WwooferHost日記12 ニックとアドレアのさよならパーティ
3月13日にニックとアドレアが去るのでさよならパーティをしました。
アドレアがフランス料理をギフトがタイ料理を作ってくれました。
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これはタイ料理のトムヤンクン。
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これもタイ料理のグリーンカレー。
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これはやはりタイ料理の結構絡めのラップというのです。
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こちらはフランス料理のキッシュ。厚手でふわっとしたお好み焼きのようなものです。
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これもフランス料理でベジタブルケーキ。
おいしくて珍しい味の料理に感動しながら、食べる方に専念し、しばしこれが「さよならパーティ」であることは忘れました。
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満腹してきたら、ニックのギターなどもでてきます。
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ニックとアドレイのピアノの連弾も。
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話は深夜まで続き、翌日の今日はみんな大寝坊でした。
# by masaaki.nagakura | 2016-03-13 12:44 | WwoofHost日記
WwooferHost日記11 タイからのギフトが加わる
3月7日からタイからの女性Wwoofer ギフトが加わりました。
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3月12日はアドレイとギフトに山道直しを手伝って貰いました。
これは私が5年前くらいに作って、崩れかけてきた山道を広げて平らにしていく作業です。
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二人が頑張ってくれたおかげで100メートルくらいの山道が二時間くらいで直せました。
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午後はニックに手伝ってもらって正始さんの畑でジャガイモを植えました。
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この後、ニックが昨夜過ごしたという山の中の手製の木の家に案内して貰いました。
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私ももぐってみたが居心地はいいです。
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我が家に帰り着いてからはニックのドラムも楽しかったです。
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# by masaaki.nagakura | 2016-03-12 14:08 | WwoofHost日記
Wwooferhost日記10 フランスからのWwooferニコルとアドレア 
2月21日から3月13日までフランスの2人の若者Wwoofer、二コルとアドレアが滞在してます。
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ニコルの父親は南フランスのピレネー山脈あたりでマウンテンガイドをしているということで、ニコルも山好きです。
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3月5日はシイタケとナメコの菌の駒打ちをWwooferと伴侶の有機農業仲間が一緒にしました。
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おかげで数十本のホダ木への打ち込みを午前中に終えました。
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一緒にお昼ごはん。
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アドレアは南フランスの古い町の料理人で、おいしいスープを作ってくれました。
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3月6日は小川町飯田の卵料理レストラン「ちか」にて昼食。
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その後小川町里山クラブ「YOUYOU」が手入れしている町民の森を散歩、第1展望台と第2展望台にて眺望を楽しみました。
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ニコルは木琴もたたいてご機嫌でした。
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そこまでは良かったのですが、下るときに道を間違えて、しばらく、森の中をブッシュを搔き分け、さ迷いました。山男のニコルが道を見つけてようやく抜けられました。
# by masaaki.nagakura | 2016-03-12 13:43 | WwoofHost日記
WWoofhost日記9 初めての日本人Wwoofer
2月7日から一週間ほど千葉県浦安からAさんがWWooferとして我が家に滞在しました。最初にやって貰ったのは薪割りです。
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覚束ない手つきでしたが、時期にうまくなりました。
次はチェンソウです。
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これもじきに慣れたようです。
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吉田家住宅でお団子を食べて貰いました。これはWwooferさん向けの定例なってきた感じです。
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# by masaaki.nagakura | 2016-03-12 12:36 | WwoofHost日記
火光天の歴史をたどる(4)火光天の火祭り、ヴァルプルギスの夜とお盆
飯田神社での火光天の祭りには火が炊かれます。
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この火から連想されるのはヨーロッパの各地で行われるヴァルギプルスの夜の祭りというのがあります。
以下WIKIPEDIAの「ヴァルギプルスの夜」からの引用を交えての話です。
これはスウェーデンでヴァルギプルスの祭りの火です。
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ゲーテのファウストにはヴァルプルギスの夜の場面が出てきて、その夜はブロッケン山に魔女たちが集いお祭り騒ぎをするという話がありました。
これはブロッケン山でのヴァルギプルスの夜を描いた挿絵です。
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ここでも火がたかれています。
ドイツでヴァルギプルスの夜を祭る風習があるようです。
次はハイデルベルクでのヴァルギプルスの夜の祭りの様子です。
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ここでも盛んに火が炊かれています。
次もWIKIPEDIAからです。
『南ドイツの田舎では、ヴァルプルギスの夜に若者たちが悪ふざけをする文化が残っている。例えば隣人の庭をいじくったり、他人の物を隠したり、私的財産に落書きをする、などである。これらの悪ふざけは時に、財産に致命的な損傷を与えたり、他人を負傷させたりすることもある。』

飯田神社でも一昔前は、火光天の祭りには子供たちが夜中まで火を炊いて、その夜は村人の畑から芋を掘り取ったり、柿をもいでくるなどが許されていたということです。これも行き過ぎがあって禁止になったといいます。

ヴァルギプルスの夜の祭りは魔女の集まる祭りとも言われますが、それはヨーロッパがキリスト教化した後の話で元々はヨーロッパで広く行われた祭りではないかと思えます。
次もWIKIPEDIAからの引用です。

『歴史的なヴァルプルギスの夜は、キリスト教到来以前の異教の春の風習にちなんでいる。ノース人の風習では、ヴァルプルギスの夜は『死者を囲い込むもの』とされていた。北欧神話の主神オーディンがルーン文字の知識を得るために死んだことを記念するもので、その夜は死者と生者との境が弱くなる時間だといわれる。かがり火は、生者の間を歩き回るといわれる死者と無秩序な魂を追い払うためにたかれ、光と太陽が戻るメーデー(5月1日)を祝うことにつながる。ワルプルガの聖なる日が同じ日に移動されたことにより、彼女の名前が祝祭と結びついたのである。ヴァイキングたちが春を祝った風習がヨーロッパに広まることでワルプルガは同じ方法で讃えられ、2つの記念日がともに混じり合い、ヴァルプルギスの夜の祭りとして成立していった。5月を祝う祭りは今も「五月祭」(メイフェア)としてヨーロッパに残っている。』

この記述の中で『その夜は死者と生者の境が弱くなる時間だといわれる』ということは日本の仏教におけるお盆のしきたりとも重なります。お盆も火を焚いて死者の霊を迎える意味があるからです。
これもWIKIPEDIAからの引用です。
『お盆(おぼん)は、太陰太陽暦である和暦(天保暦など旧暦という)の7月15日を中心に日本で行なわれる、祖先の霊を祀る一連の行事。 日本古来の祖霊信仰と仏教が融合した行事である。』
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火を炊いて祖先の霊を祭るという意味ではヴァルプルギスの夜の祭りもお盆も同じです。
ゲーテのファウストの中のヴァルプルギスの夜の詩の中には次の一節があります。
Title: The First Walpurgis-Night
Author: Johann Wolfgang von Goetheからの抜粋

Yet thither now we go,
There to extol our Father's name,
Whom we for ages know.
Amid the smoke shall gleam the flame;
Thus pure the heart will grow.

これを翻訳するとこんな意味でしょう。
「今私たちはあちらに向いましょう
そこで祖先の名をたたえるために
私たちは彼らのことをずっと昔から知っているのです。
煙の中で炎が輝くでしょう
こうして魂が清められるのです」

これは古代のケルトの僧(Druid)が祭壇に向かいながら群衆に呼びかけている言葉です。
上の言葉の前には次があります。
SWEET smiles the May!
The forest gay
From frost and ice is freed;
No snow is found,
「5月が甘く微笑んでる。
森は賑わい、霜と氷から解き放たれている。
雪はもうどこにも無い」

ヨーロッパ北方で春の訪れを待って、火を炊いてご先祖の霊を祭ったということでしょう。

以上とりとめもなく話をしてきましたが、私には火光天の祭り、ヴァルギプルスの夜の祭り、お盆などがどこか遠い昔の中で繋がっているように思えます。

あるいは人間のうちに潜む、火や祖霊に対する共通の心情が、似たような形を齎しているのかも知れません。
# by masaaki.nagakura | 2015-12-23 12:14 | 小川町の人と自然
火光天の歴史をたどる(3)火光天の歴史のまとめ
飯田神社に祭られている火光天の起源とまつわる歴史をたづねてきましたが、ここまでの話しをまとめてみます。

(1)火光天は仏教に取り入れられたインドの神々、十二天の内、より広くは火天と呼ばれる神と同一の神である。(秋葉山の十二天の中に火光天があることから推定)
(2)火天はインドではアグニと呼ばれる古代からの神である。
(3)古代インドのバラモン教においてはインドラ(雷神)、アグニ(火の神)、ヴァルナ(水の神)などの自然界の神(以下自然神)が強い信仰を集めていた。
(4)紀元後になり、ヒンドゥー教において、それぞれ宇宙の創造、維持、破壊を司るブラフマー、ビシュヌ、シヴァ等の神への信仰が強まると共に、アグニを含む自然神への信仰は弱まり、古代の神たちは脇役とされていく。
(5)大乗仏教においても自然神は仏教を守護する神などになって、自然神への信仰は弱められる。
(6)ここにおいて古代のアグニの持っていた力(生命力、浄化力など火の持つ原初的なイメージからくる力*)はアグニから引き離され、ヒンドゥー教においては主にシヴァ神に引き継げられる。
(7)大乗仏教においては特に密教においてアグニの力は五大明王の中に蘇る。

(注*ここで原初的なイメージと言うのは人間の持っている火に対する原始的とも言うべきイメージです。 私たちは薪からの火が燃え上がったり、とろとろと燃えたりするのを観ると、神秘的な生命にふれているような感覚になります。また、心が浄化される感覚にもなります。この感覚は恐らく原始人はや古代人がもっていたのと同じ感覚です。)

ここまで火光天の歴史をたどってきて判ったことは、火光天は古代、あるいは原始時代に起源を持つ古くて強い神火の神アグニだということです。

古代のアグニの力はヒンドゥー教においても、仏教においても弱体化させられるのですが、ヒンドゥーにおいてはシヴァ神に受け継がれ、仏教においては密教の明王の中に蘇ります。

火に対する人間の原初的なイメージは原始時代から現代に至るまでも失われること無く継続していて、その原初的なイメージがアグニを生み出し、またアグニを幾たびも蘇らせていく、ように思うのです。
# by masaaki.nagakura | 2015-12-20 12:37 | 小川町の人と自然
火光天の歴史をたどる(2)不動明王と火光天
火天(=火光天)も密教(真言宗、天台宗)で信仰される不動明王も火炎を背景にしている点が似ています。
これは火天の絵。(再掲です)
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これは不動明王です。

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不動明王も元はインド出身でサンスクリット語ではアチャラ・ナータ(acala naataha)と呼ばれるようです。(Wikpediaより)
ですから元から火天(アグニ)と不動明王は同じ神ではないのです。
ですが両者のイメージには相当共通したものがあります。

私にはこの両者の起源が同じもののように思えます。
というか、歴史的には先に火天(アグニ)があり、アグニのイメージを発展させたのが不動明王ではないかと思うのです。 
以下にそのように思う理由を話します。
元々アグニというのはバラモン教の中でインドラ(雷神)についで信仰を集めていた神です。

次はWEBサイトのグレゴリウス暦「バラモン教の神々」からの引用です。

『四世紀頃、古代インドにおいて、ヴェーダの宗教であるバラモン教と民間宗教が融合することによりヒンドゥー教が成立します。
ヴェーダの時代に重要な神であった「インドラ、アグニ、ヴァルナ」に代わって、ヴェーダでは脇役に過ぎなかった「ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ」が重要な神となります。」
同Websiteには、上の話についで次の八方に対応するバラモン教の神々の名があります。
[東] 雷神インドラ(帝釈天)
[南東]火神アグニ(火天)
[南] 冥界神ヤマ(閻魔天)
[南西]太陽神スーリヤ(日天)
[西] 水神ヴァルナ(水天)
「北西」風神ヴァーユ(風天)
「北」 財宝神クベーラ(多聞天、毘沙門天)
「北東」月神チャンドラ(月天)/神酒ソーマ』

これらの神々は冥界神ヤマと財宝神クラーベ以外はいずれも自然界の存在でしかも無生物ということは興味深いです。
この神々の中で最も強い信仰を集めたのが、雷神のインドラ、ついで火神のアグニ、それに水神のヴァルナが続きます。アーリア人は古代において火を信仰の対象していた、ということですが、その火を神格化したものがアグニと考えられます。次はWIKIPEDIAの「火炎崇拝」の一節です。

『火炎崇拝(かえんすうはい)とは、火・炎を神格化して崇拝の対象(火神)とすること、あるいは火を神聖視し、または神の象徴と見て宗教儀式に用いることなどをいう。これらは世界のいろいろな宗教に広く見られ、次のような火の属性に基づくものと見られる。

人間の日常生活に必要不可欠であるが、その一方で人間を死にも至らしめる恐ろしい存在である。
不浄なものを焼き尽くし清浄にする。
闇を照らし善または智恵の象徴とされる光の源である。
常に上に燃え上がり、あるいは燃やしたものを煙として立ち上らせる。

ヴェーダ宗教では火神アグニが人間と神々を仲介し、火により人間の供物と祈りが天上にもたらされると考えられた。この思想はヒンドゥー教にも伝えられ、さらに仏教(大乗仏教の密教)にも取り込まれて護摩の儀式となった。なお、アグニは文字通り「火」の意味と考えられ、ラテン語やスラヴ語にも同系の語がある。』

このようなことからアグニはとても古くからの重要な神であった、と考えられます。

しかしそのアグニは紀元後のヒンズー経では脇役になり、代わって宇宙の「創造、維持、破壊の神」、「ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ」が主役になっていきます。
このような神の権力構造の変遷はどうして起こったのでしょうか?
これは人間の思想の深化とも捉えることが出来ます。
すなわち雷、火、水という具体的な自然崇拝から、その自然を創造し、維持し、また破壊するというより根源的な存在に思いが向けられた、ということです。
そうしてそのような新たな神への信仰を強めようとすると、どうしても過去の神は脇役にしていかなければなりません。
次はまたWIKIPEDIAの「アグニ」からの引用です。

『また彼は天上にあっては太陽、中空にあっては稲妻、地にあっては祭火など、世界に遍在する。家の火・森の火、また心中の怒りの炎・思想の火・霊感の火としても存在すると考えられた。また人間や動物の体内にあっては食物の消化作用として存在し、栄養を全身に行き渡らせて健康をもたらし、ひいては子孫繁栄や財産(家畜)の増大などももたらすとされた。

後にはローカパーラ(lokapaala『世界の守護神』)八神の一柱として、東南の方角を守護するとされた。だが、後期になると影が薄くなり、叙情詩『ラーマーヤナ』においてラーヴァナによって尻尾に火を付けられたハヌマーンの治療をした程度である。仏教では火天(かてん)と呼ばれる。』

このようにしてかってのアグニ(火天)の絶大な力は剥奪されていったのでしょう。

さてそうなると火天の持っていた浄化や人間の供物と祈りを天上にもたらす、という重要な働きを火天以外の
存在に付与しなければならなくなります。ヒンズー教では火天の持っていた浄化などの働きはシバ神に付与されているように思います。そう思うのはシバ神の像が次のように輪状に炎に囲まれていることが多いと言うことです。
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 それから火というのは生命の創造した木などを燃焼して破壊(酸化しその誕生の元になった炭酸ガスと水に戻す)ので破壊を司るシバ神に重なります。

一方密教ではそのような重要な働きをシバ神に付与するわけにはいきません。
そこで生まれてきたのが、不動明王と考えられるのです。
密教では護摩を炊いて祈祷をします。供物と木片をくべながらお祈りをするようですが、それは火炎崇拝の古代人がなしたお祈りと同じ形だといえるでしょう。異なるのは信仰の対象が火天ではなく、不動明王など、密教のなかで位置づけられて信仰されている明王だと言う点です。
調べてみると明王と言うのは菩薩のような仏教の修行者であって、5大明王といって不動明王を中心に5明王がおられるようです。次はWIKIPEDIAの五大明王からです。
『五大明王 中央は不動明王、右下から時計回りに降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王』
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これらの明王はいずれも火炎を背負っております。
ここで、金剛夜叉明王は真言宗系の密教での明王であって、天台宗系ではこの明王に替わって烏枢沙摩明王(ウスサマ明王)となります。
烏枢沙摩明王(ウスサマ明王)を更に調べてみるとWIKIPEDIAで5大明王の中の、烏枢沙摩明王(ウスサマ明王)がアグニに相当する、という記述があります。次にその記述を掲載します。

『烏枢沙摩明王は古代インド神話において元の名を「ウッチュシュマ」、或いは「アグニ」と呼ばれた炎の神であり、「この世の一切の汚れを焼き尽くす」功徳を持ち、仏教に包括された後も「烈火で不浄を清浄と化す」神力を持つことから、心の浄化はもとより日々の生活のあらゆる現実的な不浄を清める功徳があるとする、幅広い解釈によってあらゆる層の人々に信仰されてきた火の仏である。意訳から「不浄潔金剛」や「火頭金剛」とも呼ばれた。』
この記述からすれば、烏枢沙摩明王がアグニの蘇りということになります。

でもこれは天台宗系での解釈であり、真言宗系ではそのような明確なアグニの蘇りはないので、やはり不動明王を代表として五大明王全体でアグニの力を蘇らせていると想像できます。

では天台宗の烏枢沙摩明王(ウスサマ明王)を除く五大明王はアグニの力を受け継いでいないか、というと相違言うわけではなくやはり五大明王全体でアグニの力を蘇らせているように思えます。烏枢沙摩明王(ウスサマ明王)はアグニの蘇りの代表として位置づけられている、と思うのです。
# by masaaki.nagakura | 2015-12-07 22:01 | 小川町の人と自然
火光天の歴史をたどる (1)火光天の起源
小川町の飯田神社で火光天を祭る「宵宮祭」がある、という話をしましたが、これからその歴史をたどってみたいと思います。
飯田神主の千島さんの話では火光天を祭るのは珍しいと言うことです。
まずインターネットで検索しましたが、火光天というキーワードで出てきたのは次の二つです。
「小川町の祭り、伝統芸能」
「2014年5月ー偏平足ーGooブログ」
この下のブログにはヒントがありました。そのブログに一節を引用します。

秋葉山では十二天は「伊舎那天、帝釈天、火光天、焔魔天、羅刹天、水雨天、吹風天、多聞天、大梵天、持地天、日天子、月天子」となっている。」

ここで十二天はWIKIPEDIAでは次のように説明されています。
「仏教における「天」あるいは天部像とは、仏教流布以前の古代インド神話やバラモン教の神々が仏教に取り込まれ、護法善神となったものである。十二天とは、八方(東西南北の四方と東北・東南・西北・西南)を護る八方天に、天地の二天と日月の二天を加えて十二天としたものである。」
とし、次の表が示されています。
帝釈天   Indra         東  
火天    Agni          東南
焔摩天   Yama         南
羅刹天   Rākṣasa / Nirṛti 西南
水天    Varuṇa       西
風天     Vāyu        西北
毘沙門天  Vaiśravaṇa    北
伊舎那天  Īśāna        東北
梵天     Brahmā       天(上)
地天     pṛthivī        地(下)
日天     Sūrya / Āditya   日
月天     Candra        月

秋葉山の十二天と比較すると次のように対照できます。左がWIKIPEDIA、右が秋葉山の名称です。

帝釈天   ⇒同左
火天    ⇒ 火光天    
焔摩天   ⇒ 同左      
羅刹天   ⇒同左
水天    ⇒水雨天
風天     ⇒吹風天
毘沙門天 ⇒多聞天
伊舎那天  ⇒同左
梵天    ⇒大梵天
地天     ⇒持地天
日天    ⇒日天子
月天    ⇒月天子

すなわち火光天は火天と同じことになります。
どうして秋葉山とか飯田神社では火天が火光天とされるのか、今のところは謎です。

火天は元のインドではAgni(アグニ)です。
次はWIKIPEDAからAgniの細密画(18世紀 インド)です。

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これは19世紀に描かれたインド絵画(大英博物館所蔵)(gregorius.jpバラモン教の神々より)です。
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日本でも火天は色々な姿に描かれているようです。
これは京都国立博物館所蔵の火天。
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これは長保寺という寺に所蔵されている16世紀に描かれた火天。
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火天の姿は変わっていますが、共通しているのは炎を背負っている、あるいは頭や口から炎を出している(インドの2番目の絵)ことです。

炎を背負っていると言えば不動明王を思い出します。
次は不動明王と火天の関係について考えます。
# by masaaki.nagakura | 2015-12-07 08:24 | 小川町の人と自然
小川町の人と自然 75 飯田神社の宵宮祭
2015年10月17日に小川町の飯田神社にて恒例の宵宮祭(よいみやまつり)があり、翌日10月18日は秋の大祭(収穫祭)がありました。私は2年ほど前から飯田神社の祭りを支える10人くらいの神社総代という役の一人で、祭りの司会役を担当しています。
ここでは宵宮祭の紹介などをします。

宵宮祭というのはまず火光天という神様に捧げものを並べます。
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この火光天の前で神主が祝詞をあげます。そして総代長が神主から蝋燭を受け取ります。
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それからその蝋燭の火で予め用意した薪に点火します。
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それからその火を囲んで宵を過ごします。
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最後は火を消してお開きです。
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昔(写真の人達が子供の頃)は一晩中燃やした、という話、しかも子供たちが火守りをしてたと言うことです。
そのときだけは近隣の畑からサツマイモを掘って焼き芋をしたり、という自由が子供たちに認められていた、でもそれが行き過ぎて止めさせられた、という話も聞きました。

さてここで話はしばし私ごとになります。
私はこの祭りの対象とされている「火光天」という神様には特別な想いを持っています。
というのは、火光天の石碑の光と言う字の形にひかれたのです。
上の火光天の写真の光という字を見てください。その字の上には火という字があって、その下に稲ピカリ(稲妻)の形があるのです。

だからこの光は稲妻の光を意味している、と思ったのです。
何故この形に私が魅かれたか、と言いますと私はオゾン発生器を製造しているエコデザイン株式会社と言う会社を16年前に始めましたが、オゾン発生器のオゾン発生の原理はこの稲妻の中にあります。

オゾンと言うのは酸素から出来るもので、空気中で放電があれば必ず出来るものですが稲妻の中では大々的な規模でオゾンが作られています。ただし、稲妻は瞬時で終わるのでトータルとしての発生量はそれほど多くはないと思いますが、その瞬間の発生率(時間当たりの発生量)は莫大です。(まだ計算してはいません、汗)

私が偶々移り住んだこの小川町飯田というところに偶々この妙な字の「火光天」が祭られていたということに不思議な縁を感じたのです。この神様に私が後押しされている、という気がするのです。
その意味では(ここからますます私ごとになりますが)数年前に引越ししたエコデザイン株式会社の工場(加藤登紀子さんの夫、藤本敏夫さんが自然食品工場として作った工場)の背後にこれまた、たまたま雷電山という山があり、雷電が祭られていたのも不思議な縁です。

さて、このような個人的な関心もあっての話ではありますが、この「火光天」がどのような由来をもってこの小川町の飯田に祭られているかに関して考えたいと思います。稿を改めます。
# by masaaki.nagakura | 2015-10-23 13:00 | 小川町の人と自然
私の旅 19 次世代農業展
幕張メッセで開かれていた「次世代農業展」に行きました。
目的はこの最初の写真の水素とオゾンガス併用の水耕栽培の装置メーカーとの相談でしたが、そのほか色々面白いのがあり、引き込まれました。

水素を水中にバブリングさせて、時折オゾンガスをバブリングすることで、生育促進且つ根腐れ防止とのこと。
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地元産の果物でお酒をつくるお酒つくり請負。
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地元産の果物でゼリーなどのお菓子を作るお菓子つくり請負産業。
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ソーラーパネル関係の展示はあちこちに。
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太陽光を通過させるソーラーパネルで温室の屋根に備えることが出来るとのこと。
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NMR共鳴浸透水というので収量増加とか?
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木の粉を固めたものの内部にきのこの菌糸を繁殖させて、きのこを育てている。
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薪利用の温水器。
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調理用の薪ストーブ。
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水の気化熱を利用した冷風機。
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唐辛子をしみこませた釘みたいなものを土中に打ち込んでモグラよけ。
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これも作物の収量を増やす水。
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この最後の写真は水を変えずに海洋生物を変える水槽。「メダカのように簡単にクマノミが飼えます」というのが売り言葉です。
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# by masaaki.nagakura | 2015-10-21 13:00 | 私の旅