無理がありそうです。 例えば食料が不足して今にも死にそうな時にそれでも足るという気持ちを持つ、ということには納得がいきません。 また常に足るという気持ちであれば、何かを求めようとする気持ちにもならないでしょう。 私はこの「足る」というのは「現状をそのまま受け容れる」ということではないかと思います。 この「そのまま受け容れる」というのは人間に対する観方にも現れます。 第49章(全文) 聖人無常心、以百姓心爲心。善者吾善之、不善者吾亦善之、徳善。信者吾信之、不信者吾亦信之、徳信。聖人之在天下、歙歙爲天下渾其心焉。百姓皆注其耳目、聖人皆孩之。 (聖人は常の心無く、百姓(ひゃくせい)の心を以って心と為す。善なる者は吾れこれを善しとし、不善なる者も吾れまたこれを善しとす。徳善なればなり。信なる者は吾れこれを信とし、不信なる者も吾れまたこれを信とす。徳信なればなり。聖人の天下に在るや、歙歙として天下の為に其の心を渾(にご)す。百姓皆その耳目を注ぐも、聖人は、これを皆孩(がい)とす。 訳:聖人は一定の心を持っていない。 万民の心を心とする。善なるものはこれ善とし、不善なるものもこれを善とする。 その徳が善であるためである。信なるものはこれ信とし、不信なるものもこれを信とする。 その徳が信であるためである。聖人は天下にあって天下の為にその心を濁す。万民は其の耳目を注ぐが、皆を赤子のような心にしてしまう。 ここには善なるものも不善なるものも、信なるものも不信なるものも同じく受け入れるという、底なしの抱擁力が表されています。 これは「足るを知るの足るは常に足る」と言う底なしの受容力と相通じるものです。 総じて老子の思想には人間に対しても現状に対しても「そのまま受け入れる」という心が流れています。 しかし、この「そのまま受け入れる」と言うことは「だから行動をしない」と言うことではないでしょう。 「腹がへっていても、その状況を容認し、食べない」ということではなく「腹がへっている状況を容認し、食べる」と言うことです。 「それなら我々普通の人間と同じでないか」と思われるでしょう。実際老子のような考え方をもったとしても、その行動が特別に常人と異なるようには見えないかも知れません。 しかし、我々にあって老子の中に見出せないの「不安と疑念」です。 私を含めて多くの人には常にどこかに不安と疑念が漂っています。その不安と疑念の原因は個人により、また時によりいろいろでしょうが、根本にあるのは「存在していることそのものへの不安」で、それがいろいろな形を取った不安、疑念として表れて来ます。 老子の「常に足る」と言うのは「現状をそのまま受け入れる」ということだ、と言いましたが、より詳しくは「不安や疑念を伴わずにそのまま受け入れる」と言うことになります。 では老子はどうしてそのような心の持ち方が出来るのでしょうか。 それは老子の宇宙観から来るものと思います。老子の思想の中にはこの宇宙に対する限りなき信頼感があります。 「母にやしなわるるを尊ぶ」と言う言葉が第20章に出て来ますが、この母と言うのはこの私たちを生み出した大自然(宇宙)です。 老子の「足るを知る」という言葉の背景にはこのような宇宙に対する絶対的な信頼感があります。 「不安や疑念を伴わずに」ということは言い換えれば「宇宙に対して限りなき信頼感を持って」ということです。 以上より老子の「足るを知る」の意味は「宇宙に対する限りなき信頼感を持って現状をそのまま受け容れる」という意味と解釈します。
by masaaki.nagakura
| 2012-09-21 13:38
| 世界平和のための老子
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